日記はこれから書かれるところです。

日記はこれから書かれるところです。

2006.03.05
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『国家の品格』が売れているとのことで、そして盟友renqing氏が書評を載せられたとのことで、アマゾンやbk1を覗いてみた。

■■

まずもって公正のために言っておけば、俺は件の書を立ち読みでナナメ読みしただけだ。だから、世の熟読者たちとは違う。

(しかしながら、論の展開や用いる事例で結構な情報はわかったと思ってるけどね。フォト・リーディング。)

そうした実感や信頼しているrenqing氏の書評から来る先入見とは別に、読んでない俺がこの書のことを(正確には、書の周辺のことを)論じる方法もある。

読んだ人間の感想を読むことだ。実は俺はこの作業が好きだ。

ダメな本にはダメな読書がつくもので、というか、人は人の論理を「読む」とき、自分に都合がいい部分だけを<読む>ものであって、書評の文を読めば、それがどんなものか<わかる>わけだ。

ここは俺が伝えたいという意味において結構重要な部分なので、後にリフレインする。

■■

以前も紹介したがrenqing氏の読み<方>は深く精密である。恐らく時間を掛けて丹念に読んでいるのだろうと推測する。彼(もしかすると彼女かもしれないが)の書評は、しっかりと論理展開を押さえた引用をしており、引用部分においての批評は、未読者にも理解できるものだ。へんな印象論に終わることはまずない。紹介しておく。(難を言えば、この書評をカテゴリとして纏めてくれていないことだ。シリーズとして読み難い。書評カテゴリで探しながら読むってことは可能だが。)

氏が最初に言及した「 論理と因果
『国家の品格』書評( )( )( )( )( )( )( )( )( )( 番外 )( 番外2 )( 番外3


少し関連して、勝手に共闘宣言をしているハラナ・タカマサ氏の 「「国家の品格」論より羞恥心」 も紹介しておく。



さて、他者の書評も眺めたわけだが、「論理よりも情緒」という部分に(ここはrenqing氏が書かれているようにかなり怪しい用語法なのだが)、なんだか「直感」的に「共感」してしまっている書評が多くてびっくりした。

しかも、「日本の伝統」とか「武士道」ってことまでもが好意的に言及されているものが多く、まるでそんなものがあったかように、あるいはあったのを知っているかのように語るのだが、そういう「信仰心」にも驚いた。そうだったことを今知ったって、あなたはあなたのままでしょ、って言いたくもなる。

時代の閉塞感に対し、「真の」エリートを求めたり、安定した「伝統」を求めたくなる気持ちもわからんでもないが、それは安易にすぎませんか? と言いたくなる。

彼らは「打出の小槌」や「ドラえもんのポケット」を信じている類いの人たちなのだろうと思う。

そして、もっとも不幸だなぁと思うのは、藤原氏が言外に想定するところの「エリートじゃない人たち」として自分たちが数えられていることに気付いていないのではないかと、ちょっと本気で心配になった。

なんとなく最近、大正文学(「白樺」「新思潮」など)の時代から昭和軍国主義(特に満州事変)への歴史経緯における思想史に興味があるんだけれど、もしかすると近いものがあるんじゃないかと疑っている。まあ、これはまた。



とにかく、最近書いた「 正気なのは売春婦ぐらいでした 」「 論理よりも感情? 」「 隠された十字架 」は、ひとつの精神的態度のあり方を問題にしたものだ。


最後にそれに言及しておきたい。(冒頭部からの「リフレイン」だ)

偶然を廃棄せよ! 」というブログがある。
このブログの名称はマラルメの詩からとったという。

そして、その意味をこう解釈している。


だけど、私たちは断固それを拒否しなければならない。
なぜならば、そのような態度は精神を偏狭なものにして、やがては感受性を萎えさせてしまうから。


門外漢にこの解釈の当否を判断することはできないが、これは何度か言及してきた<自己へのケア>としての自由、「不断の自己反省」の態度と親和性を持つ。

今の自分の「信念を補強する働きをも」つ「意味づけ」に対して、「私たちは断固それを拒否しなければならない」のは、「精神を偏狭なものにして、やがては感受性を萎えさせてしまう」からだという警句は心に刻むに値する。

