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朝日の中街をお散歩。一本裏道のバールには男たちが屯しているが、海沿いのカフェはほとんど開いていない。ようやく一軒を見つけ、カプチーノとミニピザ。チェックアウト時間を確認するため予約確認書をみると、なんだモーニングブフェがついてるじゃないか。今度の旅でホテルで朝食をとったのは、最初のマルセイユだけ。だったら最後をホテルでしめようかと、本日2度目の朝食。スーパーでみやげを調達しようかと歩いてゆくとケーブルカーの案内表示が出ていた。高いところから海を眺めるのも一興と行ってみたが、10時営業開始では時間的に慌しいので、パスしてスーパーへ。プロシュートとオリーブを購入。インターシティー。乗り換えなしでミラノ中央駅へ。2時間ほど早いが、荷物を預けてミラノを観光しようとしても時間が中途半端だ。早目にマルペンサ空港へ。ミュンヘンまではルフトハンザ。ミュンヘンからのANAがビジネスにアップグレードされていることは、昨日ネットで確認していた。心配なのは乗継ぎ時間。僅か30分でチェックインと出国手続きが済むのだろうか。ミュンヘンには定刻にランディングしたが、まずいことに沖留めである。バスでターミナルに到着すると、ANAの職員が東京行きのボードを掲げて待っている。この便からの乗り継ぎは3名。クルーのレーンで出国手続きを済ませANA機に乗り込む。久しぶりの日本語圏に戻ってきた。
2010年08月29日
今日は、ニース~モナコモンテカルロ~国境の街ヴィンテミグリ~ジェノバ~ラパッロと、4回乗り替えてイタリアンリビエラに行く。朝6時に出発。近くのタクシープールにタクシーがいなかったので、トラムで駅へ。お世話になった7日パスの最後の利用だ。余裕をもって一本前の電車を選んだが、20分遅れている。良かった、慌てずに済んだ。モナコから国境までの列車に乗り、そこでインターシティの一等に乗る。懐かしのコンパートメントスタイル。ジェノバ駅の自動販売機で切符を購入。随分待たされた。おかげでここでスパゲッティジュノベーゼを昼飯にしようとの目論見ははずれ、空腹のままラパッロへ。ラパッロは歴史のある小さな街。ここと、サンタ・マルゲリータ・リグレとが、 ポルトフィーノへゆく船の拠点となっている。ホテル・ヨーロッパはこの街で最高ランクの4つ星のホテル。ピンクの外観の愛らしいホテルだ。まだ、部屋の準備ができていないとのことなので、まずは街で腹ごしらえ。海岸に面したレストランでスパゲッティボンゴレ。さすがに本場はアルデンテ。ポルトフィーノ行きの船は毎正時に出航。ちょうど2時だったが、一旦ホテルにチェックインの後、3時の船に乗り込む。ニースの船よりひと回り小型だが、それ以上に波が激しいのだろう、ずいぶんと揺れる。海の色は、天候のせいなのだろうか、だいぶ青色が鮮やかだ。途中のサンタ・マルゲリータ・リグレでかなりの人が乗り込み、船は満員。ディズニーシーのモデルといわれるポルトフィーノの街は、小さな港を色とりどりの家が取り囲むラブリーな街で、イメージとしてはメルヘン街道の地中海版。しかし、観光客でごったがえしている。こりゃたまらん、まるで江の島だと、ジェラートを食べただけで早々に引き返す。サンタ・マルゲリータ・リグレで途中下船し、街を歩いてみる。穏やかな空気の流れる良い街。ラパッロに船で戻るのも芸がないと、国鉄の駅を探して歩いていると、海沿いのバスターミナルでラパッロを通るバスを発見。思わず飛び乗る。街の西のはずれで下車し、海岸沿いをホテルまで逍遥。夕食はビステッカとカプレーゼ。食後、公園のベンチで日の沈む海をひとしきり見ていた。明日はもう帰国。食事は淋しいけど、一人旅も自由でいいものだ。学生時代の2ヵ月のヒッピー旅行が何かと思い出される。公園前のプチトランに客が乗っている。動くんだろうか?乗り込んで待っているとやがて満員になった。9時になるとデート中と思われるカップルが運転席に乗り込み、男の方が動かし始めた。本当かよ。プチトランはBGMを流し、説明ナレーションのないまま夜の街をぐるりと一周し、ホテル・ヨーロッパの前で終了。
