2002年07月09日
XML
テーマ: 京都。(6330)
カテゴリ: カテゴリ未分類
出発から25分ほどでトロッコ亀岡駅に到着した。終点では、なぜこんなに?と驚くくらい大勢の乗客が待っていた。tetywestたちが乗ったトロッコ列車は第2便だったのだから、このお客さんたちは第1便で来た人たちか、そうでなければわざわざJRでこちら側まで来て、帰りをトロッコ列車で帰ろうという人たちなのだろうか。しかし、普通は亀岡まで来るのは保津川下りが目的だろうから、tetywestにはこんなに帰り便の乗客が多い理由はわからなかった。まあ、理由が何であれ乗客が多いのは嵯峨野観光鉄道にとっては嬉しいことに違いない。

ここから保津川下りの乗船場までバスに乗って移動する。バスはいったん国道9号線に出て、JR亀岡駅前を通り乗船場へ向かう。バスの車内放送で、亀岡は明智光秀の領地だったことを知らされた。光秀が築城した亀山城があるのだそうだ。京都のすぐ隣とは思えないほど、山に囲まれたのどかな田園風景が広がっていた。15分ほどで乗船場に到着した。

切符売り場で、予約のとき名前を書き込んだカードを渡す。もし遭難した時の用心なのだろう。そのとき改めてテーマパークのアトラクションとは違うのだと意識した。乗船場では船頭さんたちが20人くらい木陰で休んでいた。若い船頭さんも結構多い。船頭さんはたぶん農家の副業なのだろうと思う。1人3900円の料金で22人乗れば9万円弱。3分の1が船頭さんの取り分としても2時間で1万円なら、割のいいアルバイトになる。保津川下りは地元の雇用対策に大いに貢献しているのだろう。

船は22人の乗客を乗せると、すぐに出発した。先頭で竹竿を持っているのは70歳くらいの船頭さん。前で櫓を漕ぐのは60歳くらい、船の後ろで櫓を漕いでいるのは30歳くらいの若い船頭さんだった。船は櫓が軋む「ギーッ、ギーッ」という音と共に緩やかな流れの保津川へと滑り出した。川の水は昨日の雨のためか、少し濁っている。しばらくは櫓を使わないと進まないくらい緩やかな流れだった。前で櫓を漕いでいる船頭さんが解説してくれる。

「保津川下りは亀岡から京都の嵐山まで16キロの渓谷を下るスリルに富んだ豪快な船下りです。今日はおよそ1時間40分ほどかかります」
「この保津川下りは今から400年ほど前に角倉了以(すみのくらりょうい)が米、木材、薪炭等、丹波地方の産物を京へ送るため産業水路として開いたもので、以後明治時代まで300年間ずっと実際に使われていました。」
「今日では『世界の名勝・保津川下り』として、内外から多くの観光客が訪れています。春は桜、夏は岩つつじ、新禄、秋の紅葉、冬は雪景色と四季それぞれの趣きをもった美しい景観は保津川ならではのものです。今日はゆっくりとお楽しみください」
「途中の急流では、川幅が狭く危険なところがたくさんあります。決して船べりから外へ手を出さないように注意してください。」

右手の河原では鷺がじっと魚を待っている。船が近づいても全然知らん顔をしている。船頭さんが「あの石の上ですっぽんが甲羅干しをしている」と指差した方を見たのだが、どこにいるかわからなかった。後ろを振り返るともう1艘の船が続いていた。そちらもほぼ満員のようだ。

トロッコ亀岡駅が見え始めた頃、ようやく最初の急流にさしかかった。と言ってもこれは落差1メートルほどのコンクリート製の堰を乗り越えるだけだったのだが、船内からは思わず歓声が上がった。そこからはまたしばらく櫓を漕がないと進まない。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2002年07月09日 22時16分17秒
コメント(4) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

カレンダー

キーワードサーチ

▼キーワード検索

コメント新着

鶴亀彰@ Re:50年前のビデオ(2)(08/08) 突然のメールで失礼致します。私はカリフ…

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: