今日もよく働きました。
8時。
ああ、今日もちびの顔見れないなあ・・・と思いながら、食事でも・・・と誘ってくれたお客さんを道連れに、最後のアポ(回収作業)へ出かけ、食事へ。
おいしいラーメンありがとうございました。
やっぱ、おしゃべりしながらの食事は楽しい。
気の合う人との食事は、もっと楽しい。
今日は、書こう書こうと思いながら、書けなかったテーマ。
脳死 臓器提供について。
ご存じのとおり、さとうパパは、脳内出血で、天国へ旅立ちました。
救急に運び(救急車なんて頼ってられないマレーシア。近所の友人と心臓マッサージ 人口呼吸を施しながら、セレナくんでぶっ飛ばして運んだ)、なんとか心臓は動いたもののCTの結果、脳は膨張し、ほぼ脳死の状態との宣告。
とりあえず、人工呼吸器を付け、かろうじて生きている状態を保っているものの、ドーパミンを大量に投与しなくては、生きていけない状態。
医師2人は、匙をなげ、
呼吸を止めるなら、いつでもどうぞ という毎日。
日本なら・・・ マレーシアでなければ・・・
とその時は思いました。
というか、日本だったら、たぶん、意識が戻るレベルまで回復したかもしれないと今でも思う。
でも、ここは、マレーシア。
高い医療費 と 文化 と 治療レベルの 違いを まざまざと思い知らされる毎日。
3か月が過ぎて、ふと考えたことがありました。
脳死と臓器提供。
私は、パパに出会う前から、臓器提供には賛成の立場。
楽しいことが何にもできなくなったら、早う行かせてくれ。
自分に使えんもんを、誰かが使ってくれるんやったら、目も心臓も肝臓も何でも持ってけドロボウ主義。
実は、さとうパパとこの件について、以前話したことがあり、
彼は、脳死については賛成だが、臓器提供には、少し抵抗があると言った。
なので、彼の意思を尊重し、余すところなく灰にした。
最近、少し思ったことがある。
もし、私が脳死になったら・・・
そいでいて、家族やみんなに
何でもくれたって!
って、宣言してたら・・・
私のように究極の選択を迫られたとき、
少しだけ、迷いや後悔を取り除いてあげられるかもしれん。
なので、ここに宣言します。
私ん時は、みんな 迷わんといてな。
生きれる可能性に賭ける人の役に立ててちょうだい。
でも、1週間ぐらいは、様子見てもらおうかなあ・・・。
私、しぶといし・・・。