蛇足だけど、精神の偏狭性は「差別」において最も見て取れるのではなかろうか。





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Last updated  2006.03.05 23:40:48
コメント(17) | コメントを書く


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Re:■偶然を廃棄せよ■(03/05)  
BAC さん
はじめまして。私のつたないブログを引用していただき、恐縮です。
どのような経緯でお目に触れたのかは存じませんが、こういう形のTBは初めてだったので感動しています。
よかったら、また時々いらしてくださいね! (2006.03.06 00:02:02)

リンク/トラックバック御礼  
ハラナ・タカマサ さん
先日のコメントといい、今回のリンクおよびトラックバックありがとうございました。
すぐれた読者のするどい視線を意識しつつ、今後も精進いたしたいと(笑)。 (2006.03.06 00:57:33)

Re[1]:■偶然を廃棄せよ■(03/05)  
亭主 さん
BACさん

はじめまして。
勝手に引用してすみませんでした。
薦められている本は、私の興味とはちょっとズレルんですが(笑)、チェックさせて頂きますね。
また寄らせて頂きます。 (2006.03.06 03:08:01)

Re:リンク/トラックバック御礼(03/05)  
亭主 さん
ハラナ・タカマサさん

本当に身の程知らずで恐縮ですが、私はハラナさんと近い問題関心を持っていると自認してます。(「勝手に共闘宣言」はそれ故です。)
今回の着想も、ハラナさんの「差別論ノート」に刺激を受けていることは付け加えておかないといけません。
今後とも勝手に学ばせて頂きます。 (2006.03.06 03:13:33)

どーも、すみません  
renqing さん
 ものぐさ太郎、ことrenqingです。今、最優先で、「国家の品格」カテゴリーを作成しました。お手数かけました。やるならサッサとやれ、という声が聞こえてます。 しかし、このアナウンスも記事として、明日の定期配信に使ってしまう、この私のblog病。「笑って許して♪」戴けると信じております。 (2006.03.06 03:58:50)

Re:どーも、すみません(03/05)  
亭主 さん
renqingさん

今、renqing氏は男性だと確信しました。しかもオヤジのはずです(笑)。

冗談はさておき、読みやすくなったわけですね。ありがとうございます。

皆様、ご活用くださいませ。 (2006.03.06 04:15:17)

「共闘」ありがとうございます  
ハラナ・タカマサ さん
とんでもない、はなしで、恐縮しております。
ただ、問題関心・感性がかなりちかいことは、小生も直感いたしました。
「差別論ノート」は、外部化=記録化としての整理作業ですので、どんなかたちでも反応をいただければ、たすかります。ムリせずに、ボチボチかいていきます。かくべきことの予感は、かなりあります。 (2006.03.07 01:19:13)

Re:「共闘」ありがとうございます(03/05)  
亭主 さん
ハラナ・タカマサさん

私も、ブログは思考の外部化=記録化であるべきだという論者です。何よりも自分のために書いています。(以前、「ブログとは何か」で書きました。)
この点も、考え方が近くて、面白いなぁと思ってました。

ところで、漢字の訓読み表記をしないというのは面白いですね。刺激的です。 (2006.03.07 21:43:36)

「国家の品格」の感想  
にゃあ さん
ええと。読んでみた。「国家の品格」。
面白かったよ。
思想書とかでないんだから、そんなに真面目に読まなくても・・・。
エッセイなんだけどね、日本をひたすらよいしょするの。
でね、日本の政府とか権力とかそういったもんを褒めるわけじゃあなくって、文化や歴史や自然を褒めるもんだから、その一員として気持ちがよかったのだと思うー。
まあ、「あなたはあなたのままでしょ」ってそのとおりなんだけどね・・・。
自由だの平等だののところは理論的には無茶苦茶だけど、そこまでして日本は凄いんだって言いたかったのねって感じかな。

「比べて、~は下等だ、上等だ」とか「国を愛すべき」とか言う扇動よりはこっちの方がいいな。
「すごいんだぞー」って自慢しているだけだもん。 (2006.03.23 12:30:33)

Re:「国家の品格」の感想(03/05)  
亭主 さん
にゃあさん

どうも。毎度です。読まれましたか。
私も再度立ち読みしました(笑)。

恐らく、今回のWBCの優勝を喜んじゃう心境に近いんだろうなと思います。

以前、「ナショナリズム戯考」で書いたように、自分を誇れない人の寄る辺なんですね。

で、それは確かに仰られるように「~より凄い」とは言っていませんが、間違いなく想定されていませんか?

