2002年01月13日
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ハウスの視察が終わった時、ちょうど小学生の昼食下校に出会った。数人ずつひとかたまりになって、三々五々村の方向へ歩いていく。中国の小中学校では昼食は家で食べるのが一般的だ。男子も女子もズボンにジャンバー姿(綿入れかも知れない)が多い。ジャンバーの袖は日本のように絞ってなくて、みんな反対側の袖の中に手を入れて前で腕を組んで歩いている。いかにも中国らしい光景だが、なるほどこれは防寒には便利だ。それにしても子供の数が半端じゃない。100人くらいはいそうだ。「一人っ子政策」で一家に1人のはずだから、この地方の集落は200~300軒くらいが単位なのかもしれない。

私達はこの後、農業科院及び蔬菜技術協会を訪問したので、けん(さんずいに径の右)陽県へ帰ったのは1時過ぎだった。街に入ると道端でミカンを売っている女性をたくさん見かける。自転車の荷台に振り分けに竹の籠をつけて、それにいっぱいミカンが入っている。荷台のところにはお供えのようにミカンをきれいに並べて盛ってある。もっと本格的なものになると、歩道にテーブルを並べて、その上にきれいにディスプレイされたミカンや、リンゴ、バナナなどを売っている店もある。真昼間だというのに道端にたむろして何もしていない人たちがいっぱいいる。中国へ来るたびに思うのだが、時間の流れ方が日本よりずっとゆっくりしている。

昼食は農業局の主催で歓迎の宴会となった。メインストリートにある「民楽大酒店」の入り口にはまだ「春節」の看板がかかっていた。左右には赤地に金文字の垂れ幕「新歳送来吉祥意」「嘉賓雅会民楽楼」。二階に上がって細くて長い廊下を通り、一番奥のこじんまりとした部屋に案内される。早速料理が運ばれてきた。最初は羊の血のゼリーや、犬の肉。犬の肉はトウガラシやニンニクの香辛料が効いていて、味はよくわからない。

課長さんの歓迎の挨拶があり、透明なグラスに透明な新疆ウイグルのお酒が注がれて最初の「乾杯」をした。私は酒が飲めない体質なのだが、グラスがとても小さかったし、せっかくの歓迎会を最初から断るのも気がひけたので、この一杯は飲み干した。喉の奥がカーと熱くなった。アルコール度は52%だと言う。その数分後、私は意識不明になり隣のK君のほうへ倒れかかったそうだ。

苟さんと店の人に抱えられながら別の部屋へ運ばれ、ベッドに寝かされた。1時間ほど布団をかぶって寝ていたら、ようやく起き上がれるようになった。部屋に戻ると宴会は終盤にさしかかっており、お互いに中国式の乾杯(かんぺい)の応酬をやていた。中国では自分のグラスには自分で酒を注ぐ。それを持って立ち上がり、一気に飲み干す。全部飲んだと言う証拠に杯を反対にひっくり返す。すると、また次の人から「乾杯」の要請がある。したがって招かれた方は必然的にかなりの量を飲むことになってしまう。私は最初に倒れて正解だったかも知れない。しかしあとで聞くところによると、メインディッシュは北京ダックだったそうだ。中国へ来たらぜひ食べたかったのに、とても残念!!※この2年半後、ようやく北京にて悲願を達成。(笑) (興味のある方はこちらからどうぞ)






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最終更新日  2002年01月13日 12時17分37秒
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