ひたすら本を読む少年の小説コミュニティ

2006.02.10
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カテゴリ: 春夏秋冬



そしてハルの体を這っていく。

まわりに建ち並ぶレストランの光は、その空間を幻想的に映し出していた。




「きれい」




夜のプールも悪くない。

日本とは違ってここは静かだ。

ハルはプールに浮かんでいた。

泳ぐこともなく、ただ体を任せていた。

「わるくないだろう?」

と男の友人は言った。

彼はマサシとハルに名乗った。

戦後のどさくさに紛れて祖父がこの島に辿り着いたんだ。

そしてこの島に身を落ち着かせた。

僕は彼の孫だから日系三世にあたるね。

母親はこの島の生まれ。

僕の家族の唯一のアメリカ人だ。

まぁ、僕も国籍ではアメリカ人だけどね。

でも時々もの凄くリアルに日本人の血を感じるときがある。

言葉では上手く言えないんだけど、それは確かにある。

いつか君にも感じるときが来るよ。

いや、確実にそれは来るだろう。

現に今、このハワイのオアフ島に来ている時点で君は感じているのかもしれない。

でもそんなことを恐れる必要は無い。

僕らは日本人の以前に人だ。

人でしか僕は無い。

「ふーん」

とハルは言った。


彼はウェイターに頼んでカクテルを二つ持ってこさせた。

「青い珊瑚礁」

「なにそれ」

「このカクテルの名前」

と彼は言った。

あまりカクテルを飲まないハルにとって、それは表現のつかない味だった。

飲んだ液体はハルの体を静かに流れていった。



月を仰ぐように雲は流れる。


一日でいろいろなところを回った。

海岸を車で走り、街々の小さなレストランに入った。

どれもこれも美味しかったわけではないが、食べることにいくつもの諸要素が含まれていることをハルは感じた。

食べることには意味がある。

生理的に食べるだけでは食べる意味は無い。

と彼は食べる度にハルに論した。

ただ、アルコールを昼間から入れることに小さな喜びを感じた。

店を出ると形の違う大きな入道雲がハルたちを迎えた。

空は青々と透き通っていて、宇宙が本当に黒いものか疑問に感じた。

一周し終えたところで、映画館に入った。

今一番人気、というやつで期待通り面白くなかった。

その映画は、憧れのヒロイン、恋に悩む青年、彼らに人生の兆しを与える死に掛けた祖父、そして物語には関係ない事件が多発。それに巻き込まれ、最後はヒロインが死ぬ。途中、青年がある女と寝ているところをヒロインに見られてしまう、なんとも時間軸がずれているシーンがあったが、マサシは噴き出していた。

「正義って自分勝手」

「アメリカ?」

「アメリカ」


この世の中に、はっきりと判れた善悪は存在するのだろうか。

浮気と言う言葉は人を裏切る言葉ではない。

神への誓いを裏切る言葉だ。

人は不確かな存在ほど確かに信じる。

それは否定も出来なければ肯定も出来ないものだからだ。

自爆テロも戦争も暴動も。

神の名の下に。

神の名の下に。



ピナコラーダを4杯程体に入れ、プールから上がった。

マサシは、僕はもう少し泳いでから帰るから先に車に乗って帰りな、と言った。

ハルは待たせておいたリムジンに乗り、ホテルに向かった。

運転手に一日分の料金と、100ドルをチップとして支払った。



―御用がありましたらなんなりとお申しつけくださいませ―



ホテルのベッドに座ると、土砂が体を覆いつくすように疲れがどっと沸いた。

思えば24時間まるまる起き続けていた。

さらには一日中アルコールを飲み続けた。

疲れも出るはずだ。

さっさとシャワーを浴びて寝よう。

と思ったとき、自分がまだホテルのフロントから荷物を預かっていないことに気付いた。

日本人だから忘れられたのかな。

ハルはドアを開けた。

長い廊下を歩く。

血に染められたような赤い絨毯の終わりは見えない。

エレベーターの前には誰もいなかった。

下へ。

スウィッチを押す。

頭上の階ランプが上がってくる。

チーン、というパンが焼けたような音を出してエレベーターは止まった。

中には日本人のカップルがいた。

そして楽しそうに腕を組んで降りていった。

ハルはエレベーターに乗り込み1階のボタンを押す。

扉は閉まる。

ハルは8階の部屋に泊まっていた。

時間と共にハルを含んだ無機質な四角い空間は下がり続ける。

そして1階に着く。

そこはエントランスではなかった。

在ったのは「闇」

無かったのは「光」

ハルは間違えて駐車場まで降りてしまったと思ったが、階ランプはどの階も消えていた。

どのスウィッチを押してもエレベーターは動かなかった。


「二人目」


闇の置くから地面を這うようにその声はハルに届いた。


「早くこっちにきな。そこはもう 止まっている


やれやれ。

今日はもう疲れているんだ。

別にそれは明日でも今日でも良かったんじゃないのか。

わざわざこんな夜中に。

とハルは思った。


ハルは一直線に進んだ。

右も左も上も下も感じられない。

もはや眼球は本来の機能を失い、アメーバのような緑でも黄色でもない何かを漂わせている。

地面の反動は感じられない。

しかし、ハルは歩くしかなかった。

後ろを振り向いても無駄な行為でしかない。


次第に存在を確定させるその扉からは光が漏れ出していた。


ハルは自らの手が何処にあるのかわからなかったが、ドアのノブを捻った。

「やあ」

扉から木のこすれる高い音が溢れる。

「待っていたんだよ」

光は大きなまとまりを作っていく。

「君で二人目だ。でもまだ足らないんだよ」

部屋の中は光に溢れていた。

「そんなことはどうでもいい。ここは断片化された世界。」

ハルはテーブルの脇に佇む小さな男を見つける。

黒いシルクハットを被り、黒ずくめのコートを首まで上げて着ている。

男はテーブルに手をついて立っていた。

そしてその男の額には古い懐中時計が埋め込まれていた。





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Last updated  2006.02.10 14:01:03
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