《 幸せのひろいかた 》  フェルトアート・カントリー木工 by WOODYPAPA

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2020年09月26日
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カテゴリ: 幸せ読書日記
​​​​​​​​​久々の投稿。
4月28日から8月18日まで〔『新型コロナウイルス騒動』の違和感〕として、19回にわたって新型コロナと世間の対応についての検証を書いてきたが、だいたい考えがまとまったようなのでひとまず区切りをつける。

そんな中、池田清彦教授の新刊が出たので拝読す。
しばらくはアマゾンで品切れで、しばし待たされた。

多分、題名の『自粛バカ』に共感を覚えた、少しは考える力を持つ人たちが殺到して注文したからだろう。
僕もまさに同じ感想。

池田先生は、過去このブログで書評に挙げた武田邦彦先生や植木理恵先生とともに、「ホンマでっか!TV」にレギュラー出演している尊敬する先生だ。

武田邦彦 著 『ウソだらけ間違いだらけの環境問

植木理恵著 『ウツになりたいという病』

いつか紹介したかった先生なので、まさにこの時期として載せさせていただく。

本書は新型コロナ以外にも日本人の特性やクレーマー問題、地球温暖化問題など多岐にわたって語られているが、本稿は新型コロナ関連に絞って紹介する。

僕のブログのカテゴリーとして「本は心の栄養素」に区分けしているが、「新型コロナ「騒動記」の20本目に相当する。

なおいつものように〔 〕内は僕の蛇足的書き込み。






自粛バカ
リスクゼロ症候群に罹った
日本人への処方箋

池田清彦


まえがき


​​  新型コロナウイルスによるパンデミックの結果、世界経済は大きな打撃を受けたが、それと同時にコロナ禍は人々の本性をあぶりだした。
 危機に直面すると、人は本性をむき出しにすることが多い。不謹慎というそしりを受けるのを承知で言えば、今度のパンデミックも、日本人の本性から発して行動パターンを観察するまたとない機会となった。
 内田樹が『サル化する世界』(文芸春秋)でいみじくも喝破した「今さえよければ、自分さえよければ、それでいい」という多くの日本人に通底する本心の裏返しとしての、”正義”の仮面をかぶった攻撃性が、面白いほどあらわになったのである。

〔”正義”の名のもと、人は思考力を失い、パターン化する〕

 多くの人は「今さえよければ、自分さえよければ、それでいい」と思っていても、口に出すのはさすがに憚られる。それは、後ろめたいという感情が少しは残っているからだ。そこで、この時代の空気に反する行動をした人々を見つけだし、罵詈雑言を浴びせて、自分は決して利己的な人間でないことを自分自身に無理やり納得させて、後ろめたさを払拭しようとする。
 新型コロナウイルスが流行の兆しを見せ始めた2020年2月下旬、安倍晋三は突如として、全国の学校に3月2日からの臨時休校を要請した。まだ感染者数がゼロや一桁の県が多かったときで、感染防止策としてはほとんど効果がなく、共働きの家庭に対するデメリットのほうが大きいことは明らかであった。これは安倍晋三の単なる人気取りのためのパフォーマンスにすぎず、結果的には完全に失敗だった。

〔全国一斉休校は、100年前の米国の「スペイン風邪」対策に倣ったもの。誰かが首相に付け焼刃の進言をしたのだろう。インフルエンザと違って、若い人、特に子供にとって新型コロナは恐れる病ではない。「アベノマスク」同様、安倍晋三は浅知恵で物申す側近に振り回されていた〕

 私はツイッターでこの政策の馬鹿さ加減を指摘する投稿を何回か行ったが、「子どもが感染して死んだら、お前は責任をとれるのか」といったようなリプライがかなりあってうんざりした。感染者が出ていない地方の市町村の学校で、徒歩で通っているならば、感染する確率は極めて低く、感染しても子どもはほとんど死ぬ可能性はないので、休校は無意味だ、という旨の発言をすると、子どもは死ななくても、同居している老人が感染したら死ぬだろう、とのへ理屈が返ってくる。リスクが少しでもあるとダメだといっているわけだ。

