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昨日は家族揃ってお墓参りへ馳せ参じた。片道車で約1時間・・・後部座席はお子2人、助手席は主人。かな~り賑やかで、一瞬「幼稚園バスの運転手さんって大変だろうな」なんて考えた。 主人の家のお墓はうんと遠い。それこそお盆くらいにしか行けない。ということで昨日行ったのは私の実家方のお墓だ。これがまた・・・そのお寺ができて墓地を造り始めた頃に申し込んで入居?したためか山のてっぺんにある。日ごろ運動不足の家族には結構しんどいらしい。申し訳ないなぁと思いながら、取り敢えず水桶やお花といった荷物は全部持つから空身で登ってね、と(本当に登山なみだ)声をかけ無事に到着。まわりをキレイに掃いて、墓石を磨く。生前よく祖母が「墓石にはばしゃばしゃ水をかけるもんじゃないんだよ。少し水を垂らして故人の体を洗うようにていねいにまっさらなタオルは素手で磨くもんなんだよ」と教えてくれていたことを思い出し、せっせと磨いた。「おばあちゃん、おかげさんで、お姉ちゃんは無事に希望する高校へ合格したし、妹も小学校を卒業できたよ。ありがとうねぇ」と語りかけながら・・・無事、お墓参り終了。 さて、お墓と実家は徒歩3分、車で1分、いくらなんでも素通りをするわけにはいかないので立ち寄った。(何故このような書き方なのかは過去ログを参照)相変わらず色々と驚かされる出来事のある家だった。主人はかなり気を悪くしていたようだ。でも子どもたちがフォローしてくれた。両親・私たち家族合計6人、だけど座布団が5枚しか置いていない!椅子取りゲームじゃあるまいし、困ったもんだ。さり気なく次女が両親に気付かれないように私と主人の間に座る。主人と私はLの字型に座っていたので当然次女は座布団がない。「黙っててね。」と一言。そして何事もないようにニコニコしてお茶をいただいていた。子どもたちにと出してくれたお菓子を2人とも何事もなかったようにさっと小さく切って「お母さん、お福分けよ」と両親が席を外したときに口に突っ込む。 両親の性格というかこればっかりは暮らしてきた間に培われたものなので仕方がないが、嬉しいとか喜ぶという感情をストレートに表現できない。相変わらず相手にムカチンとくるような話し方をする。私は「また始まった。困ったなぁ。もっと素直に率直に言えば丸くおさまるのになぁ」と心の中で思う。主人はこういうことが大嫌いだ。仕方がない。育ってきた環境の違いもある。子どもたちは「ハイ、ありがとうございます」「ええ、おかげさまで」とどんな言葉にも丁寧に返す。そして「どうもご馳走様でした。」とお辞儀をして玄関にあった両親の靴をさっと直して辞してきた。いつの間にこんな応対ができる子どもたちになったんだろう・・・ 帰り道も相変わらず、後部座席はかしましい。俗に「女3人寄るとかしましい」と言うが我が家の場合2人で充分かしましい(疲)。 あ~長い一日が終わった・・・と布団に入ろうとすると長女が「あのさぁ、今お腹が痛くってトイレでがんばってみた。その間ずっと考えていたんだけど、はじめてのバイト料が出たら何が欲しい」「いいよ、大事に取っておきなさい。」「いやぁ、そうもいかんでしょう。それに何となくだけどおじいちゃんちに行ってお母さんを見ていたら結構苦労してきたんだなぁと思ってさ。だから、ご・ほ・う・び」 ありがとう。娘にも、主人にも、そして読んでくださったみなさんにも。
2005年03月22日
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昨日はお彼岸のお中日、本来なら家族一同お墓参りに行くところだったが、今日に持ち越しとなった。おかげ様で、昨日は自宅にてVリーグの優勝決定戦を観戦することができた。残念ながら史上初の女子バレーの2連覇をパイオニアはできなかったが、私に大きな感動と夢を与えてくれたことは間違いない。トモさん、どうぞ引退などなさらずこのままもっともっとコートの中から私に感動と勇気を与えてくださいと心の中で願った。 さて、外出していた長女がニコニコとして戻ってきた。「ねぇねぇお母さん、幸せになれる秘訣って何か知っている?」「さぁ・・・何だろうね」と水を向ける。「あのね、人間って案外人の悲しみを一緒に悲しむことは簡単なんだけど、人様の喜びを一緒に喜ぶって案外難しいんだって。それができればホンマモンなんだってさぁ~」いいところに気が付いたな・・・と思いながらうん、うんと頷いた。 そんな彼女は4月に高校に入学と同時にアルバイトを始めるそうだ。すでにココ!と思うところにお願いに行ったらしい。3分の1・・・とゴニョゴニョ言っているので「どうしたの?」と聞くと頂くアルバイト料(取らぬ狸の皮算用ですね)のうち3分の1は大学入試時のための貯金、3分の1は自分のお小遣い、そして残りの3分の1はもう義務教育も終了したので家計費に入れるとか・・・。そんな気遣いはいいんだけどね。 でも彼女は言う。人間の集中力なんてそんな長い時間続くもんじゃない。むしろそのときその場で気持ちを切り替えて勉強するときは勉強、バイトするときばバイト、そういう生き方をしても自分の希望する大学には必ず合格できると確信しているとか。はぁ~。でも案外、社会で揉まれてくることも違った意味のいい勉強になるかも知れない。「・・・と言うわけで姉ちゃんはこれから結構忙しくなるから今までほど家の手伝いができないから、ペケちゃんその分もやってね。嫁に行くとき苦労しないよ~」と今度は矛先は妹へと向った。一応2人の間で話はまとまったようだ。 昨夜、シュウマイを晩ご飯に出した。半額にてゲットしたチルドタイプのだ。「お母さん、悪いけどこれはこれで美味しいけど、やっぱり家で作ったほうが美味しい。あんまり手を抜かないでね。手伝うからさ」・・・反省。 晩ご飯も終わり、さて寝ようと思っているところにまたまた2人がやってくる。「これ、使って」入学祝にいただいたお金だ。「お母さんにお小遣い?」「ううん、地震があったでしょ。義援金にしてほしいの。あたしらほしいものはもちろんあるけど、でももっとみんな大変だと思うしお水を届けに行けないからせめてね」びっくりした。何時の間にか成長したのは身長だけではないんだと思った。「うん、わかった。ありがとうね。じゃそうするね。」 幸せってお金だけではない、案外もっと身近なところにあって自分の気持ちの持ち方一つなのかも知れないなって思った。 ありがとう。
2005年03月20日
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このところ何だか気が付いたら「お仕事」の山にうずもれていた(泣)。本業の主婦と時どき頼まれたときの保育士の仕事はちゃんとスケジュール通りに進んでいるのだけれど、気が付くと細切れの仕事がたくさん発生して今、ない知恵をしぼって格闘中。私は絵心もないし、自慢ではないけれどパソコンもあまり得意ではない。そんな私がポスターを作ったりオリジナルグリーティングポストカード作成を手がけることになっていた(汗)。まぁ何とかなるだろう・・・と思いながらパソコンの前に座っている。座っているだけではな~んも先に進まないのでせっせと頭の中で組み立てをしているところだ。 毎朝、主人が起きてきて書斎のいすに座ると必ずコーヒーを運んで「おはよう♪」と言ってから15分くらいかけて肩から背中にかけて凝りをほぐしてあげる。夜、休む前には腰から足の裏にかけて同じようにマッサージをする。こんなことを書くと優しいですねと言われそうだけれど、そんなことはない。毎日そうやって体に触れると(変な意味じゃなくね)、本人の疲労度がわかるからだ。それによって食事の内容をアレンジしたりしてみる。