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村史跡 日岐城:長野県生坂村国道19号線、生坂ダム付近からの日岐城日岐城からの北アルプス。有明山・餓鬼岳など。
2007.01.31
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オオイヌノフグリと一緒に咲いていた、白く小さな花は「ハコベ」か?。ハコベにもミヤマハコベ、コハコベ、ウシハコベとあるが、どれかは分らない。また似た花にノミノフスマというのもある。図鑑を見るも、どうも良く分らない。一番似ていると思うのは「ウシハコベ」なんだが。
2007.01.31
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これはアザミのドライフラワーでしょう。登りながらチョッと目に付き、撮ってみました。気をつけて見ていると、雪から枯れ枝をつきだしたドライフラワーは幾つかあります。アキノキリンソウでは?、と思えるものもあった。
2007.01.31
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蓼科山・八ケ岳方面、富士山も見えていた。爺ケ岳・鹿島槍・五竜岳・白馬三山御岳・乗鞍今日は朝から雲一つない快晴、朝7時過ぎ、北アルプスの山々がピンクに染まる。例年より雪は少ないので「行けるのでは」と登山口に向う。登山口の三城までは問題なく車で行ける。登山道にもしっかりしたトレースがあった。先行者一人。途中から安全のため、六本爪アイゼン。山頂直下以外は夏道通り。画像は12時ころ山頂から。この山から見える山は全部、見えていたと思う。
2007.01.30
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萩原城:長野県安曇野市明科萩原墓地公園が城跡ではないかと思う。 特に「○○城跡」との表示はないし、遺構も分らない。
2007.01.29
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北海道から参加の方もおられたんですねー。多くの氷彫の中から、敬意を表しての一枚です。今日の朝はモヤに覆われ、常念岳もみえず、日の光りが足りず、朝焼けの氷彫とはなりませんでした。それにしても氷での彫刻、たいしたもんですね。これって、調理師の方が作られるんだそうです。
2007.01.28
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松本城大手門の氷のシャチホコです。シャチホコは一対あります。
2007.01.27
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松本城では今日、明日と氷の彫刻のイベントが行われています。氷彫は入口のシャチホコなど一部は出来ていますが、メーンは明日。そのため、今夜は氷の芸術家が画像のような氷を、氷像にするべく今、取り組んでいます。明日朝にはすべてが完成しているでしょう。
2007.01.27
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堂平城(どいでら):長野県塩尻市小曾部高畑現地案内版に「・・・等の地名や裏山の向い側が三村氏の本城であり、又向い側白沢山頂に残された遺構等と土居の地名を考え合わせると、三村親貞(1327歿)時代頃の館跡か出城跡ではなかったかとも考えられる」とある城です。堂平公園の道標あり。
2007.01.27
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里ではこの花も咲き始めた。オドリコソウ、だと思うのだが。図鑑をみると似た花に、ホトケノザ・ヒメオドリコソウがある。
2007.01.27
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押野城:長野県安曇野市明科高瀬川が犀川の合流する地点にある。城跡に「押野城跡」の標柱と小社が祀られている。---画像は今日1/26、明科の白鳥飛来池の白鳥です。以前、昨年の画像を載せましたが、そのときと比べると飛来している白鳥はかなり少ない。
2007.01.26
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樹木の見分け方に「冬芽を見る」という方法があるそうです。これはコブシの冬芽、もっとも自分は、その木の前に、名前を書いた柱があったので、そうかな、と思っているだけ。暖かそうな毛皮?にくるまれ、春を待つといった感じ。手ざわり良さそう。また、フデのようにみえなくもない。
2007.01.26
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冬の山にも花はある。といっても、枯れっパナですが。これはガクアジサイではないかと。人の手をかけず、自然に出来たドライフラワーですなー、これは。
2007.01.25
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大熊城跡:長野県諏訪市 大熊城は千野氏居城と伝えられ、文献上では文明15年(1483)にその名がみられる。諏訪神社上社大祝(おおほうり)側に属する山城で、当時対立していた下社大祝金刺氏との攻防の場となった。天文11年(1542)武田信玄の侵攻によって落城し、天文17年頃破却された。城は三日月形をした自然丘陵上に主郭を築き、周囲に六ケ所の郭(曲輪)を配置したいわゆる連郭式城郭である。主郭の南端には長さ20mの土塁があり、その上には千野氏の名を刻んだ石祠が建っている。 昭和48年に行われた発掘調査では堀・建物跡・土橋が発見され、築城の様子が明らかになった。また大熊城に隣接する城山遺跡・荒神山遺跡からは城主の居館跡とみられる建物跡も発見された。:大熊区・諏訪市教育委員会
2007.01.25
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信号待ちでポイポイ。動きだしたら、火のついたタバコをポイ捨て。再び、信号待ち。次のタバコもポイポイ。