〔「ゼロリスク信仰」は正しく見えて無意味なもの。狭窄した理想に縛られると、刹那的なことしか見えない〕

どんな場合でも、リスクゼロはありえないわけで、「子どもの命は絶対に守らなければならない」という疑似正論を「どうだ、反論できないだろう」とばかりに大声で叫んでいるのは病的である。
 学校に行くべきかどうかは、上からのお達しではなく、個々の家庭の状況に応じてそれぞれの家庭で考えればいいわけで、要請に従わない人間をコロナウイルスをまき散らす犯罪者のようにバッシングするのは異常である。

〔人はなぜ”魔女狩り”をしたがるのか”。衆に飲み込まれると、興奮が愚行を誘う〕

安全より安心をとる日本人

中国湖北省武漢市で最初の新型コロナウイルス(COVID-19)の症例が確認されてからまだ半年余りしか経っていないし、これは未知のウイルスだから、現時点では何が正しくて何が間違っているかということは言えない。しかし、今回のパンデミックであらためてわかった日本人の不思議な感性については、いろいろと考えることができる。
 たとえば、コロナが国内で広がり始めたころ、スーパーやドラッグストアに人々が列をなしてトイレットペーパーを買い占めるという現象が起きた。誰かがSNSに「マスクとトイレットペーパーの原料は同じ」「新型肺炎の影響でトイレットペーパーが今後なくなる」とデマを投稿し、それを見た人たちがデマを拡散したことで店頭に行列ができたわけだ。ただ、行列に並んだ人がみんなデマを信じたのかというと、そういうわけではないんだよね。むしろデマだと知っている人がほとんどだった。
 デマだとわかっていても、自分の家にトイレットペーパーの買い置きがなかったらやっぱり心配になるし、たまたま立ち寄ったスーパーに在庫があったら、なくなる前に買っておこうとなる。

〔「医療崩壊」の前に「トイペ崩壊」「マスク崩壊」が起きた。メカニズムは同じだろう。必要のない人の暴走が必要な人を圧迫する〕

岩田健太郎(神戸大学医学部付属病院感染症内科教授)が「安全は大事だが、安心は大事じゃない」と言っていたが、安全というのは科学的な話で、安心というのは心理的な話なんだよね。安心と思っているものが安全だとは限らない。けれども日本人というのは「リスクはこの程度しかありませんよ」と科学的に言われても、それだけでは動かない。エビデンスを示してどれだけ丁寧に説明しても、結局は安全ではなく安心で動く。

〔科学的に完全なる安心は不可能。ならば、安心を手に入れるための、科学以外の方法を求めよ。究極は、”神(仏)に祈れ!”〕

『自粛警察』が象徴する日本人の感性

 ただ、いくら日本人が不思議な感性をしていると言っても、あきらめてばかりいたらフラストレーションがたまる。そこで、いじめてもいい相手を見つけ出して攻撃し、うさ晴らしをしようとなるわけだ。それが自粛期間中のパチンコ叩きであり、コロナ患者や医療従事者への嫌がらせであり、亡くなった女子プロレスラーの木村花さんへの誹謗中傷であったわけだ。
 このときにストレスをぶつける対象にされやすいのは多くの人と違うことをするマイノリティなんだけれど、実は日本人が一番気に入らないのは、自分が我慢しているのに、楽しそうにしていたり、うまくやっていたりするやつなんだよ。自分はコロナで仕事が減ったりクビになったりしているのに、隣のやつが儲けたりするとすごく腹が立つ。

