まだ小さい頃のお話です
みなさんは眠っている時にどこかに行ったことがありますか?
眠っていると前に行ったことがある場所や、行ってみたい所を夢に見ることはありますよね。
それとはちょっと違うんです。
なんとも説明できない不思議なことが幼い時に起こりました。
当時家族は新宿の上落合というところに住んでいました。
戦争前はそれなりの生活をしていたようです。
母は女子挺身隊に、弟である叔父は呉の海軍士官学校に入りました。
広島にあの爆弾が落ちた次の日、叔父は広島に入ったのです。
ゲートルを巻いた上から左右の足に赤チンの瓶を結わえ付け
両手に筆を持たされ、焼けただれた人の体にその赤チンを塗るのが彼の仕事だったそうです。
それはそれは恐ろしい事だったのですが、今日おなしすることはそれではありません。
戦争も終わり母も叔父も上落合の家に帰ってきました。
初版の「サザエさん」に描かれているような戦後の生活です。
貯金は二束三文になり、国債は紙切れとなりましたが
なんとか家族が支えあって生きていました。
つましい2軒長屋の一方に私たち家族と祖母、それに先にお話しした叔父が住み、
もう一方には母の長兄家族が住んでいました。
これはその事が起こった部屋のすぐ前で撮った母の写真です。
あれは3歳か4歳のころだったでしょうか。
私はそのぬれ縁から入ってすぐの居間で昼寝をしていたのです。
南向きであったので障子の下のほうには日が当っていたように記憶しています。
母は不在で、薄暗い部屋には祖母がいて子守をしてくれていました。
うとうととしていると、隣に住む同い年のいとこが遊びに来ました。
障子戸を少し開けて「ココちゃん、あそぼ」と言ったのです。
すると祖母は「しーっ、今お昼寝だからまたあとでね」と、いとこを返しました。
私は遊びたかったので起き上がりぬれ縁に出ました。
でも、強い日に照らされた庭がまぶしいばかりで、いとこの姿はありませんでした。
しばらく立ちつくしていたように思います。
ふと便意を覚えて厠に行こうと歩いていきました。
厠は部屋から出てぬれ縁を左に行ってまた左に曲がり、奥まったところにあります。
陽のあたっていた縁側を曲がって行くとなんだか急に暗くなり肌寒ささえ感じました。
尿意もあり急ぎ足でだんだん暗くなる廊下を小走りに行きました。
突当たりを右に行くとすぐ厠の扉があります。
真中の棒がかんぬきになっていて、それを左に動かすと扉が開きます。
目の高さより上のかんぬき棒を動かし扉を開けると
そこにはもう小さな子供が座っているのです。
「はやくぅしてよっ!」と大きな声を上げた途端、その子が振り向きました。
動くこともできず、しばらくそのまま凍ったように立っていました。
すると何かがカタンと音を立てたのです。
その音で我に返ったのでしょうか、踵を返して廊下をかけ戻っていきました。
「おばあちゃぁーん!」と呼んだように記憶しています。
ささくれ立った廊下の板だけが見えるトンネルのような暗く長い道のりを行きました。
やっと庭の一部が見え右に曲がるともう祖母のいる部屋です。
パッと明るくなったぬれ縁を走り障子を開けたのか、開けなかったのか...
すぅっと部屋の中に入りました。
すると祖母は団扇を持ち、布団に横になっている私をゆっくりとあおいでいました。
息をのみ、立ち尽くす私の足元で自分が眠っていたのです。
「あっ!」と声を上げたのか、倒れ込んでしまったのかよく覚えていません。
「ココちゃん、起きなさい。夢を見ているの?」
という声に目を開けると、私は母の着物を仕立て直した布団の上でした。
「あーぁん、おべんじょにココちゃんがいたのよぅ」
と訴えても「よしよし、そうだね。だれかいたのね」
とあやしてはくれたものの、話をろくすっぽ聞いてはくれませんでした。
あれは夢だったのでしょうか。
それとも眠っている間に心が体を抜けだして漂っていったのでしょうか。
それにしても私の見たのは誰だったのでしょう。
振り返ったその顔はよく知った自分のものだったのですが...
その後家族の住んでいた上落合1丁目100番の辺りは立ち退きとなりました。
落合水再生センターの前身「落合下水処理場」ができることになったからです。
結局家族は離れ離れに暮らすようになりました。
当時の記憶はもう薄れ、祖母や父母、叔父もなくなった今となっては
どのようにみなが別れ別れになっていったのか知る由もありません。
いつの日か、また昔の事を思い出すことがあったら記してみようと思います。
あのころの様子をなんとか思い出すことができるのは私だけでしょうから。
最後までおつきあいいただきありがとうございました。
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