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毎回毎回ご無沙汰しています。ここを開設した頃は毎日更新していたのが今では夢のようです。ここに書くことが、だんだん消えてきたように思います。鬱になったら、以前の私は例えネガティブなことであったとしても、色々と考えていました。今ではただ気持ちが沈んで無気力になるだけ。考えることが無くなったというのは、どういうことなんでしょう。私は変わってしまったようです。人は必ず変わらないといけませんが。ここに書くことが無いのなら、それは閉鎖につながります。ここの趣旨を変えて、ただのありふれた日記にすることも考えました。けれど、それはきっと一年と半年前の自分が許さないでしょう。だけど、ここに書いた私の考え、皆様の意見が消えてしまうことはとても惜しい。それでも、ここに書くことが見つからないのです。
2005.10.02
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今日は学校が休みだったので映画館に映画を見に行ってきました。「四日間の奇蹟」。原作は何度も何度も読み返したほど大好きな本の一冊だったので、映画化を知ってからずっと行きたかった映画です。率直に言いますと、いい映画でした。映画やテレビで感動して泣いたことの無い私でも涙が流れたくらいでした。原作を無視している部分もありましたけど、時間の限られた映画だから、私の中では許される範囲でした。ただ、舞台が山から海へ変わってしまったのだけが納得いきませんが。途中では啜り泣きが聞こえ、終わった後もしばらく誰も立とうとはしませんでした。あまり内容をばらしてしまうことはしたくないので、内容にはあまり触れないでおきます。とにかく、気になる人は見に行って下さい。私ももう一度見に行きたいくらいです。純愛映画と騒がれていますが、私は純愛よりももっと深いテーマがあると感じましたね。死ぬまでに気づかなければいけないこと。恋愛ももちろんそうですが、家族や自分への誇りなど、もっといろんなものがあの話に含まれていて、原作も恋愛中心で書かれたものではないと思うのです。クラシックのピアノ曲も私は大好きです。
2005.07.01
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昨日の深夜三泊四日北海道への修学旅行から帰宅しました。宿題は無い、親はいないと本当に楽しかったのですが、帰ってくると行く前より気分が落ち込むような気がしないでもないですね。そして今日気づいたのですが、昨日はここ「ハキダメ」が一周年を迎えた日でもあったようです。何度も何度も停滞期間に入っていて、毎日日記が書けていないような所でしたが、一年間こうして存在することができました。その間、いろいろ思ったことを書いていって、その度に反対や賛成、様々な意見を返していただきました。本当にありがたいことですし、今の私に大いに影響を及ぼしてくださいました。意見を返さないまでも、ここへ来て私の意見を読んで下さる方々がいることは、私にとってはとても嬉しいことです。もちろん私の意見を下らない戯言だと感じる人もいらっしゃるでしょう。それでも私は、ゆっくり少しずつになるとは思いますが、これからもここを続けたいと思っています。皆様、本当にありがとうございます。
2005.06.25
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今日は先生と進路についての面談をしました。……進路についてだけだったはずがいろいろ話していつのまにか二時間以上も喋ってました。だいぶもやもやもやもやしてたものが楽になった気がします。最近はなぜか突然夜中に目を覚まして「数学!」と叫んでみたり(なんでそんなことをしたのか自分でも疑問です)、勉強が嫌になったり、テストの結果が返ってきたこともあって相当落ち込んでいたのです。いろいろ話していくうちに自分の気持ちの整理ができました。自分ひとりで考えていてもどうにもならないことってやっぱりあるんですね。愚痴に近いものを聞かされたほうはたまったもんじゃなかったとは思いますが……。進路のことや受験のことも聞くことが出来ました。学校に行くのも家に帰るのも辛い状態だったので、「大丈夫!」と言われたのが本当に嬉しかったです。ああ、私を認めてくれる人がいた、と。家では「このままじゃあんたどこにも行けないよ!」と言われ続けていて、それがすごくプレッシャーになるのです。「そんなに自分を過小評価しないほうがいい」とも言われました。そんなつもりはなかったのだけれど、やっぱり後ろ向きな考えになっていたのでしょう。今日は久々に気分がいいです。どうせ勉強はしなきゃいけないんだから前向きにいかないと仕方ないですよね。先生、本当にありがとうございました。私は先生に恵まれていて本当によかったと今思います。
2005.06.03
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また、しばらくここを放置していました。ごめんなさい。私の気持ちが晴れなかったのと、パソコンが壊れてしまったので。その間もいろいろありました。高校二年生になって、図書文芸部の部長になって、相変わらず勉強と課題に苦しんで。そしていろいろと考え続けて。今、気持ちが晴れたとはいえません。どうしても混乱して、頭がぐじゃぐじゃになって、もうどうすればいいのかわからなくなって。それで、私はまたここに来たといってもいいかもしれません。ここはネット上の、脆い場所。簡単に消せるし、そこで出会った人も簡単に消えていく。でも、私はここが好きです。いろいろなことを吐き出せて、考えられる場所だから。パソコンの外の世界では、絶対に言えないことばかり。だけど、言いたいことばかり。本当にここは私の「ハキダメ」なのです。苦しい。前が見えない。どうしようもない。そんな時。今も。このサイトに来て、様々な人が寄せてくださった意見を読むと、暗闇に少しだけ光が差した、そんな気がします。
2005.05.21