このエントリが「偶然を廃棄せよ」であることにご注意ください。件の書における某数学者の言い方はともかくとして、「精神の偏狭性」が生じること、そしてそれが「差別」に気付かない態度に繋がることが問題です。

私は、「文化や歴史や自然」を誉めるときに、密かに入り込んでくる<権力性>を問題にしています。なんで、それを「日本NIPPONの文化」と呼べるんですか?と。それは、例えば、明治政府が決めたからなわけです。

そして、それを喜んじゃう読者たちがいる。「元気が出ました」ってね。
でも、それで「元気が出る」のは、上のエントリで引用した部分「何らかの信念を補強する働き」と同じじゃないですか?

私には、ああいう書は、「差別」という実際への想像力が無いから書けるんだと思えてなりません。また、想像力が無いから喜んじゃうんだと思えます。だから、噛み付くわけです。 (2006.03.23 22:29:14)

Re[1]:「国家の品格」の感想(03/05)  
にゃあ さん
お返事、ありがとうございました。
確かに、差別に気づかない態度につながるというのは、そうですね。
書き手の方はただの放言でも、受け取るほうが誰かが意識的に決めた規範を信念にしてしまう可能性が高いのですね。

ただ、あたしは欧米に住んだことがないのでわからないのですが、こういう理論(?)武装しないとつらかったのではないかなと思いながら読んでいました。
米国に就職した知人が、民族・人種意識をつらがっていたのを思いだしたからです。
はっきりと差別されるわけではないそうですが。 (2006.03.24 09:48:26)

Re[2]:「国家の品格」の感想(03/05)  
にゃあ さん
(追記)
差別される側が「なになに人は綺麗だ」とか「なになに人はすごいんだ」とか言うのは、差別する側の論理を自分の中に取り込まないようにするのに必要な時もあると思います。確かに、差別する側を逆に差別しているという意味では差別意識なのですが。

でも、この環境でこのような書籍であると、実際に差別されている感覚のない人が、無意味な優越意識を持ってしまう危険があると、上のコメントを書きながら思いました。そういう部分を危惧されていたのですね?
(理論武装の対象も、自由、民主主義、武士道精神だったりと問題ありそうなところも多いし。) (2006.03.24 10:23:55)

Re[3]:「国家の品格」の感想(03/05)  
亭主 さん
にゃあさん

renqingさんのところのコメントやりとりでも書いたので、ちょっとコピペしますね。

> そう、藤原氏には、捻くれたエリート自負があり
> ますね。
>
> もう、「○○は日本だけだ」みたいなことを言い
> たがる時点で、かなり怪しい。というか、そんな
> ことわざわざ主張しようとするなんて、偉く自尊
> 心でも傷つけられたことでもあるのかなぁと思っ
> てしまいます。
>
> 森巣博は『無境界家族』でこう書いてます。
>
> じつは、「われわれ日本人」という強烈な思い込
> みを持つ人たちが、なんらかの事情によって、
> 「ガイジン」恐怖症に悩んだ海外生活体験者であ
> るのは、「知」の世界ではよく知られている。
> (p.231)
>
> そして厄介なことに、右の連中は、日本のエリー
> トたちなのだ。・・・彼ら彼女らの体験した「海外不
> 適応」を、自らの個の次元での失態として、捉え
> るわけにはいかない。エリートは自己否定をして
> はならない。そんなことをすれば、彼ら彼女らを
> エリートたらしめた「制度」そのものの否定に繋
> がる。(同)
>
> まあ、その反動が日本を特別だと言いたがる気持
> ちに繋がっている、といったような考察になって
> います。
>
> もちろん、著作もあるくらい。藤原氏も海外生活
> 体験者ですねぇ。