2010年08月28日
海に行きたい。泳ぐことは叶わぬまでも、潮風に当たりたい。9:30にニースの港を出てモナコの沖合まで行ってそのまま戻ってくる90分のツアーがあるようだ。これに乗ろうとガリバルジー広場までトラムに乗り、港へと歩く。しかし、水木土の運航で、今日はないとのこと。代わりの案はニース沖を周遊する60分のツアーだ。こちらは11時スタート。1時間以上間があるので、城山の鼻を回ってサレヤ広場方面へ。城山に登る階段の先に隠れエレベータの入り口があった。これに乗ってみよう。城山は先日プチトランで登ったけど、その際、頂上の手前に世界一美しい墓地があると言っていた。ということで墓地に言ったが、世界一は言い過ぎで良くある普通の墓地。キリスト教とユダヤ教の区画が分けられていて隣接していた。そのまま山を降りると港にでる。出航まで時間があるので、港に面したカフェでオムレツを朝食に。船はビルフランシュの湾に入り、イギリス王室の別荘とか、エジプトの豪族の別荘とかを一周しながらフランス語と英語で紹介し、その後ネグレスコホテルの沖合まで行って戻ってくる。波は穏やかだし、天気は良いし、のどかなひととき。バスでガリバルジーに戻り、モノプリをチェック。下町ということで観光客向けアイテムは少なく、普通のスーパーのような品揃え。これなら駅の近くのモノプリの方が良い。ガリバルジー広場で人が集まっており近づいてみると救急車の隊員が倒れている男の心臓マッサージをしたり酸素吸入をしていた。男は意識がなく死んでいるようだ。広場の角のホームレスの席にふとんや小銭を受けるカップがおいてあるが主人がいない。もしやホームレスが行き倒れ?サレヤ広場へ、カランクの塩をみやげに購入。国鉄駅に行き明日のモナコ行きの切符を購入し、コンドまで歩いて帰る。ニース到着の時と別の道をたどると、ネグレスコホテル近くのとんでもないところへ出てしまった。危ない危ない。一つ間違えるとえらい目に会うところだった。夜はコンドの真ん前の店la Stekiaでニース風サラダと 子牛のミラノ風カツレツ。最近肉を食べてなかったので…。明日は早いのでコンドのチェックアウトを済ませ、荷づくり。途中でネットが繋がらなくなった。明らかにルーターがダウン。あえてクレームはつけず。あのアルジェリアっぽいおばさんに何を言っても通じないだろうし。そういえば昨日はリビングの電球が切れてしまったけど、これもそのまま。
2010年08月27日
朝食はメロン丸々一個とパンチェッタ。しまった、プロシュートにすべきだった。今日はアルプスに挑戦。アルプス山脈はスイス、オーストリー、ドイツ、イタリアとフランスにまたがっている。フランス国鉄のニース駅の北にプロバンス鉄道のニース駅がある。トラムで一駅先まで乗り、広い駐車場を突っ切るとそこが第2のニース駅。ここから8時40分の電車で約1時間半。中世の町がそのまま残っているenterbeaux(アントルボー)を目指す。列車は通常1両編成だが、この時間は2両連結。ニース駅を出るとほどなくトンネルに入り、そのあたりから急勾配を登り始める。トンネルを抜けるとかなり高度を稼いでおり、両側の草をかき分ける勢いで走り続ける。軌道の幅はヨーロッパの標準より狭軌であり軽便鉄道の風情である。かつて蒸気機関車が、牽引していた時代は走行中の列車から飛び降りて線路わきの松ぼっくりを拾っても間にあったとの逸話から、「ピーニョ(松ぼっくり)鉄道」との愛称をもっている。ヴァール川の谷合を進んでゆく。途中渓谷を抜けるとあとはいくつかの盆地が数珠つなぎとなっている。