そして何よりも働いてお金をいただくことの大変さとありがたさをしみじみと自分に心に刻み込ませるためにも、アンド手や指を使うことでバレーボールの練習?にもなる。そして無心でしているときは自分の抱えている「お山状態のお仕事」のヒントがピッとひらめいたりもする。そして思う、口に出してこそ言わないけれど、主人も大変だろうな・・・と。 主人の仕事は小学生がなりたいお仕事ベスト10に入るものらしい。ハタからみるとかっこよく見えるが、そんなもんでもない。締め切り前には檻の中のライオンみたいだし?、全てが「仕事」の目線で捉えないといけないらしい。だから割とどんなジャンルのことも広く浅く知っている。でもその努力は並大抵ではできないと思う。挙句は休日は子どもたちの家庭教師までしないといけないし(妻は学生時代よく眠って過ごしたのでな~んも教えてあげられないため、律儀に授業を聞いていた主人がしょうがねぇなぁと、こういうシチュエーションになった)。 子どもたちはコーヒーを運んだり肩を揉んでいる姿を見て「見ちゃいらんないわ~」と笑う。こんな感じで一日が始まり一日が終わる。 今日はVリーグのファイナルラウンドだ。行きたかったけれどそういうわけで無理なようだ。パソコンでチェックしながらお仕事がんばってみる・・・
2005年03月19日
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連休明けでいよいよ卒業だね。卒業おめでとう。昨日で給食がおしまい、「お赤飯だったよ」と聞いたとき、不覚にも涙がポロッと出たよ。こうやってみんなに門出を祝ってもらえるって嬉しいことだね。 1年生の終わりに転校を経験したあなたはいろんな苦労があったと思う。前の学校ではリコーダーは習ってなかったけど新しい学校はもうみんなリコーダーがバッチリで目が回ったっけ? お姉ちゃんとはまた一味違うすてきな宝石を持つあなた。なかなか目立つ存在ではないけれどあなたの良さを知っている人は必ずいる。お父さんもお母さんもお姉ちゃんも(?)。いつも小さい子に優しかったね。夏休みの体験学習で縦割り班で1年生の子どもさんが夜、淋しくて大泣きしたときに一晩抱っこしてあやしてあげたって後から聞いたよ。ご飯を食べるときも自分が6年生だからってみんなにお茶を配ったり好きなものは分けてあげたりしたんだってね。お母さんはあなたのそういう目立たないでもしっかりとした優しい気持ちが大好きだよ。 よく笑わせてくれたよね。「お母さん、私、金欠バッファローズなの」とか「TOBっておと・おさん・ばか?って言葉の略なの?」とか。一緒にいると楽しいあなただった。何時の間にか背の高さもお母さんを超えてお姉ちゃんも越してどんどん大きくなってきた。 4月からは中学生だね。持ち前の優しさと明るさでたくさんのお友だちをつくってね。お母さんはお弁当をつくって応援しているからね。みんなから体格ゆえか頼られることが多いけれど、本当は人一倍心の琴線が細いこともわかっているけれど大丈夫だよ。きっと楽しい中学3年間になると思う。いざというときはお姉ちゃんもボコしに行くらしいしお母さんも行ってあげる! 卒業おめでとう。「着飾っちゃだめ。ありのままがいい」あなたの口癖だったね。これからもありのままのあなたでいてね。お父さん・おかあさん・姉と強力な応援団がバックアップするから。
2005年03月18日
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おかげ様で昨日のきょうだいげんかは無事に収まり今朝はおのおの方、ちゃ~んと仲良くいただきますができた。ホッ!1ヶ月にお米40キロを消費する家だからある面2人にとっては重大事項なのかも知れない。 さて、タイトルの好きな言葉とジャンルの生き方上手はもしかしたら矛盾するかも知れないなと思いながら今つづっている。私の好きなことば、たくさんあるけれど(←やっぱり浮気モノか?)今、心に言い聞かせているのは2つ。「至誠天に通ず」そして「天網恢恢そにして洩らさず」特に「天網恢恢~」は大好きな言葉だ。人間として生きていくうえで時には理不尽なことも多い。でもそれは焦点を人の目にしているからそう思うのかも知れない、と思うこの頃。私は死んだことはまだないのでわからないけれど(そりゃそうだ)、子どもの頃こんな話をよく聞いた。一応死ぬと天国の受付があってそこで自分の生涯をぜ~んぶビデオにして上映してくれる。ばれないだろうと思ってしてしまった悪事も誰にも気づかれずにしたささやかな善行も詳らかに映し出されるとか・・・あまり良い行いをしているとは言えない私としてはどうかこれが作り話でありますようにと祈るしかないか・・・ でも今、あまり詳しくは書けないけれど普段の元気を100とすると今は8割くらいなのだ。それはこれが理由だ!という1つの原因ではなくフレンドされた結果なのだと思う。そういうときはあまり考えないで黙々と自分のするべきことをすることかな? 今日は午後からベビーシッターを頼まれている。幼稚園児と1歳の赤ちゃんの兄弟だ。童心に戻って遊んでこよう。そしてもうひとつは去年から、次女のお茶のみ友だちである老夫婦?のご主人の秘書業務を頼まれている。もう現役を引退されたのが乞われて嘱託のような立場で仕事をしておいでだ。かなり出張が多い。私たちの年代と違いパソコンを駆使することもできないので券の手配や出張報告の作成、留守宅と現地との連絡役など社会人時代に取得した秘書検が結構今になっていきている。 そういうわけで(どういうわけだ!?)、今、パソコンのBGMには「負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じぬくこと、それが大事~」という歌がかかっている。 とても抽象的な日記でごめんなさい。何となく行間から滲み出ているものを感じ取っていただけたらありがたいです。 ここまで読んでくださりありがとう。今日もいい日になりますように。
2005年03月17日
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それは突然やってきた姉と妹のけんかだった。本当にささいなことが原因。だって・・・朝ごはんに出したパンの分捕りあいだ。これが小さい子どもというならわかるがもう15歳と12歳、どっちがキャラメルブレッドでどっちがクリームパンでも大差ないと思うし、いい年して何を言っているんだかと思う。ちょっと考えれば半分分けすればすむことだ。 ことのいきさつは姉が妹に「好きな方いいよ」といいそのまんまの妹は好きな方を取った。けれども何となくいや~な予感がして「半分こしようか?」と持ちかけるが本日の姉はご機嫌ナナメ。「だったらはじめっからそっちじゃないほうを取ればいいじゃん」と無茶苦茶な論法が飛び出す。 その間にまず自分の分をしっかりゲットしておいて「あのさ~、どうでもいいけど食べられるだけありがたいと思わない?」と口を開く。もちろん2人ともそんなことはわかっている。けれども聞いてみるとことの発端はパンの分捕りあいだけれどお互いに心に溜めおいた小さな不満が結構噴火までカウントダウン状態のようだった。そしてとどのつまりはどっちの方がかわいがってもらっているかの確認のようだ。 私は一人っ子だったのでここら辺の心理はよくはわからない。でも聞くだけ聞いて最後は「ほっといた」。冷たいようだがここで私まで参戦し三つ巴になると収集がつかない。お互いに母を味方に引き入れようとやっきになるだろうから、しばらくおのおの方で考えなさいと突き放し(心のなかはハラハラだが)、洗濯物を干しに外へでる。取り敢えず何とかなったようだ。子育てには卒業がないなとこの頃思う。 先日もお父様が立派な方で息子さんが世間をにぎわせてしまった事件が続いて起きた。息子さんといってももう立派な成人式を終えた大人だが。よく子育ての結果は今ではなく30年後に出ると言われるが・・・深いなと思う。30年後、果たして我が家のレディ2人はどうなっているのだろう?30年後私も夫も生きているのだろうか?墓場からハラハラすることだけは避けたいと思う。 今日は入念に部屋の掃除をしようと思う。ワックスもかけてできれば庭の草取りもしよう。出だしが今ひとつブルーな日はそうやって気分を転換し、環境がすっきりすると心もすっきりすると思うから。案外、我が家の整理整頓度は私の心のバロメーターかも知れない。