〔弱い者を叩くのは、己を強い者の側に立たせたいためか? 強いと言っても、足元はゆるゆるなのに〕

コロナで分かったグローバリズムの弱点

今回のコロナ騒ぎでもうひとつわかったのは、経済合理性だけではコロナのような危機に対応できないってことだ。実は、安倍政権は結構前から全国の公的医療機関の統廃合や病床数削減を進めている。2015年に厚生労働省が「2025年までに最大で15%減らす」という目標を掲げ、重症患者を集中治療する高度急性期の病床を13万床、通常の救急医療を担う急性期の病床を40万床、それぞれ3割ほど減らす方向で動いてきた。
 パンデミックでは病院や病床数が少ないと医療崩壊が起こる。さらに、コロナの指定医療機関になると一般の患者を受け入れられなくなってしまうから、本来なら救急で処置して入院すれば何とかなった人を助けられなくなる。
 ヨーロッパで英国に次いで死者が多いイタリアも病床削減を進めていたことで医療崩壊を起こした。治療を受けられずに自宅で亡くなった人がかなりの数に上がったと言われている。やっぱり新自由主義的な経済合理性だけで医療を運用するのはダメってことだ。

〔もしAIに政策を任せたら、すべて数理的合理性で決定してしまうのだろうか。いやいや、AIは途方もない広く深い知識が蓄積されているから、人間のような目先の判断はしないだろう)

政治家が考える「民度」とは

日本のコロナ死亡者数がアメリカやヨーロッパより少ないことについて、財務大臣の麻生太郎がこんなバカなことを言っていた。
「『コロナの死亡者数が多い国から何か特別な治療薬でもあるのか』とよく電話がかかってきたが、『おたくとうちの国とは国民の民度のレベルが違う』って言ってやるとみんな絶句して黙る」
 マスコミで取り上げられたのはこの6月4日の参院財政金融委員会の発言だが、毎日新聞によると、実は2月の参院決算委員会でも「アメリカやらなんやらに比べりゃ、はるかに日本の自粛のほうが効果ありますからね。アメリカ人に対して『俺たちは民度が高いからだ』と言ったら笑っていましたけれど」と述べていてという。
 麻生太郎は、政府の言うことを聞かないやつばかりの国は民度が低い、お前らの国は国民がちっとも言うことを聞かないじゃないか、だから感染が拡大するんだと言いたいわけだ。しかし、政府の言うことを聞かないというのは、自分の頭で判断して行動しているわけだから、それは自立性が高いということで、むしろ民度が高いのだ。

〔判断力は、情報を集めるだけでなく、自分自身のことを深く考えることも重要。自分を構成しているものは何で、自分の心を揺さぶるものは何か。自分を知るということがないと、誰かの言いなりのままだ)

反対情報にこそ注目する

コロナ騒ぎでわかったことのひとつは、海外からのヒトやモノの移動が少しの間だけでも滞ると、多くの人の生活が立ち行かなくなってしまうことだ。輸入に依存していたモノが市場に不足し、インバウンド頼みの観光産業は今なお苦境に立たされている。
 たとえば、緊急事態宣言の前後にスーパーの食品売り場から小麦製品がなくなり、その後もしばらく品薄状態が続いた。小麦、大豆、トウモロコシといった穀物の輸出国は、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどだ。グローバルキャピタリズムの論理によって低コストで大量生産される小麦やトウモロコシには農薬がたくさん残留しているけど、国産よりはるかに安い。かつては高い関税をかけて国産品を保護していたのだが、どんどん税率は引き下げられて、大多数の所得の低い人たちは安い輸入品を買わざるを得ないようになった。
 こういうことを続けていると日本の農業がどんどん衰退していき、食べ物の供給は輸入に頼るしか方法がなくなる。戦争や食糧危機が起きれば多くの国民は飢えに直面することになる。だから巨大農業資本に頼るより効率が悪くても食料自給率をあげるシステムを作らないといけない。経済成長よりも食料自給率やエネルギー自給率をあげるほうが国にとっては重要課題だ。

〔みんながちょっとづつ近くの人を助ければ、周り巡って自分を救うことになる。目先の損得で行動を決めるのは、自らの根を食べているのと同じで、いずれ立っていられなくなる〕