観光ばかりでなく、地元民の足としても使われており、陽気な車掌が乗客とぺちゃくちゃおしゃべりをしながらも業務に精励している。写真を撮らせてくれと頼むと快諾。さらに運転席に座らせてぼくの写真も撮ってくれた。アントルボーはヴァール川の屈曲点にあり、川筋はおおきく町を迂回し、その先で一つの支流が合流している。さらに町の裏山が急角度でそびえたっている。いわば通商の要地であり、軍事的にも防衛の拠点である。町そのものも、鷲の巣村の通例で激しい高低差があるが、町からさらにつづら折りとなった坂道を登っていくと、砦と大聖堂がある。サラセンの海賊から守る孤塁というわけである。3ユーロのトークンを購入し、リボルビングバーを通ってから登りにかかるが、リボルビングバーの扱いを間違え、入れなくなってしまった。後から来た男が、体を密着させ一緒にバーを抜けさせてくれた。この登りがきつい。炎天下の直射日光を受け休みながら30分ほどひたすら歩く。登りが途切れず続く。最後の胸突き八丁は傾斜がきつい。大聖堂の一番上のテラスは、TISSOTのT-Touchの高度計で見ると海抜623メートル。町の入り口の橋のところが421メートルだから、202メートル登ったことになる。東京都庁の展望台の高さが202メートルだから、全く同じ数字。大聖堂の裏には砦が隠されている。牢屋が3室。奥に隠し通路があり、裏山の森に抜けられる。一度盛りに出て別の入り口から再び砦に戻り、地下を抜けて戻る通路もある。まるでドラゴンクエストのダンジョンだ。既に12時。帰りの12時40分の列車を逃すと2時間待ちだ。足が心配だが、トットコ下りにかかる。アントルボーの町でランチにしたかったが、時間がない。ニースに戻り、プロバンス鉄道の駅の近くで適当なカフェでランチと思ったが既に2時を回り、ランチタイム終了。歩いてMONOPRIXへ。食料品や衣料品を中心としたスーパーで、ちょっと面白い小物も置いている。土産を探すと、このあたりではマルセイユ石鹸とカランク(入り江)の塩が定番のようだ。それぞれを購入。そのまま歩いてマセナ通りまで。コンドミニアムのぼくの部屋の真下のpinoccioでバナナとチョコレートのクレープとメロンとカフェのダブルスクープのジェラートを購入し、部屋で優雅にランチ。あんなに歩いた割には足のダメージは少ない。マルセイユとアヴィニョンでひたすら歩き回り、一昨日のモナコ、エズが疲れのピークだったようだ。昨日今日と歩きなれてきた。20キロのスーツケースを転がし続けていたので、右手首が腱鞘炎的に痛かったが、これも痛かったが、これも薄らいできた。夕食はネグレスコホテルの裏手にある和食の加茂川。鮨と揚げ出し豆腐とマグロ納豆。これで7000円。高っ。
2010年08月26日
朝食を抜いてカンヌ方面の200番のバスに乗り込み、まずはアンティーブへ。この街には国鉄駅前とバスセンターとがあるようだ。200番のバスはバスセンターに寄らなかったので、見事に乗りすごし、一つ先で降りて街に戻りツーリストインフォーメーションへ。マップをもらいトイレの場所を聞く。今日も下痢気味。公共トイレはバスセンターにあった。そこから始まる旧市街はこじんまりとした静かな町だが、メインストリートには人が溢れている。カキなどのシーフードのオープンカフェが続いている。特にプロヴァンス市場と名付けられたマーケットはテントの屋台で闇市のような活気を保っている。ピカソ博物館に先駆けて12時発のプチトランに乗り込む。これを逃すと14時までないのだ。プチトランは旧市街をぐるりと一周した後、普通の市街地を走り、海辺の海水浴場で停車し、みんな降りてしまった。聞いてみると10分後に発車するという。みんなが戻ってこないのでウィンドショッピングしていると、突然発車する。あわてて駆け寄り、停車させて乗り込んだ。