2005年03月16日
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おかげ様で昨日はプログで約束した通り春色レターで姑に手紙を書きすぐに投函してきた。先延ばしにすればするほどお互いのためにならないから。いつものおまじない、ポストを撫でて「お願いします!」。深夜のため堂々とできた。 さて、昨日我が家では春の雷が落ちた、結構すごい勢いで。昨日は長女が中学の最後のお集まりでみんなで晩ご飯を食べにでかけた。我が家の門限は5:30、集合時間は5:00・・・どうがんばっても門限には帰れない。予め娘には1人では帰らないこと、次の日に疲れを持ち越したり家族に迷惑をかけない範囲で自分で考えて帰っていらっしゃいと話しておいた。昨日に限って主人は割りと早く帰宅した。「おい、あいつ何やってんだ?」「もうそろそろ帰ってくると思うけど」「電話とかメールは?」「ないね~」と言っているところへ娘が帰ってきた。 「ただいま~。ありがとう楽しかったよ。」「お帰りなさい」と私。「おい!他に言うことがないのか」と主人。「遅くなってごめんなさい」「ごめんなさいじゃねぇだろうが、何時だと思っているんだ(そんなに深夜ではない)。中学生の分際をわきまえた行動をしろ。心配して待っていた家族のことも考えろ!今度こんな連絡なしに遅くなったらチェーンをかけるぞ!!」 普段はあまり娘に対して声を荒げて叱ることはない主人だが久しぶりの春の雷だった。やっぱり何だかんだ言っても大黒柱だ。けじめはけじめ、そして大黒柱は普段はなんも言わないで静かに見守ってくれていていい。ここ一番に雷を落とす、それが役割かも知れない、とふと思った。 ありがとう・・・そう思って今日のお弁当は本当は昨日の残りを入れるはずだったが(←かなりひどい妻だ)、一番の大好物を詰め合わせた。 そう言えば昨日はホワイトデーだ。バレンタインデーに確か主人にチョコレートあげたのに・・・どうなっているんだろう。早速今日聞いてみよう。忘れていたら今度は私が春の雷を落とそう。
2005年03月15日
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昼ごろ、姑から電話があった。「今からファックスを送りたいんだけど」「あのぉ自動受信になっていますのでいつでもどうぞ」・・・この会話は何度となく繰り返されている。さて問題は中身だ。 私はあまり人と争うことは好きではない(誰でもそうだと思うが)。しかし昨年の暮れどうしても姑に話さなければいけない事柄がありそのときにどうやら相手はけんかをしたと思ったらしい。確かに電話口で「こはるんさんのせいでまったくいい正月が迎えられないわ」とか「私はこはるんさんより何十倍も苦労して生きてきている」などなど語っておられたので仕方がない。 けれども姑はある難病を抱えておりその薬の副作用で精神が安定せずこのような会話は気分が低下しているときにはしばしばある。そして結婚直後はびっくりしていたが私も段々と慣れてきて何とも思わなくなっている。ただ本人が「こはるんさんとは2度と話たくない。声も聞きたくない」という以上あまり刺激をしてもいけないかなと思いこのところこちらからは連絡を取らない、取るとしても夫を通してとるようにしていた。 さて、多忙だった夫がほっと一息つけたので早速娘の卒業と入学のことを報告してもらった。そしてファックスの話になったわけだ。すぐにファックスは来た。もちろん日本語なので書いてある内容は読める。けれども「なんだかな~」と思ってしまった。どう返事をしていいのか悩んでしまった。そこで「私は暮れのことは何も気にしていません。娘の入学を喜んでくださりありがとうございました」と返事を書きかけた。でも筆が止まった。自分の心は正直だ。 以前、ある本で読んだエピソードを思い出した。子どもの頃自分を可愛がってくれていたお父さんを目の前で殺されるシーンを目撃してその後彼女はシスターになり「許し」について人々に説いてきた。そしてかなり月日が経ってからある日、その犯人ではないけれど同じ事件にかかわった人と会うことになった。出されたコーヒーを飲もうと思っても手が震えて飲めなかった・・・と。暮れの一件はそこまでのトラウマになるようなできごとではなかった・・・はずだ。けれども案外自分で気が付かないけれど心の奥の方では傷ついていたのかも知れない。 かかりつけの整体の先生がよく言う。人間の心を卵に例えると白身の部分が傷つくのはどうということがない、けれども黄身の部分までいってしまうと修復するのは困難だよ~、そして案外自分では気が付かないんだよね~と。ひょっとしたら黄身の部分まで傷ついていたのかも知れない。そして結婚当初はびっくりしたもののその後は慣れたと思っていたが慣れたと自分で思わせるようにしていただけなのかも知れないな・・・とふと思った。でもまぁいい。お互いに欠けたところを補い合うのが人間、自分も気が付かないところで人様を傷つけていることだってたくさんあるに違いない。気を取り直しこのプログを書き終えたら春色の便箋で返事を書いて明日の朝、投函しよう。誰のためでもない、一回り自分が成長ししなやかになるために。 風邪気味なので今夜は一枚毛布を多くかけて休もう。よ~し、お手紙開始!!応援してください(←結構小心者というかぐーたらというか・・・)。ありがとう。
2005年03月14日
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我が家では子どもを育てるときに「これだけは!」という3本柱がある。それは「挨拶・お返事・お片付け」。この3つができれば例えテストのお点がウヌヌでもいいことになっている。簡単なようで難しい。でもこの3つができていればとりあえずどこにでも嫁に行けるかも知れないし会社で雇ってもらえるかも知れない。どちらも保証はないけれど。子どもたちが小さい頃はこっちから「おはよう」と言っていたが段々と慣れてきたのか最近では「お姉ちゃんおはよう」「ペケちゃんおはよう」「お母さんおはよう」と自分たちから言うようになってきた。お返事・・ハイハイと言ったらイエローカード。ハイは1度だよんと訂正する。ハイという言葉は私も知らなかったのだが一番美しい日本語だそうだ。今まで「ありがとう」なのかなと思っていたけれど「ハイ」は「拝」に通じるとてもきれいなそして素直な言葉だそうだ。ということでお返事はきちんとしましょう♪挨拶やお返事がきちんとできるようになると自然と言葉遣いも整ってくる。もちろん友だち同士では「うざい」とか「ふつうに~でぇ」と今風?の言葉も使っているが電話の応対・目上の人とのやり取りなどではやっぱりきちんとした言葉が必要になってくる。急にはできないので小さいうちから少しずつ。しか~し親である私がお手本となれないのが大きな反省・・・だと今でも思っているけれどまぁ仕方がない。一番難しいのがお片付けかも知れない。これは子どもたちが歩き初めてマイシューズを使うころから歩けるからには自分で揃えようと教えてきた。初めはもちろん上手にはできない。