 システムを変えるには、まず一人ひとりが自分の頭で考えて動かないといけない。そのためには多くの情報を集める必要があるけれど、この時重要なのは「反対の情報に注目する」ということ。今ならスマホやパソコンといったツールがあり、たいていの場所はネット環境が整えられているので、どんな問題もある程度のところまで調べることができる。
 ところが、多くの人は自分が気になる情報や、自分の考えを補強してくれる情報ばかりを探して、ほかの物を見ようとしない。
 たとえば、安倍政権のやっていることが正しいと考えている人なら、ひたすら安倍政権の正しさについて書かれた情報をネットで集め、それで自分の考えの正しさが証明できた気分になることがすごく多い。けれども、それは自分の考えに合致する情報のみを集めているからであり、実際には真逆のことが書かれた情報のほうが多い可能性もある。だからこそ、自分の考えの反対の情報に注目することが大事になってくるわけだ。​

〔新しい問題に対しては、肯定・否定双方の言い分を聞く。どちらの言い分が正しいと思うか、自分の理性と感性に問い、判決を下す裁判官になるのだ〕


あとがき

 このあとがきを書いている2020年の7月19日時点で、東京はCOVID-19の「第2派」に襲われていて、いつどのような形で終息するのか、あるいは、しばらくは終息しないのか、未来のことは誰にもわからない。
 1918年に始まった、ウイルスによるパンデミックとしてはおそらく史上最悪のスペイン風邪は、最大推定死者数5000万人の犠牲を出し、ほぼ3年の後に終息した。今度のパンデミックも発生してから半年以上が過ぎて、全世界の死者数はすでに60万人を超えた。新しく人類にとりついた新型ウイルス(エマージングウイルス)に対しては人類は免疫を持っていないので、特効薬やワクチンが開発されるまでは、多くの人々が感染と死の恐怖にさらされることになる。

〔スペイン風邪は、ワクチンも特効薬もないまま終息した。ただし、変容して季節性インフルエンザとなって毎年やってくる。新型コロナウイルスも、旧型コロナウイルスと同化し、風邪のくくりの中で存在し続けるだろう〕

新型コロナウイルスはその性質が徐々に明らかになるにつれ、今までのウイルスとはかなり異なる不思議なウイルスだということがわかってきた。ただ、性質はわかってもなぜそういう性質を持つかはまだわからないことが多く、それがわからなければ正しい対処の方法もわからない。対処の方法がわからなければ社会の混乱は続き、ポストコロナの未来図を想定することも困難になるが、ここでは、最善から最悪のいくつかのシナリオを想定し、ポストコロナ社会のラフスケッチを提示することで、あとがきの席を塞ぎたい。

〔日本人(東アジア人)にとっては、なぜ欧米人はあんなに死ぬのかが不思議だ。コーカソイド(白色人種)特有の新型コロナに対する弱点があるのだと思う〕

不思議なことはいくつもあって、まずCOVID=19に感染した人の死亡率は、20代まではほとんどゼロに近いが、30代から年齢が上がるごとに徐々に高くなり、60代から急激に上昇して、60代2.5%、70代7%、80代以上15%となる。この理由がわからない。通常の感染症であれば、乳児と高齢者の死亡率が高いのが普通だ齢にともなう何らかの遺伝子損傷に原因があるのだろうか。

〔高齢化に伴う医療費問題は、高齢者だけに感染するウイルスが出現し、80歳以上の人口が激減すれば解決する、というブラックユーモアがあったが、まさにそれが現実となった。やはり高齢化問題に直面している中国のしわざだったか〕

 次に不思議なのが80%の人は無症状か軽症で20%の人だけが重症化することだ。血液型や免疫関連細胞の遺伝的な違いに原因があることは間違いないと思われる。ちなみに血液型A型の人はO型に比べ、2倍から3倍重症化しやすいことがわかっている。運悪く亡くなる人の死因のほとんどはサイトカインストームという免疫系の暴走である。本来はウイルスに対抗するはずのサイトカイン(とくにインターロイキン6)が過剰に分泌されて、正常細胞が攻撃される現象である。これも、なりやすい人となりにくい人とでは、遺伝的な相違があることは間違いない。
 遺伝子検査によって重症化やサイトカインストームのリスク評価が可能になれば、リスクがほとんどない人は安心して暮らせるようになり、経済も回りだすだろう。

