日記はこれから書かれるところです。

日記はこれから書かれるところです。

2005.10.24
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筒井康隆の『七瀬ふたたび』にかけてみたんだが、まあ気づかったならいい。

俺が義務的にやっていたロールプレイングゲームというのは、ファイナルファンタジーXのことだ。

シナリオの論理一貫性という点において、しっかりしているかどうかは議論の分かれるところではないかと思うが、そういう物語の破れ目がありながら、なお世界的に人気を博したというのは、それなりの理由があったからだというのは間違いないだろう。

あるいは、破れ目にこそある種の真実があるのかもしれない。今回はひとつの試論として、やり終わりの感想を残しておく。
発売して時間が経っており、廉価版も販売されたあとであるから、こういうことをしても許されるだろう。というか、そもそもFFXなんて、このブログ来る人はやらんよな。詳しく知りたい方は ここを参照 (若干俺の解釈との違いもあり)。


■いくつかを思いつくままに

死者に規定される土地。記憶の断片と集積。思想統制的教え(ある種の国家宗教の存在)。内在する不幸が統治を安定させる構造。スケープゴートとされる種族の存在。歴史の歪曲。統治のための物語を再生産する物語。そのどうしようもない物語に内在しながら本気で国を思っている寺院。上層部の利権的構造。民の純粋なる善意。信仰から発する差別。熱狂的若者。政治権力と母国語。オイディプスのパロディ。

解決できない問題があるから統治は成立するという逆説的真理を含んでいる物語で、ある種のこうした統治に関する構造を、個人的意思によって打ち破る物語とも読める。

解決できない問題から民を(一時的に)救うのは、「国民的スポーツ」と「偉大なる殉教者」の二つがもたらす希望で、そのどちらもが究極的解決になっていないのがこの物語の特徴である。
つまり、究極的解決のない螺旋階段的問題構造を持ったなかで、一時の希望だけを民に与え続ける土地(国)の物語なのである。

それを打ち破るというシナリオにおいて、重要なポイントは「わかった振りをして何もいえない大人になりたくない」という「青さ=若さ」かもしれないし、偶然の(シナリオ上は必然だが)出来事の重なりによる啓蒙が主人公たちに起こったからかもしれないし、その土地の問題構造を見抜いていた「祈り子」たちの夢見た「救世主」として主人公が存在していたかもしれないし、あるいは、恋愛の力なのかもしれない。

そのどれもが考えられうるし、一つだけをすべてのように言う必要はない気もするが、俺として「救世主」説だけは採りたくないと思う。
そこには物語的救いが無いし、何よりもこの物語の「破れ目」を覆ってしまうからだ。

繰り返すが、破れ目にこそ、俺はこの作品のアクチュアリティが表れているんじゃないかと思っている。


■破れ目

このゲームは主人公の名前を変えることができる。俺のような面倒臭がりは、そもそも用意されている名前をそのまま用いるが、これを変更しようとする者は、自らのアイデンティティを付した名前を用いたのではないかと思う。

つまり、あらゆるRPGがそうであるように、主人公への感情移入が要求されているし、それを想定して細部に注意して作られている。

さて、問題は、そうしたプレイヤーと感情の重なる主人公の出自なのである。あらゆるRPGが、感情移入する対象としての主人公について、プレイヤーにしらせていない。それはある種当然の話であり、主人公の「記憶」は一般的なRPGにおいてはどうでもいいものに近いからだ。

物語的アイデンティティがあり、それを対象化する視点として主人公の目をプレイヤーは持つのである。主人公はあくまでも視点であって、物語に自らの存在の根源を包摂されたりはしないはずだ。

しかし、このRPGは違う。主人公(あるいはプレーするあなた)自体が、物語中に出てくる者たちの夢なのである。夢が実態を持った結果なのだ。
そのことに物語を通して気付かされる。感情移入の度合いに応じて大小の差はあれ、ショックを受けるように作られている。

だから、すべての解決の後には、自らは消える存在であることを覚悟しないといけない。
最後にヒロインが、「多くの失った人たちがいます。その人たちのことをたまには思い出してください」と(いうようなことを)言う。

これは一つの感情移入先であるコンピュータからのプレイヤーへの語りかけなのかもしれない。これはこれでこれからのバーチャルな世界を考える重要な考察点だとも思えるが、今回は、そこには触れず、話を戻す。


■「各人にとって自己自身は最も遠い者なのである」

主人公が視点として物語を対象化するだけではなく、主人公が自身の存在を物語によって保障されている。これがFFXのポイントなのだろうと思う。

ある種の論理的一貫性を犠牲にしても、この破れ目こそがアクチュアリティの源泉として残っていなければならないものだと思える。

つまり、「自らが存在しているとはどういうことなのか」という問いをこのゲームは差し出してくるわけだ。

物語の土地において、主人公は自らの存在をわかっていない。夢の世界から引っ張り出されたせいで、その土地との関わり方がわからないわけである。
まさに、ニーチェが「自己自身が最も遠い者」だと言ったそのままの意味において、主人公は自分から「最も遠い者」なのである。


■アイデンティティ

自らの存在は規定者を必要とする。それは、他者の視線として表れる。自己自身が最も遠いとは、自らの存在を自ら規定することはできないからである。

われわれは他者の視線によって、はじめて自らの存在位置を確認できる(この点、初期のポール・オースター作品が興味深い)。

恐らく、アクチュアリティは、ここにあるのだろうと思う。

自己を規定する存在の不在。これが「民主主義の不安」である。柄谷行人はこれを「王の穴」と読んだ。つまりは、王が存在しなくなった「民主制」において、民衆が代表されない状況が起こるということである。

だから、それはある種の「英雄待望論」になり、ある種のポピュリズムになる。

そして、そのような状況下で、何よりもアイデンティティを確実に保障してくれるのは、実は「死者の視線」なのである。

この物語も、死者に規定されているのだが、「死者」というのは不動の視線を自らに投げかけてくれる。死者は、生きている他者と違い、ずっと自分を見守ってくれる(という擬制が成り立つ)。

俺は実は、ここに現代の「靖国」問題の構造があるんじゃないかと思っているが、これはまたにしよう(「反戦老年委員会」さんから示唆を得たうえでコメントを付してある 参照 )。

しかし、この物語は、それを超えようと示唆しているように思える。


■オイディプス

この作品は、またオイディプスのシミュラークルとしても読める。父親を超えることが一つの目的として定位されており、オイディプスと同様に父を殺すことになる。

オイディプスが父と知らずに殺したのに対し、このRPGでは、主人公は父と知りつつ父のために殺さないといけない。

また、主人公の幼少期の記憶において、父を憎いと思う理由は、母を取られるからであった。

つまりは、フロイトが解釈した意味での「父殺し」という自立の儀式と、父との和解の儀式が、このゲームのクリア条件とも読めるのである。(主人公とライバル的位置にある登場人物もまた父親を殺しているが、物語を超える契機を同時になくしている。)

父親の視線に規定されてきた主人公が、そうした視点を超えて、自立する物語なのである。

つまりは、そこに同一化していたプレーヤーが、最後に主人公が消えることによって、物語から離れ、自立するのだ、というふうに俺は読みたいわけだ。
(そこには恋人との別れもあって、自立の材料が遍在している。)

論理的にきっちり詰めたときに、この物語に解決があるのかはわからない。しかしながら、やはり、われわれは大きな物語に包摂されることを拒否できるんだというメッセージは力があるように思える。

そうした個としての輝きが、この作品に力を与えているのだと思いたい。


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Last updated  2005.10.25 03:52:51
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やっと理解  
ましま さん
小ブログへのコメントを引例され、光栄です。問題の深層心理まで追求される迫力、私はゲームとは無縁な人種ですが敬服します。コメントを生半可に読んでいましたが、やっとすこし理解できました。 (2005.10.25 09:48:51)

Re:やっと理解(10/24)  
亭主 さん
ましまさん
>小ブログへのコメントを引例され、光栄です。問題の深層心理まで追求される迫力、私はゲームとは無縁な人種ですが敬服します。コメントを生半可に読んでいましたが、やっとすこし理解できました。
-----
ましまさんの「靖国」論争状況の整理が示唆を与えてくださったのは確かです。ここにブログの力があるのかもしれません。
いろんな立場からの、いろんな「経験」を持った存在からの、言葉が集まり、鍛えられていくということこそが、近代の始まりにおける希望だったように思います。
今後とも宜しくお願いいたします。 (2005.10.25 18:36:54)

TBする記事を間違えました  
renqing さん
TBする記事を間違えていたようです。誘導ありがとうございました。改めてこちらにTBさせて戴きましあた。私はゲーム類を一切しないので、如上の記事をイントロ部分だけを見て、本文のほうは読んでいませんでした。失礼。それにしても難しい内容ですね。まだよく理解できていません。ただ、ひとつ認識を改めたことは、こんな深い構造を持つゲームもあるということです。 (2005.10.27 02:59:25)

Re:TBする記事を間違えました(10/24)  
亭主 さん
renqingさん
>TBする記事を間違えていたようです。誘導ありがとうございました。改めてこちらにTBさせて戴きましあた。私はゲーム類を一切しないので、如上の記事をイントロ部分だけを見て、本文のほうは読んでいませんでした。失礼。それにしても難しい内容ですね。まだよく理解できていません。ただ、ひとつ認識を改めたことは、こんな深い構造を持つゲームもあるということです。
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こういうのは、どうしても甘えてしまって、やった人に向けて書いているところが出ちゃいますね。すみません。以前の「靖国問題」もそうで、読んだ人にしかわかりにくかったかなと反省しています。
まあ、それでも、雰囲気くらいを感じて頂けると嬉しいです。 (2005.10.27 16:08:52)

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