《 幸せのひろいかた 》  フェルトアート・カントリー木工 by WOODYPAPA

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2014年02月07日
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カテゴリ: 幸せ読書日記

このコラムもいつの間にか500回を数え、アクセスも12万を越えました。

「継続は力なり」、積み重ねたものは形となり、身になります。

"老化"に備えて心身のメンテナンスをテーマに学びを続けていますが、"心"も"身体"も要(かなめ)となるのは"脳"であり、"脳"を活動させ鍛えることが心身の維持につながります。

様々な事象に自分の知識や経験と照らし合わせ、日々考えて書き残すことは脳のトレーニングには最適でしょう。

メンターの教えを地図として、自分のあるべき姿を求めて、幸せを体現するのが望みです。

去年は、シスター渡辺和子さんの『置かれた場所で咲きなさい』の紹介で開けました。 http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/201302110000/

新年にあたり、心の指針にふさわしいと思ったからですが、「置かれた場所で咲く」という言葉は、僕の信条となりました。

今年もこの路線を引き継ごうということで、再び渡辺和子さんの著書をテキストに、自らを省みたいと思います。


                          『面倒だから、しよう』渡辺和子著

「一回性」とは、この世の中で同じことは一回しか起きないということです。

同じようなことは何度もおきるかもしれません。

しかし全く同じことは二度とおきないのです。

辛いことも、嬉しいことも、人間には同じことは一回しかないのです。

そして、この先が大事なことですが、「どうせまた同じことをするんだからいいわ」と思っても、一回一回をていねいにしなければいけないということ。

人間にとって全く同じことは二度とあり得ませんから、今という時を大切にしないといけないのです。


僕の職場の今月のスローガンが「初心に帰る」です。

慣れと怠惰で疎かになった集中心を呼び覚ますのに、適切な言葉だと思います。

仕事はルーティンな作業を繰り返しているようですが、実は毎日が新たな機会なのです。

気持ちのあり方で、大切な機会が意味のあるものと、そうでない無駄なものとに分かれてしまいます。

そのシチュエーションに至るまでには、いろいろな偶然が重なって訪れているのです。

見えない力を信じるならば、一瞬たりとも疎かにできません。


つまずかない人生を送ることが、人間にとって大切なのではありません。

人間のこと、つまずくのはあたりまえ、ただ、その時くじけてしまわないことが大切なのです。

自分の愚かさに心を奪われ、我と我が身に愛想を尽かし、やけになったり、落ち込んでしまわないことが大事です。

ご自分も数々の失意を味わわれたに違いないイエスは、そんな私たちに向かって優しく、「くじけないでいいんだよ。古い荷物を重くしていた、うぬぼれや自尊心を肩から外してごらん」といい、新しい荷と軛(くびき)に取り換えてくださいます。

そして、柔和で謙遜になることこそが、くじけない秘訣であることを教えてくださるのです。


"うつ病"にならないタイプの人というのが、失敗の原因を他人や環境に転嫁できる人です。

つまり失敗を自分で受け止めないタイプの人は、うつ病にはなりません。

無責任で、ちゃらんぽらんで、嫌なこともすぐ忘れられる人はうつ病になりません。

うつ病を回避するという基準なら、そういう人は優れた人と言えます。

逆にうつ病に対し劣っている人というのは、几帳面、真面目、責任感が強い、努力家、思慮深い、正義感がある、我慢強い。

おおむね仕事ができて、思いやりがある人ですが、うつ病になりやすいという観点から判断するとダメな人なのです。

仕事ができるなんて、所詮人と比べてのことで、絶対的価値ではありません。

自分の力を過大評価しないで、逃げることも覚えましょう。

「誰のせいか」「なぜ、こういう目に遭うのか」という問いも、当然あってよいのです。

しかし、世の中には、「なぜ」という問いとともに、「何のために」という問いかけもあっていいのだと気付く時、自分の、その事がらに対しての理解が深まり、道も拓け、姿勢が前向きになるように思うのです。


人生は長編小説で、主人公は自分。

物語の途中の障害は、主人公を成長させるための仕掛けです。

必ず解決することになっています。

何か困難に遭遇したら、作者である神様からのメッセージだと思ってください。

「力に余る試練を与えない神」は、私の八十六年間の歩みの中に、結構たくさんの試練をくださいましたが、お約束通り、耐える力と、逃れる道を、その時々に応じて備えくださいました。