何度も何度もこうやるんだよとその年代に応じて教えてきた。使ったものは元にすぐ戻す、アンド使う前よりもきれいにしておく。今子どもたちに口を酸っぱくして言っているのがお風呂場だ。入浴前よりもキレイにしてでてくるんだよ~・・・と。今のところできたりできなかったりだけどこれでいいと思っている。だんだんとできてくるのだろう、きっと。不思議なものでこれ以外のことはあまり口やかましく言わないが何となく自分たちで考えるようになってくる。字をていねいに書いてみようとか物を大事に使おうとか食べ物の好き嫌いを減らしてみようとか・・・もうそろそろ思春期真っ只中なのであまり口を挟むこともなくなるかも知れない。先日ふっとこんなことを思った。上の子ども今15歳・・・一体あと何年我が家のご飯を食べるのかな?そう思ったら何だか胸がジンとして一食一食を丁寧に作ろう、心に刻み込まれる「お袋の味」があるといいなと。でも案外10年後、今と同じように我が家でご飯を食べているかも知れないけれど。先のことはわからない。だから楽しいのかも知れないし、だから「今」を精一杯生きることが大事なのかも知れない。さぁお昼ごはんだ。今日はカレー南蛮にしよう♪
2005年03月13日
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朝起きたら子どもが今日はお友達とお買い物に行ってもいい~♪とウルウルとした眼差し。いいけどぉ・・・と送り出す。「門限までに帰ってらしゃよ~」と。何故かもう帰ってきた。我が家の門限は5:30。「早いね~」というと照れたように「これお土産だよ」と何やらラッピングされたものを差し出す。もちろん早速開けてみる。エアデールではないけれど大好きな犬のレターセットとハンドタオル。お小遣いが少ないのに、ありがとうねぇ、お金使わせちゃったね。ごねんねぇ。と言うと「そんなんじゃないよ。お母さんのおかげで高校も無事に入れたし、何もできないけれど使って。このタオル癒し系でしょ!?」言葉につまってしまった。別に高校へ私は裏金を渡したりしていない(笑)。むしろ期限までに入学金を振り込み忘れてあわや入学を取り消されるかも知れないというハプニングを起こした張本人だ。そして合格はもちろん本人の実力とまわりの人の応援があってのことだ。ありがとう。お母さんはな~んもしていないんだよ。いや、却って何かをすると大体とんでもないことになるだけよ。ただご飯作って(それも時どきあなたに作ってもらっていた、これからもよろしく!)洗濯して(取り込んでたたむのはあなたがやってくれた、今後ともよろしく)掃除して(でもお風呂場はあなたがしてくれた、引き続きよろしくお願いします)・・・ただそれだけなんだよ。早く帰ってきたのはこれから私がバレーの練習に行くためらしい。本当にありがとう。ありがとう、誰にともなく呟いた。さあ練習に行ってこよう。どんなにがんばっても北京オリンピック代表になることはありえないけれど、でもいつか必ず金メダルをお土産に持って帰ってこよう。ありがとう。よんでくださった皆さん、ありがとう。
2005年03月12日
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主よ、変えられないものを受け容れる勇気と心の静けさと変えられるものを変える勇気とその両者を見分ける英知を我に与えたまえ(ラインホールド・ニーバー)毎朝、拝借?している祈りだ。私は特定の信仰はしていない。お正月には神社へ行き初詣をし、クリスマスには教会へ行き、暮れにはお寺で鐘を打つ、かなりの浮気モノかも知れない。でもそれは決して悪いことではない(すばらしいと褒められるものでもないが)。例えて言うならば富士山は1つ、でも登山ルートはたくさんあるように、そこら辺は基盤になるものがきちんとしていれば(していれば・・ですよ、実は私はしていない)それでかまわないと思っている。昨日は、東京大空襲の日だった。生前祖母はよく戦争について、あるいは関東大震災について語ってくれた。辛かったこと、切なかったことなどを。母と祖母はあまり折り合いがよくなかったので、母がいない「お時間限定」で。戦争中は今とは違い食料を確保するのも一苦労だ。家族み~んなお腹が空いている。特に育ち盛りの子どもはたまったものではない。ある日、遠くを見るような懐かしむような穏やかな眼差しでこんなことを話してくれた。「お母さんはね(私にとっての大婆ちゃん、会ったことはないが)、よくお母さんは太っているから大丈夫よ。あなたたちが食べなさいと言ってくれた。そのときはそんなもんかなと思っていたけれど今思うと太っていただけに本当はたくさん食べたかっただろうな・・・でも子どもを思う親心ってこういうことなのかも知れない。だから私にはたくさんの恩がある。こはるんも苦労があるとは思うけれど親を怨んじゃだめだよ。若い頃の苦労はたくさんあったほうがいいさ」。自分の心を見透かされたようでドキッとした。今、祖母はもういない。今はお墓の中にいる。そしてきっとあちらの世界から笑いながら私を見ているに違いない、相変わらずだのう・・・と。先日、こんな話を聞いた。先般の大津波のときのことだ。その国では象は王様の乗り物として昔から大事にされていた。象の背中にのっかると景色が変る、またあの揺れ心地がいい・・・らしい。そして王様は像の背中に乗りながら街を見渡し、あの辺が今もめごとがあるようだ、とかあの辺が貧しいようだと視察?をしていたらしい。今では王様の乗り物として観光客にも人気があるそうだ。さてそんな象が3・4頭大挙して現われその近くにいた人間を鼻先でひょいひょいっと乗せられるだけ自分の背中に乗せた、そして静かに山の上の方へ移動した。その直後、大津波が発生し、沢山の人が象の背中で一命をとりとめたとか。動物には予知能力があるようだ。またそこで自分だけ逃げずにひょいひょいっと人間を乗せてくれたところに懐の大きさを感じないではいられない。生きていたわけではないので断言はできないが古の昔、ひょっとしたら人間にもこういった予知能力とか直感は備わっていたような気がする。けれども心が荒み、あるいはスピード社会、便利な生活環境などでだんだんとそういった感性が薄らいでいったのではないだろうか。戦争も天変地異もできれば歓迎したくないものだ。大事なことは直面したときに自分がどのような行動を取るか、かなと思う。大婆ちゃんのように、或いは象のように他者を思いやれる懐の奥行きがどのくらいあるか、そしてどれだけ発揮できるか。それは日ごろの生活にも大きく関係しているかも知れない。話が脱線してしまったけれど、私は「当たり前」のことなど、この世に存在しないと思っている。すべてが「おかげさま」であると思う。例えばの話、「や~めた」と自然界がストライキの1つでも起こし酸素供給をストップしたら、「くたびれたわ~」と太陽がご隠居を決めてしまったら・・・たぶん生きていくことはとても困難だと思う。けれども我が家が貧乏だからかも知れないが今のところ酸素供給料も太陽からの請求書も届いたことがない。何ともありがたいことだ。もし今までの分を一括請求でもされた日には目も当てられないし暮らしていけないだろう。こう言ったことはどんな時代にも変らないものだし、人の心だとかそういったものはそんなにやすやすと変えてはいけない部分とささっと変えないといけない部分があると思う。そんなことを祖母は私に伝えたかったのかも知れない。我が家では毎年終戦記念日には「さらば対馬丸」というアニメのビデオを観る。「またかよ」と子どもたちは思うかも知れない。けれどもこうるさいおっかさんの百のお説教よりも説得力があるし、私は今こうして幸せに暮らせることにありがたいと思うしそういう心を子どもたちにもリレーしていきたいと思っているから。まとまりのない日記になってしまってごめんなさい。読んでくださってありがとう♪