2007.01.25
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橋原の火とぼし山砦:長野県岡谷市花岡城から道がある。地形図の実線・破線のどちらを行っても山頂に着く。砦の跡は山頂から破線方向に少し下った位置にあったらしい。なお、地形図の実線道だが、車で通れる道ではない。花岡城からスノーシューで実線道を登り、破線道を下った。砦の訪問だけなら、破線道を登ると良い。
2007.01.25
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長野県岡谷市:花岡城車で城跡まで行けます。駐車場・トイレあり。諏訪湖と八ケ岳の展望よし。この背後の山に「橋原の火とぼし山砦」がある。史跡 花岡城址 本丸跡,二の丸跡、その間に空堀があり、自然の要害を利用して構築され、五稜郭形式となっており、土塁があり、中世の城址を知る貴重な史跡である。戦国時代には伊那口へのおさえであり、天文年間には武田氏の支配であったと伝えている。岡谷市教育委員会
2007.01.24
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行者小屋から
2007.01.24
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今日(1/23)、長野県諏訪市大熊地区にある「城山福寿草園」で、咲いているフクジュソウを見ました。フクジュソウは、別名「元日草」とも言われ新年を祝う花として親しまれています。去年も見ていたので、えらく早いなあー、と思いましたが、現地の案内によれば「早生種は県下一早く、12月下旬から咲き始め」とありましたので、画像の花は早生種で、昨年末から咲いていたのかも知れません。この福寿草園は、17種類、およそ12,000株、2月下旬~3月中旬が見頃とのことです。なお、城山福寿草園は大熊城跡でもあり、この城は天文十一年(1542)、武田信玄の侵攻によって落城し、天文十七年頃破却された、とのこと。天文十一年は、上原城や桑原城の落城と同じ年ですね。八ケ岳の展望が良く、この日も写真愛好家の多摩ナンバーの四人が、大型カメラで夕焼けの八ケ岳をねらっていました。
2007.01.23
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松本の里にもこの「ベロニカソウ」が咲き始めた。他に花がないので、小さいながらも目立つ。品のいい青色だと俺は思うのだが。
2007.01.23
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御殿山城:長野県松本市アルプス公園からの城山遊歩道沿いに、この城がある。画像の真中の位置辺りかと思う。ふもとの平瀬川東集落から篠ノ井線を渡り、竹林から沢にそって急坂を登る道もある。展望は抜群。入浴施設、ラーラ松本の丁度向いの山。訪城後は、この風呂から北アを眺めて「ごくらく、ごくらく」。
2007.01.23
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牧之島城:長野県信州新町国道19号線に道標があり、城跡に駐車場あり。この城は、長野県史跡だけに遺構も良く保存され、文献にもとり上げられている城である。車で簡単に行けることから、長野県では訪れる人も多い城跡ではなかろうか。解説板もあるにはある。古くなって一部読みにくい文字があるのは仕方ないだろう。だが、前回も思ったことだが、なぜ解説板をこんなところに立てたか、である。実に見づらい。石垣の上、それもすれすれの位置に立てられているため、近寄っては見れないのである。アゴを上げないと読めない。この城を訪れた城跡フアンの方は、同じ思いをしたのではなかろうか。立て替えの際は、別の場所にしてはどうか。
2007.01.22
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古屋敷城:長野県中条村中条村古屋敷集落の山上にある。小社や石祠あり。
2007.01.22
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松原城:長野県中条村村の案内看板に城の名は書かれていないが、松原城、別名、若神子城という。中条村のその名も「城」の集落にこの城がある。城跡には石祠がある。天明山中騒動の集合場所が、この城地区にあり、北アの展望はすこぶる良い。
2007.01.22
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富士塚山の山頂にトゲトゲの木があった。幹全体に画鋲を貼りつけたような木である。サイの角を連想させる。調べたらハリギリ(針桐)で、このようにトゲがあるのは若木のあいだとのこと。なるほど、動物に食べられないための自衛なんですなー。きっと。また若葉は食べられるとのことである。
2007.01.22
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今日、長野県中条村の城地区で、開きはじめたタンポポを3輪ほど見た。次はフキノトウかオドリコソウか。
2007.01.21
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木曽駒ケ岳から将棊頭山への縦走路にこの記念碑があります。小説・映画でも知られていますね。御岳山を望める場所、自然石の巨岩に彫られています。遭難記念碑「聖職の碑」 大正二年八月二十六日中箕輪尋常高等小学校の教師、児童、同窓生三十七名は急変した台風の中を伊那小屋(現宝剣山荘) の破小屋を修理して仮夜を送らんとしたが果たせず、翌二十七日未明から暴風雨をついて下山をはじめ、駒飼ノ池、濃ケ池、将棊頭にわたり三三五々に分散したが、力尽きて校長赤羽長重以下十一名が遭難死した。この遭難記念碑は上伊那(郡)教育会の主唱によりこの自然石に刻まれた。 往古からの登山は熊笹をかき分け倒木や巨岩を避けて野宿を重ね、その困難は計り知れぬものであった。たまたま中箕輪小学校の遭難は内外に大衝撃を与え、宿泊施設の建設及び登山道整備が緊急不可欠の要望となった。これらが順次実現すると共に大正の中期からは心身の鍛練道場として積極的に登山熱は高揚した。:宮田村誌より