つづく (2006.03.24 23:48:48)

Re[3]:「国家の品格」の感想(03/05)  
亭主 さん
つづき

「こういう理論(?)武装しないとつらかったのではないかな」というのはその通りだと思います。
すべての原因は、ここにあるのでしょう。

ただ、私の危惧はご指摘のところとはちょっとずれます。

たしかに「差別する側の論理を自分の中に取り込まないようにする」のは大切ですが、その方法は自分の所属する集団を無思考に誇る態度しか無いでしょうか?
私は、違う道を探りたいわけです。

差別は差別を呼びます。弱い者は更に弱い者を責めます。その構造を打破するには、白人に「日本人」を対置してもしょうがないのではないでしょうか。

以前「敵に似た者になるな」で書いたのはそういうことなんです。 (2006.03.24 23:49:11)

Re[4]:「国家の品格」の感想(03/05)  
亭主 さん
上で「敵に似た者になるな」と書いたのは、「昨今の政治状況への危惧」の間違いでした。 (2006.03.25 14:50:28)

ネット上の変な人  
ヨコタ さん
私は以前みずからブログを開設していた者です。そのとき、ハラナ・タカマサとかいう人物がトラックバック機能を使って意味不明の駄文を送ってきました。それでいぶかしく思った私は、彼のブログにコメントを書き込もうとしたのですが、いかんせん重くてなかなか彼のブログが開けませんでした。ようやく開いて、さてコメントを書き込もうとしても、コメントが書けないのです。
あちこちに自己顕示欲を満たすために、トラックバック機能を使いたい気持ちは理解できないこともないのですが、批判するにせよ同調するにせよ、他者のコメントを受け入れないなんてネット上でのエチケットをまるで心得ていない輩だなと思いました。
なにか価値ある著作物でも執筆しているのかなと思い、国立国会図書館の蔵書検索をしてもなんらヒットしません。ネット上で自己顕示欲を満たすのは結構だが、それを足がかりにして有名人になろうとしても、しょせんは内弁慶、他人から失笑を買うしかないということをご存知でないアワレな知識人モドキと、思わず笑いがこみ上げる今日この頃です。 (2006.07.02 13:46:51)

Re:ネット上の変な人(03/05)  
亭主 さん
ヨコタさん、コメントありがとうございます。

>私は以前みずからブログを開設していた者です。そのとき、ハラナ・タカマサとかいう人物がトラックバック機能を使って意味不明の駄文を送ってきました。それでいぶかしく思った私は、彼のブログにコメントを書き込もうとしたのですが、いかんせん重くてなかなか彼のブログが開けませんでした。ようやく開いて、さてコメントを書き込もうとしても、コメントが書けないのです。

なるほど、私の時は結構簡単に書けましたが、何かあったのでしょうか?


>あちこちに自己顕示欲を満たすために、トラックバック機能を使いたい気持ちは理解できないこともないのですが、批判するにせよ同調するにせよ、他者のコメントを受け入れないなんてネット上でのエチケットをまるで心得ていない輩だなと思いました。

う~ん、それが事実であれば、その通りですね。ただ、ハラナ氏がコメントを受け入れてないとは個人的には思えないのですが(あらしでない限り)。今度私も確かめてみますね。


>なにか価値ある著作物でも執筆しているのかなと思い、国立国会図書館の蔵書検索をしてもなんらヒットしません。ネット上で自己顕示欲を満たすのは結構だが、それを足がかりにして有名人になろうとしても、しょせんは内弁慶、他人から失笑を買うしかないということをご存知でないアワレな知識人モドキと、思わず笑いがこみ上げる今日この頃です。

私はハラナ氏のブログを見ていますが、結構価値あることを書いてると思ってます(まあ、私の眼力なんかあてになりませんが)。
内容が大切なはずで、それを書いた人が有名かどうかで判断しちゃしょうがないですよね。。

またコメントされてみたらいかがでしょう。私も試してみます。 (2006.07.03 14:56:29)

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