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仕事先で、この度1人辞めることになった・・;ほんの1ヶ月先輩の彼女なんですが、だから話し易くて・駄洒落が得意で和ませてくれる人なのに。。寂しくなるし・・どんな人が入ってくるんだろう。。;彼女が1年前入院手術した時にも (もしかしたら辞めちゃうかなー)って心配したけれど戻って来てくれた。でも今度は本当に辞めてしまう。どうしてか?と訊く機会も無かったけれど、想像するに心身ともにきつかったんだろう。会社が変わって順調になり、ここ1年は毎日(有り難い事に)お客様が多い。多い時には50組を超えるし・少ない時でも40組・・パーティーも増えました!お客様が多いと、ランチタイムのキッチンは戦場そのもの!!麺・ストーブ・ディシャップ・・と、担当は決まっていてもフォローし合わないとならなくて。ランチタイム担当の人たちは、当然どこも出来てないと勤まらないらしい。その3人の他に全体のフォローが2人洗浄係りが1人、多い日は6人体制だ。全部出来るのは1人だけだが、3箇所出来るのは3人居てこれまで乗り切ってきた!ただし今回辞めてしまう彼女は、このところディシャップ担当が多くてそれはたぶん手術後の体を労っての配慮だったと思う。オーダーを通し・トレーにシルバーやら付け合せをセットして、出来上がった品をフロアーに渡す。他よりは動かなくて済む場所だが、ちゃんと順番に上がってくるか・オーダー漏れはないかなど気を遣うらしい。そう言えば昨年辞めた人も同じところを担当していたが、この忙しさについて行けないと言ってた。傍から見ていても・・この1年は特に忙しくて きつかったなーーって思う。例年2月はヒマなのだが、今年はまったく忙しい。ヒマな時にランチタイムに入っても良いと思うが、そのヒマな時期が無くなった!!いやいやありがたいことである。。でもきつい。Sが「TOMちゃんには無理!」と言う、昨年までは反発を覚えたが・今年はそうかもと思う★昨年の内に少しは経験していたら・・とも思うが・・;そんな本日ランチタイム終了後、私以外の人が一斉に休憩に入った。。?!コーヒー片手にいそいそと・・まあ休憩は権利ですし、ランチタイムかなり忙しく交代で取る事も出来なかったよう。別に仲間外れにされたとかではないけれど、何か話したかったんだろう。。まあ絶対に増員されるだろうし、2人くらいは必要だろうし。ただここに馴染むのに時間は掛かるだろうと思うし、まー私には影響ないかな?!心配しても始まらないけど、明るい人柄の人がくると良いなーー☆
2016.02.27
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物心付いた頃、母は私の世界の中心だった・・きっと誰でもそうなんじゃないかと思うが、今思うと私の母への依存度はなかなかだった。何故そうなのか?の確かな答えじゃないが、兄がいつも母に心配を掛けていたからだと思う!私は兄のようには母に心配掛けないように!を、いつも心掛けていた。兄の帰る時間が遅いと母が心配すれば、自分は時間を守るとか・・兄の成績を母が心配すれば、良い成績を取るように勉強するとか・・ともかく兄が出来ないことは出来るようにして、母に心配掛けないのが使命だったのだ!!だから今でも母の言うことには逆らえないと言うか、「母の言うようにしてあげよう」と思う。たとえそれがベストじゃないとしても、(母がそうしたいなら!)が先に立つ。この度母は「お父さんはベッドじゃきゃもうダメなんじゃないか」とか、「だから座敷をフローリングカーペットを敷き詰めて、安価で洋間にしたい」とか、「病院や施設のようなベッドを用意してあげたい」とか。「トイレを使い易く変えたい」とか。。言ってきた!そもそも実家は結構広い日本家屋であるのに、ほぼほぼ一間で生活している。つまり居間で寝起きしているのだ・・他に仏間も洋間も座敷も有るのに。。無駄なのは洋間だ・・が、そこは私の部屋の名目で作ったもので、東南の角に有る日当たり良好の部屋である。