2007.01.21
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えびら城:長野県蓑輪町蓑輪町長岡地区の長松寺から道がある。寺から見える秋葉神社を経て更に登ると、印はないが堀切らしき跡があり「ここかな」と思われる小ピークがある。ちなみに長松寺の隣りの神社は長岡神社という。長岡地区の長岡神社、新潟県長岡市に住んでいた自分としては、これはよらねばなるまい、と参拝してきました。
2007.01.21
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寺山砦:長野県蓑輪町蓑輪町中村地区の無量寺の裏山にある。無量寺から竹ノ越公園、公園から作業道を行き、途中から左手山側に入ると旧富士浅間社の石柱がある。ここが寺山砦との確信は持てない、もっと上かも知れない。なお、水害のため作業道は車では入れない。無雪期でもおそらくダメだろう。
2007.01.21
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山頂の御岳神社と常念岳蓮華岳~五竜岳長野県松本市四賀松本市から苅谷原墜道を抜け、旧四賀村(現松本市)に入ると正面に見える山、それが富士塚山である。地形図に名もなく、標高も1000mに満たない里山だが、その眺望は一級もの。山頂にはアンテナ塔があり、その管理のため?の作業道があるため傾斜は緩く、今の時期ならスノーシューで楽しめる山である。出会うのは鉄砲撃ちの人くらい。ふもとには日帰り入浴できる温泉が二軒(松茸山荘・東山館)あり、四賀方面に出かけたときは交互に入っている。泉質も違うようだ。以前、東山館ではブログを開設していたと思うが、今はどうか。今日は無風・暖か、展望も白馬方面まで良く見えていた。画像は午後1時ころの昼ボケ画像。
2007.01.20
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近づくほどに屹立して見える大同心、右が小同心。木々に日があたり金色に。道は真っ直ぐ行者小屋へ。正面に阿弥陀岳。ダイヤモンドダストがキラキラと光る。
2007.01.20
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豊久保砦:長野県箕輪町上の平城から見える山の、尾根末端から木花咲耶姫神の石碑までは遊歩道がある。この場所も砦の遺構だが、資料では更に御岳蔵王大権現碑もあるとのこと。少し下り、止山テープに沿った踏み跡があったが、今回はここで引き返す。
2007.01.20
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辰野町や箕輪町には城跡が多くあり、天竜川の左岸方向の山裾は、城・砦の密集地域である。そのうち、箕輪町にある上の平城は県史跡であり、車で横付けできる「上が平らな城」であった。画像の背景の山に、豊久保砦がある。
2007.01.20
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オオイヌノフグリ Veronica persica Poir. (ゴマノハグサ科 クワガタソウ属)今日、長野県蓑輪町長岡地区、畑の土手に咲いているオオイヌノフグリを見る。今年初めて。最初一輪だけと思ったが、その後更に20輪ほど。地元紙によれば、豊丘村の民家の庭に福寿草も咲いたとのこと。
2007.01.19
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美濃戸から最初に見える阿弥陀岳見えてきた大同心の岩場
2007.01.19
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阿弥陀岳、去年(20060819)の阿弥陀様です。これで、タヌキの置き物でないことがお分かりかと。昨日の画像は台座から下は、ぎゅっと詰まった雪の中。もっとも自分も、阿弥陀岳の山頂にある石仏だから「阿弥陀様」だと思っているだけですが。いちいち、山頂に何があったかなんて、確かめないのが普通ですから。阿弥陀像に気づかない、気にとめない人は多いでしょう。きっと。気象の厳しい山頂で長年の風雪にもかかわらず、ほほえんでいるようにも見える。登山者をやさしい笑顔で迎えてくれているような。
2007.01.18
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今年は暖冬。昨年大雪だった県北部も新潟県も、今年の雪は少ないようです。雪下ろし・除雪作業はたいへんな作業で、しかもその努力の結果が残らない。山積みにした雪も、春になれば跡形も無く消える。---昨日、地元のテレビで長野市に「オオイヌノフグリ」が咲いたとの報道があった。こんど、里山を歩くときは、畑の日当たり面は注意して見よう。
2007.01.17
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19920211阿弥陀岳山頂:後ろは八ケ岳の主峰「赤岳」。♪たんたんタヌキの焼き物ではありません。ありがたーい阿弥陀様でございます。この日の山頂、天気晴朗なれど風強し、四方の写真を撮って、即下山。誰にも会わず。---昔の山登り第三弾は阿弥陀岳。古いもので恐縮ですが、ブログのネタつなぎということでご容赦を。
2007.01.17
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宝剣岳のてっぺん岩。ううん、上に立ったかって。とーんでもない。乗越浄土で下山準備。画像の時間を見ると、てっぺんが8時59分、ここで9時18分。これから千畳敷へと下るのだが、気温が上がってくると「ナダレ」に不安あり。ただ、祈るのみ。---これで19900114~15の昔の山登り、木曽駒ケ岳を終わります。
2007.01.16
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乗越浄土から下るグループ千畳敷カールで講習中?
