マダムちかみぃのスピリチュアル起業日記!

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2007年02月16日
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本日2通目の記事にて失礼します。



先ほど、メールチェックしていたら、わたしが通学と通信で通っていた通訳ガイドの

学院長のメルマガにて、とても素晴らしいスピーチと出会いましたので、ご紹介します。


少々長い文章ですが、是非是非読んでみてください。

きっと皆様の人生のエッセンスになることと思います。



アップルとピクサーの創業者スティーブ・ジョブス氏がスタンフォード大学の

卒業式で行ったスピーチです。








本日世界中でも最も良い大学で話をできることを光栄に思う。

だけどぼくは何を隠そう大学をでていない。

そして今日が最も大学の卒業に「近づけた」日だけど、そんな中で三つの話をしたいと思う。

大げさな話じゃなくてたった三つ。



まずは点のつながり(connecting dots)について。

ぼくは大学を6ヶ月でやめたけどそれは生まれる前に始まった。

当時学問に励んでいた未婚の(生物学上の)母は僕が大学の高等教育を受けた両親に

育てられるべきだと信じていた。

ぼくは生まれたすぐに養子として今の両親の元にいったが大学に行かせることが

条件だったそうだ。

17年後、ぼくが行ったリード大学はスタンフォードなみの授業料で当時の両親の

全財産を使い果たすほど高かった。

人生で何をしたいかもわからないぼくは6ヶ月もすると大学にいる意味が見いだせなくて

やめてしまった。これは後に非常にいい選択になった。

単位取得が関係なくなったのをいいことにその後しばらく大学の講義にはでていたが

興味のある講義だけにでることができた。

もちろんいいことばかりではなく友達の寮の床で寝泊りしてコカコーラのビンを売って

大学には通い続けた。だけど当時自分の直感と好奇心のためにやったことが後々

お金に換えがたい経験になっていく。

当時リード大学の構内のいろんなところにカリグラフィーが使われていて本当に美しかった。

リード大学はカリグラフィーに関してはアメリカでもトップクラスの講義があり、

すっかり見せられた僕はそこで芸術としての文字ついて学んだ。

10年後このことがマッキントッシュの開発の時に一気に花開いた。

もしぼくがあそこで大学をドロップアウトしてカリグラフィーをやっていなければ

マッキントッシュにはあの美しい文字列はなかった。

もっと言えばウィンドーズは所詮マックをコピーしただけなのだからパソコン自体に

今のような文字の選択や概念はなかったろう。

今現在未来を見て点はつなげない。過去を見たときに初めてつながりが見える。

だけど将来必ず点がつながること信じてやって欲しい。

そして強い信念を持って欲しい。どんな信念でも構わない、持つことが重要。

仮にレールから外れることになってもその信念が自分を救うことになり他との違いがでる。



二つ目の話は愛と喪失(love and loss)について

ぼくは30歳にしてアップルを創ったがクビになった。自分の創った会社から解雇されるのは

不思議に思うかもしれない。それはそもそもはアップルの成長のために雇った人と

意見が食い違い始め、ビジネスに支障をきたしたがそのときにボードは

僕ではなく彼を選んだ。

ぼくは30にして成人してからの人生の全てを失った、そして何をしていいかわからなかった。

自分が起業家の面汚しと感じてディビッド・パッカード(HPの創業者)と

ボブ・ノイス(インテル創業者)に謝りにいった。ぼくは失敗した。

それも大きく公に失敗した。一時期はシリコンバレーから逃げ出そうかとも思った。


でも・・・


やっていることを愛している、もう一度やろうと思った。

今にして思えばアップルをクビになったのはすばらしいことだった。

軽くなった、愛してることを再びすることできた。

そして生涯、愛することとなるすばらしい女性と会うこととなった。

事業ではネクストとピクサーをつくりどちらも大成功した。

それからなんとアップルはネクストを買収することになり僕はアップルに戻ることになった。

そしてプライベートではすばらしい家族をもつことに・・・

アップルをクビになったのは本当に苦い薬だった。

でも患者はそれを必要としていたように思う。

人生は時々レンガで頭を強くたたいてくることがある。

だけどぼくを動かし続けたのはやっていることを愛する力だ。

絶対に愛することを見つけないとだめだ。それは仕事でも人生でも同じことが言える。

探し続けろ、妥協はするな。

 自分が偉大だと信じれることをやれ、
 愛してると思うこと、人を探せ。
 見つけたときにそれは自然とわかる。

探し続けろ、妥協はするな。



三つ目は死(death)について

ぼくは17のときある言葉と出会った。それは「明日死ぬと思って今日を生きれば

そのうち自分が正しい日がやってくる。」

と言うものだ。

それ以来毎日のように自分に聞く。

「もし明日死ぬ運命なら今日このことをするだろうか?」

もし数日ノーが続くようなら何かを変えないといけない。


この言葉はぼくにとって最高のツール。

死を意識したとに何も失うものがないことに気がつく。

ぼくは一年前に余命六ヶ月の癌を告知され、死の準備をするように言われた。

その後精密な細胞検査を受けたけど顕微鏡を覗いていた担当医は泣いていたことを

ワイフから聞いた。

検査の結果極めて稀なタイプの癌細胞で手術で摘出可能だとわかり、

おかけで今日ぼくは元気だ。

これを経験したから以前よりもっと確かに言える。

死にたい人なんていない。天国へいくような人でも死に急ぐことはしないが

「死」は全員が共有する目的地だ。

だけど「死」は人生の中で最もすばらしい発明だ。

「死」は変革者であり、「新しき」のために「古き」を一掃する。


そして今日君たちが「新しき」人だ。


だけどいつか君たちも古くなる日がやってきて一掃されることになる。

こんな言い方をして悪いがこれはさけようのない事実。

そう君たちに残された時間はあまりにも少ない。

 だから他人の人生を生きるのに時間を無駄にしてはいけない。
 教義に囚われるな、それは他人の思考の結果を生きることだ。
 他人のノイズに惑わされ自分の内なる声を引き抜くな。

そして最も大事なのは自分の心と直感に従う勇気を持て。

どういうわけか本当になりたい自分を自分はすでに知っているのだから。

他のすべてのことは二の次だ。


私が若い頃"whole earth catalogue"という雑誌のような媒体があった。

1960年代後半だったのではさみとのりとポラロイドカメラがまだ使われていたが

紙媒体のグーグルとも呼べるようなものだった。

それも1970年代中盤には無くなることになるが、最終号の裏表紙に書かれていた言葉が

今でも非常に心に残っている。



 「ハングリーであれ、愚かであれ 」(stay hungry stay foolish)


ぼくはいつも自分がそうありたいと願っている。


そして今日君たちにもそうなることを願いたい。





「ハングリーであれ、愚かであれ」 (stay hungry stay foolish)



みなさん本当にありがとう。







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最終更新日  2007年02月16日 13時07分17秒
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