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稲葉忍

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Dec 14, 2018
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カテゴリ: テレビ番組
今回の「The・プロファイラー」のお題は「西遊記」の三蔵法師のモデルとなった玄奘。
「西遊記」やそれをお題にした創作物の三蔵法師は大概妖怪にさらわれたりする役だが実際の玄奘はどんな人だったのかを分析。
 玄奘は唐の時代の高僧で出国が禁じられていたのに、真実の仏教を求めて陸路でインドへ向かい数々の経典を持ち帰り、帰国後は持ち帰った経典の翻訳に生涯を捧げた人物だったがまずは彼の生い立ち~インドへなぜ向かったかを説明。
 玄奘(出家前は陳褘)は幼いころから聡明で早い段階から僧になりたいと考え、11の時に特例として国家試験を受けて得度、各地のお寺で学問を修めたけど(その最中に受戒もしてる)唐にあるお経では断片的な教えしか書かれていなかったので、限界を感じていたところ唐にやってきていたインドの僧を介してインドには真実の仏教があると確信。国外に出ることは禁じられていたのに(玄奘がインド行きを決めた頃の唐は成立間もないし、政情が不安定だったなどの理由から唐からの出国は禁じられていた)、インド行きを決意。飛行機も鉄道もない時代に物凄い距離(3万km)のインドまで行こうとする根性がすごい。

 インド旅行はどれくらい壮絶(?)だったのかを次に紹介。
・まずは国境を越えるときの話が紹介。日中は睡眠を取り、夜に少しずつ国境越を行った。
・次に砂漠を越えることになり、やせた馬を砂漠に詳しい人から譲り受けて砂漠を越えた。
・道中で色んな国に立ち寄ったが、そこで玄奘は聡明さを発揮。ゾロアスター教の国を仏教徒に改宗させた、聡明さを買われて援助を受けてインドに行けたことが紹介。

インドに到着してからの玄奘についてが三番目に紹介され、インド国境近くのナーランダ大学でまず唯識を学び、インド各地にも赴いた。ナーランダ大学に在籍していた頃、短期間で学問を修め、在学中の身なのに他の学生に講義が出来るほどに。ある日あらゆる宗教の僧侶や神官を集めて弁論大会が行われることになり、玄奘はナーランダ大学代表の一人として参加。聡明な玄奘は他の宗教の神官・僧侶相手に論争で打ち負かしたって所は聡明すぎだと思う。さらに玄奘は短期間で外国語をマスターするほどだった。

16年後に長安に657部ほどの経典を持ち帰って帰国。その最中の出来事も紹介。
 帰国途中、インダス川の洪水に遭い、お経を失うってトラブルが発生。玄奘は諦めたりせず、近隣のお寺の協力を仰いで失ったお経の写しを作ったって所は「ピンチをチャンスに変える」ってのを体現しています。
 長安にたどり着いた玄奘。旅に出た時は出国禁止令が出ていたけど情勢が変わったのが幸いして時の皇帝から歓迎された。持ち帰ったお経の翻訳作業に生涯を捧げることになるが一度皇帝からは「私に仕えないか」とお誘いを受けたけど断った。その代わりにインド旅行の記録を本にするように言われ、本にしたのが「西遊記」の元となった「大唐西域記」。





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最終更新日  Dec 16, 2018 12:29:23 PM
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