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とにかく嫌になってきてます。いろいろと。毎日毎日学校行って授業受けて先生に怯えて家に帰って宿題して夜遅くに眠る。その繰り返しです。そしてテスト。次は補習。課題提出。春休みもないでしょうね。努力なんて報われません。いや、報われなかったんです。一年前に切ることは止めました。今じゃカッターは錆付いてて使えません。カッター見てたら、思い出します。あの頃のことを。今度新しいのを買いに行きます。なんだか沈んでます。また浮かんで来れるでしょうか。もがけばもがくほど沈むばかり。同じ沈むなら、無駄な抵抗は止めるべき?暗くなってしまってごめんなさい。
2005.03.04
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去年の二月十六日、私は今通っている学校の推薦入試を受けました。あれから一年経ったとは信じられないくらいです。そして今でもはっきりそのときの状況を思い出せます。受験生の皆様の参考にはとてもならないような気がしますが、書いてみます。私が受けたのは「それぞれの個性を尊重していて、個性や進路に合わせた授業が自分で選択でき、学年という枠が無い」という単位制の高校です。しかも進学校で、全員が国公立大学を目指し、校風もとてもよいと評判の高校。「ここしかない!」と思っていました。倍率は高かったですけど、ここに落ちたら市内の学力が低いと評判の高校受験。背水の陣に近いものがありました。受験の前はいてもたってもいられなかったくせに、あんまり勉強しなかったというとんでもない受験生でしたが。そして受験の前日、私は小学校一年生の時から仲良しの親友に、手紙を貰いました。「自己暗示!」「三人に一人しか受からないっていうけどその一人になるかもしれなんだから…」「疲れたときには伸びをしよう」「空を見たら落ち着くよ」「頑張れビーム発信中!」「完全な人なんていない、皆不安なんだ。だから、合否はどれだけ落ち着いているかで決まると思う!」これを読んだ時、私の中でなにかが吹っ切れたような気がしました。今思えば、合格したのは何割か彼女のおかげです。ありがとう。試験会場ではかなり緊張しました。けれど、やっぱり落ち着きが大事なんです。上手くやろう、なんて思っちゃ駄目です。落ち着けば意外に問題は解けました。私達の高校では面接重視のようでした。筆記は二時間しかありませんでしたし。(一時間目はいろんな教科の複合問題、二時間目は英語と数学同時)面接まで一時間程待たされましたが、皆微動だにしませんでした。そしていよいよ教室に入ります。本当に口から心臓が飛び出しそうになるんですよ!椅子に座れば自分が心臓の動悸とともに震えている気がしました。いや、実際してたのかもしれませんが。ここで一つ。わからないことは無理やり取り繕うより「わかりません」とはっきり答えたほうが身のためです。私もそう答えましたから。そして受かりましたから。もちろん「わかりません」のあとにフォローは一応しておきましたけどね。そしてさりげなくその学校の特色を褒めることですね。私達の学校は先ほど書いたような学校でしたから、私は「ここで自分の個性を見つけ、それにあった進路を捜したいと思います」と答えておきました。あんまりはっきりと将来の夢を語るといけないんだなぁ…と後になって知りました。あ、でもこれはこの学校の場合ですから。受験生の皆さん、頑張って下さい!私は大学受験に向けて、センター試験を解いてみましたが、難しかったです……。
2005.02.01
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家庭科の時間に、先生がこんな話をしてくれました。授業のテーマは「子どもの発育」でした。「私も二人の子の母親だけど、やっぱり上の子っていうのは親の理想を押し付けがちだし、下の子がいてどうしても我慢して育ってきてるわけね。それで上の子が大学生になったときに思ったのよ。私は上の子といつから手をつないでなかっただろうか、ってね。下の子と手をつないだ記憶はあるけれど、上の子と手をつないだ記憶がない。だからちょっと企画したのよ。『手をつなぐ旅』を」私も三人姉妹弟の長女です。私が母と最後に手をつないだのはいつだったろうか?全く思い出せません。先生の話は続きます。「それで二人で旅に出たんだけど、娘が大学生になってしまうと手をつなぐのは照れくさくてね。だから駅の人込みで、『はぐれるよ』って、ちょっと強引に手をつないだわけ。そしたら娘はびっくりした顔をしていたけど、なんだか二人の間に電流が走ったみたいだった。親子の絆は切っても切れないの」私はいつの間にか目が潤んでいたのに気がつきました。大学に入ったら絶対一人暮らししてやる、家族なんて知るもんかと思っていた私ですけれど、「手をつなぐ旅」もいいかもしれません。二つ下の妹が障害を持ち、長期間入院していたので、私は親戚の家に預けられていました。その時のことは何ひとつ覚えていませんが。だから、記憶の中では母と一緒にいるのは妹でした。父と一緒にいるのも妹でした。私は一人で歩いていました。それが当たり前でした。だって私は姉なのだから。最後に手をつないで歩いたのはいつだったろうか。まだ、思い出せません。少し、悲しくなりました。
2005.01.25
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日記すら不定期更新になってしまったHPですが、今年もどうぞよろしくお願い致します。昨年はいろいろとお世話になりました。今年も良い年でありますように。今パソコンが使えない状況にあるので携帯からの挨拶です。
2005.01.01
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食べても食べても食べたくて。寝ても寝ても眠たくて。なんだか始終頭がぼーっとしている感じです。もうすぐ三者懇談なのに。眠いです。寝てきます。
2004.12.16
