流通ジャーナリストの金子哲雄さんが亡くなって、もう2年が経ちました(2012年10月2日。享年41)。
僕の”ツンドク”棚から、金子さんの著書を発見、あのキャラクターからは意外な側面に感動しました。
1971年生まれですので、”バブル景気”時代に青春を送った世代です。
しかし、彼は努力の人でした。
そしてその努力の矛先に迷いがなく、明晰な目標を、冷静な判断と分析で、着実に達成していきました。
さすが慶應義塾高校、僕とは自頭が違います。
その高校時代に数学ができるクラスメートに、圧倒的な差を見せつけられ、数学の勉強をやめてしまいます。
「やっぱり好きなことで勝負しないと勝てない」
私は、何が好きなんだろう?
3歳の時に、初めてひとりで買い物に行かされた時から、「安く買う」ことが大好きだったことに気が付きました。
我が家の教育方法はちょっと変わっていて、なんでも実地で経験させるというものだった。
戦前生まれだったせいかもしれない。母は何かあると、「教科書ですら信じるな!」と言った。母の世代の子どもたちは、「正しい」と教わってきた教科書を、戦後になって墨で塗りつぶされた。戦前の新聞報道も、戦後になって正しくなかったことがわかったと言う。
だからこそ、「テレビも新聞も教科書も、間違うことがある」と。
「まず疑って、そして調べなさい」これが母の口癖だった。
「お小遣い=買い物のおつり」制度があり、必然的に、安いものを探す行脚が始まります。
チラシのチェックを日課とし、価格変動をグラフ化、商品の平均価格や底値がわかるようになります。
「今日はAスーパーで洗剤が安いよ」と母に教えると、「えらい!」と褒められるのです。
褒められて、うれしくて頑張った。
子供の良いところをほめることで、才能はどんどん伸びていきました。
商売の基本は、「相手を喜ばせる」ことだ。かつて、カセットテープを転売していた中学生の頃、地元の電気店の販売価格より安く売って利益を得ていたが、そこにも「友人が得をする」という視点があった。それと同じだ。
いつでも相手に喜んでいてほしい。
私は喜ばれるにはどうしたらいいか、といつも考えている。それは今でも変わらない。
慶応大学卒業後、石油会社に就職しますが、これはサラリーマンを経験するためだけの目的であり、1年で退職し、コンサルタントとして独立します。
中小企業の経営者向けの講演を引き受け、好評を得ます。
彼ら中小企業の経営者には、実はひとつ共通していることがある。
「1円でも安く!」
ここが大企業の経営者と違うところだ。彼らは、お金のありがたさを、身をもって知っている。だからそこをテーマにして話すことが、彼らの「喜ぶこと」につながるのだ。
例えば「お金をかけずに集客力を上げる」とか、「社員の給料を上げずにモチベーションを上げる」とか。「お金をかけずに××する」という、その後の私がさんざん話してきた内容だ。
流通ジャーナリストとして専門誌やビジネス系の雑誌に執筆するようになり、そこそこ稼ぐようになりましたが、30歳の時に転機が訪れます。
それは、後に奥様となる稚子(わかこ)さんとの出会いでした。
その日に取材で訪れた、水耕栽培のキノコ工場の話。稚子の反応は新鮮で、私の話を盛り上げてくれる。自分の「面白さ」が引き出されていく感じだ。
気づくと私は、矢継ぎ早に質問をしていた。どれもが「○○は好き?」という質問。私が期待していたのは、「嫌い」という反応だった。
「好きなもの」というのは、人それぞれだから、それが一致するのは難しい。でも「嫌いなもの」が一緒でないと、長く共にいるのは難しい。「嫌い」が共通しているかどうかが、いちばん大切な「判断のものさし」ではないだろうか。
ある著名な自己啓発系作家の名前を挙げると、稚子さんは即座に「嫌い」と返しました。
その作家にはどこかで、「奢り」を感じていて、「俺の言っていることを聞きなさい」と上から目線で威張っているように映る。
その作家の本を並べている人間を信用しないと言うと、稚子さんは「私もそう思う」と言いました。
金子さんはその瞬間、結婚を意識しました。
3か月後に、「300万円の年収で600万円の暮らしを保証するから」とプロポーズし、翌年から一緒に暮らし始めました。
稚子と暮らし始めて、私のアイデアはどんどんブラッシュアップされていった。
かつて、母から「えらい!」と褒められて、お買い得情報に目覚めたように、私は、他人を喜ばせることが好きだ。一番近くにいる大事な人が、自分の話に笑ってくれる。そのことがうれしかった。
私の中では、オイシイ話をひとりにとどめておくことに罪悪感があった。
「ひとりでも多くの人に言わなくちゃいけない」
という使命感があった。だから「稚ちゃん」という話を聞いてくれる相手と一緒に暮らすことが、私にはたまらなく幸せだった。
35歳で友人の紹介から事務所(オフィス・トィ・ワン)に所属し、女性週刊誌の記事が話題となり、テレビ出演の依頼が訪れます。
当時も今も、経済に関して話のできるコメンテーターはたくさんいる。
いったい、こうした先駆者たちと私の違いは何だろう?
