中東和平直接交渉が再開
イスラエルのネタニヤフ首相とパレスチナ自治政府のアッバス議長が、米国務長官ヒラリー・クリントンの仲介で中東和平直接交渉をワシントンで再開した。
アメリカの顔を立てる意味で、とりあえず双方がテーブルに着いた。
この問題を解決するには、永年にわたる怨念をすべて水に流し、第三者による和平案を無条件に受け入れるしかない。
不可能ではないが、とても困難だ。
1948年にイスラエルが建国宣言をして紛争が始まり、そのつど和平交渉があり、決裂し、新たな戦争(第1次~5次)が起き、また和平決議があり、破棄、と繰り返してきた。
1993年には、夫のビル・クリントン大統領の仲介で『オスロ協定(パレスチナ自治区承認、イスラエルの暫定的撤退)』が成立し、PLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長とイスラエルのラビン首相、ペレス外相がノーベル平和賞を受賞した。
しかし、ラビン首相は和平反対派に暗殺され、一方アラブ側もイスラム原理主義の非PLO組織"ハマース"が勢力を伸ばし、イスラエルに対するテロ攻撃が激化する。
今回の交渉も、アラブ連盟の「紛争終結に向けた真剣な提案」がない限り、いかなる交渉も支持しないという宣言で暗礁に乗り上げている。
2009年のアカデミー賞外国映画賞で、『おくりびと(滝田洋二郎監督)』より有力視されていた映画が『戦場でワルツを(アリ・フォルマン監督)』というイスラエルの映画だった。
イスラエル国防軍として、レバノン内戦に従軍した当時19歳のフォルマン自身の経験と悪夢が描かれている。
イスラエル人だって戦争がいいとは思っていない。
アラブ人とユダヤ人がお互いを理解しあって、仲良く暮らせるようになるには、どれくらい待たなくてはならないのか。
少なくとも、その方向を目指さなければ、永遠にその日は来ない。
42)金正恩氏が後継に確定
北朝鮮の金正日(キム・ジョンウィル)総書記の三男、金正恩(キム・ジョンウン)が朝鮮労働党代表者会と党中央委員会総会で、後継者としての地位を確定した。
キム・ジョンウンは最近まで"正雲"という字が当てられていた。
"正恩"が正しいのなら、政府もメディアも貧困な情報しか持っていなかったと言うことだ。
脅威を語る人たちも、憶測で言っているだけではないか。
すぐに"拉致問題"を口にするが、解決へ向かいたいのであれば、怨恨を封印し、すべてを許しあうしかない。
【10月】
43)米航空2社が合併、世界最大規模に
米ユナイテッド航空と米コンチネンタルが合併した。
僕の中のアメリカの航空会社は"パンアメリカン航空"だった。
"パンナム"と呼ばれ、ジャンボジェット機で、地球のロゴとともに世界を席巻していた。
大相撲での「ヒョー、ショー、ジョウ」というわざとらしい外人言葉も懐かしい。
それが、いつの間にか消えていた。
諸行無常、盛者必滅。
44)ノーベル平和賞に中国民主活動家の劉氏
劉曉波は、人権活動や民主運動に参加する反体制作家で、2008年に民主的立憲政治を求める零八憲章 (中国共産党の一党独裁の終結、三権分立、民主化推進、人権状況の改善などを求めた宣言) を起草して拘束され、2020年6月21日までの懲役刑の判決を受け錦州監獄で服役中。
「国家政権転覆煽動罪」と言うのが罪名である。
「零八憲章」は、坂本龍馬の「大政奉還」に匹敵する。
中国政府はこれに対し、ノルウェー・ノーベル平和賞委員会に抗議。
国内においては、ノーベル平和賞受賞のニュースを伝えるCNNやNHKワールドの番組をシャットアウト、ネット上からも情報が消えた。
中国で開催された第60回ミスワールド大会では、ノルウェー代表には低い点を入れるように選考委員に対し露骨な圧力が加えられ、優勝候補のミス・ノルウェーのマリアン・バークダルは5位にも入れなかった。
ノルウェー製品の不買運動が行われ、村上春樹の『ノルウェーの森』を発禁にしたと言うのはジョーク。
45)チリ鉱山落盤事故、33人「奇跡の救出」
読売新聞、読者が選んだ海外10大ニュース第一位。
救出の場面がTVで映し出され、多くの感動を呼んだ。
落盤事故が起きたのは8月5日。
作業員33人が地下700メートルの坑内に閉じ込められた。
絶望視されていた生存が確認されたのは、事故発生から2週間後だった。
緊急時用の食料を、「48時間ごとにマグロの缶詰を小ぶりのスプーンに2杯、牛乳を一口、ビスケットを1枚」で分け合い凌いだ。
この過激なダイエットで、全員10キロほど痩せていた。
救助隊の確認のために待避所まで掘ったドリルの先についていた、「我々33人は待避所で無事である」という紙を発見した時、チリ国民は歓喜に溢れかえった。
これにより、ビニェラ大統領は支持率を10%上げた。
約70日間の過酷な地下生活を耐え抜いた作業員らは「英雄」になった。
退院後のマリオ・セプルベダの言葉によれば33人は「一人一票制の民主主義を採用していた。脱出口を探したり、士気を高めようと皆で頑張った」。
またこうも言っている。「もし関係が破綻したら、みんなお仕舞いってことは誰もがわかってた。毎日別の人間が何かしら不始末をやらかしたけど、そういうときはいつでも、みんながチームとして士気を維持しようとしていた」。
セプルベダはじめ古参の鉱夫は若い人間をよく助けたが、鉱山内で起こったことの詳細、特に絶望的だった最初の何週かに起こったことについては口を閉ざすよう皆で誓った、と彼は言う。