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数週間前に、おばちゃんが亡くなりました。正確に言うと祖父の義妹にあたる方なのですが、以前から私達に優しくしてくれた良いおばちゃんでした。未だに信じられません。夏休みに会ったときはまだ元気そうでした。それが、ちょっと体調が悪いからといって病院に行って、そこの検査で癌の末期だということが分かって。それは結局おばちゃんに告知しなかったそうですが、そのまま入院してしまって、それからすぐ脳卒中を起こして。病院に行って数週間で、おばちゃんはこの世を去りました。どうして。それが寿命だったんですか?病院に行かなかった方が良かったような気がするのは気のせいですか?遠方だということで葬儀には参列できませんでした。だから、なおさら信じられない。今でもあの家に行ったらおばちゃんが笑ってお菓子を出してくれるんじゃないかとさえ思えます。頭では理解している、そのつもりでも心が受け入れてくれない。その点では葬儀って大事ですよね。思い切り泣く機会でもあるし、無理やりかもしれないけれどその人の死を受け入れられさせられる。どうして、もうおばちゃんはいないんでしょう。心が受け入れてないから、未だに私は泣いていません。泣けないんです。今おばちゃん達が住んでいた家は、無人だそうです。おじちゃんまで入院してしまったそうです。ショックです。
2004.12.14
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ご無沙汰してます。また日記更新を止めてしまいました。すみません。勉強がかなり大変になってきて、パソコンしている暇があまりありません。数学がなかなかわからないです。そして本日やっとテストが終わったのでこうして更新することが出来ました。体調が優れません。何をしてもすぐ疲れてしまうし、一日中頭痛と倦怠感が止まらないんです。おかげで勉強もはかどらなかったりします。親が心配して一応MRIを撮りましたけれども異常なし。血圧が低いせいでしょうかね。そのときに「心療内科に行ったほうが良いのではないか」と医者が言っていましたけれども行っていません。親曰く「心療内科は通わないといけないからお金がかかる」だそうです。というわけで原因不明の体調不良は今もずっと続いたままです。以上、今日は言い訳をさせてもらいました。
2004.12.13
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どこかの県の副知事が言ったそうです。「不登校児は不良品だ」と。悲しかった。悔しかった。確かに学校に行かなかったら将来困る事は確かです。だけど、人間として不良品なんてことは決してないと私は思います。傷つけられて学校に行けない子がいて、人を傷つけ、それを楽しみながら学校に通う子がいる。それなのに、学校に行かない子だけが非難されるのは絶対おかしいです。自分が傷つけられたことがないから、そんなことが言えるんでしょうね。不登校児の親も、そんなことを言われたら絶対悲しいと思うんです。学校に行かない子が悪い子なんですか?不良品なんですか?社会に出してもらえず、結局は廃棄されてしまう不良品なんですか?第一、子どもを品物に例える事自体間違ってますよね。全く同じ性格で、同じ能力の子どもを生産しているとでも言いたいんでしょうか。そして不登校児はそのなかの不良品なんでしょうか。子どもの個性なんて完全無視してますね。学校に行けない子には行けない子なりの理由があるはずなんです。子どもの立場から言うと、「なんとなく」学校に行きたくないなら、「なんとなく」行きたくなるような学校にしてほしいなぁと思います。それが難しい事はわかりますが。学校へ行かなくたって、素敵な素質を持ついい子は必ずいます。学校へ行っているかいないかだけで人間の素質を判断して欲しくありません。子どもを完全に将来働かせるための品物としてとらえたような発言がとても悲しかったです。
2004.11.02
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まだ人生経験の浅い小娘が、このような重いテーマについて書いてもいいものかと思いましたが、今私が思っていることをそのまま書きたいと思います。よく「死にたい」という言葉を目にしたり、聞いたりします。私だって、もう生きたくないとか、消えてしまえば楽なんだとか思った事あります。果たしてそうなんでしょうか。生きているものはもちろん死んだ事はありません。だから何も感じないとか苦しくないという保障はないんですよね。ただ「未知の領域」へ行きたいだけなのか。そんなことはありえないかもしれませんが、もし死んだときに意志があったならば「生き返りたい」と思うかもしれないんですよね。生きることが苦痛。確かにそうだと思います。だけど死んで解決できるものなんでしょうか。逃げ出したい。自ら死に向かうには勇気がいると思います。自らを苦しめるものから生きては逃げられないのでしょうか。逃げることは悪いことではないと思います。だけど、消えてしまうことは、きっと誰かを悲しませてしまう。死に向かう勇気より、逃げる勇気。私にはそのどちらもないような気がしますが・・・。私の場合、「これ以上生き恥をさらしたくない」という思いもあります。生きていればなにかと恥ずかしい思いをしなくてはならないし、他人にも多大な迷惑をかけてしまう。私の存在なんて負でしかなくて、消えてもいいのではないか、と。だけどそれも違う気がします。死んだ姿も十分恥ですよね。死ぬ事によっても周りに迷惑をかけてしまう。金銭的にも、時間的にも、心理的にも。自分さえよければよい?それは自己中心的ですね。死んだ後も自分で全てを処理できればよいですけど、それは無理です。私達のような年齢の者がこの世から消えるには、綺麗に消えるのは無理ですよね。空気中に分解して影も形も残らなくなりたい。けれど、不可能なんです。私は他人に無残な姿を見せたくないです。どうして生まれてきてしまったんだろう。そう思うこともあります。苦しむため? 死ぬため?でも、今更消えたとしても、私がこの世に生まれたという事実は変わりません。だったらもう少しだけでも生きてやろうじゃないですか。だけど。やっぱりどうしても苦しくて、辛くて、先行きが見えなくて、どうしようもなくなったとき。嘘でもいいから「この世から消えたい」と言ってしまうのは、我侭でしょうか。
2004.10.30
