このところはっきりしない天気が続いています。
寒くなったり雨が多かったり....
春というのになんだかスイスイいきません。
ネパールでポカラ滞在中にチベット村まで歩いた時も
なかなかスイスイとはいきませんでした。
寄り道をしたり、思わぬ出会いがあったりもしました。
スイスイとはいかなくてもなんだか心に残る1日でした。
タシリン・チベット村まで歩きました
ポカラについて2日目、朝食を済ませフェワ湖のほとりでちょっとお散歩。
水汲み場では奥さん方が井戸端会議をしながら水を汲んでいました。
道沿いにいくつか湧水や井戸の水汲み場があります。
個々の家庭には上水がすべては行き渡っていないのでしょう。
湖畔には何人も人が出ていてそれぞれに楽しんでいるようです。

ジャグリングをしているのは外国人でしょうか。
カメラとジャグラーのあいだを荷車を押した少年たちが横切りました。
ブレスレットを荷車に乗せて売っている子どもたちです。
男性たちがピンポンをしています。この人たちはネイティブのようです。
ピンポンの向こうではチェスをしている男性たちもいました。
働いている子どもがいるのに大人が遊んでいる....と複雑な気持ちになりました。

チェスをしている人たちを撮っていると少年が興味深げに寄ってきました。
ビデオカメラで彼を撮影し見せてあげると、自分を見てとても驚いていました。
道路の反対側では商店が店開きをし、学生たちは登校します。9時頃でした。
うろうろして少しお腹がすいたので露天でサモサとシシカバブを買いました。


この日はダムサイドからその先のチベット村に歩いていくので腹ごしらえです。
サモサはその場であげてくれますし、シシカバブも焼きたてです。
この露店をやっているとイエムさんとは後々ずいぶんと仲良くなりました。
しっかりお腹をいっぱいにして湖畔の広場からチベット街道を歩いて行きました。
この道はインドとチベットを結ぶ通商路だったそうです。
昔は石畳が敷かれ、街道沿いには菩提樹が植えられました。
大きな菩提樹の周りには四角い石が積んであり、旅人はそこで休んだといいます。
しばらく行くと昔は王宮の一部で今は一般に公開されている
「ポカラ駒ヶ根友好公園」にさしかかりました。

長野県の駒ヶ根とポカラは2001年4月に国際友好都市協定を結んでいるのだそうです。
この中を突っ切っていけばダムサイドまでは近道なのですが街道を行きました。
するとおばあさんに声をかけられました。
何を言っているのかはよく分からなかったのですが、
どうも煙草をくれないかと言っているらしかったです。
煙草とお酒はネパール人にとってはぜいたく品であるようです。
サヒド・チョークという交差点で迷いそうになり青年に道を尋ねました。

丁寧にチベット村までの生きかたを教えてくれた上に、
果物を買おうとすると果物売りと交渉して少し安くしてもらえました。
通勤途中であったようですがとても親切でした。
バナナ2つ、りんごとスイートオレンジを一つづつ買って90ルピー(100円弱)。
サヒド・チョークの交差点を過ぎると観光地という感じではなくなり、
普通の家や店がしばらく続いていました。
水を買おうと雑貨店に入ってご主人にいろいろ聞いてみました。
もちろん物の値段です。
卵は一個7ルピー、トマトは1キロ60ルピー、カリフラワーは1個80で
ケチャップは45~50、お茶は65ルピーで水は25ルピーでした。
ざっと言って1ルピー1円なのでまあ安いと感じますが本当は?とも思いました。
観光客相手の値段と地元の人が買う値段はおそらく違うはずですから。
しばらく行くとまた湖が見えてきてそこがダムのあるダムサイドでした。
プラスチックごみなどがあってちょっとがっかりの景観です。
帰りはここからボートに乗ってレイクサイドまで戻ろうと考え、
ボートの漕ぎ手がたむろしている公園に行き交渉しました。
500ルピーで漕ぎ手付き、時間無制限で交渉成立。
帰りは歩かないで済みます。
チベット村に行く前にバタレ・チャンゴ(デビーズ・フォール)という滝と
シバ寺院のある洞窟に寄ろうと考えていました。
バス通りを歩いてきたのですが、ほこりっぽくいささか疲れてきました。
疲れてくると不安になるものですね。
この道でいいのかお巡りさん(兵隊さん?)に聞いて確認、あと10分ときいて安心しました。
木陰で水を飲んで休んでいると床屋さんが目にとまりました。
ずいぶんとオープンな店構えで面白かったです。
いよいよフェワ湖から流れ出る川の水が地中に吸い込まれているという
不思議な滝の入口にやってきました。
スイス人の女性、DAVIさんが落ちたのでデビーズ・フォールと呼ばれています。
入場ゲートの手前にはたくさんの土産物屋が並んでいました。
何かに呼ばれたのでしょうか、ふらふらと一軒の店の中に入っていってしまいました。
最初に目についたのはこれです。

