【10 月】
44 )連邦予算巡る与野党対立で米政府機能が一部停止
医療改革保険法(オバマケア)を巡って、下院で多数を占める共和党が支出増大を招くと反対し、上院で多数の民主党が最重要課題で譲れないとしたため、予算が成立しませんでした。
日本の場合は同じ二院制でも衆議院の優位が決まっていて、採決にねじれが出た時は衆議院の決定に従いますので、予算不成立と言うことにはなりません。
アメリカの場合は上下院の権限は平等なので、双方が意地を張れば予算不成立と言うこともありえるのです。
その結果「政府機関」が閉鎖され、多くの公務員は無給の自宅待機となり、政府の事業所は閉鎖、国立公園や図書館・博物館も閉鎖、パスポートの発給も停止、薬品の臨床試験所も閉鎖、その他いろいろ国民生活に支障をきたしました。
結局デフォルト(債務不履行)回避のため与野党が合意し、政府閉鎖は解除されましたが、この間の損失は2兆3千億円と言うのだから、高価な維持の張り合いでした。
アメリカの政府閉鎖は5回目だと言うから、懲りないようです。
もっとも、「民主主義」と言うのは、寄り道したり遠回りしたりして、ゆっくりゆっくり醸成されてゆく物らしく、これぐらいは民主主義のコストと考えているのでしょう。
勢いやムードで決めた事に、ろくなものがないのも確かですから。
45 )ノーベル平和賞に化学兵器禁止機関
2013年のノーベル平和賞は、パキスタンの人権運動家マララ・ユサフザイさんだともっぱらの評判でした。
マララさんは2009年11歳の時に、武装勢力パキスタン・ターリバーン(TTP)の支配下にあったパキスタンのスワート渓谷で恐怖に怯えながら生きる人々の惨状を、BBC放送のブログに匿名で訴え、ターリバーンによる女子高の破壊活動を批判、女性への教育の必要性や平和を訴える活動を行っていました。
パキスタン軍がスワート渓谷からターリバーンを一掃したことで、彼女の本名が明かされたのですが、それで命を狙われることになりました。
2012年通っていた中学からの帰りのスクールバスが、複数のTTPの男に襲撃され、頭部と首に銃弾を受けました。
危険な状態でしたが奇跡的に一命は取り留め、イギリス・バーミンガムの病院で治療し、1月に退院していました。
7月12日に国連本部で演説をしました。
国連はマララの誕生日である7月12日を「マララの日」と制定しました。
これが演説の一部ですー
《親愛なる少年少女のみなさんへ、つぎのことを決して忘れないでください。マララ・デーは私一人のためにある日ではありません。今日は、自分の権利のために声を上げる、すべての女性たち、すべての少年少女たちのためにある日なのです。
何百人もの人権活動家、そしてソーシャルワーカーたちがいます。彼らは人権について訴えるだけではなく、教育、平和、そして平等という目標を達成するために闘っています。
何千もの人々がテロリストに命を奪われ、何百万もの人たちが傷つけられています。私もその1人です。
そして、私はここに立っています。傷ついた数多くの人たちのなかの、一人の少女です。
私は訴えます。自分自身のためではありません。すべての少年少女のためにです。
私は声を上げます。といっても、声高に叫ぶ私の声を届けるためではありません。声が聞こえてこない「声なき人々」のためにです。それは、自分たちの権利のために闘っている人たちのことです。平和に生活する権利、尊厳を持って扱われる権利、均等な機会の権利、そして教育を受ける権利です。
親愛なるみなさん、2012年10月9日、タリバンは私の額の左側を銃で撃ちました。私の友人も撃たれました。彼らは銃弾で私たちを黙らせようと考えたのです。でも失敗しました。私たちが沈黙したそのとき、数えきれないほどの声が上がったのです。テロリストたちは私たちの目的を変更させ、志を阻止しようと考えたのでしょう。しかし、私の人生で変わったものは何一つありません。次のものを除いて、です。私の中で弱さ、恐怖、絶望が死にました。強さ、力、そして勇気が生まれたのです。
私はこれまでと変わらず「マララ」のままです。そして、私の志もまったく変わりません。私の希望も、夢もまったく変わっていないのです。
親愛なる少年少女のみなさん、私は誰にも抗議していません。タリバンや他のテロリストグループへの個人的な復讐心から、ここでスピーチをしているわけでもありません。ここで話している目的は、すべての子どもたちに教育が与えられる権利をはっきりと主張することにあります。すべての過激派、とりわけタリバンの息子や娘たちのために教育が必要だと思うのです。