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更新が遅れてしまってごめんなさい。掲示板に書き込みしてくださった方、コメントくださった方、申し訳ありませんでした。あれからなかなか立ち直れませんでした。(前回の日記を参照してください)今日はその日記を更新していなかった間のことを書いていきたいと思います。あれからは、なんだか自暴自棄な気持ちでいました。歩いても歩いても、トンネルから抜けられなくて、もちろん引き返すことも出来なくて、真っ暗なトンネルの中で立ち往生していたような気持ちで、ずっとふさいでいました。狂ってしまった方が楽かもしれないとか、壊れた方が壊れかけよりもすっきりするんじゃないか、と思っていました。結局それを実行に移せないのは、意志が弱いのか、まだまだ自分どん底なんかではないからなのか。死という選択肢を加えたとしても、私はまだ生きることを選んでいます。このサイト自体についても、いろいろ考えました。ここを開設していてもいいものなのだろうか?確かにここで私の気持ちを吐き出していくことにより、私はいろんなことを知ることや整理することができています。私とは違う意見をいただくことによって、自分の考えを変えることも出来ました。だけど、自分はいいけれど、他の人はどうだろう?と思ったんです。完全自分本位なこのページで、見ている人が辛くはないだろうか。嫌な気持ちになっていないだろうか。と。どうなのでしょうか。
2004.10.22
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親に感づかれたかもしれない。「おかしい」って言われました。「学校で何かあったの。」「今日のあんたおかしいよ。」意味もなく笑ったり泣いたりしてたせいだ。学校で何かあったというのと、おかしいのは今日からっていうのは大ハズレだけど。もう今は何がどうなっても良いって気分です。気にしないで下さい、きっと明日には元に戻っているはずです。もう勉強に疲れた。奨学金なんて。国公立の大学なんて。ど う に で も な れ 。どうにもなるはずありません。消えてしまいたい。壊れそうです。もう壊れているのかもしれません。ごめんなさい、今日はBBSのレス等は勘弁してください。
2004.09.28
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体育大会が終わりました。天気が不安定だったのですがなんとかなりました。閉会式が終わった途端合わせたかのように降りだしたのにはびっくりしましたね・・。これで応援練習の居残りなどもなくなります。少しほっとしていますが少し寂しいです。みんなの団結力を高めている行動だと思ったから。この体育大会でまたクラスのみんなと少し親しくなれたような気がします。なれていれば良いなと思います。
2004.09.23
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クラスで誹謗中傷を書いた紙が発見されたとか。書いた人はなにを思って書いたのか。人を傷つけることを楽しむという行動が私には理解できません。他人を嘲笑う。自分がもしも他人に同じことをされていると知ったら・・・。私は怖いです。悲しいです。だからせめて他人を笑いものにすることだけは止めました。中学校ではそんなこと日常茶飯事といってもいいくらいでした。それが嫌で嫌でたまりませんでした。自分が優越感を得たいがために他人を犠牲にする人たち。だから私は校風が良い、学力の高い今の高校を受験しました。入学した時はとても嬉しかった。校則を違反する人たちがいなかったから。もうあんなことはないだろう、と。私、甘かったんでしょうか。それとも、そういう行動は人間であれば誰でもすることだから、諦めるほかないのでしょうか。私だって全くやっていないといえば嘘になるかもしれません。無意識のうちにしてしまっていることがあるかもしれない。だけど、進んでそういうことをしようとは思いません。他人を傷つけておいて、どうして笑えるんですか。
2004.09.22
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人ともっと触れ合いたくて一緒に居たくてだけど人が怖くて裏切られるのが怖くて人を欲しているのに怖くて近づけなくて結局一歩引いてしまう一人でいるのは平気だよって一人で考え事するのが好きなのってそんなふりをしているけれどほんとは手を繋ぎたいだけど人が怖くって同じ人間なのに・・・。こんな自分が嫌いでだけどなんともならなくてなんとかしなければいけないと私は思う・・・。
2004.09.21
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一日二十四時間じゃ足りません。
2004.09.15
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あの頃はよかった、なんて。よく言いますけれど。私も思いますけれど。今日山のような宿題を片付けながらふと思ったんです。「去年はよかったなぁ、成績っていいままだったし吹奏楽だってできたし。」と。去年は「二年生のときはよかったなぁ、受験なんて無縁だった。」その前は「小学校って気楽だったよね」どうして過去ばかり私は見ているのでしょう。過去の辛い記憶がいつのまにか消えているように思います。今が幸せだ、って人はなかなか思えないんですね。後ろばかり見て。後ろの幸せにすがり付いて。後ろ向いたまま前に歩けるはずがないのに。よく考えたら、失った代わりに、手に入れたものがたくさんあります。学校の環境。新しい友達。今は嫌な事ばかり目に付くけれど、今がどん底のように思えるけれど。来年になったらきっと「去年はよかったなぁ」なんて言うんでしょう。どうして過去は美しく見えるのでしょう。実際は美しくなんてなかったのに。だけど前は見えなくて。前が見えないのなら、そして今を見たくないのなら後ろを見るしかなくて。結局後ろ向いて歩くんでしょうね。綺麗な所だけ選んで思い出して。それをぼんやり眺めながら今の自分に愚痴をこぼす。もっと、前が見えたらいいのに。前は、自分で向くんです。なかなか前を向けないけれど。いつかきっと向いてみせる。立ち向かってみせる。後ろを向くのは、そろそろ止めたいと思います。まだ過去を見続けるのなら、全てを見ていきたいです。
2004.09.12
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笑うことは健康にいい、と聞いたことがあります。たとえ作り笑いであったとしても。本当でしょうか。今の私は笑っています。面白い事を言う友達がいっぱいいて、いろんな話をして、どんな話題でも最終的には笑い。笑わなければ、友達がいなければやっていけなかった、と思うこともあります。笑っているときの私は、確かに健康なのかもしれません。それは今年の話。去年までは、笑うことが苦痛だったこともたくさんありました。人と調子をあわせるときの笑い。誰かを揶揄して得る笑い。それはそのときの友達を失いたくなかったからやったことですけど。苦しかった。笑うことは苦しかった。顔の筋肉がひきつっていました。他人を揶揄して、どうしてこの人たちは笑えるのだろう、と不思議で仕方がなかった。そう思いながらも一緒に笑っている自分が大嫌いだった。切っていました。私は健康なんかではなかったです。いろんな種類の笑いがあって、その笑いは人を傷つけることもあり、心を晴れやかにすることもあり。今、私は嫌な笑いを浮かべていないでしょうか。今でもふと誰かの笑い声が聞こえると、自分のことではないかと不安になることがあります。
2004.09.11
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なんとかかんとかパソコン復活いたしました。レス等遅れてすみませんでした。最近忙しいので日記の更新は滞るかもしれませんが・・・。
2004.09.10
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今日は人身事故で朝電車が遅れていました。やっと来た電車はぎゅうぎゅうの満員電車で、本気で内臓を押し潰されるのではないかと思ったくらいです。あとで新聞を見てみましたら、その人身事故はどうやら自殺だったようです。ものすごく腹が立ちました。自殺というのは、誰かに必ず迷惑がかかります。誰でもきっと、その人の死によって悲しむ人がいるはずなんです。だから、むやみに自分の命を捨ててはいけない。私だって悩むことはありますし、気分が塞ぎっぱなしの時もありますし、いっそ死ねたら…なんて考えたこともあります。だけど、自殺は人に迷惑をかける行為でしかないと私は思います。友達が自殺を仄めかしたりすると、私は悲しいんです。苦しいんです。だけど、私はそう思っていても、他人がそう思ってくれないかもしれない。いや、誰も悲しまないのではないか。むしろ喜ぶのではないか。私はこう思ったことだってあります。だけど、私は飛び込み自殺だけはしません。あれは膨大な数の知らない人に迷惑をかけてしまうからです。乗客はもちろん、遺体を片付ける方だっています。乗客はみんな自殺をした人を恨んでいるはずです。満員電車に詰め込まれ、遅刻の危機にさらされ。誰も喜ぶはずありません。そこまでたくさん、何千何万の人から恨みを買ってまでして死にたいんでしょうか。死んでしまえば責任も取れない。酷い死に方ですよ。飛び込み自殺は迷惑です。自殺ももちろん。きっと今自殺を考えている人はこの世界にたくさんいそうですが、もう一度その行為が周囲に与える影響を冷静に考えて欲しいです。
2004.09.09
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「前世」というものはある、とあなたは信じますか。私はもちろん前世の記憶などはありませんし、あったらいいな程度にしか考えていませんでした。この間友達が私の前世を教えてくれたんですよ。作り話だと決め付けてしまえばそれで終わりなんですが…。どうやら庶民ではなかったらしいので聞いてみた話を元にいろいろ調べてみたんです。私の前世であると特定できる人物は見つかりませんでしたが、他には不気味なくらいたくさん彼女の話と符合する点がありました。よくよく細かく調べないとわからなかったので即興で作った話ではなさそうです。彼女の言うことは真実なのでしょうか。前世の自分、あなたは信じますか?
2004.09.05
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最近ふと無気力になります。なんだか急に何もやりたくなくなって自分に嫌気がさします。全ての思考回路を止めてやりたくなります。でももう、切る気力も何も無くなるんです。だから最近は全く切っていません。真っ暗闇でぼんやりしている感覚で、生きたくも死にたくも無くて、全てを放棄したくなります。好きなものや好きなことも突然色褪せてしまいます。全てがどうでもよくなるのです。でも実際全てがどうでもいいわけありませんから。またふと我に帰ったら、意外なほど時間が経っていて、大慌てで私は宿題をやります。
2004.09.04
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九月、夏休みが終わり新学期が始まりましたね。夏休みのあとの授業はなんだか嫌になります。夏休みの間逃げていた、テストの点や、進路や偏差値の問題が戻ってきて、また気が塞ぎます。なんとなくだるくなるんです。五月病というのがありますが、私は九月の方が憂鬱になります。体育大会も運動の苦手な私にとってはプレッシャーだし嫌いです。九月病というものは、ないんでしょうか…。
2004.09.03
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私の学校は、なぜかしょっちゅうカウンセリング希望受付お知らせのプリントが配られます。今日もまた配られました。本気で「受けたいなぁ」と思いました。少しでも現状がましになるのなら。だけど、やっぱり周りの目が気になるんです。親、友達、先生。変な哀れみの目でみられるのは嫌です。変に気を使われたり、心配されたくないんです。結局申し込みの提出はしませんでした。きっと大丈夫です。受けなくても。今年は切ったりしていないし、死のうとも思わない。私はきっと大丈夫です。今までどおり生きていきます。
2004.09.02
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なんだか人生初徹夜になりそうな勢いです。明け方ギブアップするでしょうか…。昼間なんだか集中できません。眠いわけじゃないですけど。夜が好きなんです。駄目ですね、学生がこんなんじゃ。授業があったならもっと集中できると思います。では、宿題の続きを…
2004.08.28
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学校が始まる日が日一日と近付いてきています。嫌だけど逃れられるはずもなく。最近よく学校の夢を見ます。大半が悪夢。古文の先生やグラマー(文法)の先生に追われていたり怒られたり。普通の授業の夢もあるのですがまるで悪夢。自分でこの学校を選んだんだから逃げられません。逃げません。だけど考えたくない。今は宿題を一生懸命やるのみです。
2004.08.26
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携帯というものは便利です。人とのコミュニケーション、情報収集、今こうしてパソコンがわりに日記も書けるし、私は吹奏楽の着メロを集めて楽しんだりもしています。メールは、パソコンより届くのが早いことの方が多いし、電波さえ入ればどこでも電話できます。もちろんしてはいけないところもありますけど。いつだって他校の友達にメールが送れる便利な機械。友達曰く文明の利器。だけど最近気付いたんです。私はもしかしたら携帯依存症なのではないか、と。いつもメールはきていないかと気にして画面を覗きこむし、きてなかったらがっかりする。きていたらすぐ返信しないといけない、と思ってやっていたことを中断してしまう。これでは携帯に振り回されすぎています。コミュニケーションの方法はたくさんあるのに。携帯がなくてはならなくなったのはいつからなんでしょう。なくても生きていけるし、友達とだってコミュニケーションできるのに。今では、生活必需品の一つかもしれません。不安と安心をもたらす機械。
2004.08.25
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酔っ払いなんて大嫌いだ。判断力も理性もありゃしない。下らないことで、変ないいがかりつけて、一人でキレて怒鳴って。少しでも反対したらすぐ怒って手を出す。それで「酔ってない」だって。大嫌いだ。妹のためにたばこは止めたのに。お酒は止められないの?ねぇ、父さん。酔わなければいいけれど。体に悪いってことも分ってるでしょうに。悪いけど、私は酔っ払いなんて大嫌い。面と向かって言ったらまた殴るでしょう?お知らせパソコンの調子があまりよくないみたいなのでコメントのレス等しばらくお待ちくださいませ。
2004.08.24
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友達同士グループとかそれ同士の対立とかグループに入ってない人はクラスのはみ出し者だとか。そういうのが私は大嫌いでした。仲のいい友達が集まるのはわかります。だけど、どうしてグループ外の人とは友達になれないんでしょう。どうして友達になったら「引き抜いた」だの「裏切った」だのといちいちうるさく言われなきゃいけないんでしょう。グループの中の世界は私にとってはとても狭かった。でもグループなしではクラスは成り立たなかった。とても疑問でした。どうして。クラス全員仲のいいふりをしていながら、本当に仲がいいのはグループだけ。グループの外を見ようともせずに批判しないで。グループ外は皆敵なのか。中学まではずっとそう感じていました。
2004.08.23
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ぼんやりしていたときに、過去の思い出が頭の中に現れて。思い出したくなくて、思い出すのを止めようとして。でもその嫌な思い出はビデオ再生のように頭の中に流れ続けて。そのときの自分が嫌になって嫌で嫌でしょうがなくて。頭を抱えてしまう今の私。そんなことがよくあります。
2004.08.22
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みんな人それぞれ辛さを抱えているんですよね。とても辛くなった時、死という方向に向かう人もいる。その向かい方は様々です。だけど、その方向には向かわないで欲しい、と私は思うのです。私だって、他人のこと言えませんかもしれません。だけど私は生きています。いろいろ考えながら。生きたいとも思うのです。一緒に生きたいんです。私の友達でも何人かいるんです。「死」を考える人たちが。だけど考え方は全員違う。私とも違う考え。あからさま「生きているのはつまらない。死んだほうが何も感じなくてすむ」という友達もいます。「死にたいなんて言ったら周りに迷惑だから私は生きてる。言うんなら有言実行、死んでよ。だけど自分は嫌い。」という友達も。対処の方法は絶対それぞれ違うんです。どうやったら、みんなで生きれるでしょう。私にはなにができるでしょう。今は、じっくり話を聞くことしか出来ていない私。綺麗事ならたくさん言えるけど、多分それでは駄目なんです。死んで欲しくない。生きて、って言いたい。けれど、無理に辛さを抱えて生きて、死への想いを抱きながら生きることは、自分によくないのではないかと思うのです。
2004.08.20
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今日は読書感想文を書くために、ヘッセの「車輪の下」を読みました。ストーリーを簡単に書くと、「主人公ハンスは神学校に行くために猛勉強し、二番の成績で受かる。本人も、頭痛はするが勉強は好きだった。しかし、友人のハイルナーのせいで成績が落ち、先生からも嫌われ始める。ハイルナーは脱走したせいで放校処分になり、ハンスは神経を病んでおかしくなり、家に戻る。そして自殺願望を抱くが自殺はせず、お酒を飲みに行った帰り川に落ちて死んでしまう。」というようなストーリーです。読んでいるうちに、だんだん私の姿がハンスに重なり始め、とても彼のことが親身に感じられるようになりました。私は勉強は好きではないけれど、進学校に入学するためにみんなと少し距離をおいて勉強した去年。そして、二番ではないけれど、学校に合格した喜び。そして授業に必死についていこうとしている今。彼の心情は私の心情に近いものがありました。自殺願望だって、抱く事によって彼は生きました。私も生きています。では、もしかしたら私も車輪の下に押しつぶされてしまうのではないか・・?押しつぶされないように、とハンスが警告してくれているようにも感じました。彼と私の大きく違う点は。彼は勉強を優先させ、趣味を捨てました。私は、趣味を持ち続けています。車輪の下に押しつぶされないように、二の舞しないように。小学生の時に読んだときは全然おもしろくなかったのに。今は違います。
2004.08.18
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兵庫県の赤穂でこの間何人かが亡くなる交通事故が起こりましたよね。私は昨日、家に帰るときに、そこの事故現場であるトンネルを通りました。そこは渋滞していました。現場であると思われる場所は、トンネルの壁も焼けていて、煤だらけで、白くなっていました。その事故で、犠牲になったのは、子どもが多かったように記憶しています。とても熱かっただろう、苦しかっただろうに。どうして、将来有望な子ども達が死ななければならないのか。他の事件でも事故でも、子どもが犠牲になるたびに思います。死を望む子どもはきっといません。将来への希望が、一番多いのが子ども。かつて私がそうであったように。その希望は、年を経るにつれて、まるでシャボン玉がはじけるように消えていきます。私がそうであるように。小さな子どもが犠牲になった事故や事件があるたびに、どうして私はこうして生きているのか、どうして彼らは死ななければならなかったのか、と無念でなりません。かわれるならかわりたい。
2004.08.17
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久々にページに行ってみると。だいぶページ変わってませんか!?なんか字が大きいですね。機能も増えているような気がします。またゆっくり見ます。
2004.08.16
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私今朝も日記入力した気がするんですが。また「12日の日記」のメールがきたので入力しています。また家に戻ってじっくりパソコンが触れるようになったら整理しておきます。いったい私の日記の日付はどうなってるんでしょう?たいして日記らしい日記は書いていないので日にちが違ってもたいしたことありませんけど。今日は海に行ってきました。なんでこの年になってまで家族と海に行く必要があるのかさっぱりわからなかったので妹弟が遊んでいる間ずっと数学の宿題やってました。わざわざ私を海なんかに強制連行したって海ですることなんてないのに。ただ、日焼けした気がします。明日はホテルに泊まるそうです。予約してあるらしいので行ってきます。
2004.08.12
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またです。昨日日記のメールが届かなくて、今日のが届いたのは朝の四時。何がどうなってるんでしょうね。昨日家族が到着しました。一気に騒々しくなってどっと疲れました。それまでの静寂と平穏が嘘のよう。騒ぎ過ぎで頭痛くなります。もう入れ替わりに新幹線で家に行ってやりたくなりました。そんなことしたら怒られるので我慢しますが。今日からまた海だの観光地だのを家族に連れ回される日々の始まりです。少し憂鬱です。宿題もなかなか終わりませんし…。あぁ、騒がしい。追記訂正。これは12日に書いた物です。
2004.08.11
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私昨日日記書きませんでしたよね?風邪は昨日なんとか回復しました。日記のメールが来なかったんです。この日記は10日に書いていますが10日の日記になっているんでしょうか?今まで日記のメールが来なかったことがないので心配です。もしかしたら親にメール日記停止させられたのではないかとまで思いました。今日は無事に届きましたけど。
2004.08.10
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どうやら風邪をひいたようです。鼻水とくしゃみは止まらないし、喉は痛いし赤く腫れているし。なによりもあちこちが痛むんです。関節と背中がインフルエンザのときのように痛んでだるくて、今日は宿題をやるのも苦痛でした。立ち上がった時に頭が締め付けられたようにズキズキするのも辛いです。幸いにも顔色はたいして変わっていないようなのでばれてはいないのですが。今日はもう寝ます。こんな日でも私は日記入力するんですね…。ではお休みします。
2004.08.08
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始まりましたね。高校野球。私は野球はあまり好きではないのでプロ野球はほとんど見ませんが、高校野球は結構見ています。なぜなら、吹奏楽部が出るから。吹奏楽部の応援が上手で聞いていて飽きない学校は応援しています。吹奏楽の応援目当てで見るなんて珍しい、とよく言われます。友達の何人かが吹奏楽部に入っている地元の高校が、今年は地方大会でベスト8だかなんだか忘れましたがいいところまで勝ち進み、「もしかしたら今年はTVに先輩と友達が映るかも…!」と期待したのですがあえなく敗退しました。今年は私も高校生なので、選手達も身近に感じられて面白いです。ちなみに我が母校は、春にベスト8入りを果たした学校と地方大会2回戦であたり、惜敗しました。
2004.08.07
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「希望」って何でしょう。①ある事を成就させようとねがい望むこと。また、その事柄。のぞみ。②将来によいことを期待する気持。(広辞苑より引用)辞書にはこう出ていますけど、いまひとつ分かりにくいです。どうしてこんなことを書くのかといいますと。昨日友達からメールがきたんです。あなたは私の希望だから。という内容の。それがどういうことなのか私にはまだわからないのです。私は彼女に何もしてあげられていないのに。そう、彼女は以前日記に書いた友達です。あの時も私は彼女の死にたいという衝動を止めることはできなかった。その時の詳細は過去の日記を読んで下さい。私は、希望。なんの希望なのでしょう?嫌な気はしませんが、不思議でなりません。確かに嬉しいことではあります。だけど、もう一人の私が、こんな私が希望なわけないよ、と言います。私にとっての彼女は、「違う世界の貴女」。彼女は私の手の届かないところにいる気がします。それでいて、気高くて、綺麗で、儚くて。それなのに。彼女は私を希望だと言ってくれます。そんなことを言う友達はかつていなかったから私は戸惑っているのでしょう。私だって彼女という友達を失いたくはない。だけど、本当に私はあなたの希望ですか?
2004.08.06
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タイトルのつづり間違えていたらごめんなさい。英文エッセイの宿題のタイトルで、「私に一番影響を与えた人」のような意味です。もとから英語は得意な方ではないので苦戦しています。私に影響を与えた人はたくさんいます。親、親戚、友達、先生、クラスメイト、ネット上で出会った方々…。みんな必ず多かれ少なかれ私に影響を与えているんです。いろんな人々から知らず知らずのうちにたくさんの影響を受け、今の私がいるんです。タイトルは「人」になっているけれど、人じゃないものの影響だってとても大きい。書物、TV、ラジオ、インターネット。全てが私にたくさんの影響を与えているんです。そのくせストーリーになるような影響の受け方をしたことはないんです。もっとも影響を与えた人だなんてわかりません。一人に絞れないのです。私はたくさんの人に影響を与え、また与えられながら生きている。考え方はゆっくり、知らない間に、だけど確実に変化する。選べないんです。そして英語で書くとは…。この宿題には当分悩まされそうです。The person who influenced me most?追記訂正つづりが間違っていたので訂正しました。
2004.08.05
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楽天メンテナンスのあとでページのデザインが変わっているらしいですね。見ていないので何が変わったやらさっぱり見当もつきませんが。私のページも見辛くなったりしているのでしょうか。携帯でいろんな方の日記を見ていたらいろいろ苦情が目についたので少々不安になりました。どうせメンテナンスするのなら携帯でも掲示板が使用できるようになどして欲しいものです。不安といえばもう一つ。家族に自分の机やらパソコンのメールを見られていないかが心配です。机は一応整理はしてきたつもりなんですけど、落書きのノートや友達との手紙やだいぶ前に書いた遺書まがいの紙やその他いろいろが発掘されていたら、もう恥ずかしくて家に行けませんよ私。下らないものばかりですけどやっぱり見られて気持ちのいいものではないですから。机の中身の無事を願います。それらの不安を除けば、私はここに来てから身体的にも精神的にも安定してきたように思います。いつもは朝起こされるまで絶対起きられないし、起きてからもしばらくぼんやりしているんですが、ここに来てからは自分で七時に目が覚めるんです。貧血もほとんどありませんし、むやみやたらにイライラすることもありません。パソコンに触れることができないのが少し寂しいですが。でも、向こうの家にいる時よりは元気です。
2004.08.04
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携帯で日記を書く時は終わりに「終」と入れないといけないんですよ。それを私はいつも入れ忘れるんです。ちゃんと表示されているんでしょうか。パソコンで確かめる術もないですし…。今日はちゃんと入れようと思います。ここではマイナスなことは一切考えないようにします。向こうに帰ったらいやでも憂鬱になるのですから。だから学校の先生からも友達からも家族からも中途半端に都会目指してる田舎の家からも隔離され解放され、カッターも何もないここではそんなこと考えるの止めます。では。今回はちゃんと入れますよ、「終」!
2004.08.03
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今新幹線のデッキです。つい今し方変な夢を見て、その記憶があまりにも鮮明なので書こうと思います。携帯からだとテーマが選択できないのが辛いところですね…。私は電車かバスのたくさんある座席の一つに座っていました。隣りにはクラスメイトのOさんがいました。そして私の後ろの席には架空の存在の同い年の女の子がいました。その子と私は友達同士です。急にその子が私に「鞄(私の荷物の入った通学用のリュックのことです)貸して。」と言い、私は何も考えずに「いいよ。」と言ってすぐその子に鞄を渡しました。場面は変わり、私はどこか広い屋外の駐車場にいました。他の人々は出口へ向かっています。私は鞄を預けた子を探していました。鞄を返してもらおうとしたのです。いつの間にか私の足下には一匹の茶色い猫がいました。常に私の歩く一歩前を歩いて行く猫。もしかしたらこの猫は賢い猫なのかもしれない、と夢の中の私は直感したのでした。もう人もほとんどいなくなった頃、その子は数人の男女と楽しそうに喋りながら私の鞄を背負って歩いて来ました。私は猫と一緒に走りました。その子は私に気付くと、出口に向かって全力疾走で逃げ出したので私は猫に叫びました。「あの子を止めて!」と。猫は猛スピードでダッシュし、その子に飛び掛かり、5歳ほどの男の子の姿になってその子の前に立つと、小さな両手をいっぱいに広げてとおせんぼをしました。その時ようやく私は二人に追いついたのでした。「なんなのよその子は!」「私の弟よ。」驚いたように叫ぶ彼女に、私は勝ち誇ったように返事をしました。その子はがっくりと膝を折り、鞄を返してくれました。そのあとぶつぶつと「羨ましかった」だの「憎かった」だのと言い訳をしていましたが、私は聞いていませんでした。私はまだ男の子の姿のままだった猫を抱き上げてやったところで目が覚めたのでした。これを書いている間に新幹線は到着し、今は特急のデッキにいます。山口で霧のように降っていた雨は海峡を越え、福岡にはいると止みました。もうすぐ目的地です。
2004.08.02
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今帰省の準備中です。一旦用意したのに延期になったのでやり直しています。私は都会より田舎が好きです。あの時間が止まったような静かな空間が。いつになるかはもちろんわかりませんが、将来は今の祖父母の家で暮らすことが夢です。海も山も近いし少し足を伸ばせば温泉もある。できたらその地で働ければいいなぁと夢見ています。都会の喧騒や空気にはどうしても馴染めません。帰省してのんびりしてきます。なぜか向こうの方が宿題もはかどる気がするのは気のせいでしょうか。「優梨はそのうち帰ってこんようになるわ」と祖父母には笑われていますが、私は時間が許す限り帰ります。家族より、一足先に新幹線に乗って。私の実家は、今の家ではなく、向こうの家だと思っています。
2004.08.01
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出発が明後日まで延期になりました。台風の影響で、新幹線は大丈夫みたいなのですが、向こうが凄い雨と風らしいので。残念です。向こうが台風の被害にあわないことを祈るばかりです・・・。ニュースによると直撃しそうで怖いです。
2004.07.31
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