どうもこのミニトランは市内遊覧だけでなく、岬の反対側の町ジュアンレパンへ海水浴客を運ぶ役割があるようだ。ミニトランを降りてピカソ美術館へ。最初の展示室から圧倒される。年老いてなお新しい創作手法に挑戦する姿勢には敬服の一語である。これに触発され、ピカソデーにしようと、バスで近くのヴァロリスへ。この時間は、バスセンターからではなく先ほど降りそこねたバス停から乗り込むらしい。ということでバス停探しで一苦労。さらに、目的地にも難があり、終点まで乗ってしまったがピカソ博物館は2つ手前のバス停。800メートルほどだったので難なく戻れたが、バスを乗りこなすのは難しいと実感。それだけの苦労を強いながら、国立ピカソ博物館は全くの期待外れだった。古城を改造した美術館だが、ピカソの作品はごくわずか、むしろ新人の作品を展示している。たまたまビエンナーレに入選した日本人の作品が展示されていた。ヴァロリスは陶器の町で、その博物館なども存在するようだが、パスしてカンヌへ。駅前のオフィス・ドゥ・ツーリズムで地図をもらい、帰りのバス停を確認。そのまままっすぐ海に出る。印象としては平べったいモナコ。ブランドショップが立ち並び、道は観光客であふれている。海べりにおなじみのミニトラン。これは乗らなければ。新旧の名作映画のエピソードを交えて街を案内してくれる。隣り合わせたのは犬をつれたドイツ人の女性二人組。おとなしい犬だった。洗濯機の時間を6-8時で予約していたので、ほかの観光はパスしてニースへ。帰路は海水浴の混雑で大渋滞。7時半に帰ったが洗濯機は準備できていなかった。仕方なくTシャツとパンツを手洗い。50年ぶりということ?夜はマセナ通りのLA TABERNE MASSENAでオニオンスープとムール貝。どちらも合格。
2010年08月25日
今日は気合を入れてエズの山登りだ。この辺りにはサラセンの海賊の襲撃を避けて山中に籠った村がいくつか存在し、鷲の巣村と総称されている。その代表がここ。朝日の中のエズが見たくて、6時には出発。ところがバスセンターでバスの選択を間違え、エズの麓を通過してモナコに行くバスに乗ってしまった。 しょうがないのでモナコ観光に切り替え、モンテカルロで下車。しかしまだ、7時半でどこもやっていない。まずいことに便意を催してきた。このところやや腹が緩いのだ。もしやと思いショッピングセンターでトイレを探すが見つからない。カジノの前の有名なカフェドパリでお茶しながら記念トイレをしようと思ったが、まだ準備中。まずい。ひたすらトイレ探しの旅に切り替えた。モンテカルロはすごい山。上り下りがはんぱではない。そうこうするうちに無料のエレベータが存在することに気付いた。入っていくとラッキーにもトイレのマークを発見。しかしアンラッキーなことに鍵がかかっている。思うに8時からのサービス開始なのだろうか。やむを得ず、やってるカフェを探そうと、海沿いまで降りてきた。そこで再びエレベータ発見。超ラッキーにもここで宿願達成。モナコの街は10時ごろから動き出すらしい。ならばいっそモナコにこだわるより、別の街に行って戻ってこようと、イタリア国境の町マントンを目指すことに。レモンの産地でジャン・コクトーの美術館がある。ニースのバスでなかったため、7日間パスは使えない。といっても1ユーロ均一である。マントンには不動産屋が多い。国境の町にリゾート開発ブームが押し寄せたということか。安いものはスタジオで10万ユーロ台。多くは3部屋程度で3~40万ユーロ。今日のレートは1ユーロ106円まで下がったそうなのでお買い得かも。ゆったりとした空気が流れるいい街だ。市場にはなぜかチーズの店が多い。コクトー美術館の前のカフェでクロックムッシュとカフェオーレの朝食。 10時を過ぎたので美術館に行くと、なんと火曜日は休館。今日は、エズ、モナコ、マントンと3連続はずれである。