働き盛りの五十歳のときいただいたうつ病、六十代半ばでかかった膠原病、その副作用による骨粗鬆症、三度の圧迫骨折とその痛み、その一つひとつを、両手でいただいて、これからもみことばに支えられて生きてまいりたいと存じます。


誰にでも人生において、"試練"と呼ぶにふさわしい困難に何度か見舞われるでしょう。

人によって打ち寄せる障害の大きさは違いますが、問題はそれを受け止める側の心の準備なのです。

僕は差し迫った困難に対し、「案ずるより産むがやすし」と自分に言い聞かせて不安を払しょくするようにしています。

実際に、想像より大きなダメージを受けた経験はなく、自分を信じて正面から当たればなんとかなるものでした。

他人の目から見れば、不運の連続で目を覆いたくなるような人生でも"幸せ"だったという人もいれば、平穏無事で災禍なく過ごせた人生でも"不幸せ"だったと思っている人もいます。

前者は神と寄り添った人で、後者は自分を含めて何も信じることができなかった人なのでしょう。


思い切り仕返しをしたいと思ったこともあります。

それをしないですんだのは、幼い時から、相手のレベルに自分を下げてはいけないという、母の訓(おし)えのおかげであり、「許しなさい」という、キリストの言葉でした。

仕返しをしたら、どんなにスッキリするだろうという思いもありましたが、一方、したらしたで、今度は、相手を傷つけたことからくる心の痛みを、あじあわなければならなくなることを、苦い経験からならいました。

自分の心の痛みを癒すためには、まずは、「思いを断ち切ること」が大切です。

いつまでも傷にこだわっていると、その間、私は相手の支配下にあります。

人間ですから、きれいに断ち切ることは不可能です。

しかし、許すことで、相手の束縛から自由になれるのです。


「やられたらやり返す。倍返しだ!」という決め台詞のドラマが昨年はやりました。

"勧善懲悪"は社会のルールとして存在しますが、人の幸せの追求ということから見れば、ただのこだわりでしかありません。

「ならぬものはならぬ」という会津藩の話もドラマにしていましたが、その掟のせいで悲劇が起きてしまいました。

心は柔らかくしておかないと砕けてしまいます。

自分自身に対して素直であるということは、自分の信念に対して素直であるということです。

ところが、「その信念は間違っていますよ」と正された時、それを感情的に受け取らないで、客観的に考えてみる。

そして、相手の言い分が正しいと思った時は、「ありがとうございます」と応じる。

そうなるためには、自分との戦いが必要です。

相手の方にしてみると、叱らずに、放っておいても構わないのです。

愛情があったからこそ叱ってくれたのだと受け止める。

本当に愛情があったかどうかわからないこともあるかもしれませんが、「ありがとうございました」という言葉を聞くと、叱った人、怒った人も少し考えます。

するとお互いに少しずつ、素直になっていくことができるのではないでしょうか。

他人から注意や間違いの指摘を受けると、その内容よりも、誰に言われたか、どんな言い方で言われたかに感情が動き、素直に受け取れない場合が多々あります。

つい言い訳が頭に浮かび、自己弁護や間違いを誘引した環境批判をしたりします。

でも、それをしたら自分の損なのです。

親切で言ってくれた場合は、相手の機嫌を損ねますし、意地悪で言った場合にしても、間違いを是正するのに理由は関係ありません。

自分を正しいほうに導いてくれるのであれば、相手が天使でも悪魔でも感謝するべきでしょう。

一番の敵は、感情で平常心を阻害する自分自身かもしれません。




                 緊急告知


僕のもう一つの顔である創作家としての展示が、現在行われています。

同居人のブログに紹介が出ているのでご覧ください。

http://plaza.rakuten.co.jp/teddybearterrace/diary/201402060000/









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最終更新日  2014年02月07日 20時06分59秒
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Re:『面倒だから、しよう』 渡辺和子著(02/07)  
んおんおん さん
昔の日本人は、病気と闘わなかった。西洋では、昔から今まで、負けることを前提で、病気と闘ってきている。日本は、すべて西洋化していて、西洋のすべてを極限まで推し進めている。いいところを推し進めるのはいいが、今の日本は、病気と戦うことを極限まで推し進めている。その結果、病気と戦うことを極限まで行き過ぎるために、すぐ死ぬこともある。今の西洋はそこまでしない。だから、がんになったら、治療しないほうが、かえって、長く生きられるかもしれない。 (2018年03月14日 13時42分47秒)

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