フィギュアスケート時々バレエ~浅田真央とパトリック・チャン応援記

フィギュアスケート時々バレエ~浅田真央とパトリック・チャン応援記

2007年06月19日
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ニキヤは、多分ガムザッティのことなど、何とも思っていなかったのでしょうね。この国のお姫様だということは勿論知っているけれど、それ以上でもなければそれ以下でもない、といったところでしょうか。彼女にとって世俗の世界の権力など、別にどうだってよい存在だったのではないでしょうか。あくまで自分は神に仕えるバヤデルカなのだ、神のお側近くにいるのは自分なのだ、という強烈な自負心に彼女は支えられていた、いや、それが殆ど全てだったのではないでしょうか。何度も言ってる気がしますが、このことは彼女が「分不相応に」異常にプライドが高かったとか、傲慢であったとか、そういうことでは全くありません。「神の国」においてバヤデルカである彼女がそのような自負心を抱くのは至極当然であり、彼女のプライドが高かったことは事実でしょうが、そのことは別に「分不相応」でも何でもありません。むしろ全く「分相応」といったところだったでしょう。
ニキヤについて、彼女のことを「身分低き哀れな舞姫」と解釈される方、解釈なさりたい方もいらっしゃると思いますが、私はこれまで何度も述べてきましたように、それとは全く反対の解釈をしています。「宗教」というものが人間に与える「恐ろしいまでの」力、その影響力の甚大さに気がついてしまったからです。このことは、現代に生きる日本人にはちょっと想像がつきにくいことなのですが、世界は今現在でもなお「宗教(神)を中心に回っている」のです。21世紀の現在ですらそうなのですから、ましてや古代ではどんなものであったか、想像に難くありません。
ですからニキヤは大層「傲慢」なわけです。自分は選ばれし人間であり、そんじょそこらの人間とは訳が違う、自分は「特別」な人間なのだ、そんな考えをごく自然に、身に付けてしまっていたに違いありません。
勿論いかに「神の国」であると言っても、現実問題としてこの国には「現実の」統治者がいます。現実に領主がおり、支配階層というものが歴然として存在するのですが、それはまぁニキヤの眼からすればあくまで「便宜的」な存在でしかなかったことでしょう。この国の王といえども「神」の前では「ただの人」です。ニキヤは彼らに対して尊敬の念を持つとかそんな気持ちになったことは一度だってなかったのではないか、と私は思います。勿論現実問題として表面上は恭順を装ってはいますけれど、内心では何とも思ってなかった、そんなところだったのではないでしょうか。
はぁ~、桑原桑原。ニキヤは名実ともに「ふつ~」の女ではなかったのです。「私は神の舞姫、聖なる存在です。私に弓引くことは神に弓引くことと同じです。」ニキヤというのは要するに、こういう女だったのではないかと思います。





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最終更新日  2007年06月19日 15時43分15秒
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