〔「新型コロナウイルス」は発生当初「新型肺炎」として報道された。まさに新型コロナは肺炎になったときに狂暴になる。この肺炎は「間質性肺炎」であり、「サイトカインストーム」によって引き起こされる。それがわかってからは、免疫抑制剤で対処して回復するようになった。つまり今では、ここの治療を間違いなく行えば、多くの人にとって恐ろしい病気ではないのだ〕

 欧米や南米に比べて東南アジア諸国の人口あたりの感染率や死亡率が2倍ほど低いのも不思議だ。もっとも、日本は感染予防対策の初動に失敗して、東アジア諸国の中ではフィリピンに次いで人口あたりの死亡者が多い(統計がない北朝鮮は除く)。
 BCGの接種率の違いや生活習慣の違いも多少は関係しても、根本原因は血液細胞(とくに免疫関連細胞)の遺伝子の違いだろう。欧米に比べ少ないとはいえ、亡くなる人はいるわけで、サイトカインストームをブロックする特効薬でも開発されない限り、不安は払しょくできないだろう。
 これに関してはいいニュースが一つあり、慢性白血病の治療薬のアカラブルチニブが有効かもしれないという。サイトカインストームさえブロックできれば、死亡率はずっと低くなるわけで、重症化とサイトカインストームをブロックする特効薬の開発が待たれる。もう一ついいニュースは、有望なワクチンの知見が始まり、2021年度には実用化の見込みが立ってきたことだ。ワクチンが極めて有効だとわかれば、社会はすみやかに元に戻るだろう。

〔♪何でもない日常(こと)が幸せだったと思う♪ だけど、二度と戻れない夜ではない。戻せるものは戻すという方向へ、国民の意思の統一が急務である〕

悪いニュースはPCR検査が陰性になっても、関節痛や倦怠感、呼吸苦などの後遺症を訴える人が少なからずいることだ。これはサイトカインストームとも多少は関係した血栓症や、肺が回復不能なダメージを受けて生じる肺線維症や、ウイルスの臓器残存によるものと考えられる。重篤な後遺症が残ることが多ければ、一番重要なのは結局、感染しないことで、有効なワクチンができるまでは、以前と同じ生活をするのは難しいということになる。
 さらに悪いニュースは、発症前2日ほどの無症状の人がもっとも強い感染力を持ち、ずっと不顕性の感染者も感染力があるらしいとうことだ。そうなると流行が治まらない限り、誰が感染者かわからないので、「人を見たらウイルスと思えという状況が続くわけで、社会生活はずいぶん味気ないものとなる。

〔周知すべきは、新型コロナは”風邪”の一種。新型肺炎は免疫抑制薬で治る。過剰な自粛は無意味〕

 大勢で集まっておしゃべりをしながら会食をするのは動物のなかで、人間だけが持つ文化であり楽しみでもある。
 コロナ禍が長く続き、対面のコミュニケーションが制限される期間が長く続くと、人類がはぐくんできた団結力や共感能力が弱まってくる可能性がある。普通それは悪いことだと考える人が多いだろうが、もしかしたら、いじめなどなくなって結構いい社会になるかもしれない。ITと同じように、病気も人間の感性を変えて、世界を変えるのである。

〔もともと大声でしゃべる人は好きではないし、触られるのも嫌だ。ハンコがなくなるのは便利だし、会社に行かなくてもいい仕事は自宅のほうがロスがない。新型コロナ予防対策は、ほかの感染症に対しても有効だから望ましい。新型コロナは、落ち着いて考えれば、パニックになるような災禍ではない〕


当ブログのカテゴリー「本は心の栄養素」は、今回で100回を迎えた。
記念すべき号を、池田先生の著書で埋められたことは喜ばしい。
読んでいる本で、どうしてもブログで紹介しやすい物に偏ってしまうが、100回を重ねると、それなりに自分の輪郭が見えてくる。
人生の目的は、自分を知ることである。
教えをくださった先生方に感謝、感謝、感謝。





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最終更新日  2020年10月27日 18時47分33秒
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