アンソニー・ロビンス著『人生を変えた贈り物』の中に、こんな話しが出ていた。
それは、ドライビングスクール教官の話というか講義。
「車がスリップし始めると、人は一番怖いものに集中してしまう。つまり壁を見てしまう。壁を見てしまうがために壁に突き進んでしまう。しかし見なければならないのは、壁ではなく、助かるスペースなのだ。自分の行きたい方向へ意識を向けなければならない」
僕は過去二度、事故を起こしたことがある。
一つは、コンビニの駐車場で後ろをよく見ずにバックして、他の車にぶつけた。
まったく不注意だった。
もう一つは、追突事故だった。
東名高速を降り、町田へ向かうところ、陸橋を下ったところの信号が見えていなかった。
陸橋を登ったときに見えた、その先の信号を見ていたのだ。
前の車が止まっているのに気づき、あわててブレーキを踏んだ。
その瞬間は、前の車との距離がまだあったので、なんとか止まれると思った。
ところが、その時は雨だった。
しかも高速を降りたばかりで、スピード感がずれていた。
どんどん車が近づき、必死にブレーキを踏むが、車は制御できない。
信じられないという思いが頭いっぱいに広がり、ついにその車に激突した。
後で考えれば、危ないと思ったときに、となりの車線に移るべきだった。
それくらいの時間的猶予はあった。
だけど、それができなかった。
僕の視線も判断も、前の車にロックされてしまったからだ。
なんで避けなかったが自分で不思議で、悔やんでいたが、今謎が解けた気分だ。
人は怖れるものに向かってしまう。
あの時、僕は疲れていた、体も、人生そのものも。
幸い人身事故にはならなかったが、この事故以来、僕の精神状態は不安定になっていった。
いや、すでに精神の支障が出ていたために正しい判断を逃したのかもしれない。
避けなければならない障壁に突き進み、そうなって欲しくない状況のほうへ舵を切ってしまう。
それ以来、人生の選択も、間違い続けた。
密かに自分の恐れていた事態に、自ら落ち込んでいった。
それから、2年ほど辛い毎日を経験した。
仕事を辞め、借金が膨れた。
絶望という闇に行く手を塞がれ、どうしようもなくなった時、最後の道を選ぶしかないと思いつめた。
僕は死の淵に立ち、飛び降りる間際まで追い詰められた。
その時、僕を救ったのは、娘だった。
彼女は何も知らない。
ただ、高校の朝連にばたばたと出かけて行っただけだ。
僕はその時、何日も眠れず、吐き続け苦しんでいた。
眼の前には黒い渦が巻いており、今にも吸い込まれそうな思いに、耐える力もなく包まれていた。
しかし、娘の騒々しく出かける音、後姿に、はっとする思いがした。
子供達が、当たり前に学校へ行く姿が、僕を冷静に導いた。
僕は、なってはならない姿を凝視し、一途に向かっていた。
ぶつかるぶつかるぶつかるぶつかる…
まさに、ぶつかる寸前でハンドルを切った。
眼の前がさあっと開ける思いがした。
僕は踏みとどまった。
あれから四年。
いくつかの問題を整理しつつ、何とか前向きに生きている。
時々思い出すけど、あの時は危なかった。
本当に、娘には感謝している。
そして、その娘が、今日、成人式を迎えた。
生まれてはじめての着物に身を包み、あの日と同じように朝からばたばたと支度をしていた。
この先この子にどれだけのことがやってやれるかわからないが、僕の命に見合う分は果たしたい。
『人生を変えた贈り物』から話しはそれてしまったので、最後に引用を一つ。
成功は正しい判断の結果であり
正しい判断は経験の結果である
そして経験はほとんどの場合
誤った判断の結果である
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