だが住んだ事は無い、家が建つ頃には結婚していたからだ。。なのにそこが「私の部屋」というのは、ひとえに母の思いなのだった。その部屋に結婚前に住んだ事は無いが、最初の出産で家に帰った時はそこに滞在した。つまりそれが母の望むことだったからだし、自分も心細かったからだ。母たちの生活はと言えば、日中も寝るときも居間だけ。南に向かって左が押し入れ・その右角にテレビ・南は縁側・右隣には座敷・北側は廊下を隔ててキッチンである。なのでキッチンに近い所が母の座る場所! これは譲れない。で・押し入れの前に父の布団、座敷に近い方に母の布団を敷いて寝ていた。わたし的には(逆じゃないの?)と思っていた。だって母が寝る位置は、父が日中座る位置なのだ。。(なんで?)って思うわけだ!! 普通なら座る場所=自分の場所=寝る場所じゃないのと(でしょ?)ただ 昼間はそこが一番テレビが見易い位置なのだ。 (だから父の場所!と母は決めているようだ!)母にしたら廊下側が自分に一番良い場所だし。。何にせよ「それぞれそこが一番良い場所」がそういう事なのは分かる!だけどさーー;そもそも一間しか無い家ではないのだ!なにもテレビを見る部屋=寝る部屋ってなの、無いでしょうよ?!しかも私達が泊まりに行くと、母たちが寝る時にテレビは見れなくなる★★★有無を言わさず。(例え年末紅白歌合戦最中だったとしても・・)全部母中心じゃないか!!と文句を言っても無駄★ 母的には「父優先」でも、自分の使い勝手の良さが全てなのが見え見え。でもまあしょうがないよねーーーーーーー家ってのは主婦のものだしね。でも、今となってはそんな風に「父を立ててればOK」とは行かなくて 逆に「その所為で」かもしれない弊害・・。それは 昔は一緒に布団を敷けば父が両方敷いてくれた。。でも・・父が先に認知症なるとは想定外。母は自分で布団を敷かなければならない・・しかも押入れは遠い・・だからたたんでも座敷に積むことになった。まあそれはそれでOKなのだ、布団なんて敷きっぱなしでもいいでしょ!!だってよその国では(ベッドだから)イチイチ片付けないでしょう!!以前から洋間を片付けてベッドに寝るようにしたらどうかと言ってた。。母はまるで聞き入れなかったけれど、だってふたりで住むには広過ぎるうえに・そもそも一部屋しか使ってない!洋間と仏間は、いわばクローゼット&書庫みたいな扱いだ★私が住むならまず居間とキッチンは改善するだろう。キッチンは広いのに、そこで食事は取らないのが無駄だし。。なら廊下を無くしても良いかも。そもそも廊下が有るから、冬のキッチンは極寒の世界だし★★ 広いんだからテーブルのひとつも置かないのはなんで??つまり実家はなんで?なんで?のてんこ盛りだ。。東側にある仏間と洋間を繋げたら、さぞかし快適な空間が出来上がるだろうーな♪と思って提案しても、「これが理想だったの!」と言い切られるだけ。。母の理想の家?なら仕方ないね。(と良い子の私は思う)それをだ・・いきなり座敷をフローリングカーペット敷き詰めてベッドルームにしたい! ですと。。調べたら・・お手軽にフローリングになるカーペットの大きさは6畳までだった。まあフローリングにしたいのはベッドを置きたいからなので、畳でも置けるのを探せばOKでしょ。ってな提案を説明して・・理解して貰うのは、すーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっごく難い★何が何でも「自分の思い通りにしたい母」と対峙するのは、、、まじで面倒。。だって母の理想が(その通り!!)とは思えない事だらけなんだもん。。。比較的ミーハーで新しいもの好きの母だと思っていたのに、実は頑固だと分かって途方に暮れる件多し★★★★★
2016.02.16
