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2012年01月25日
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カテゴリ: 映画80点台

まずこの第一作であるが、こぢんまりとまとまった秀作。舞台はほぼアンブレラ社という生物兵器を造る企業の中の研究棟(地下)であって市民が住む街ではない。しかし地下ということも相俟って閉鎖的空間が見るものの恐ろしさを増長させる。もし私が映画館で見ていたとしたら何度も絶叫すると思われる。ほとんどホラー作品そのもの。
このような舞台の閉鎖性が怖さを煽るという意味では1982年のSF超大作「遊星からの物体X」での、南極基地という絶望的に遠く寒く帰れないという僻地性に通ずるものがあろう。
ゾンビとは、1978年の名作映画「ゾンビ」によってほとんどそのキャラクターが決定しており、基本「死んだ人が半死人状態で生き返り→生きている人間を食べる」というものである。このキャラクターは(1)=「死んだのに生き返る」、(2)=「生きている人を食べる」という二つの点で気持ち悪いのだが、しかしこれらはいずれもタイムトラベル同様にほぼ在りえない。死んだ人が生き返ったのを私たちは誰も見たことがないし、「死んだ人の肉を食べる」ことは結構あったかもしれないが、「生きている人の肉を食う」人は居ないからである。なんだか良く分からないが、ついでに言うとゾンビ映画では「今まで親しかった仲間が死んでしまい→ゾンビとして生き返り主人公たちが襲われ→やむなく主人公たちがそのゾンビを殺す」というお決まりの定石的流れがあるもの。この映画の中でも最後のほうに恐ろしい形でそれはやってくる。この流れはゾンビ映画では普遍的である。ちなみに2007年の「アイ・アム・レジェンド」というSFの名作映画の中では生きている人間がほぼウィル・スミス一人しかいないのでこの定石は、相棒の犬が死んでゾンビ犬として息を吹き返し、ウィル・スミスが泣きながら犬の首を腕の力だけで絞め殺すという変化球的使用法がとられた。今回はかなり大作的面倒くさい感想文になったが、結論=この映画の点数としては(80点/100)






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最終更新日  2012年01月26日 22時46分34秒
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