ホラー、近未来、童話、独り言

ホラー、近未来、童話、独り言

2007年08月15日
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カテゴリ: ちょっと怖いかも
題名 「種」


 街頭で何かを配布している、人を選んで手渡しているようだ男はその

様な物には余り興味が無い、配っている物総て受け取っていたら会社に

着く頃には単行本一冊持たされたような重さになってしまう、捨てる

場所も無く結局会社まで持ち歩き自分の机のゴミ箱に放り込むしかない

何度か苦い経験をしているのでなるべく其の類には近寄らないように

している然し今日の配布人は違った、俺を目指し人を掻き分け近付いて

来て「是非お試し下さい。」

何やら固い物をポケットに放り込むと元居た場所に戻って行った。

 何を入れられたのか確認する時間など無い、急がなければ乗り継ぎに

遅れる何時もの事ながら地獄のラッシュを乗り越え会社に着く頃には

一日のパワーが失われている、ポケットに入れられたものを確認した

のは昼休み食事の前にトイレに行きハンカチを探していて見つけた

「何だ此れは。」透明な袋に蟹の爪程の種と紙が入っている袋を

破って読んでみると「幸せの種」大きな文字で書かれていて其の横に

「此の種を育てた貴方には幸せが訪れます」等と胡散臭い事が書かれ

てあった、余程トイレに捨てて行こうかとも考えたが「花になるのだ

ろうか、木になるのだろうか見たことも無い種に興味を持った。

 取り合えず又ポケットに突っ込み食堂に向かう、一番安い

定食を頼み旨くもない食事を済ませると最近肩身の狭い思いを

させられている喫煙所に行き自分が吸っているのか人の煙を吸わされ

ているのか分からない狭い場所で一本吸うと早々と飛び出した

何時もながら面白くも無い仕事が終わり帰宅すると笑い声が玄関の

外まで聞こえる、娘夫婦が帰って来ているのだろう。

 「ただいま。」声を掛けるが反応は無い、リビングに行くと娘婿が

挨拶するぐらいで妻や娘は無視「あなた、食事は何時ものように台所

に用意してありますからね。」大分前から食事は一人で摂る様になって

いた妻に言わせると「あなたの苦虫を噛み潰したような顔を見て食べて

も美味しくないから一人で食べて下さいよ。」寝室も食事も別、完全な

家庭内別居だった。

 今日はすき焼だったようだ、鍋に豆腐と僅かな野菜が残っている男の

分の肉などある筈は無いと思いながらも冷蔵庫を開けてみる、見事に空

何も入っていない、三リットル入りの焼酎に氷と温い水道水で薄め僅かに

残った野菜を肴にチビチビ呑む、娘婿はビールを呑んでいる「俺もたま

にはビールが呑みたいな。」大きな声で叫ぶと「駄目よ、あなたは底

無しなんだから少しは家計の事も考えて頂戴。」すかさず返事が返って

来る、」其の上「御風呂はあなたが最後ですから掃除して上がって

下さいよ。」止めも刺す。

 梅雨が明けたら灼熱の暑さ、慎ましい食事を終えシャワーを浴びて

サッパリしようと服を着替えているとポケットに例の種が、説明書には

「どのような悪い土壌でも育ちます、花が枯れた時願いを唱え引っこ抜いて下さい

キット貴方に幸せをもたらすでしょう。」信じた訳ではないが一応生き物だ

捨ててしまうのは哀れ、台所からマグカップを持って来て花壇の土を少し入れて

自分の部屋の片隅に置き「あ~此の種に花が咲いて幸せが訪れるのなら俺は

迷わず妻の消滅を願うだろうな。」マグカップを人差し指で弾いた。

 虐げられた毎日が続いた或る日マグカップに植えた種から窮屈そうに

葉が出ている、男は土を足しドンブリに移し変えた葉は見る見る伸びて

花の蕾を持ち始めたではないか「どんな花が咲くんだろう。」毎日其の蕾を

見ながら晩酌するのが楽しみになっていた、数日後花は開花した然し男の期待を

裏切り世にも醜い然も異臭を放っている、其の匂いに妻が飛んできた。

 「あなた、なんなの此の匂いは。」途端に花は枯れ花弁は落ちた

「今こそ願いを言うべき時だ。」男が手を伸ばした其の時、種の能書きを

読んでいた妻が「又胡散臭い物を買ってきて、此れが本当なら私はもっと

甲斐性のある若い男と結婚し直したいわよ。」茎を持って思いっきり引っこ抜こうと

した時男も茎を掴み「俺の願いは妻の消滅だ。」二人で叫んでいた

まるでマンドラゴラのように人の形をした根が悲鳴は上げなかったが

「ケ、ケ、ケ…」不気味な笑いを発して引き抜かれた。

 笑って出てきた根っこを掴んだまま妻は茫然と夫の顔を見ていたが

「私の願いを叶えてくれるのよね。」

「何言ってるんだ育てたのは俺だぞ。」二人は期待を胸に秘めながら数日経過

したが二人に何の変化も無く「矢張り騙されたか、そんな旨い話ある訳ないよな。」

二人が思い始めた頃、男が帰宅すると妻の姿は無くテーブルに一枚の紙とメモが

置いてあった、妻のサイン入り離婚用紙とメモに写真、「あの話は本当だったのよ

私此の人と結婚します。」一行書かれたメモ、仕立ての良いスーツに身を纏い

仲良く手を繋いだ写真、確かに男より金持ちなのだろう然し男は願いが叶ったにも

関わらず素直に喜べなかった。

 話し合いも無く突然消えた妻、明らかに合成と分かる写真「妻が危険だ。」

男は妻がテーブルに残していった物を持って警察に駆け込んだ、警察は事件として

扱ってくれた何故なら同様の訴えが数件届けられていたからである、警察が水際で

妻を救出してくれた。

「某国が大掛かりな日本人拉致を計画している」との情報を掴んでいたので警戒していて

くれた御陰であった、街頭で某国でしか栽培されていない不思議な植物の種を配布し

配布した人間の後を付け拉致するものである、自分から出て行ったように工作して

おけば疑われないと考えたのだろう。

狭い船底に数十名が閉じ込められていた、後数名で出発と言う所だった妻は男の胸で

感謝の言葉を言いながら泣き崩れていたが其れも数日、又元の日常が戻ってきた

男は後悔の日々を過ごす「如何して俺は警察になんか行ったんだろう。」










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最終更新日  2007年08月15日 07時45分08秒
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