2007.01.16
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辰野町民なら誰でも知っている山で、町内の何処からでも見える山「大城山」が王城なる城跡である。初日の出登山も行われているの由。車でも行けるが、上辰野公園の先から登山道もある。左右に南アと中ア、間に広がる伊那、眼下のS字に流れる天竜川が圧巻。画像は荒神山公園のデゴイチから。
2007.01.15
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辰野町山際地区にある城跡。小式部城山の支尾根の最末端にあり、バス停「山際」から登る道がある。城跡に石碑あり。
2007.01.15
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安曇野市明科にある「白鳥が飛来する池」です。画像は昨年1/7のもの。長峰山から下を見るとこの「白鳥が飛来する池」が見えます。この池には、1000羽もの白鳥が飛来するのですが、今年は数は少ないです。水害で池が影響を受け、現在復旧中です。この方面に観光で来られる方には、光城山・長峰山とこの池をおすすめしています。
2007.01.15
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長峰荘を出たのが10時、一人のご婦人に抜かれ、次に一人の男性に抜かれ、10時50分に展望ポイントでこの二人と一言二言話し、山頂には11時10分。画像は、展望ポイントでの二人の方です。この男性とは山頂で「光城山」の道について話しましたが。山頂には13:20分までいました。その間、展望盤のところで、地元の6人グループ、マウンテンバイクの二人、パラグラーダーの人と話したり、飛び立つのを見学していました。
2007.01.15
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長峰山:長野県安曇野市明科長峰山は展望の良い里山として有名。本日快晴、風は微風で暖か。時間とともに隠れていた北部の五竜岳も見えるようになった。パラグライダーの飛び立つのを見学しながら、11:10~13:20まで2時間10分も山頂で過ごす。長峰山は何回もきているが、飛ぶのを見るのは初めてだった。15名くらいの人達が集まっていて、次々と飛び立つ。驚いたのは、飛び立った場所に戻ってきて着地すること。自分達ギャラリーは、ただただ拍手。実に気持ち良さそうだが、やってみようなんて思わない、見るだけでよい。長峰荘からの登山者は20名くらい。現在、山頂まで車通行可能。写真を撮るなら、明ける前に車で上がり、朝焼け山の写真を撮り、それから登り直す手もある。常念山脈を越えることも可能らしい。
2007.01.14
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今朝(1/14)am7:20、松本市からの常念岳(拡大)です。雲一つ無い快晴。
2007.01.14
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三の沢岳、遠く恵那山空木岳、南駒ケ岳方面
2007.01.14
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伊那市にある山城で、羽広の仲仙寺の裏に見える山がそれかと思います。思います、というのは、自分には確認できないからです。山城探訪によれば、経ヶ岳登山道の最初のピーク標高1250m辺りとなっています。が、下からは山に見えるが、実際は尾根のやや平になった箇所ではないか、と思う。登って行くと、右手から別の道、尾根が合流する地点があり、おそらくその付近ではなかろうか。そこから先は、右山腹道が雪で埋まり、通行は危険。また、直登は急でスノーシューでは無理です。黒ん城とは、樹木で山が黒く見えるから付いた名のような。
2007.01.13
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今日(1/13)16:20伊那市羽広からの仙丈岳。右手後方は北岳かと。伊那市民は、窓を開ければ、日常的のこの景色。壁紙みたいなもん。いちいち、写真などは撮らないでしょうね。辰野町から伊那市への山麓線は南アルプス一望の道。松本でいうと、東山山麓線と同じです。
2007.01.13
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日帰りの山には良く持って行くプリンが、腐リンだったとは、困ったもんだ。なんでこんなことするんだろうねー。たくもう。これでコンビニからは撤去されただろう。山頂で食べるプリンだが、子供が近くにいる場合は、その視線が気になるもんです。そんな時は下山後に。
2007.01.13
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