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1月の始めに急遽入院した母が、2月始めの週に退院となりました。入院した切っ掛けは心不全、他に肺に水・貧血・むくみ・栄養不足・・などなどの要因がありました。母が体調を崩したのは、12月末に風邪を引いたことだと本人は思っているのですが。。そもそもは老々介護、少し認知症の父の世話をひとりで頑張っているからだ!その状態を分かっていても、私は一緒には住めない・・せいぜいなるべくお見舞いに行くだけ。そして母に代わって家事をすることぐらい。。そして行ったとしても、まず気分転換にドライブに連れて行って蕎麦を食べたり・日常出来ない買い物や家の家電などの修理をしてあげることくらいしか出来ない。掃除をしたり・不用品の片付けをしてあげてーーと思っても、母の要求は「それよりゆっくり話を聞いて」なのだった。父が何をしたとか何もしないとか・夜何回起きるとか・トイレの失敗をした話とか・・とにかく自分の生活のストレスの発散?が第一、話して済むなら聞いてあげればいいのだろうが・・聞いてるだけじゃなにも変わらないので、虚しい!☆母のテレビ嫌いは実は耳が遠くなってて、聞えないからだったり。★そもそもこちらの話にちゃんと答えないのは、聞き取り難いからだったり。★もう何もかも面倒で投げ出したいからだった★り。助けてほしいのに、助けてと素直に言えないからだったりする。じゃあ誰に助けを求めればいいの?と、途方に暮れているのだった。「お兄ちゃんでしょ!」と、言っても「無理でしょうー」って一蹴!当初からこの家は兄が住むように2階建てにして、現に兄は其処を自分の部屋にしている!一時離婚だのなんだのあったようだが、今は円満だという妻もいる。普通の神経の息子だったら、親と同居を考える頃間と思うのだ!でも今回の母の入院では、まず父の行く先をケアマネージャーに探して貰ってさっさと入所させてしまった。毎週面会には行ってたが、「家に帰りたい」と願う父に「母が退院するまで我慢して」と・・「長居をすると帰りたがるから、短めに切り上げて帰ってくる」と言うのが、なんとも親不孝な。。母の容態も安定して、胃に腫瘍が見つかったが経過観察で大丈夫と言うので急に退院となった。こういうところ・・病院ってなんだか冷たいよね★さて退院の際も兄夫婦はちゃんと対応してくれたが、日曜日退院でそのまま家にひとり置いて帰ってしまった。せめてもと月曜日・火曜日と仕事を休んだので、月曜日早朝に実家に着くと 母がひとりで朝食の準備中だった。よろよろしていて危なっかしい・・;どれだけ時間が掛かって作ったことか・・コタツまで運んであとは引き受ける。「こんなに早く着くんだったら、待っていたのにー」と母。「早く来るってお兄ちゃんに言っといたよ!」「聞いてなかった、いつも遅いからーー」「まずテレビ見られる様にしないとねーって思ってさ!」先月雪が降った時にアンテナがどうかしちゃって、テレビが映らなくなったときいていたのだ。兄が直せる筈も無く、修理の手配もしてくれない。簡単に朝食を済ませた夫が屋根に上って、すぐに原因を調べて直してくれました。(まあ電気科卒なので出来ても当たり前ですが、ありがたかったー♪)そして母が聞えるようにと、ポータブルのスピーカーも設置☆その間も母のおしゃべりは絶好調!!でもあれもこれも既に聞いてることなので、実は苦痛でもある。何回も同じ話!っていうだけではなくて、「こうした方が良いよ!」「こうしようね!」と決めたことさえまた「どうしようかと思ってーー」と繰り返し、自分で決めたように「こうしようか?ね!」と。。?母は退院して温泉に行くのを楽しみにしていたのだそう、なのに兄たちは帰ってしまってがっかり!!それで翌日はまず母を温泉に連れて行くのが使命となった☆家の近くに浅間温泉があるのだが、そこは火曜日が休みのところが多くて・・検索をして「殿様の隠れ湯」と言う所が見つかったので、連れて行った!幸い空いていたし・・のんびり母と温泉に入れて、喜んでくれたし親孝行出来ました♪やっと人心地ついたし、お父さんのことも考えてあげなきゃね!と、少し前向きになってくれたのが救いでした☆
2016.02.14
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