セイスのひとりごと

セイスのひとりごと

2011.03.25
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類

3月11日。

あの日からいろいろ変わってしまったことを少しずつ振り返っていこうと思います。

3月11日。6年前のこの日にブログを始めた私は

あとでこのブログにいらしてくださる皆さんに

感謝の気持ちを綴るエントリーを書こうと思いつつPCを離れたところでした。

いくら学校まで歩いて5分かからないとはいえ

お迎えにいくのにちょっと遅くなりすぎてしまった、と思ったところでカタカタとした揺れ。

最初はツイッターに「あ、地震」と書きこもうかと思うくらいの余裕があったのですが

(実際には書きこみませんでしたが)

揺れはおさまるどころかますます激しさを増してきました。

揺れ始めたときちょうどリビングの真ん中にいた私はその場にしゃがみこみました。

キッチンの上の棚の扉があいてどさどさと物が落ちるのが見え

食器がぶつかり合って割れる音が聞こえました。

これが宮城県沖地震なのか?(実際には違いましたが)

揺れがおさまってきたかな?と思ったところで再び強い揺れ。

電気も消え、いつになったらおさまるのかと思うほどの長い揺れでした。

やっと揺れがおさまり、振り返ると仕事部屋の本棚が一つ倒れていましたが

とにかくすぐに学校へ行かないとと思いました。

コートをつかみ、携帯と財布の入ったカバンを持ち玄関へ。

とっさに玄関先の息子のヘルメットをつかんで玄関を開けると

落ちて割れているマンションの外壁のタイルが目に入りぞっとしました。

…やっぱりヘルメットは必要。

外に出て、玄関のカギを一瞬どうしよう?と思ったのですが

念のためドアを開けてストッパーで止めた状態で出かけました。 

マンションの廊下には外の様子をうかがっている近所の人の姿がありました。

ひきつった顔で「すごい地震でしたね」と言葉を交わした後

何かの時のために、と思い「子どものお迎えにいってきます」と伝えておきました。

家の前の道路の信号も消えています。

学校に着くと心配した保護者の方が既に集まってきていました。

私はいつものように支援級の教室へ。

廊下の途中、サケの稚魚を育てている水槽の水が

3分の1くらいになっているのを見ました。

(その時に廊下が濡れていたかどうかは覚えていないのですが)

教室に近付くと子どもの泣く声が聞こえましたがうちの子の声ではありませんでした。

教室に入るとまだ余震が続いていたのでみんな机の下にもぐっていました。

息子には担任のO先生がついててくれたのですが

私が来たので先生は泣いているK君のところへ。

ちび六にヘルメットをかぶせると机の下にもぐらせたまま抱っこしていました。

時々泣くこともありましたが、パニックにはなっていませんでした。

余震が続くので、なかなか外への避難の指示が出ません。

その間に夫にメールしようとしたけどショートメールがエラーで出せない。

Y君のお母さんが教室へ。

先生から家の様子を聞かれたY君ママは

「大丈夫ですよ~」といつも通りおっとりした感じ。

そうだよね、子どもたちを不安がらせないように、親はどっしりしてないと、と反省。

夫への連絡を携帯のEメールに切り替える。これは出せて、このとき15時09分。

ふと見た教室の水槽は、水もこぼれてないようで金魚も無事。

やっと余震がおさまってきたので外へ避難。

ランドセル等は持たないで上履きのままという指示。

外に出てからも何度か余震。先生方が人数の確認をし終えるころに夫が学校に到着。

職場から一旦家に寄り、何度か私に電話したけどつながらなかったみたい。

(私の出したメールは30分後くらいに届いたとのこと)

下校の指示が出て、家へ。夫は再び職場へ。

マンションの中庭には人が集まっている。家に入ってもいいんだろうか?