再びモナコにもどり、モンテカルロとモナコビルの間にあるラコンダミーヌでバスを降りる。港の先に進み、渡し船、「バトービュス」でモナコビルへ。駐車場からエスカレータ・エレベータを乗り継いで海洋博物館前に到着。心臓破りの坂を登らずに済み正解のコースだった。恒例のプチトランで市内遊覧。大聖堂でレニエ大公とグレース・ケリーの墓に詣でて、モナコは終了。いったんニースのバスターミナルに戻ってもまだ2時。2時40分のバスで行きそこなったエズに再挑戦することにする。ターミナルでバスを待っていると、どうもおかしなおばさんが一人。粗末な身なりで背中に小さなリュックサックをしょっている。顔つきもややいかがわしい。ときどきこちらを見て挙動不審。もしや、すりや恐喝では。財布やバッグを確認し、警戒を強める。バスが到着すると一緒に乗り込んできた。バスの乗客は10人足らず。ぼくが一番前の席を確保するとおばさんは真ん中より後ろの席へ。思いすごしなのだろうか。出発間際、杖をついて足元のおぼつかないおばあさんが乗り込んできた。このおばあさん、なんとぼくの隣の席へ。確かにドアから一番近い席ではあるが、ほかの席はガラガラなのに・・・。リュックのおばさんと杖のおばあさんの気味の悪い存在。警戒警報がぼくの中で高まる。バッグをしっかり抱えているうちにエズビラージュ到着。良かった思いすごしだった。さて、坂道に挑戦。かなり観光地化している村で、各国の観光客が訪れている。中でも中国の学生のグループがいた。それにしても日本の学生はなぜ見かけないのだろう。中国の学生は、ちょうど我々団塊世代が世界にあこがれ海外旅行に出て行った段階にあるのだろうか。頂上の植物園まで登ったが、全体に曇りがちで、コートダジュールらしい紺碧の空と海は拝めなかった。残念。帰りのバスに、なんとリュックのおばさんと杖のおばあさんの両方が乗車している。どういうこっちゃ?夜は日本人のやっているレストランAMADA。和食レストランではなく、日本とフランス食材とのハイブリッドの創作料理を出す。33ユーロのメニューは以下の通り。・赤ピーマンとワカメの軽い酢のもののアミューズ。ピーマンの甘みが際立ち、酸っぱさを抑えておいしい。・いいちじくの煮物 、海老と豆の煮物、サーモンの刺身、ブロッコリーとカリフラワーの味噌風味、鳥の煮込みの5点セットのアントレ。・ピーマンと茄子とズッキーニの実と花を使ったファルシー。これがメインだが、ピーマンがおいしいのはもちろん、ズッキーニの実と花が意外なおいしさ。これをウスターソースで食べる。こちらの人にはウスターソースが未知の味で、これの根強いファンも存在するという。・ヨーグルトのジンジャーソースデザートはややジンジャーの味が勝ちすぎでバランスに難があったかも。
2010年08月24日
相変わらず5時半に起きて観光情報を集める。前出の「プルニエ」http://prunier.arcadevillage.com/に加え、「ニース・コート・ダジュールの隠された魅力を探る本物の旅」http://nice06000.blog106.fc2.com/「ニース生活 My Life at The Nice」http://nice-poipoi.blogspot.com/が参考になった。夜が明けるまでひと眠りしようと2度寝をして起きたら既に11時。久しぶりの熟睡感だ。今日は二階建てバスの「ル・グラン・ツール」の一日券を買って街中を動き回ろうと思っていた日。さっそく起きだして、多少遅れたけどプロムナード・デ・ザングレでバスに乗り込む。途中11か所の停留所で自由に乗り降りできるシステムだが、まずはノンストップで1時間半のツアーを体験。マセナ広場でおりてランチ。ニースに到着した日の夜、大変な混雑で店の前に人がたむろしていた「ビラ・デステ」に入る。名前からうかがえるようにイタリアンの店。