私は、自分を撃ったタリバン兵士さえも憎んではいません。私が銃を手にして、彼が私の前に立っていたとしても、私は彼を撃たないでしょう。
これは、私が預言者モハメッド、キリスト、ブッダから学んだ慈悲の心です。
これは、マーティン・ルーサー・キング、ネルソン・マンデラ、そしてムハンマド・アリー・ジンナーから受け継がれた変革という財産なのです。
これは、私がガンディー、バシャ・カーン、そしてマザー・テレサから学んだ非暴力という哲学なのです。
そして、これは私の父と母から学んだ「許しの心」です。
まさに、私の魂が私に訴えてきます。「穏やかでいなさい、すべての人を愛しなさい」と。
親愛なる少年少女のみなさん、私たちは暗闇のなかにいると、光の大切さに気づきます。私たちは沈黙させられると、声を上げることの大切さに気づきます。同じように、私たちがパキスタン北部のスワートにいて、銃を目にしたとき、ペンと本の大切さに気づきました。
「ペンは剣よりも強し」ということわざがあります。これは真実です。過激派は本とペンを恐れます。教育の力が彼らを恐れさせます。彼らは女性を恐れています。女性の声の力が彼らを恐れさせるのです。
私たちは世界中の女性たちに、勇敢になることを求めます。自分の中に込められた力をしっかりと手に入れ、そして自分たちの最大限の可能性を発揮してほしいのです。
親愛なる少年少女のみなさん、私たちはすべての子どもたちの明るい未来のために、学校と教育を求めます。私たちは、「平和」と「すべての人に教育を」という目的地に到達するための旅を続けます。誰にも私たちを止めることはできません。私たちは、自分たちの権利のために声を上げ、私たちの声を通じて変化をもたらします。自分たちの言葉の力を、強さを信じましょう。私たちの言葉は世界を変えられるのです。
なぜなら私たちは、教育という目標のために一つになり、連帯できるからです。そしてこの目標を達成するために、知識という武器を持って力を持ちましょう。そして連帯し、一つになって自分たちを守りましょう。
親愛なる少年少女のみなさん、私たちは今もなお何百万人もの人たちが貧困、不当な扱い、そして無学に苦しめられていることを忘れてはいけません。何百万人もの子どもたちが学校に行っていないことを忘れてはいけません。少女たち、少年たちが明るい、平和な未来を待ち望んでいることを忘れてはいけません。
無学、貧困、そしてテロリズムと闘いましょう。本を手に取り、ペンを握りましょう。それが私たちにとってもっとも強力な武器なのです。
1人の子ども、1人の教師、1冊の本、そして1本のペン、それで世界を変えられます。教育こそがただ一つの解決策です。エデュケーション・ファースト(教育を第一に)。ありがとうございました。》
当然ノーベル平和賞受賞の流れになるかと思いきや、「彼女にとってあまりに大きな負担になる。彼女に栄誉を授ける理由は判りやすいが、彼女は若すぎる(16歳)」と言うことで今回は見送られることになりました。
ノーベル平和賞を与えたら必ず殺害すると言うターリバーンの強迫もあり、狂信的な過激派から狙われる危険も考慮しなければなりません。
それにしても代わりが「化学兵器禁止機関」って?
46 )北京の天安門前で車が歩道に突っ込み、炎上
中国でイスラム教のことを回教と呼びます。
中国の西域の国・回紇(ウイグル)族の信仰する宗教がイスラム教だったのでそう呼ばれました。
隣のチベットやモンゴルは仏教国なので不思議な気もしますが、ウイグル人はトルコ人なのです。
明らかに東洋系(モンゴロイド)と違う西洋系(コーカソイド)の堀の深い顔立ちの民族です(女性は特に美しい)。
中国に侵略される前は「東トルキスタン」という国名だったので、その名からしてトルコ系です。
現在は中国に併合されてしまった「新疆ウイグル自治区」の家族3人(夫と妊娠中の妻と70歳の母親)が、「天安門事件(1989年)」で有名?な天安門に車で突っ込み、ガソリン爆発で一家心中をしました。
死者5名(車内の3名含む)日本人1名をふくむ多数の観光客が巻き添えで負傷しました。
中国の新彊開発により、家を奪われた家族が腹いせに天安門で自殺したように見えましたが、中国政府はこれをウイグル・イスラム過激派のテロと断定、新彊ウイグル自治区へ軍隊を派遣、弾圧を強めるきっかけとしました。
チベット同様、中国政府の少数民族に対する弾圧は激しく、虐殺に近い制圧をしています。
なんでそこまでして他国の領土を欲しがるのかわかりません。
中国人の血のせいでしょうか。
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