中心の黒い部分(目)がジーストーン(天珠)でターコイズが散りばめられています。
赤いのは珊瑚で、裏には鹿や花が浮き彫りになっています。
ジーストーンとはチベットやネパールで出土する
1000年くらい前に人工的に処理された石のことで魅力があります。
トンボ石よりも優しく感じられるので一つは欲しいと思っていました。
値段を聞くと2000ルピーだということです。
あんまりたくさんはお金を持ってきていなかったので悩みました。
それにこのプルバ。
チベットの法具のひとつで結界を張り魔除けになります。
念を送るのにもつかわれるそうで一つは欲しいと思っていました。
日本では1万円近くすると思われるものが2500ルピーでした。
骨董品ではない新作のもの(左側)は500ルピーです。
ドルジェ(バジュラ)もありました。日本でいう金剛杵です。
店主と話が弾みいろいろ見せてもらいました。
彼がチャームボックスといったこのお守りもアンティークです。
真中に女神があり、その周りに「オム・マニ・ぺ・メ・フム」の梵字が見えます。
これは旅人や戦士が身に付けるお守りで、戦闘の時にも身を守ると言われているそうです。
これもめちゃめちゃほしくなってしまいました。
そのほかの装身具も心くすぐられました。
トパーズ、ターコイズ、エメラルド、ラピスラズリ、水晶、オニキス...
様々な天然石を使ったブレスレットやピアスもありました。
下の画像左はヤクの骨に文様を彫ったネックレス、ステキです。


ククリというナイフはネパールやインド人には実用的な短刀で土産に人気があるそうです。
これは安価で(大きいので400)装飾品としてはきれいにできていると思いました。
アンモナイトや様々な化石もヒマラヤの高地にはあり、
山岳民族の人たちがあるところを知っているのだそうです。
店主にいろいろ質問をしてたくさんの物を見せてもらいました。
お店にあるもののことばかりでなくチベットのことも。
お茶をいただきながらチベットの人々がネパールへ来た時のことも話してもらいました。
1959年に彼の父母はネパールへやってきたのだそうです。
ラサに中国軍が入った後、たくさんの人が殺されたといいます。
彼の父と母は2カ月かけて水とサンバ(乾燥食料)だけでヒマラヤを越え、
命からがらこの地にやってきたと話してくれました。
「さぞかし故郷に帰りたいでしょう?憎しみもあるでしょう?」と聞くと
「いつかは帰りたいよ。だけど憎しんではいない。
場所が違って文化や人種が違ってもみんな人であることに変わりがないでしょ?
みんなが一つのヒューマンビーイングだって分かれば争いがなくなるよ。
そうしたら憎しみなんていらない。みんなが分かれば世界が平和になると信じてる」
なんだかネパールのお土産屋さんで深い話をしてしまいました。
....いろんなことを伝えたくてなかなか先へ進めません。
次にはきっとチベット村まで行きつけると思います。
長々とお付き合いくださってありがとうございます。
次回は滝と洞窟の話をしてチベット村のことまでお伝えしたいです。
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