全体的にマセナ通りはイタリアンレストラン街、とくにピザの店が多い。2階に通されて、フルーツ・ド・ラ・メールのスパゲティとミネラルウォーターをオーダー。出てきたスパゲッティの量の多さに驚愕。日本なら4人分くらいの分量。言ってみればペスカトーレロッソ(魚貝のトマトソース)。それもムール貝がてんこもり。小さなムール貝は手間ばかりかかる割に食べるとあっけなくて癪に障る。結局、全部は食べきれなかった。考えるにスパゲッティの『アルデンテ率』が最も高いのは日本かも知れない。本場のイタリアだって、茹ですぎのスパゲッティに何度もお目にかかった。ニースは、フランスのプロヴァンス公の領地になったり、イタリアのサヴォイア公国に割譲されたり、両国の間を行ったり来たりしている。たとえばイタリア統一の英雄ガリバルディはニース出身で、ダウンタウンの中心には彼の名を冠した広場もあるくらいだ。イタリア料理が多いのはうなずけるものの、そのクオリティはいかがなものなのだろう。もちろん、一流のレストランなら高いクオリティを保っているのだろうが・・・。食事を済ませ、ファーマシーで高級シャンプーをゲットしてから再びバスに乗り込む。今度の途中下車はマチス美術館と国立シャガール美術館。マチス美術館の前の公園でいくつかのグループがペタンクをやっていた。結局これは氷のないカーリングですな。マチスとセザンヌはぼくにとって著名な割にあまり感心しない両巨頭。美術館を見てもその印象は変わらず。シャガールは面白かった。ユダヤ迫害の黙示録的寓話が描き込まれているのを音声ガイドで懇切丁寧に解説してくれる。シャガール美術館に思わず長居したため、次のバスまで時間がある。そこで通りかかった路線バスに飛び乗ったところ、偶然にもマセナひろばに到着。くたびれたので今日の遠出は打ち止め。近くを散歩していると、なんと至近距離にSPARがあるのを発見。これなら何も駅のそばでミネラルウォーターを買い込むことはなかったし、シャンプーも安価なやつで済んだのに。10時には就寝。
2010年08月23日
5時半に目が覚める。さっそく街の探索に外出。マセナ広場から朝市で有名なサレヤ広場へ。開店準備中が三分の一。残りはまだ準備にもかかっていない。帰りに市内交通の7日間パスを自販機で購入。コンドミに戻ってから、朝食はまん前の「シェ・メットル・ピエール」というパン屋さん。「プルニエ」http://prunier.arcadevillage.com/ というニースにお住まいの方のサイトで勧められていた店。コーヒーとオレンジジュースとバゲット+好みのパンで8ユーロ。ちょっと高い?でも、オーダーしたクロワッサンが大変においしい。昨日、駅で市内マップをゲットするのを忘れた。海岸に出てプロムナード・デ・ザングレをワンブロック西へ行ったところにあるツーリストインフォーメーションに行き入手。その後街の様子をつかむため、今度の旅で定番となったミニトランに乗る。旧市街から城山に上るコース。朝方涼しかったのでGパンで出たのが大失敗。短パンに履き替え、マセナ広場から2駅トラムに乗り長距離バスセンターへ。ところが日曜日のためかバスの発着はあるものオフィスはやってない。時刻表とバスマップを入手したかったが空振り。そのまま再びサレヤ広場へ。途中のカフェは超満員。2時近かったため市場の屋台はほとんどしまっていた。市場に面した「グランブルー」というシーフードレストランに入る。カキとニース風サラダを白ワインで。カキが最高!チップ含め50ユーロ。この店は高いだけにあたりだった。再びトラムに乗り国鉄駅へ。ここのツーリストインフォメーションでバスマップ入手。また近くの店で、ビッテルとジンを購入しコンドミに戻る。夜に入り、ネグレスコホテルを見に行く。中に入りたかったが狭い入り口をドアボーイがガードしており、入りにくい。腹が減ってないので軽いものをとりたかったが適当な店が見つからず、結局近くのスーパーで、ネクタリンと平べったいピーチを2個ずつ購入し、これが今日のディナー。
2010年08月22日
昨日の夜はビールだけだったが、以外に腹がすいてない。続けて朝食もパスし今日の観光をスタート。昨日歩いた道を避けて裏通りに入り、中央市場へ。こじんまりとしている。周辺にはカフェが集まり、地元の人がくつろいでいる。時計台広場よりこちらのほうが外れがないなと思いつつ法王庁へ。道に迷いつつ法王庁前広場に到着したが、広い法王庁の中を歩き回る脚力に自信がない。そこでまず、ミニトランに乗って市内漫遊へ。驚くほど狭い中世からの道を走りまわる。法王庁では何組かの日本人グループを見かけた。マルセイユでは全くいなかったので、妙に新鮮。ひたすら歩きに歩いて法王庁見学。コンクラーベの間が公開されていなかったことが残念。一日振りのまともなランチを時計台広場のカフェで取ろうとあてずっぽうに歩いて行ったら、なぜか中央市場にさまよい出てしまった。これは好都合と先ほど気になっていたフォアグラを商うカフェに入る。サラダとフォアグラと鴨肉の燻製を盛り合わせた「グルマンプレート」と白ワイン。これがバカ正解。とくに鴨肉の塩気がサラダとフィットしておいしい。フォアグラも脂が乗ってエネルギーが音を立てて注入される思い。朝方チェックアウトしたホテルに荷物をピックアップしがてら、時間が残っているオレンジWIFIにロビーで小一時間アクセス。バスでTGV駅に行き、ニースへ。バスに帽子を忘れてしまった・・・。うつらうつらしながらニース到着。駅前でタクシーに乗ろうとしたら乗車拒否。すぐ近くだから歩いてゆけという。アヴィニョンに続きここでも歩いて探す羽目に。1週間滞在するこのコンドミニアムはグーグルマップでストリートビューを含め熟知している。かなり距離はあったが途中2人に道を確認し難なく到着。このマセナ通りは夜12時ごろまで賑やかなレストラン街。ピザ屋を中心に店が集まっている。「レジデンス・マセナ」はホテルと異なり、北欧系が所有するコンドミニアムで入口はオートロックになっている。呼び鈴を押しても応答がない、しばらく格闘し、電話をローミングし連絡してみようかと思案中にようやくハウスキーパーが下りてきて開けてくれた。言葉の通じないおばさん。割り当てられた部屋は、71平方メートルの6人部屋。12畳ほどのリビングと、寝室がダブルとシングルの二つ。リビングにはベッドにもなるソファーが2つ備えてある。タブのあるバスルームとシャワーのバスルーム。ほかにフルキッチンと衣裳部屋。ただし入口のドアは建てつけが悪く、肩で突破しないと開かない。WIFIは完璧。
2010年08月21日
ジェットラグで2:00ごろに起きてしまった。起き出してメインダイニングでネットアクセス。一眠りして再び目が覚めたのが5時。ここの日の出の7時を待たず、5:30頃から散歩に出る。朝まだきのパニエ地区を歩く。朝食はホテルでヨーロピアンスタイル。旧港から9時の一便の船で巌窟王の島シャトーディフへ。海の朝風が心地よい。一旦ホテルに戻りチェックアウト。港からプチトランに乗りノートルダム寺院へ。ランチはミラマール。ブイヤベースは避けてスープドポアソン。ハウスワインの白。まずアミューズとして、グラスに入ったトマトのスープ。続くスープは意外に濃い味。量もたっぷり。ブイヤベースにしなくて良かった。デザートを勧められ今日のソルベを頼んだがこれがびっくり。まずプレデザートとしてイチゴのムースがでる。ソルベ本体は、ラズベリーとミルクと洋梨の三品がならぶ。容器はそれぞれが台湾の喫茶店の問香用茶碗程度。それに6種類のクッキーと三種類の甘味がつくという血糖値に悪い組み合わせ。〆て41ユーロにチップを加えて47ユーロ。ブイヤベースは単品で58ユーロだから、頼まなくて正解かも。地下鉄で国鉄の駅に出てアビニョンへ。