こうして、つい昨日まで閑古鳥が鳴いていた桜川解久のシークレット探偵事務所にも仕事が舞い込んで、閑古鳥の鳴き声はやんだ。下田に言づてを頼んでいいか迷ったが、仲村は、やはり野原すみれに頼むことにした。探偵事務所も営利であるからには、着手金もないでは、身動きは取れない。
警察の捜査費には、一般捜査費と捜査諸雑費があり、一般捜査費とは、協力者に情報提供謝礼等を交付するなどの場合に、捜査員が都度所属長に捜査費の交付を申請し、所属長の決裁を受けたのち執行するものとされる。太平洋戦前戦中、特高警察がスパイに支払った機密費の名残だというものもいる。国の費用の中には、この「機密費」が今も存在している。
捜査諸雑費とは、捜査員が日常の捜査活動、情報収集や聞き込み、張り込み等において使用する少額の経費について、あらかじめ一定の現金を各捜査員に交付し、必要の都度、捜査員の判断で、柔軟かつ機動的に捜査費が執行できるよう、平成一三年度から導入したもの。捜査費の予算額は、ある県警の場合、令和四年度は一五〇〇万円とされている。警視庁は当然のことながらもっと多い。
一般捜査費とは、協力者に情報提供謝礼等を交付するなどの場合に、捜査員が都度所属長に捜査費の交付を申請し、所属長の決裁を受けたのち執行するものとされている。(高知県警察のHPより。)
先日の新宿、青空横丁の居酒屋での会食費は、「捜査諸雑費」で処理が可能なのだが、仲村教授と山座一課長の私費で支払った。
仲村は、このことの趣旨を野原すみれに説明したうえで、資料を託してシークレット探偵事務所へ向かわせた。各種の領収証は電子データでとる様に付け加えた。聡明な野原すみれは適役だった。
警視庁の捜査会議室。山座順次捜査一課長は、担当の女性刑事、科野百合と若い新入りの刑事たちを前に、事件の要点を書き込んだホワイトボードを見ながら説明した。山座一課長は、この事件の担当を、あえて若い科野百合に任せることにした。
いくつかの未解決事件を抱えている山座一課長は、今回の事件が、殺人事件ではなく、未遂事件に落ち着いたことで、楽観視していた。被害者の回復を待てば事件は解明できる。渋谷の業務ビルの屋上に他殺体が放置された殺人事件を、何としても解明しなければならなかったが、手がかりはないに等しかった。
科野百合は、インターポール、国際刑事警察機構 ICPO へ転身する夢があり、山座は彼女の技量と能力を見込んで、教育投資をする方針でいた。近年 INTAPOL と連携する事件が増えてきた。犯罪捜査も国際化してきた。ホワイトボードには、次のように書かれている。
・事件発生日時:二〇二三年五月一日(月)午後二時
・被害者:住所 横浜市鶴見区 年齢二一歳 職業 アイドルグループ(ブリリアント・スターズ所属)
・場所:竹下通りわき道(通称エリーゼの小径)のアクセサリー・ショップ(デヴィル)前
・ zimmer の謎
・目撃者数名: tel 、 sns あり。
・事件時刻:午後四時半、肺に達した散弾銃と思われる弾丸による失血にもかかわらず一命を留めた。
・所持品に逸失なし。被害者のスマホは履歴を解析中。 Youtube の使用歴あり。財布の所持金は、三万円ほど。クレジットカード、交通系のカードが一枚。
・母親の身元確認済
科野百合は、現場検証と鑑識、傷の所見から得られた捜査資料を読み上げた。のち、質疑応答へ移った。そのポイントを示すと、以下のようだ。捜査は一〇名ほどの人数に絞った。
Q:解剖の結果、弾丸の角度はどうでしたか? 水平でしたかそれとも上下左右角度はありましたか?
A:全部で三発が胸を中心に命中、被害者の右上方からの角度のようです。角度は被害者の胸を水平に、上方向四五度との結果が示されています。
Q:被害者がメーンストリートから歩いてきたとすると、歩いて行こうとする方向の高い位置から、散弾銃が発射されたことになりますか?
A:そう推測されます。科野百合は、ホワイトボードに、YUARIが倒れていた路上と周辺の建物を表す図を書いて説明した。
Q:メーンストリートから歩いてきた場合と、戻る場合とでは銃弾の発射位置が違いますね。
質問者はいいところを突いた。
A:今後の現場検証によって明らかにしたいと思います。
科野百合は山座一課長を見た。山座は大きく相槌を打った。
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