Satokoの徒然きままなときどき日記

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2004.08.18
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カテゴリ: old days
毎年8月に入ると、思い出してしまうのは、なぜか戦争のことで・・(その時代に生まれたいたわけではないのに)近年もいろんなところで戦争が起こっているし、8月がくると胸が苦しい気分になるのです。

昨年8月にはわたしに米騒動に始まる歴史の話や戦争体験を枕元で語ってくれた祖母が95歳で他界し、もういまや昭和初期の話なんて聞けるひとがいなくなってしまい、とってもさびしく思います。

先日、実家にもどって、祖母の遺品を整理していました。戦争中のいろんな「配給」関係の書類や、遺族年金が年間いつ、いくらがいくらになっただとか、なんでそんなものを祖母が大切にいまだに持っていたかは定かではないけど、それをみて、わたしは祖母が話していた「和歌山大空襲」の話を思い出さずにはいられませんでした。

日本の戦線での様子が悪化しだし、とうとう本土にも空襲がやってくるようになり、祖母たちも防空壕の場所だとか、必要なものを疎開させたりいそがしかったそうなのです。

祖母の父、つまりわたしにとってのひいおじいちゃんというのは、とっても遊び人でとにかくとても自分を大事にした人だったようです。空襲の日、じつはそのおじいちゃんが祖母たちの命を助けたというのです。

みんな近所の人が防空壕に非難しているというのに、おじいちゃんは外でいるといって聞かなかったそうなのです。

でも・・そのおじいちゃんが、次第に真っ赤に染まってくる街の様子をみて、ここにいては死んでしまう、焼けてしまうと、みんなに逃げるようにいったような・・・そんな話がありました。

祖母は家族を伴って、必死で走りに走ったそうです。一度すごい勢いでつまずき、それでもひた走りに逃げたそうです。

そういうことは映画でしかみることがないから。祖母の話は本当にリアルでこわごわ耳を傾けていました。

祖母が、そのときに、わたしに指の1本をみせるのです。実は必死に走って、倒れこんだときに、その指はぽろっとつけねから折れるように、べろんと指の付け根にやっとくっついていたようなのです。あまりの必死さに祖母はその痛みを後になるまで気づかなかったそうなのです。お医者さんにいっている暇なんかもないし、もちろんお医者さんだって、逃げていたところですから、祖母はその指をなでて、なでて、とうとうお医者さまなしに治してしまったそうなのです。

祖母の指はちょっといがんでついていました。きっとそれを見るたびに心に痛みを感じていたにちがいありません。



この空襲は昭和20年7月9日の出来事だったそうです。
きっといろんな人がいろんな体験をした日だったでしょう。そしてその家族にとって、忘れられないつらい日にもなっていることでしょう。


祖母たちが住んでいた地域を含め、和歌山市の市街地はそれはそれは焼け野原だったそうです。その空襲で1100人ものが尊い命をうばわれたのだそうです。



家がなくなり、ものがなくなったときに、祖母は一番困ったものは「お手洗い」だったそうです。祖母はいつも「お手洗い」がある生活のありがたみをいってました。

お手洗いにはお手洗いの神様がいて、大小以外のものはお手洗いに捨ててはいけない。・・ともよくいってました。

なに気兼ねなく、ちゃんと用が足せる・・・それは祖母にとってそのときの憧れだったのだそうです。


しかし、祖父も中国にいたし、祖母はひとりでよく4人のこどもと、おじいちゃんを守ってその後生活していったものです。




改めて、自分は恵まれているのだから、こんなことで(子供がふたりいての引越し)へこたれてはいけないと・・・いいきかしています。


平和とはありがたいことです。






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最終更新日  2004.08.19 11:44:26
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戦時中のはなし  
なかなか良く戦争時の話が理解できました。
ありがとう。
ワシの名前は「和久」といって、
永久の和平を願って父がつけたが、
その域には達しません。
まあそれなりに頑張っておりますが。
まだまだ片付けもあるでしょうが
頑張ってくださいねえ。
2004.08.19
山ちゃんより。 (2004.08.19 12:38:09)

Re:戦時中のはなし(08/18)  
satoko1230  さん
山ちゃん0059さん
>なかなか良く戦争時の話が理解できました。
>ありがとう。
>ワシの名前は「和久」といって、
>永久の和平を願って父がつけたが、
>その域には達しません。
>まあそれなりに頑張っておりますが。
>まだまだ片付けもあるでしょうが
>頑張ってくださいねえ。
>2004.08.19
>山ちゃんより。
-----
こんにちは!書き込みありがとうございます。
和久さんっていい名前ですね。わたしの昔の上司の名前も同じです。いい方ですよ。
戦争の話をもっとうまく書きたかったけど、あまり題材がないのと、いまいち上手に書けずにいつも行き詰っています。読んでくださってありがとうございました。また戦争のことは書いていきたいと思っています。
(2004.08.19 14:58:19)

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