管理人さんが被害の確認をするために人手を集め始める。

外にいるのは寒い。そのうちに雨が落ちてきた。とりあえず家に入る。

出るときにはどこのタイルが落ちているか見なかったけど

玄関の真上が落ちてたかと背筋が寒くなる。

CA3G0309.jpg

(写真は停電が復旧してから撮ったものです)

玄関先に置いてあるタオル(花粉を落とすために使ってた)で

息子の上履きの裏を拭き、靴のまま家に上がらせる。

そして妹と母にメール。

(これが届いた後は、私は丸一日以上メールの送信ができず、受信もできませんでした)

停電ということは今はマンションの貯水槽にある水がいずれ出なくなるということ。

とりあえず3日分くらいの生活用水を、とお風呂に20cmくらい水を張る。

ちび六はおとなしく本を読んでいる。

その間に、私もフィットネスクラブに通っていた時の室内用シューズを履き、手袋のまま

ガラスのものが落ちていそうなキッチン脇の通路の片づけ。

ダイニングは花瓶が倒れ、棚から植木鉢が落ちて辺りに土が散乱している。

とりあえず花瓶と植木鉢の移動。濡れたものや土まで片づける気力がない。

寝室では子ども用のタンスが倒れていた。

もし寝ているときだったら子どもを直撃していたかもしれない位置で、ぞっとする。

固定電話は通じない。携帯も通話、メールはおろか、ネットにもつながらない。

どうやって情報を集めればいいんだ!?とパニクりはじめたところで

ラジオがあることを思い出す。毎日食事時にはラジオを聞いてるのに、忘れてた。

大変なことになっているようだ、ということしかわからない。

ラジオでは災害伝言ダイヤルの利用を、というが、電話も携帯もつながらないじゃないか

とラジオに向かって悪態をつく。

夫が一旦帰宅。お互いに状況を確認し、冷蔵庫に何が入っているかを確かめる。

電話も携帯もつながらず、かなり大きな災害のようで

夫が出張中でなかったのは本当によかった。

雨が雪に変わり、強くなり始めた。

本当なら音楽教室に行っていたのに。

前の週に私は東京に行っていて、音楽教室のみんなにおみやげ買ってきていたのに。

ちび六は片っ端から絵本をめくっている。

余震が起こっても、パニックになったりしない。

本当に、いつも通り。そのことがどれだけ私を楽にしたことか。

暗くなる前に、懐中電灯とろうそくを出す。寝室も、寝られるように片づける。

晩御飯は冷えたご飯の残りとパンをろうそくの明りの中で食べる。

夫が苦笑いしながら「…被災者になっちゃったね」

本当に。まさか自分の身に降りかかるとは思いもしなかった。

夫が、ノートPCの充電がまだあることを思い出し、ネットにつなげる。

夫はツイッターで自分と家族の無事を告げたらしい。

そしてログアウトすると素知らぬ顔で私に

「今ならネット使えるからツイッターで『無事だ』と連絡をしておくといいよ」

夫がツイッターをやっていることは私も知っているし、そのことを夫もわかっているけど

私がツイッターをやっているとはこれまで言ってなかったし

まさか知ってるとは思わなかったんだけど

さすがにそろそろバレてるか…と思いながら、こちらも素知らぬ顔で使いました

これがツイッターでの私の第一報。記録によれば19時06分。

(そしてこれ以降、ノートPCからもほとんどネットにつながらなくなりました…)

とにかく寒い。暖房がないだけでこんなに寒いんだろうか?と思うくらいの寒さ。

(実はこの寒さには驚きの理由があったのですが、それがわかるのは翌日のことです)

停電だし、ろうそくや懐中電灯の電池を無駄遣いしたくないので早めに就寝。

こうして長い長い一日が終わりを告げたのでした。

===

とにかく思い出せる限り時系列で書いたのですが、前後してるところがあるかも。

後で書きたすかもしれません。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2011.03.25 17:39:18
コメント(8) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

プロフィール

seisoptimista

seisoptimista

カテゴリ

コメント新着

坂東太郎9422 @ ノーベル賞受賞者(11/25) 「株式会社Caloria代表取締役社長 管理栄…
seisoptimista @ Re[1]:野外活動(07/21) milkyway.さん お返事遅くなりました。 …

フリーページ

お気に入りブログ

Memorandum るしあママさん
ずぼら日記 chem0707さん
ニコニコ本舗 ぶっち0107さん
息子の事 むいむいサンさん
Smiley Kids Cafe Me-sunさん

© Rakuten Group, Inc.
X

Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: