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ふと眼が覚めると、満天の星である。
わたしは流木の中にいた。正確には流木にわたしという意識が宿った。 これは夢であると思った。怖がる必要はない。夜見たテレビ番組の影響だと信じた。
6000万年ぐらい前にキツネザルの1種がアフリカ大陸からマダガスカル島に渡り、その地で繁栄し80種類にまで増えたのだそうだ。台風のような強い風雨で大木が倒され、大海に出て行く。木のうろの中で長期間に渡って休眠する習性のあるキツネザルがふと気づくとマダガスカル島という新天地に着いていたらしい。
わたしは、新天地に無事たどり着いたキツネザルよりも、休眠のために体に蓄えた栄養を使いきり、空腹で眼を覚ましたキツネザルに思いを寄せた。飢えている。無理に飲んだ海水がさらに苦しめる。時に苦し紛れに海に飛び込むキツネザルもいたのだろうか。
確かにわたしは流木になっている。波に揺られて上下動ばかり感じているが、実際はどこかに向けてゆっくりと移動しているにちがいない。どこに向かっているのか、わたしにはまったくわからない。
波の急激な変化なのか、わたしは大きく揺れた。そして、流木としてのわたしは、その体の中に小さな動物を宿していることを知った。リスのなのか、猿なのか、わたしは識別できないけれども、毛皮に包まれた小動物が、わたしという流木にウロがあって、そこでごろんと体が回転してどすんとウロの壁にぶつけたらしい。そんな感触をわたしは得た。
わたしはどこに行くのだろう。そしてわたしの中にいるこの小動物はどうなるのだろう。もう既に食べ物もなく息が絶えようとしているのかもしれない。逆に、生き抜くという意志に支えられて、体を細らせながらもまだ目をらんらんと輝かせているかもしれない。
その最後を見届けたいとわたしは思った。しかし、わたしはこの小動物を助けることはできない。せめて静かにこの小動物を眠らせてあげたいと願っても、それすらわたしにはどうすることもできない。
見届けることに何の意味もないけれども、その生命に強い意志があれば未来を切り開いていけるということを信じたかった。わたしは自分が夢からさめないことを願った。