こしゃくなWink☆Cat
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「五月雨に 沢辺のまこも 水越えて いずれ菖蒲(あやめ)と 引きぞわづらう」・・・源頼政(太平記)上記の歌は室町時代の軍記物「太平記」に記述があって、鵺(ぬえ)退治に功績のあった源頼政が褒美に噂で慕っていた「菖蒲の前(あやめのまえ)」と呼ばれる美女を娶る時、何人もの同じ様な美女の仲から「菖蒲の前」を選べと言われて区別が付かず、困り果てて歌った歌であるとされている。「五月雨で水位が上がって水の中に隠れてしまい区別できません」の意であるが当意即妙の歌に感心した帝によって「菖蒲の前」を授かったと記述されこの話を基に後世「いずれがアヤメかカキツバ」と美女を比べるときの決まり文句になったとされる。 もっとも、当時の菖蒲(あやめ)は現在のサトイモ科の菖蒲(しょうぶ)の事で現在のアヤメでは無く、後世の人が「太平記」の話を基に作ったにせよかなり無理がある。日本に自生しているアヤメ科アヤメ属にはアヤメ・ハナショウブ・カキツバタ・ヒオウギアヤメ・シャガ・ヒメシャガエヒメアヤメの7種と、帰化植物として、キショウブ、イチハツがありシャガを除けばいずれも似ており、アヤメとカキツバタも一見ではそっくりである。ひとつ前の日記で【菖蒲を観にいった】と記しましたが、正しくは【花菖蒲】でした。【菖蒲】は花はとても地味で、観賞用というよりは端午の節句(5月5日)の日に菖蒲の葉をお風呂に入れて薬効と香りによって、邪気を払うといわれるほうがメジャー(菖蒲湯(しょうぶゆ))。花をつけるものは【花菖蒲】と区別されるらしいのだ。が、しか~し。アチコチの公園では【菖蒲園】と名づけていることが多い。なぜならば…古くは「あやめ」の名はサトイモ科のショウブを指したこと・花菖蒲を「あやめ」と呼んでいたことから現在も定着しているらしい。(太平記にもそう記されているし…)【アヤメ】は山野の草地に生える(特に湿地を好むことはない)。葉は直立し高さ40~60センチ程度。花は5月ごろに径8cmほどの紫色の1~3個付ける。外花被片(前面に垂れ下がった花びら)には網目模様があるのが特徴で本種の和名のもとになる。花茎は分岐しない。北海道から九州まで分布する。【カキツバタ】は湿地に群生し、5月から6月にかけて紫色の花を付ける。内花被片が細く直立し、外花被片(前面に垂れ下がった花びら)の中央部に白ないし淡黄色の斑紋があることなどを特徴とする。なんだか植物図鑑のような日だわ自分自身を納得させる&理解を深める1ページにあれこれ調べて埋めてしまった何気なく立ち寄ってくださったあなたさま。スル~っと通り過ぎてくださいませね
2009年06月12日
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