その時の紹介文を引用する。
《むのたけじ(武野武治)は1915年生まれ、97歳(注・当時)になった。
朝日新聞の中国・東南アジア特派員となるが、敗戦の45年8月に、「負け戦を勝ち戦とだまして報道してきた責任を取る」と退社。
故郷の秋田県に戻り、週刊新聞『たいまつ』を創刊。
反戦の立場から言論活動を続けている。
大本営発表を垂れ流しにしているだけの記者は、ジャーナリストとは呼べない。
戦時中の苦い経験を、日本の記者は深く反省するべきだった。
その期を逸し、真実から目をそむけ、体制や風潮に迎合するそのままの体質が、昨年の福島原発事故の被害を拡大させる原因の一つにもなった。
組織防衛のために、政府・東電の発表を何の検証もなく、歪曲した情報報道を流し続けた。
それを恥ずかしいと思ったら、今からでも本当のことを言ってほしい。》
むのたけじ氏は、戦後一貫して”反戦”を訴え続けた。
最近では「特定秘密保護法」「安保法制」と安倍政権が着々と戦争の準備をしていることに、激しく抵抗の姿勢を示していた。
僕らの世代には、”反戦”は当たり前の「錦の御旗」で、”反戦”に”反対”するなどということはおよそ考えられなかった。
ところがこの数年は、そうでない意見が大手をふるうようになってきた。
むのたけじ氏に対して、”反日日本人”のレッテルを貼る者もいた。
”反日日本人”は確かに存在していて、日本にとって数々の弊害を及ぼしていることは事実である。
彼らの活動は、れっきとしたスパイ活動で、一見正しく見えてもその実は、日本を弱体化せるための敵国の策略である。
しかし、”反戦”が”反日”であるとは言えない。
冷静に考えて、”戦争”を是とする理論を僕は持たない。
やっぱり僕らは、戦争を忌避すべきだと考える。
ではなぜ今、左右両派ともが戦争前の緊張を漂わせているのかというと、間違いなく中国の存在がある。
第二次大戦後の裁定で、他国を侵略し領土を拡大する行為は、やってはいけないことと認定された。
世界レベルで考えて、”帝国主義”は過去の間違いであった。
だから、世界の大国は(表向きは)”帝国主義”をやめることにした。
ただし、そのルールを守ろうとしない大国がひとつあって、その国は我が国の隣国であることが問題なのである。
万が一、中国と我が国が戦闘状態に陥った時、一瞬にして”反戦”の声は封じられるだろう。
当然そうなる。
日本の国民が殺され、領土を侵略されれば黙ってはいられない。
(竹島の場合は、見殺しにしてしまったが。)
日本人の特性として、オリンピックの応援レベルどころでない、一致団結一億総戦時体制に踏み込むだろう。
これを阻止する理由は見当たらない。
それが解っていながら、現在の状況で”反戦”を訴えるのは矛盾している。
しかし、それを踏まえたうえで、やっぱり戦争をしてはいけない。
そうならないような努力をする。
お互いに知恵を出して、話をして、良い方向を導き出さばならない。
そのために、もっと学ばなければならない。
本音と建て前と両方を飲み込んで、”反戦”の手立てを探すのが、自分を納得させる行動だと思う。
むのたけじ氏は最期まで自分を全うし、100歳を超えて生き抜いた。
僕の尊敬する一人であることは間違いない。
”反戦”だけでない、氏の深い人生観を刻んだ言葉を偲びたい。いつもながら〔 〕内は僕の蛇足。
北風の音に春の足音の近付きを聞き分ける
そんな耳を持ちたい
美女の舞踊に骸骨の動きを見定める
そんな目を持ちたい
我を失うほどの窮境におかれても「はい」と「いいえ」は決して間違えて発音しない
そんな口を持ちたい
〔五感を研ぎ澄まし、英知を結集しても、人は過つ。それでもはじめから間違っていると思うことには、決して手を染めたくない。未来の自分に恥じることなく生きたいから。〕
そのときはムダだと思ったことが、実に大事なことであったとあとになって気づく場合が少なくない。現在という瞬間には、何がムダでどれが有用であるかは判断しかねるものである。それゆえ、生活のどんな部分であろうと、生活の一部であるからには粗末にできない。
〔世の中に無駄なことはないのだけど、無駄にする自分がいる。〕
眠るなら目をつぶりなさい。考えるなら目を開けなさい。目をつぶって考える中身は大概くだらない。決断に向かって思考するとき、目は必ず見開かれて輝いている。
〔見たものだけを信じよ。ただし、いろんな角度で見よ。思い込みのメガネは外せ。〕
今日というこの日に全力を注ぎ込もう。どんなにつまらなく思われる一日であろうと、どんなにつらい一日であろうと、今日がなければ明日はない。
〔今ある幸せにまっすぐ目を向けよ。今ある幸せに感謝せよ。今抱える問題も、今の幸せの一部だ。〕
目標のない人間は、机に座っても学ぶことはできない。目標のない人間は、首をかしげても考えることはできない。〈どうするか〉を考えない者に、〈どうなるか〉は見えない。
〔人が考えて出した答えはそれなりに尊重できるが、何も考えず出した結論は、毒になる。〕
足の裏に刻まれたたくさんの皺が、私はどこへ行ったかを、私はどこを歩かなかったかを一番よく知っている。けれども、足の裏は何も語らない。地べたとは無縁の口唇が、つべこべとしゃべる。
〔人は行動したことのみで測られる。言ったこと、考えたことは仮説空想でしかない。〕
あるとき路上で観察したら、靴ひものとけたことに気づかないで歩いていた人は100人のうち3人であった。たぶん100人のうち97人の私たちは、心のひもを日に一度もむすびなおさないで歩いている。
〔おのれの姿は他人にしか見えない。思い違いは自分で判断できない。だからこそ他人の言葉は宝なのだ。〕
「わたしが…」と言おうとするとき、一度息を飲んで、「わたしたちが…」といいなおしてごらん。すると、次につづく言葉がきっとちがってくる。
〔どれだけ自分が特別な人間だと思っていても、DNAは一緒なのだ。自分が特別な人間になるには、他人にとって特別な存在になければならない。自分を大切に思うなら、感謝・献身・思いやり。〕
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