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2004.11.02
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カテゴリ: カテゴリ未分類
原始共同体の第二の時代で、生産力から言うと牧畜の芽ばえが生じ、
初めは犬・羊・豚などの小動物から、後には比較的大きな動物も
飼い馴らすようになった。

日本に羊や豚はいなかったが、犬は縄文時代の遺跡から見ると
食べられていた。

農業の芽生えも出て来て、植物の根や茎を植えたり、
さらに進んで種子を撒くようになった。

縄文時代の青森の三内丸山遺跡で見ると、主食であった栗林を
作ったり、稗の栽培をしていた。

この間テレビで、
「縄文時代にも農業はあった。
 決してあちこちと放浪していたのではない」と、さ
も新説であるかのように言っていた考古学者がいたが、
移動していたのは氏族制社会が出来る前の話で、
縄文時代には放浪していなかった。

ただ、栃の実のような自然に生えているものを定住して
採取していたということである。
(なお、最近のニュースで6千年前の稲作の跡地が見つかったと
 報じていたが、それは陸稲である。
 水稲と違い収穫量が水田の3分の1以下で、とても余剰生産物を
 作ることは出来なかった。
 農耕時代と言われるものは、余剰生産物が出来て初めて
 そう言われるのである。
 何故なら、生産関係が一気に変わるからである。
 縄文時代と弥生時代の区別は、余剰生産物の有無によって決まり、
 作っていた種類によって決まるのではない。)

このようにして、農作物の栽培が行われたり、これと平行して
道具の製作も進歩し、土器を作り始めるようになり、
手工業の芽生えが見られた。

しかし、それでもまだ一般的には生産力は引き続き低いもので
あったから、共産制的な生産関係、即ち、集団的な労働・
生産手段の共有、生産物の共有が続き、家屋も共同で住んだ。

今でもボルネオあたりには、高床式の共同の長屋があって、
それは皆で作ったので共有である。


氏族社会は、原始人の集団と異なって、血族によって同じ祖先を
持つと考える人々の集団である。

これは、血縁家族が、性的関係を制限したから生じたもので、
まず世代の違う集団間の性的関係の禁止から始まり、
同じ母を持つ兄弟姉妹などの性的関係の禁止をするように
拡大してゆき、各個人をその血縁関係でその属する系統を決めた。

こうして、何世代か経つと血縁関係につながる人によって
氏族が形づくられた。

氏族は、人口の増加に伴い、いくつかの附属氏族が分かれて
新しく出来ていった。

このようにして、氏族集団による部落が出来てきた。

その氏族社会では、群婚にあたっては母親が血統を同じくするうえの
標準であったこと、さらに基本的には生産の面で女が採取する
植物性の食料が極めて大きな比重を占めていた事によって、
母権制が発生した。


私は、母権制家族というのは大昔の制度だと思っていたが、
最近中国のテレビでそれが今もあるとドキュメンタリー報道
していたので驚いた。

しかし、現在の地球上にはあらゆる時代の生活様式が現存している。

生産力が極端に低い地域では、奴隷制度も封建制度も有り、
戦争中、南方作戦では戦死した戦友の肉を食べたともいわれる。

これは、最古の人間の生産様式で、他の部族の人間を捕まえて
食べてしまう「人食い人種」と言われる時代が有り、
中国においては紀元前5世紀頃まであったと文献には出ている。

戦後は、原始共産制的集団生活をしていた何家族かを私は実際に
神奈川県平塚市の焼跡で見た。

要するに、何時の時代においても生産力に見合った生産関係
(人間関係)でなければ人間は生きていけないのである。

だから、原始共産制にも逆行してしまう。

そして、それは悪いことでなくて、そのような条件においては
合理的なのである。


さて、そのように合理的であった母権制も漁猟の発達や、
男も農業に従事するようになったため生産力がさらに増大すると、
生産過程において男の占める役割や家族内での地位も向上して
父権制時代となり、それがさらに進んで家父長制に変わり、
さらに進んで一夫一婦制に発展して行く。


当時の分業は既に述べたように性別や年齢によって行われていたが、
さらに牧畜や漁業・農業、または手工業の発展にしたがって、
それぞれを主とする部落が出来、その結果として交換ということも
生じてきた。

例えば、海辺の人は貝を採り、それを乾物にして農業生産物と
交換したりするようになった。

ここからまた交換物のあるものが、一種の貨幣の役割をするように
なった。

中国の殷(商)の時代には、貝殻が貨幣であった。

交換はまた部落内でも行われるようになった。

また、伊豆七島の神津島という島があり、そこでは黒曜石が大量に採れ、
箱根産出の黒曜石とともに東日本で唯一の産地であった。

それは獣の皮を剥いだり、肉を切ったりする刃物代わりに使った。

それが東日本一円の遺跡から出る。

ということは、何かのものと交換していたということである。

黒曜石は、小さな石であるので貨幣のように使われたのかもしれない。

ついでに言うと、当時は氷河時代で海面は今より80メートルも低く、
日本海は湖であり大陸とつながっていた。

神津島もわずかの距離であったため、そこの黒曜石を採りに行った
のである。

箱根産のものと違うのは、科学的に分かっている。

私が小学生の頃、友達が黒曜石を沢山くれた。

聞いたら、昔の人が住んでいた横穴の中に有ったのだと言う。

今で考えると、そんなに沢山の黒曜石は要らない筈であるから、
きっと貨幣のように交換用に持っていたにちがいない。



(「哲学の奨め」曽我達夫著より)








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Last updated  2004.11.02 01:21:28


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