2005年03月11日
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おかげさまで昨日、長女は無事に卒業できた。どちらかと言うと我が家の2人の娘のうち、長女の方が目立つ存在のようなところがある。わりと「やるときはやりまっせ」タイプである。弁論大会に出れば優勝する・学校は休まないその他どうしても妹は「ピーちゃんの妹」というくくりで見られることが多い。妹の方は「たまには有給休暇もほしいわん」というタイプ。だけど優しい。(姉がおっかないわけではないが)先生がクラスのみんなに「こういうことはやめましょう」とお話をしても誰も聞いていなかったりするとほろっと涙を流して「ごめんなさい」と思ってしまうようなタイプだ。実は昨日、大事件(というほどでもないが)が起きた。次女が泣きながら帰ってきた。正確には泣くのを堪えて帰ってきて私の顔をみるなり号泣した。「どうした?」と聞くと、昼休みにお花に水をあげる当番だったのでベランダでお花に水をあげていたらクラスの男の子がふざけて窓の鍵をしめてしまったらしい。開けてと言っても開けてくれない。困ったなと思って蹴りを入れたら窓ガラスが割れてしまった。そうしたら先生に叱られて校長室へ特別ご招待。ごめんなさいを強要されたという。確かに窓ガラスを割った娘は悪い。けれどもふざけて鍵をかけた子どもさんは無罪放免、何か違和感を感じる。ガラスを故意に割ろうとしたわけではない。当然、学校と相手の親御さんに穏やかにでも妥協せず抗議する。でも学校は「割ったやつが悪い。修理代は学校で出すが」修理代の話ではない。相手の親御さんは「うちは悪くない」なるほど・・・で、悪いのは娘か?私はそうは思っていない。まぁ割らないに越したことはないが、ベランダで開けて~と言いながらも開けてもらえなかったときの心情を汲むととてもではないが上記のような発言にイエスとは言えない。例によって歩く正義感の長女は「ボコしに行ってくる」とスタンバイオッケー。まぁ待ちなさい。ここは一歩引いておこう。泣き寝入りをするわけではないが、言うだけのことは言ったのだからしばらく静観してみることにした。本人には「辛かったね」と言って抱きしめた。その一言で癒されたのか、その後はケロリとして勉強を始めた。色々なことがある。あっていいと最近思う。中々長女に比べて日の当たることの少ない次女だが秘められた「宝石」を私も夫もそして長女も知っている。今は原石だがこれからきっと磨かれ光っていくのだと思う。もうすぐ次女の学校も卒業式だ。当然姉は「私も参加する。」もうすぐ次女の入学式だ。当然姉は「私も参加する。」みんな違ってみんないい。それでいい、いや、それがいい。どちらの娘も我が家の宝物、そしていつか成長して社会にお返ししよう。今日もきっといい一日になる。仕事のため徹夜あけの身にあったかいカフェオレが五臓六腑に染みわたる。
2005年03月10日
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今日は長女の中学の卒業式だ。何事もなければあと2時間もすれば「おはよう♪」と起きてくるはずだ。そして登校する。やったね!9年前に立てた目標を今日果たすことができるね。彼女が小学校1年生のとき、たまたま1年間無遅刻無欠席だった。当時の担任の先生から「がんばりメダル」をご褒美にもらった。それがすごく嬉しかったようだ。以来義務教育の間は休まないと心に決めていたようだ。(卒業式で表彰してもらうんだという下心ありありで、残念ながら表彰はなかったけれど)今でもその「がんばりメダル」は彼女の宝物であり、先日の高校受験の際にも「お守り」と称して持参したらしい。この9年間は決して平坦な道のりではなかった。本人も苦しんだだろうし私もしんどかったというのが本音かも知れない。育児は育自とは昔の人はよく言ったものだと妙に納得する。きっとこれからも彼女は「がんばりメダル」とともに新しい学校で「自分」というものを深めていくことと思う。まだまだ荒削りの段階だが、「親=木の上に立って見守る」スタンスでこれからも応援したいと思う。本当に卒業おめでとう。そして長年の目標が達成できておめでとう。9年かけて目標をかなえるということは並大抵ではできないことだ。その点については自信を持っていいと思う。これから先の人生で、う~んと唸るシチュエーションがあったらそのことを思い出し乗り越えていってね。言葉に出しても伝わらないけど 両手はいつでも広げてる振り切るのもいい つかまるのもいい君の命が潤うならおひさまになれ おひさまになれ笑っていつか話をしよう おひさまになれおひさまになれ離れてもこころはそばにいる明日の天気にくよくよするほど きみの大地はちいさくないおひさまになれ おひさまになれそばにいるだけであったかい(おひさまのたねより)
2005年03月09日
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どこの家での大なり小なり朝は忙しいと思う。我が家もご多聞にもれず結構バタバタとしている。子どもたちの言葉を借りると「お母さんのタコ踊り」らしい。無理もない。1時間に朝ごはん・お弁当3つ(4月から4つ)・晩ご飯の下ごしらえを済ませ同時進行で洗濯機をガラガラまわし家中の窓拭きをするわけだから。でも結構、この生活を楽しんでいる。時どき、主婦の役割って何じゃ?と考える。頭に浮かぶのは野球で言えばピッチャー・サッカーならキーパー・バレーボールならセッター・・・司令塔であり要となるポジションだ。私のモットーは家族が元気で暮らせる工夫を怠らないこと。そんなに完璧にはできないけれど特に朝には気合を入れる。例え外は風が吹き寒くても土砂降りの雨であっても心が晴れるような朝ごはんを出し、気持ちよくいってらっしゃいとそれぞれに握手をする。そんな習慣が続いている。お弁当3つないし4つ、これがとても楽しい。何故なら結婚するときに言われた言葉が「お弁当作ってもらえる?」当時私の頭には「結婚」という言葉が存在していなかったのできっと出張かどこかに行くのに必要なんだろうと思い「いいよ。いつつくればいいの?」とかなりズレた答えをした。今思うと夫は心の中で「このお間抜け!」と思っていたに違いない。というわけで約束は守りましょう♪と結婚以来ひたすら作り続けている。出産し家に帰ってきた翌日も作ったし色々あっても必ず作る。甘い味・辛い味いろんな味があるけれど忘れず添える調味料は「ビタミン・愛」さぁ今日もこれからお弁当づくりが始まる。今から数分後、台所で圧力鍋に向かって「愛情!愛情!」と言いながらご飯をたく私。今日もいい日になりそうだ。
2005年03月08日