景色が良いと評判のコートブルー線経由で向かいたかったが、窓口で言葉が通じず断念。フランス国鉄のシステムはどうなっているのか、発車番線が直前まで決まらない。そのためみんなで電光掲示板を見上げるはめに。しかも乗り込んだはいいが定刻に発車しない。およそ20分遅れでようやく動き出した。アヴィニョン駅前でタクシーを拾うはずが全くおらず、自分でスーツケースを転がしてホテルを探す羽目に。ところが、目指す通りの名称を地図で見つけず途方に暮れる。だれかに聞こうと再び歩き始めたすぐ先にツーリストインフォーメーションが。地獄で仏と飛び込んで聞いてみると、2ブロックほど行き過ぎていた。「ホテルクロワトロサンルイ」は貴族の邸宅を改装した素晴らしいホテル。でも、割り当てられた部屋は、元は倉庫か召使の部屋か、一番奥の中二階の部屋。しかもWIFIが全く届かない。フロントで部屋のチェンジを要求したが全室満員とか。しょうがないので近くのホテルと交渉させ、表通りに面した「ブリストルホテル」にホテル替え。こちらはお定まりの古いタイプのホテルで、3人部屋のシングルユースで料金は同程度だがデザイングレードはだいぶ落ちる。ここのネットアクセスはオレンジWIFIと契約する有料方式。同時にアクセスさえしなければ、PC、iphone、ipadのいずれからも利用できる。3つのデバイスを切り替えながら同期を繰り返す。とりあえず街を散策。駅からプラタナスの並木がまっすぐ続くレビュブリック通りにはカフェテラスが並びいずれも満員の盛況。橋の上で輪になって踊っていた陽気な気風が今に続いている感じ。ややのぼり勾配で時計台広場に入ると、オープンカフェはひとで溢れ、メリーゴーラウンドはまわり、まるで遊園地。広場を抜け、中世のたたずまいを残す狭い街並みをたどってサンベネゼ橋。いわゆるアヴィニョンの橋。なにもないこの橋を見学したのち裏道をたどってホテルに戻る。昼間のスープドポアソンが重かったので、晩飯はサラダぐらいで済まそうと適当な店を探すが、見当たらずエビアンを調達するついでに駅のアイリッシュパブへ。結局ビールだけ飲んで晩飯はパス。
2010年08月20日
RCIでニースのコンドミニアムが8/21(土)から一週間とれた。妻は、ちょうど友人の結婚式がありいけないという。部屋はマックス6人の大部屋だ。よし、久しぶりに一人旅!どうなるか判らないけど優雅に過ごしちゃえ。たまたまJALのマイレージで一人分往復できる。キャンセル待ちに申し込んでいたがいつまで待っても取れる気配がない。出発が10日ほどに迫って急遽ANAの有料チケットに方針変更。料金の関係で8/19(木)出発、8/31(月)帰国の日程に。そこでマルセイユに入り、プロバンスの匂いをかいでからニースを拠点にコートダジュールを回り、リビエラで一泊してミラノから帰国することにした。一人旅だから車で成田に行くのはやめて電車を使う。いつもは、日暮里からスカイライナーなのだが、調べてみると京成にアクセス特急というのが出来ている。武蔵野線で東松戸まで行って乗り換えると、スカイライナーより安くて早い。ANAがビジネスにアップグレードしてくれた。フルフラットになる座席で。機内食も当然アップグレード。快適に過ごせる。ミュンヘンで乗り換え。トランジット時間を活用して空港内でホフブロイハウスのビール。でも、やはりあの大きなビアホールでないと・・・・。マルセイユ着21:10。ホテルのニューホテルビューポートは旧港至近。バスで国鉄駅まで行き、そこからタクシー。くたびれて食べに出る元気なし。ネットをつなげるが、残念ながら部屋からはつながらない。メインダイニングに行き、PC、IPAD、IPHONEの環境を設定。
2010年08月19日
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