《 幸せのひろいかた 》  フェルトアート・カントリー木工 by WOODYPAPA

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2014年04月03日
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カテゴリ: 幸せ読書日記

引き続き、アルボムッレ・スマナサーラ師の”仕事”に対する心構えの教を。

「テーラワーダ仏教長老」などと肩書が付きますと、雲の上の人のようで現実味に欠ける”お言葉”と先入観がまとわりつきますが、日常に立ったすぐにも効果が現れそうなアドバイスです。

現在の組織に悩む人も、新たな環境に臨む人もきっと役立つと思います。

まさに時間は「命そのもの」です。

私たちは時間を生きています。時間とは私たちの内側にあるものです。この考え方が出発点となります。

ところが残念なことに、多くの人は「時間は自分の外側にある」と思っています。たとえば会社で働く人は「朝九時に会社に行って、夕方五時まで働かなければならない」と考えています。これではまるで時間が外側にあって、拘束されている印象を受けます。

外側にある時間という代物に、自分が管理されている。知らず知らずのうちにそれが当たり前になっているのです。

本来、時間とは命そのもの。

そして、どんな時間も一回しかない。これが大前提です。

この本を読んでいる「いま」という時間は、未来永劫、二度と訪れません。たった一回限り。時間とはそれほどシビアで貴重なものなのです。

いまやらなくてはならないことは、いましかチャンスはありません。

時間とは「あなたの内側に存在しているもの」であり、「絶えず消え去っていくもの」なのです。 

〔宇宙が誕生してから、永遠に時間は流れていくと考えられていますが、あなたの時間はあなたが死んだ瞬間に止まります。

あなたの時間はこの世に限りある、ダイヤモンドよりも貴重なものなのです。

人の幸せは、時間があってこその幸せです。

この宝物を、ぞんざいにしていいはずがありません。〕

パーリ仏典の中に「スワチャ」という言葉が出てきます。

直訳すると「軽々といわれる」となり、ちょっと理解しにくいのですが、この言葉には「素直に人の教を受けられる」というニュアンスが含まれています。もし、みんながあなたにいろいろなことを教えてくれて、それを素直に受けているとしたら、あなたは「スワチャな人」といえるでしょう。

謙虚で、明るく、素直な人とでも表現すればぴったりです。

素直で謙虚。

これは、人としてとても大事なことです。

日々学び、真面目に経験を重ねないことには、本当の自信など得られるはずはありません。

そして「真面目に学ぼう」としている人は、当然謙虚になります。

「自信」と「謙虚」という言葉は一見すると相反するように見えますが、実は密接につながっているものなのです。

「自分が担える範囲はごくわずかだ」ということを知り、その部分において誠実に学ぼうとする謙虚な人が、最終的には本物の自信を得ます。

「私は自信がある」などと調子に乗って謙虚さを失ってしまったら、本物の自信など得られるはずがないのです。 

〔心をスポンジにして、一生吸収、一生学習です。

地位や権力を振りかざし、高飛車に接する人は哀れです。

傲慢不遜な人は、目の前の落とし穴に気が付いていません。〕

人を育てるに先だって、やらなければならないことは何か。

それは「自分を育てること」です。

自分一人の領域で仕事を完璧にこなすのと、「人を育てる」「人に教える」というのはまったく違う仕事です。そこに従事するからには、自分自身が人格者でなければなりません。

自分のことばかりを優先するようでは、他人を教えることなど到底できないからです。

そもそも「教える」とは、100%相手の立場に立って考えること。

どんなに立派な話をしても、相手が理解できなければ、教えたことになりません。相手が理解して初めて、あなたは「教えた」といえるのです。

教えるときに注意するべきポイントをもうひとつ。

それは「まず自分がやってみる」ことです。

ただ「これをやってみろ」ではなく、「私もやってみたら、こんな風にうまくいったので、ぜひあなたもやってみるといい」というのが基本スタンスです。 

〔有名な山本五十六の歌はまさにこのことです。

やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ  

「つい怒ってしまう」というのは、結局、そこで能力が底を打ったということです。

本当に優れた能力を持ち、余裕を持っている人は怒ったりしません。

自分自身に対してはもちろん、誰かがミスしたり、思うような働きをしなかったりしたために怒ってしまった時は、ぜひとも「ああ、私の能力もここまでか」と思ってください。

能力をつけるしかありません。

相手がどうであれ、自分の能力に余裕があれば怒らずに済んだのです。

怒りを静めるのではなく、そう簡単に怒りが湧き起ってこないレベルに達するしかないのです。

つまり私たちは、怒りの感情が湧き起った分だけ、再び努力して能力をたかめなければなりません。他人のせいにして怒っている場合ではないのです。 

〔『人はなぜ怒るのか』についてはこちら

http://plaza.rakuten.co.jp/sontiti/diary/201311010000/  〕


物事が予定通りに進まないのは当たり前。

これこそまさに世の常なのですが、なかなかそう思えない人も多いようです。

しかし本当に大事なのは、そんなものに左右されない「心の強さ」です。

自分が勝手に抱いた期待や希望が裏切られたといっては暗くなる。外部の環境が自分の思い通りにならなかったといっては暗くなる。

そんなことを繰り返していれば、あっという間に心は壊れてしまいます。

外部の環境はあなたの都合で変わってくれるものではありません。

それは仕事であれ、職場環境であれ、人間関係であれ、すべて同じです。

あなたの外側にあるものが、あなたの都合など考慮してくれるはずがないのです。もっといえば、あなたの期待を裏切ることばかりでしょう結局私たちは環境に適応することで、生きていくしかありません。環境を把握し、受け入れて、順応していくしかないのです。

その際もっとも大事なのが「いちいち心をゆさぶられないこと」。

何があっても何がなくても、予定通り進んでもすすまなくても、

「まあいいや。それはそれでよろしい」

と開き治って、淡々と、冷静な気持ちでいることが肝心。

物事を予定通り進めようと、無駄な労力を使って心を痛めつけるのではなく、何があっても平静でいられるよう自分の心を管理するべきです。 

〔幸せを呼ぶおまじない   「ま、いっかぁ」  是非お試しあれ。〕






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最終更新日  2014年04月04日 09時37分29秒
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