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この映画は確か長女がお腹の中にいるころ、ダーリンに拉致監禁のごとく連れて行かれて見た映画だ。当時私は仕事が忙しく休みの日ぐらい休ませて~と思っていたのだが、映画が好きなダーリンに「んじゃあ、チケット買ったから」と言われつい生来の「ぬぬ、買った?じゃあ行かないともったいない」というもったいないぐせが背中を押してくれた。でもやっぱり日ごろの睡眠不足解消となってしまいつつあった。さぁ終わって帰ろうという段階になって急に体が固まった。陣痛ではない。エンディングに流れた「優しさに包まれたなら」の音楽にふとタイムスリップしたからだ。「優しさに包まれたなら」は大学のある授業のときに先生がかけてくれたもの。芸術科の学校ではない。その科目は「英作文」だったが、何故かその音楽をかけ「こういう感性を養ってほしい」と言われた先生の言葉以来、この曲そしてユーミンという音楽ワールドを垣間見るようになったのだ。ちなみに私がダーリンと結婚したきっかけもユーミンのコンサートだった。ユーミンっていいよねと話したあと、バレンタインデーに武道館(だったと思う)で行われたユーミンのコンサートに誘ってくれて「ああ、誠実な人だなぁ。このチケットをゲットするのは大変だっただろうなぁ」と思ったことがきっかけだった。しかし結婚後、ましてやオメデタモードで仕事も続けているとだんだんとその頃の初々しい気持ちが厚かましい気持ちに変化していたのも事実だった。いつまでも固まっているわけにもいかないのでモソモソと歩きながら「見るべきして連れてこられる運命だったんだ」とふと思った。そしてダーリンに心の中で「ありがとうございましたッ」って言った。「♪奇跡は起こるよ。カーテンを開いて静かな微笑みと優しさに包まれたなら・・(中略)すべてのことはメッセージ♪」その後、そのときお腹にいた長女が産まれ、続いて次女も産まれた。早いものだ。そして今度は仕事から子育てモードへとスライドされ時が流れた。ある日図書館で「お母さん、これ読みたい」と子どもたちが持ってきたのが「魔女の宅急便」の原作だった。お~君はお腹の中でおかあちゃんの代わりに映画を観ていたんだね~と思った。もちろん早速借りた。ついでに2巻として映画の続きもあったのでそれも借りた。特に2巻でお母さんがキキに薬草の種の蒔き方について会話をしている部分が気に入った。そう、人生ってきっと計算で成り立つものではなく「心の感性」が大事なのだと。影響されたのかそれとももともとの好奇心からかその後我が家ではかなり長いこと私がパンを焼くようになった。そして今、改めて「♪心の奥にしまい忘れた、大切な箱、開くときは今♪」と思っている。子育ても体力勝負の幼児期から忍耐力勝負の思春期へと移ってきた。彼女らにとっても私にとってもかけがえのない「今」を生きていこう。優しさと愛をたっぷりと吸い込んで。そしていろんな意味でダーリンにありがとうと今、心から思う。思うだけではダメ、起きてきたらとびっきりの笑顔で「おはよう!今日もよろしくね」と伝えよう。今日は長女の高校の入学説明会だ。今日もいい日となりますように。ありがとう^^。
2005年03月07日
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優しさって何だろう・・・この頃ふと思う。いろんな場面で。「優」この文字を分解してみると人偏に憂えると書く。憂える人の傍らに立つというスタンスが優しさなのだろうか。何となく漠然としていてすっきりしない。例えばこんな時・・・今は春の大会を目前としているためクラブチームの人たちは練習に余念がない。スポーツセンターで行われるコートを一般開放してのバレーボールタイムにもいつもより多くの方がいらっしゃる。一応上級者と初心者にコートを分けて練習をするがそんなに厳密ではない。だから私のようなトウシロウの中に上手なお方の助っ人で参加するというシチュエーションもある。さてそんなとき、私は自分でもテーマであり悩んでいたことがある。それはサービスのフォームだ。自分が思い描いている場所へ確実にボールを落とすことが目標だけど未だ到達せずネット際にしかボールを落とせない。練習をしていたらさささっと寄ってきて「ここのフォームがこうなっているからボールが飛ばないんですよ。」とさり気なく教えてくれた見知らぬお兄さん。ありがとうございました。おっしゃるとおりビンゴでした。また別のお方、一応初心者チームではホールディングやタッチネットの反則は取らないという「お約束」がある。けれどもしっかりとタッチネットの反則を取ってくださった。もちろん未熟者であるゆえ取られた綿私はムカチンときた。でもそれも勝負の世界は甘くないよという優しさなのかも知れない。こんなことを考えていると優しいって簡単なようで難しい。今はある日のバレーボールのひとコマを例にしたけれどこれは日常生活のいろんな場面であることだと思う。時には「ノー」は「ノー」ときっぱりということも優しさ。時にはぐっと堪えて「見なかった」ことにすることも優しさ。そう考えると難しい。自慢できる話ではないが、今日は朝早く起きて仕事をしたが、そのあと気が付いたら寝ていたようだ。先ほど目が覚めた。珍しいことだ。でも体は正直。ここ数週間の疲れがどっと出たのだと思う。私のメインの職業は主婦であり、サブの仕事は頼まれたときだけの保育士である。今、保育士のほうはそれほど忙しくない・・というか少し自分でセーブしている。パソコンに関しては全くの若葉ちゃんである。我が家のパソコンのスイッチを入れて自分のしたいことをするだけでメンテナンスその他は家族がしている。一番のパソコン音痴は我が家ではわ・た・し。そんな私に無謀なことが降ってきた。近くの知人がパソコンを買い換えたと言う。ふ~ん。私に輪をかけた初心者。「あのさー、データは全部バックアップとってあるのに何でスイッチを入れたのにネットにつなげないの?」そこの家が前回パソコンを購入したときの初期設定は全部うちのだんな様がやった。しかし今だんな様は目が回りそうに仕事で忙しい。それに夫の口癖は「自分で管理できないやつはパソコンを使う資格なし!それでも使いたいときはきちんとサポートしてもらえる人をお金を払って雇うべし」彼はケチってそう言っているのではない。そんな器の小さい人でないことは妻の私が保証する。たぶん甘ったれるなといいたかったのだと思う。でも相手は「なぜこはるんのだんなはやってくれないの?じゃあこはるんやってよん」とお気楽。おいおいどうして矛先が私に向くのよ??「そんでさぁ結構急いでいるんだ・そこんとこよろしく」(私、滝涙)。どうしても昨日は4強を見に行くので一日仕事になってしまう。そしてパソコンにある程度慣れている人ならインターネット接続だのメール接続の作業なんてちょちょいのちょいでできるけれど私の場合、そうそうもいかない。取説を熟読玩味しながら1ステップずつになる。取りあえず昨日帰宅して晩ご飯を食べてダッシュでお手伝いに行った。何とか無事に成功した。あ~やれやれ、帰ってから1杯飲もう♪と帰り仕度を始めたら「あのさ~この書類作ってくれる?急ぐんだ。明日使いたいから」あの~ネットも接続できたことだしワードはそうでなくても使えるっしょ!?自分でやったら?と思い一応、礼儀をわきまえた口調で伝える。「だってワード難しいもん。時間もないしぃ」・・・もうだったらパソコン使うな!購入するな!と段々と私も夫モードになってきた。じゃあとにかく私も家に帰らないといけないので原稿を預かって出来上がったら添付ファイルで送るから・・・。主人は言う。「お前、それは優しいのではなく逃げだよ。本当に優しい人間は自分でできるように教えてあげることだぞ。いつもそうやって相手に振り回されていたらもしこの先俺やお前が死んだり何かあったときあの人は困るじゃん?結局それって一見優しいことをしてあげているようで違うと思うよ。本当に自分でパソコンを使おうと思うなら俺がはじめに行ったときにやったことをきちんと横で見て記録しておく。同じことで2度と他人の手を煩わせないものだ。そういうことを伝えることが本当に優しい人間じゃないのか」優しさって何だろう。考えれば考えるほど難しい。でもここまで書きながらふっと思った。本当に優しい人はしなやかでそして芯の強さを持った人のことなのかも知れない・・・と。今日はいいお天気だ。おひさまの光が目に沁みる。
2005年03月07日
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「ほら、足元を見てごらん、これがあなたの歩く道・・・」言わずと知れたキロロの「未来へ」という歌のイントロでありサビの部分だ。私の大好きな歌の1つである。話始めると長いので思いきりかいつまんで話すと私は小さい頃から虐待を受けて育ってきた。「どうして自分は生まれてこなければならなかったのだろう・・」かな~り最近まで私の心の中に指定席のように鎮座していた気持ちである。さてこの歌は作者が中学生の時お母さんが体調を崩しそれはそれは心配し作った歌だというエピソードを読んだことがあり、以来私にとっての「ソウル・ソング」となっている。理由は自分でもわからないけれど。何かあると口ずさむ、こうしてパソコンを開いているときもBGMにしているし、何か物事に行き詰ったときにも聞いている。かなりのオタクかも知れない(汗)。もちろんこのことは家族の間でも有名である。ま、そんなわけで結構自分に自信がなく自分を否定してきた私だが子どもを授かってそうばかりも言っていられなくなった。無条件に子どもがいとおしかった、そして同時に「愛されて育つことの少なかった自分が果たしてこの子どもを愛情で包んであげることができるのだろうか」と不安でもあった。しか~し生まれたての赤ちゃんを前にそうそう悠長なことも考えていられない。何せおなかが空いたら泣く・・・オムツを替えて欲しければ泣く・・・はたまた構ってほしければ泣く・・・私も泣きたいくらいだが一応私の方が年上なのでそこは堪えることにする。・・・でもそんな生活をしていたらいつかドッカンと爆発してしまうだろう・・・そう思いとにかく人様から見たら「当たり前じゃん」と言われそうなことでも自分を褒め自分を好きになる努力をした。ハードだった。ひょっとしたらバレーボールでバックアタックを打つよりもハードかも知れない。話が大分脱線してしまった(反省)。元に戻そう♪たぶん「未来へ」は私にとって一種「ないものねだり」のようなでもいつかは到達したいような「あこがれ」のようなそんな位置づけなのだと思う。ハワイの海岸でプアリリレフアを踊るようなそんな感じかな?今日も娘はバレーボールの練習へくっついてきた。寒いからやめたら、という言葉を急いで飲み込んで「よっしゃ~」と出かける。彼女と練習に行くときは早めに到着するようにしている。それは校庭で練習している子どもたちのサッカーを2人で見るから。(ネットを張るためとかいう殊勝な心がけではない)何も言わずいつもぼけ~っと2人で眺めている。体育館に入りながらポツリと言う。「中学は帰宅部にしようかな。家の手伝いもしたいし、大きくなったらお母さんは間違いなくおきゃんなお婆ちゃんになるだろうからそのとき“生きてきてよかったな”と思えるような手伝いがしたいんだ。ヘルパーさんとかいいかも知れない。私お年よりが大好きなんだ。だって可愛いんだもん」何気ない言葉だが深いなと思った。自分のことのように話しているけれどその根底には「おっかさん、そろそろおばあちゃんのこと許してあげて」という思いが込められているような気がする。子どもたちの前では母と普通に接している。でもその研ぎ澄まされた??感性で見抜いているのだと思った。そして「生まれてきてよかった」とまず私が母に思わせてあげられるように過去を水に流してあげること・・・それを彼女は望んでいるのだろう。自分たちから子々孫々と続くであろう「未来」のためにも。無事練習は終わった。帰り道、スーパーにて半額商品をゲットする。ここまでもいつものお決まりコース。娘も横にいる。お金を払おうと思ったら財布がない!!車の中に置いてきたらしい。事情を話しダッシュで取りに戻る。途中捻挫をした(かなりアホだ)。一部始終を目撃した娘は歌う、半ば呆れながら・・・「ほら、足元を見てごらん、これがあなたの歩く道、ほら前を見てごらん、あれがあなたの未来♪」娘と私、どちらが大人なのか。因みにもう1人の娘はその頃子ども部屋のお片づけ中、何度かかかってくる電話に声が似ているため母と間違えられたようだ。すまないのぉ~。晩ご飯も作っておいてくれた。とにかく練習後の空腹時、どんなメニューであれこの上もないごちそうに感じる。そしてこれを書きながら今、しみじみと思う。人生に決して無駄などないのだ、そしてどんな理由があったにしても私の母は母で淋しかったと。何故なら今の我が家のような光景は決してあり得ないことだったから。きっと殴ろうが蹴ろうがひどい言葉を子どもに浴びせようが彼女は呼んでほしかったと思う「お母さん」とたった5文字を。ごめんなさいね、心からそう呼んだのは何十年前だったでしょう。でも今こうして幸せに暮らせることは本当にありがたい。我が家を1つのジグソーパズルに例えるとあなたの存在も重要な1ピース。なくてはならない存在だったのだと思う。だから近いうち母に会いに行こう。そして「未来へ」を歌ってこよう。がんばれ、こはるん!!その背中を子どもたちはじっと見てそっと押してくれている。・・・そう信じたい。
2005年03月05日
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間もなく我が家の娘が小学校を卒業する。ということは4月から中学生になるわけだ。身長165cm、かなり大きい。その大きさを買われ4年の時にミニバスに誘われた。特に運動が好きなわけでもないけれど入部した。背が高い、わりとフットワークもいい。ということでお約束の「いじめ」が待っていた。同じ学年ならまだいいが1学年上の子どもさん。ミニバスの練習時だけでなく普段の学校生活でもそれは続いた。結局娘はミニバスをやめた。相手さんが卒業し戻っておいでと仲間に誘われたが体育館がもう彼女にとっては怖い存在となってしまったようだ。さてそんな彼女も私に影響されたのか中学ではバレーボール部に入りたいと思ったようだ。けれどそこにはその「彼女」がいる。過去は過去と思いつつもすでに心がロックされてしまったようだ。実力で勝負しかないと最近練習を始めたものの娘の性格からしてたぶん入部はしないだろう。もう1人の娘はことしその中学を卒業する。「ごめんね。姉ちゃんがあと1年中学に残れたら守ってやれるんだけど。卒業記念にボコしておこうか?」やめなさい、そんなことをしてどうする。下の娘は体がでかいゆえ何も気にしないようにまわりからは見られるらしい。担任からも「何も動じないお子さんだからクラス全員を叱りたいときに代表になってもらっています」とんでもない話だ。けれど過去と他人は変えられない。娘よ、タフな心になろう。今日は私はバレーの練習の日だ。黙々とついてくる彼女。下手なりに壁打ちもできるようになってきた。入学祝のエールはバレーの基本フォームを教えることにしよう。彼女の心の傷が癒えるまで、そっと見守ってあげたい。そして表現は荒っぽいけど優しい心を持って妹を支えてくれているお姉ちゃん、ありがとう。ボコすエネルギーは高校生活のほかの分野で発揮しておくれ~。こんな子どもらがいる私はもしかしたら幸せ者かも知れません。ありがとう。
2005年03月04日
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そういうわけで洗濯を済ませた携帯電話は当然のごとく使えなくなり我が家に新しい携帯電話がやってきた。この際新規にしようかと思ったが番号が気に入っていたため泣く泣く機種変に。しか~し、ここでトラブル発生!使い方がようわからん。仕方がない、子どもの帰宅を待とう。カメラも何もついていないシンプルなものがいいとお店の人に訴えたらカメラはついているけどこれなんか使いやすいですよ~とすすめられたものを購入したがどこがどう使いやすいのか全くわからない。お子よ~、ハヨ帰ってきてくれ~。しかし文句は言えない。今日は下の子どもの卒業に際しての親・子・先生のお別れ会のようなものがあり、フラダンスの練習とかぶってしまったためお子は保護者代わりにそれに出席しついでに懇談会に残ってくれているから。でもやっぱり早く帰ってきておくんなさいまし~。