私の取ったスタンスは、「女性の視点」だった。女性週刊誌の愛読で鍛えられた、いわゆるフツウの主婦の目だ。国際経済やユーロ安など大上段―はるか彼方の話から経済を語るのではなく、きゅうり一本の値段から国際経済を読み解こうとした。
「奥さん!今はエルメスが買いですよ!今、ヴィトン買わなきゃ!ケリーバッグ、これまで150万だったのが今、98万になってますよ」
金子さんの作戦は成功し、あっという間に売れっ子コメンテーターに躍進します。
『ホンマでっか!?TV』に出演するようになるのが2009年。
仕事の依頼はひっきりなしで、1日16時間労働が続きます。
我ながら、超人的なスケジュールだ。
大好きな自転車に乗って風を切って走る。街行く人をどんどん追い越していく。歩いている視線からすれば、自転車の視線は早送りだ。
私は人生を、自分で早送りしていたのかもしれない。速く走りすぎていたから、神様にブレーキを踏まれたのだろうか。
20010年秋から、金子さんは謎の咳に悩まされることになります。
顔もむくみ、明石家さんまから「むくみマン」と呼ばれていました。
忙しさの合間をぬって病院で咳止めをもらっていましたが、いよいよ尋常でない様子から胸部CTスキャンを撮ったところ「末期の肺ガン」という診断がでました。
正式の病名は「肺カルチノイド」。
数千万人に一人しか発病しない珍しいもので、専門的な論文も数本しかありません。
悪性の腫瘍が身体をむしばむ病気ということで、ガンと同じなのですが、治療法はありません。
専門医は「何もできない」としか言えず、余命についても「素直に申しあげますと、今すぐなくなったとしても、驚きません」という答えが返ってきました。
あとがきから 金子稚子
肺カルチノイド ー 「今すぐ死んでも驚かない」と医師から言われたほどに、金子が深刻な病状であると宣告されたのが500日前、2011年6月末のこと。夫・金子哲雄と併走した500日間のできごとが、今はまだ私の中に消化されないまま、静かに積み重ねられています。
「今、死んでもおかしくない」。つまり余命0日とすら医師から宣告されたあとも、心のどこかで、夫は死ぬはずがないと思っていました。今思うと、当時はそう思い込んでいたかったのかもしれません。
金子と私の関係は、「凧」と「凧を揚げる人」のようなものでした。
金子は凧です。放っておくと、どこまでも飛んで行ってしまう。私の役目は、ただ糸を持っていること。無理に揚げる必要はありません。どこまでも高く昇っていく。私はただ、金子が安心して高く高く昇っていけるよう、糸を離さないように持っているだけです。
金子はよく言いました。
「僕がへんなところに行っちゃいそうだったら、その時だけ、クッと糸をひっぱってくれる?」
愛情はあって当たり前。その上に、お互いに対して、深く信頼し合える関係でした。
「病気なのに、なぜこれほどまでにがんばれるのか」
仕事をセーブして少しでも休んでほしいとお願いしながらも、仕事が金子の生きる支えになっていることもよくわかっていました。
病気の前と変わらず、テレビにもラジオにも積極的に出演させていただきました。「激ヤセしている」とネットなどで話題になったようですが、「ダイエット中です」と本人がテレビで取り繕うと噂も下火になりました。それぐらい、やせてきてはいたけれど、テレビで見る限りは元気だったということなんだと思います。
今、金子と私は、あの世とこの世、別々の世界に生きています。でも不思議なことに、金子が私の側にいてくれることが、私にはよくわかっているのです。私の手の中には、まだ、金子の凧の糸があります。いえ、今度は、私が凧になっているのかもしれません。金子に導かれるように、さまざまなことが動いていくのを、毎日体験しています。私は、金子にクッと糸をひっぱられているのかもしれません。
病気のことは一切公表せず、乞われるままに仕事を引き受け、死の前日までインタビューに答えていました。
そして、自身の葬儀の段取りから、残される稚子さんの生活設計まできちんと立てて、金子さんは天に召されます。
今死んでもおかしくない、余命0日の宣告。
改めて思えば、人は皆、いつ死ぬかわからないものです。
紅葉を見に山に登って噴火に遭う人もいるし、大雨でがけ崩れに見舞われ命を落とす人もいます。
悲しいけど、それが現実です。
金子哲雄さんは、いつも人を喜ばせたいと、それに邁進し、成功と幸せを手に入れました。
早すぎる死ではありましたが、充実した一生でした。
ご冥福を祈ります。
近藤誠著『「健康不安」に殺されるな』 2023年04月15日
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