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「気」なるものが存在すると仮定して、「気」のつく言の葉を検証してみれば、国語辞典の定義もずいぶん変わると思う。
しかし、気の存在が身体で実感できる人にとっては、ひとつひとつが「気になる」言の葉になるはずです。
たとえば、「気のせい」は勘違いという意味ではなく、文字通り「気のせい」だったり「気のおかげ」だったりするわけです(東京方言の場合アクセントの位置が変わりますが、みなさんの言葉ではいかがでしょうか)。
おそらく誰もが気を体感していた大和のころから時が流れ、なんらかの修行をへないと気を実感できなくなった私たちの時代。
武術、宗教、ヨガ、中国気功、などによる気の体得は、長年の修行が前提になっているうえ、修行を積んでも必ずしも思った成果が出ない場合も多いようです。
海外から逆輸入の形で急速に広まったレイキの場合、アチューンメント(霊授)と呼ばれる方法で、誰でも気が通るようになることは確かです。ハワイでは80年代後半から、日本では90年代前半から(もちろん本家本元は連綿と今につながっているそうです)ブームに乗ってきたという事実は、今回のアセンションに向けての布石のひとつだと、思います。
気が実感としてわかる人が増えることや、臨死体験の話から輪廻転生に思いを馳せ、いわゆる精神世界に興味を持つ人が増えていくことが、既存の科学や、社会の動きに疑いを抱く人を増加させ、「アセンションの時代」に至っているのでしょう。
推論ですが、日本に伝わる伝統的な「気」とは、意識的に作ったり出したりするものでなく、大自然の一部である人間が、自分を気の中継地点と認識し、流れ入ってくる気を、流し出していくだけのこと、なのかな、と感じています。
ですからアセンションを達成した方は、心身ともに波動が精妙になるとのことですから、自然な形で(無意識に、何の修行も伝授も必要なく)、全身から気があふれ出ているのだと思います。
そしてその気は、人を投げたり金縛りにしたりするたぐいの気ではなく、人や動物や植物を癒す、愛あふれる気なのだと思います。
「気」を求める時代から、「アセンション」を求める時代(結果として気が後からついてくる)へと、私たちは突入しているのではないでしょうか。
PS. それでも「気」が出ているか「気になる」読者のみなさん。
両の掌を上向きにしてじっと見つめてみてください。
ピンク色の斑点模様が浮き出てきませんか?
あきらかに気が出ている証拠と考えていいでしょう。
掌の真中のくぼみ、労宮(ろうきゅう。肉球じゃないってば、ちゃたさんってば)。
そこから一番気が出るようですが、手の甲からも、足の裏からも、チャクラの場所
はもちろん、つまり、全身から気が出ている実感が、近々わかると確信します。
(私も、もっともっと、わかりたいなぁ・・・)