アバロスもまた、地下で生き残るため空腹に打ち勝とうと力をあわせた。
「まとまりになれば、頑張りとおせる。希望をもっていられる。生き残るとみんなが信じなければいけなかった」と語っている。
かつてプロのサッカー選手だったフランクリン・ロボスは自分たちが素晴らしいサッカーチームであるかのように行動したという。
「酷いことが起きたけど協力しあった。何もなかった、水が飲みたくても飲み物なんてどこにもなかった時も。僕らは協力しあったんだ。食べるものもなくて、スプーン一杯のツナ缶を口にしたぐらいだった時も。それで本当に結束することができた」。
等しい困難に襲われた時、人は協力し合える。
このドラマは映画化されることが決定している。
ただ、この事故により会社は倒産、難を逃れた他の作業員は全員解雇になった。
46)習近平氏が胡錦濤主席の後継に
習近平は昨年12月来日し、天皇陛下と会見をした。
陛下のご予定は1ヶ月前に事前申請(1ヶ月ルール)が必要であったが、小沢一郎の圧力で会見が可能になった。
不満を漏らす宮内庁長官に、小沢が「役人風情が―異論があるなら辞任せよ」と恫喝したとか。
党内順位6位の習にそこまで肩入れするのはいかがなものかと言う知識人もいたが、一年後にこうなってみると小沢の慧眼に敬服する。
日本にとって習近平は吉か凶か、世界にとってどうなのかは未定。
【11月】
47)米中間選挙で民主党大敗
『中間選挙』とは、二年ごとに行われるアメリカの連邦議員選挙の、大統領選挙と重ならない方のこと。
大統領に対する信認評価をする意味が強く、たいがい与党が負ける。
最近では唯一、9.11後のブッシュ共和党が勝った例があるが、その判断が間違っていたことが判明するのに、それほど時間はかからなかった。
新大統領に対しては、期待が大きく支持率も高くなるが、政策が施されるにつれ、様々な面で期待は裏切られ、反発票が入れられる。
それでもオバマの支持率は40%ほどで、菅首相の22%よりよっぽどいい。
48)ミャンマーで20年ぶり総選挙、スーチーさん解放
軍事政権の翼賛政党「連邦団結発展党(USDP)」が8割の議席を抑え圧勝。
竹山道夫・作「ビルマの竪琴」のビルマのことである。
太平洋戦争中、スーチーの父親であるアウンサン率いる「ビルマ独立義勇軍」と日本軍はともに支配していたイギリスと戦い、これを駆逐しビルマは独立した(1943年)。
しかし、日本軍の旗色が悪くなると、アウンサンはイギリスと手を結び連合国軍の指揮下に入る。
日本軍を倒すが、イギリスは独立を認めず、アウンサンは政敵により暗殺される(1947年)。
その翌年、ビルマ連邦として独立するが、中国(国共抗争に敗れた国民党軍)や隣国タイなどの干渉や、内部の民族対立などで安定せず、ネ・ウィン将軍により軍部クーデターを招く(1962年)。
軍事独裁体制は経済状況を悪化させ、ネ・ウィンは退陣、民主化へ向かうが、再び軍事クーデターが起きる(1988年)。
アウンサンスーチーは国民民主連盟(NLD)を結党するものの、自宅軟禁されてしまう。
1990年総選挙が行われ、NLDが圧勝するが、軍政はこれを拒否、民主化に弾圧を加える。
これが国際的な非難を呼び、スーチーはノーベル平和賞を受賞する。
というのが20年前までの話。
2007年、ジャーナリスト長井健司氏が、ヤンゴンのデモ隊を撮影中、軍の治安部隊から至近距離で射殺された。
その映像がTVに流れ衝撃を受けたが、時の福田康夫首相は「お悔やみを申しあげる」と言ったものの、抗議や制裁は行わなかった。
最新のニュースで、「ウィキリークス」によると、軍事政権が秘密の核地下施設を建設中で、北朝鮮の技術者が目撃されたという情報が米国に送られていた。
"ラングーン事件(1983年韓国全斗喚大統領爆殺未遂事件・アウンサン廟で韓国閣僚など47人が爆破テロにより死亡した)"以来、国交断絶していたはずだが?
49)北朝鮮にウラン濃縮の新施設
北朝鮮・寧辺(ヨンピョン)の核施設を訪問した米国の核専門家が、ウラン濃縮施設に案内されたことを公表した。
「核兵器持ってるぞ!」と宣言したと同じ。
50)北朝鮮が韓国を砲撃、韓国側で民間人を含む死者4人
黄海上の南北軍事境界線に近い延坪島(ヨンピョンド)に向けて北朝鮮軍が砲撃を行った。
韓国軍も応戦して抗戦状態になり、韓国軍兵士と民間人計4人が死亡した。
1953年の休戦協定以来、初の交戦勃発で、すわ開戦か?とも思われた。
米韓共同軍事演習に抗議したつもりのようだが、核施設をさらしたのは、ここにいたるための布石だったのか。
はたまた命令系統の混乱か。
北朝鮮の望む落としどころは不明。
51)内部告発サイト「ウィキリークス」が米国務省公電を公開、機密情報流出
今年の最大のニュースはこれであったが、日本では“市川海老蔵事件”がかぶり、ほとんど黙殺されていた。
http://diamond.jp/articles/-/10485
「知らしむべからず、依らしむべし」とは論語の言葉だが、これからは特別な人間だけがしている秘密というものを持つのが困難になる。
年内に終わらせようと、急いでしまいました。
とりあえずこれまで、読んでくれてありがとう。
良いお年を
祝WBC優勝 大谷翔平選手に感謝 2023年03月24日
河野太郎と原発と太陽光パネル 2023年02月21日
2022年を振り返って 2022年12月20日
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