春だというのにうそ寒い夜です
朝から細かい霧のような雨が降っていました。
毎年この時期にはうるさく鳴くカラスも鳴りをひそめておりました。
体も重だるく、何もする気がしません。
朝より昼間のほうが気温は下がり、強くはないものの風が吹くとやまない雨が漂うようでした。
夕ご飯の用意もおっくうでしたので、
たまに行くレストランにでかけよう、ということになりました。
そのレストランに行くには車の通る道を通っても行けますが、
途中までは神社の境内を抜けても行くことができます。
夜になると人気が無くなるのですが、まだ宵の口でもあり通り慣れた裏参道です。
さすほどでもなかったのですが、傘を手にして出かけました。
裏参道を抜け、表の階段を下りて少し行くと浜に出ます。
浜に抜ける道の両側には最近まではほとんど家もなく、
地元の漁師さんの家々がぽつんぽつんとあるだけでした。
この数年新しく家を建てて住む人も増え、隣との境も近く、
近代的な工法の家も建つようになりました。
そんな中にも何年も住む人もなく手も入れられないまま廃屋と化した家もあります。
なんで買い手がつかないのか、何年もこのままで朽ちていくばかりです。
この辺りは昔より外交官、資産家などの別荘も多かったのですが、
そういった家は普通の住居に比べて
住む人がいなくなると打ち捨てられていることが多いように思われます。
ともあれ浜に出てからしばらくは車通りを行かなくてはいけません。
車で行けば5,6分で着くのですが、お酒も飲みたいという気持ちから歩いて行きました。
空はまだうっすらと明るく、街灯が点った道も暗いというほどではありませんでした。
ざざざ....と波が寄せてくる音が聞こえます。
時折波の割れるときに波頭が海面に打ち付けて出るドン、という音が低く響きます。
人とも行き逢わず、車も数台にすれ違っただけでそのレストランに着きました。
店の広さからは不似合いなほどたくさんの車が止まれる駐車場があります。
道路からすぐのその駐車場のどん詰まりは丘を切り崩した崖が壁のように立っています。
もう色もよく識別できないくらいの暗さになっていました。
そのレストランのところだけポットあかるく暖かそうでしたが、
周りはゆっくりと暗闇に包みこまれていっています。
ふと眼を上げると崖の下、古い家の屋根裏部屋(二階?)に人影が見えたように思いました。
灯りはなくほんの一瞬のことでしたのでたいして気にせずに店に入ったのです。
中にはストーブが焚かれ柔らかいオレンジを基調にした間接照明のライティングが優しく
ほっと人心地がついたような、安心したような気持ちになることができました。
気さくなマスターと従業員が一人だけの静かで落ち着ける店です。
おいしいお勧めディナーとアルコールも少しばかりいただいて気が緩んできました。
「ねえ、マスター。この奥の家だけどさ、誰か住んでるの?」と聞くと
「いや、誰も住んでないんじゃない。夜も灯りが点いてるの見たことないし」
「ふうん、さっきさぁ、二階に人影が見えたよ。一瞬だけど」
「えぇ~、それはねぇんじゃない。ばけものかもよ。はっはっは..」
「錯覚、さっ・かっ・く」「ばけもの見たいと思ってんだろ。だから見えた気になるんだよ」と
取り合ってもくれません。
すると別の客が「いや、女のひと、60歳代の、一人で住んでるって聞いたよ」
と言ってくれたので心底ほっとしました。
後日聞いた話で、その家の人のことかどうかは分からないのですが、ある噂を聞きました。
噂の主の言うには
「ある女性が息子夫婦と住んでいたが、上手くいかずに若い二人は出て行ってしまった。
その後月に一度くらいは訪ねてきていたが、最近とんと見かけない。
孫もできて数年経つがその孫が来ているのをを見たことがない。
ほんの車で15分ほどの所に住んでいるのに....
数年前から言動がおかしくなってきたように思う。
雨戸を閉めずに夜も灯火を付けないでいる。
なぜかと聞くと「誰かに監視されている。明りを付けないのは覗かれたくないから」
「雨戸を閉めずにカーテンだけ閉めてるの。人気がしたらそっと覗くの」と答える。
昼間も時折カーテンを少し引いて外を見ている時があるという。
だから近隣の人もその視線の届く範囲では立ち話すらしない。
合えば挨拶は普通に交わすが、めったに会うこともない。
何か気に障る事があったりすると、出会ったときなど恐ろしい目で睨みつけ
すれ違いざまに一言暴言を吐く。
できれば合わないようにしているが行き会ってしまったら恐ろしくてしょうがない。
いつだか何の理由かある人に憎しみを持ったらしく、しばらくねめつけていた」
とのことなのです。
もしたった一人で、家族に去られて暮らすことになったらさぞ寂しいことでしょう。
でも一人暮らしの年輩の方を訪問もしない家族って何なんだろう。
すこし神経がおかしくなってきているのも近所の人しか知らないなんて....
なんだか複雑な気持ちになりました。
幽霊や化け物は怖いです。
しかし一人で灯りのともらない家に住むのはもっと怖い気がしてきました。
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