2005年03月04日
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一面の銀世界を楽しみに早起きをしたものの、まだ雪に変りはじめたばかりらしい。せっかく起きたしこれから2度寝をしたら間違いなく寝過ごすので起きていることにした。せっかくだからお洗濯~♪と思ってガラガラ洗い始めた。ん?変な音がするぞ!?ガーン・・・携帯電話も洗濯物とご一行様になって洗われていた(涙)あ~あ・・・機種変したばかりなのに。今日の予定、まず携帯電話を何とかする!ま、仕方がない。とんだ雪の贈り物になってしまっただ~。
2005年03月03日
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今夜は雪が降るらしい。確か子どものころは雪が降るとわくわくしていたような気がするが、今は雪かきせなあかんなぁと現実に引き戻される。でもでもやっぱり明日は朝早く起きてちょこっとだけ庭で雪遊びをしてから雪かきをしよう。明日はフラダンス練習日、出された宿題はまだ終わっていない(滝涙)。開き直って寝てしまえ^^。だってそんなにすぐに上達したら先生いらないものね。明後日はバレーボールの審判講習会アンド試合、その次の日はVリーグの4強の応援、がんばれパイオニア!がんばれ吉原!!しばらくこんな毎日なのだろう・・・。
2005年03月03日
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結構、私にしては深刻なお悩みである。155cm、44キロ・・・数字的にはそんなに痩せているわけではないのだけれど何せプロフィールに万が一写真を貼ったあかつきにはエチケット袋を用意して無料にて配らないといけないくらい見た目が痩せて見える。人の3倍くらいよく食べて水分も摂っているしアルコールもそこそこなのだが、何故かヘルスメーターの針はガン!として右へ動かない。壊れているんじゃないかと思って近所の友だちの家の体重計に乗っかった。同じだった。しかもご丁寧に体脂肪と内臓脂肪まで表示してくれる。ふ、ふとりたい。もうちょっとぽっちゃりしたい。誰かぽっちゃりできるコツを教えてほしい。
2005年03月03日
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本来ならこの時間、私はパソコンの前に座っていることはあり得ない。そう、練習の時間だから。でもパソコンの前にいる。さぁ出かけようと思ったら夫が帰宅した。偏頭痛がするらしい。本人は気にしないで行っておいでと言うので、とりあえず支度をして家を出た。駅まで歩きながら思いを巡らせた。別にこの年になってトップアスリートを目指す気もない、何が一番大事か・・・家族ではないか!?でも家にはとりあえず夫の他に子どもらもいる。何かあれば子どもらが対応しメールで私に知らせてくれる。だから行こう。でも切符を買おうと思ったときお金を入れることはできなかった。そうだ、子どもらは確かにいてくれる。でも「私にしかできないこと」もあるはずだ。試合が間近というなら話は別だが今日は「こはるん」ではなく「妻業」をしよう。仲間に欠席のメールをして自宅へ戻る。心なしかほっとした表情の夫。これはナイスジャッジ・・・か!?でも今日の私はこれでは終わらない。これから彼が寝たらきちんと真夜中でもジョギングに出かけ、近くの決して他の家の迷惑にはならない公園で壁打ちの自主トレをして練習の分は補う。そう、大事なのは気持ちの切り替えとそのときに何が一番大切なのかを見極める「目」なのかも知れない。
2005年03月02日
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明日は3月3日、桃の節句・・・一応私もレディ?なのでウキウキソワソワと(もうそんな年齢ではない)桃と菜の花などを玄関に飾ったりしてみた。自称暇人の私、ふとそういえばお雛様の由来ってどんなことなんだろうと気になって調べてみた。そしてある折り紙研究家のお方の一文が目に留まり「お~!」と思った。現在の座り雛は江戸の中期から始まったものらしい。そしてこのひな祭りとは寒中、和紙職人が手で一枚一枚丹念に梳いた神聖な白和紙で人形を作り、一年間の無病息災を祈り、厄払い、魔払いなどの意味を込めて水に流すことから始まったらしい。江戸初期には紙で作った立ち雛を屏風の前に並べるだけだったのが段々とお人形が土や木で作られるようになり今日のように大変豪華になったそうな。モノが溢れた現代において生まれた女の子に高額な雛を買い与えることよりも「心から成長を祝う」と言った本来のひな祭りの意味を忘れないでいたいものだ。ちなみに雛(ひいな)とは「ひよこ」「小さな細工物」という意味だとか。なるほど・・・我が家はスペースと予算の関係でお雛様は存在しない。毎年桃と菜の花を飾り、紙コップや手近にあるもので適当に?作っていたけれどよしとしよう。今日はいいお天気、これから丁寧に部屋のワックスがけをして笑顔で家族の帰宅を待つとしよう。何せ夜はバレーの練習だから。
2005年03月02日
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朝からそわそわしてお皿なんぞを割ってしまった。そう、今日は子どもの高校入試の合格発表日。自己採点の結果、まず無理でしょう・・・ということであまり発表にご縁はないけれど一応見に行っていらっしゃいと送り出す。待てども待てども連絡はない。携帯も繋がらない。ついにはじけてしまったかぁ~と思ったらようやく「合格してた!」と電話がかかってきた。おめでとう!中学の3年間あなたなりにプレッシャーもあったでしょう。母はしばしば八つ当たりのターゲットになりました。でも紆余曲折を経ながら成長していくあなたの姿を見ることはバレーボールでサービスポイントを取るのと同じくらい、いえもしかしたらそれ以上に嬉しかったです。高校は義務教育ではありません。あなたの意志でしっかりと大地に足を踏みしめて進んで行ってください。しっかりとしたパパとおきゃんな母の子どものあなたなら大丈夫、どんなことがあっても自信を持ってこれから先生きていってください。もうすぐ卒業式ですね。小学校から通算9年間、無遅刻無欠席だったあなたのがんばりにこれからもエールを送ります。
2005年03月01日
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バレーボールのことも他のこともちょっとスランプ気味だった近頃の私・・・たまたま通りがかった公園でソフトバレーの壁打ちをしている初老の男性を発見。きれいなんです、フォームが。思い切って声をかけてしまいました。学生時代にバレーボールをしていらしたということで私、厚かましくも色々と教えていただきました。辛いな~と思うことって人生に何度かあるけれど、必ずトンネルの出口はあるんだと思いました。ありがとう、あなたのおかげでとてもいい1日でした。
2005年02月28日
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パソコンの若葉マークの私にホームページ作成などというおっかないことはできるんだろうか???でもはじめてみなくちゃわからない♪楽しく細く長く(私の体型とは逆だけど)やってみようっと。
2005年02月27日
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