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胸肩神社龍神宮住吉神社八坂神社身代わり地蔵堂遍照寺の閻魔堂塩辛婆様誓願寺山門弘前市立観光館弘前駅ゴール

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我が街も雪が多いと思ったけど、弘前の雪もすごい!(_▼_;)

車道のバスの車体が雪の壁?で見えないのだよ

そんな雪の風景を見ながら目的地まで歩きました 



胸肩神社龍神宮(弁天様)

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大同二年 (八〇七年) に坂上田村麿将軍が信仰していた辯才天を大野に勧請し、手馴れの琵琶を奉納のうえ、臣下の名川野妥女正(ながわのうねめのしょう)を神主に命じ奉仕させたのが創建と言われている。寛文二年 (一六六二年) に、大野の地が手広となったので、現鎮座地の品川町へ遷座している。社殿の修復費や供米十二石は平賀庄六ケ組(和徳組、堀越組、大光寺組、大鰐組、尾崎組、猿賀組)が奉納し護持運営に務めている。■(土へんに定)町弁天神社、土手一座弁財天神社、又は弁天宮と称され、士族、町民の崇敬篤く、寛永四年(一七〇七年)には信政公門弟の士族により末社春日宮が建立されている。明治六年、胸肩神社と改称し春日大神を合祀している。(青森県歴史観光案内所より借用)

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スタンプゲット (* ̄ー ̄)ゞ


住吉神社(大黒天様)

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6代藩主が1750年に保食神を祭神とし「護穀神」を勧請。後に酒や水の神を祀る松尾神社、河川や沼等を統治する重吉神社を統合、住吉神社境内地に社殿建立、現在に至る。

八坂神社

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弘前八坂神社の創建は不詳ですが、大円寺と神仏混合だったことから正保4年(1647)弘前城の戦略的、霊的拠点として大円寺と共に現在地に移されました(大円寺の創建は延暦年間に坂上田村麻呂が阿闍羅山に開いたとの伝承が残る。)。大円寺は寺沢川と土淵川の合流地点という弘前城から見て南側の防衛拠点になりうる場所で、3代藩主信義の守り本尊である大日如来が安置され、水を司る牛頭天王が祀られました。明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され、八坂神社として独立し、大円寺は大鰐町の高伯寺に、移転させられました。( 青森県歴史観光案内所HPより借用)

新寺町の身代わり地蔵(新寺町の地蔵様)

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地蔵は人々の苦悩煩悩を救う厄除けの仏様、人々に現世の幸福をもたらすという。この地蔵は地域の人々が安寧に過ごすよう厄難を本人に代わって背負ってもらう為祀られた身代わり地蔵と伝承。

新寺町遍照寺の閻魔様(地蔵堂)

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死後49本の釘を打ち、35日目に生前の善行・悪行をもって地獄・極楽行きを判じるのが閻魔大王。人間の生前の悪行や煩悩を戒める神仏の化身。

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ここでの休憩タイムでは温かいりんごジュースと甘酒の振る舞いがありました。

りんごジュースはかなり甘くて濃厚!

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スタンプゲット!(* ̄ー ̄)ゞ

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下町の塩辛婆様(専求院閻魔堂)

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死後27日(14日目)に河で死者の衣服を剥ぎ金を取るという閻魔婆様(塩辛婆様)。

誓願寺

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誓願寺の創建は慶長元年(1596)、弘前藩初代藩主となった津軽為信が母親の菩提を弔う為、岌貞上人を招いて開山したのが始まりと伝えられています。以来、誓願寺は津軽家から庇護され寺運も隆盛し領内浄土宗寺院四ヶ方丈(誓願寺・貞昌寺・本覚寺・法王寺)の格式を得て寺領30石を安堵されました。岌貞上人は2代藩主津軽信枚とも親交が深く、元和元年(1615年)弘前城築城に際し、城の西側の守りとして大光寺から現在地に移され大伽藍が造営されたと伝えられています。その後、元禄元年(1688)、寛延元年(1748)、天保十年(1839)、明治14年(1881)と火災があいつぎ、堂宇も縮小されたとされ、当時からの建物は江戸時代中期に建立された山門だけになりました。山門は京都の誓願寺山門を模したものとされ重層、切妻造り、妻入り、こけら葺きの四脚門で懸魚に鶴と亀が彫刻されていることから「鶴亀門」とも呼ばれています。境内には弘前市指定有形文化財に指定されている図像板碑や弘前市指定有形民俗文化財に指定されている聖観音石像の他、為信、信枚の軍師として仕えた沼田面松斎など津軽藩士の墓碑が多く建立されています。(青森県歴史観光案内所HPより借用)

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スタンプ全部ゲットです!(* ̄ー ̄)ゞ

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弘前市立観光館ゴールです



厄を払って、利益と福を求めて地蔵堂やえんま堂を巡り歩いた約7キロのハイキングでした



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最終更新日  2013.01.27 19:07:44
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