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哲が13年8ヶ月お世話になった病院から、立派な花束が届きました。幼いころは予防接種やフィラリア予防、2歳ごろから、アトピー性皮膚炎(梅雨時から暑い時期、肉球の間や口の周りが赤くなりかゆくなるのが、数年続きましたが、ここ数年はひどくならずにすごせました。)原因は分からないままでしたが、急性肝炎を3回も数年ごとに繰り返し(毎日朝から点滴のため連れて行って夜迎えに行きました。)毎月1回の血液検査と毎日の予防の肝臓の薬は欠かせませんでした。4年3ヶ月前にはおなかにほくろのようなものができ、手術しました。汗腺のがんでした。3年前からは右の顔面神経症。病院にはお世話になり続けました。哲は病院が怖くて怖くて・・・呼ばれるまで、たいてい車の中で待たせていました。診察台では震え続け私に飛びついてこようとするので、助手さんがいつも押さえてくれました。特に肝炎のとき長時間病院に預けて、晩7時ごろ迎えに連日行ったことを思い出しました。いつも一緒の哲がいなくて手持ち無沙汰というか、落ち着きませんでした。迎えに行って、看護師さんが待合室につれてくるときの、哲の様子が鮮やかに目に浮かびます。「お母さん!待ってたよ!」と毎日走りよってきましたね。素敵な花束を下さって感謝します。哲がなくなって、連れて行ったときも蘇生しようと心臓マッサージをしてくださって、何もしていないからと会計はいらないとおっしゃって・・・・長年、大変お世話になりました。信頼できる先生に診ていただいていて、安心でした。ありがとうございました。
2010年05月13日
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雨で思い浮かぶのは散歩しなきゃいけないのに嫌だな・・・やまないかな・・・・だった。今は哲と散歩しないんだから、別に良いや・・・もちろん洗濯物を外に干せないのは困るけど・・・哲は家で用を足す習慣がなかったので、台風でも、雷(哲は雷の音が大嫌いだったからもちろん避けたかったがまれに長時間続けば行かなくてはならないときもあった。)でも、散歩しなければならなかった。カッパを着せたりもしたが、小雨は気にせず、大雨や台風、雷のときは、大急ぎでおしっこを済ませ、すぐに家に戻ってきていたな~哲に会いたい哲に会いたい哲に会いたい哲に会いたい昨年の春。哲が子供のときから5年ぐらい毎朝、毎夕通った公園に久しぶりに車で行って撮ったもの。
2010年05月12日
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散歩道は幾通りとなくあった。 門扉を出ると哲が行き先を決めていった。交差点が立ち止まり、どっちに行こうか決めているようだった。郵便物があるときはたいてい哲と散歩のついでにいきたいほう近くのポストに出しに行った。哲が違うところにいきたいときでも、付き合ってもらった。今朝出すものがあって、そのとき通った道を歩いた。哲と一緒でない・・・・むしょうにさびしい。ポストから家には引き返したほうが近いが、哲と一緒に歩いた道を歩いてみた。哲と一緒のときは道端のにおいをかぎながらゆっくりゆっくりだった。においをかぐ姿が浮かぶ。ここでおしっこしたな~とか思い出す。道を横切る下水の金属の覆いを飛び跳ねる姿が浮かぶ。3月末まではこの道も一緒に歩いたのに。
2010年05月11日
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母が7年半前になくなったときも、哲をなでながら沢山泣いた。散歩のときも、涙をぬぐいながら歩いた。昨年4月に息子が、北海道に住むことになっても、娘が今年1月に嫁いでも、哲がいたから、まったくさびしいと思わなかった。哲ちゃん 今はお母さんはさびしくてたまらないです。哲をペットショップで見て、家に迎えようと即決したときから、哲を最後までしっかり見送ると覚悟していたはずだったのに・・・・哲 あなたの存在はあまりにも大きくなっていました。
2010年05月10日
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散歩に行かない。哲のご飯を作らない。まだまだ慣れません。 今年は寒い日がいつまでもあったから、哲の散歩用の私のコート、今朝洗いました。薄手から厚もの3枚。いつもは洗って来年も当然哲と散歩すると思ってたのに・・・干すときに裏地がボアのショートコート裏地に哲の毛がついててなんだかうれしいような悲しいような・・・哲が寝てるときに掛けたことがあったんだわ~床に落ちててこのコートの上に寝てたこともあった^^;洗濯物は今は北海道にいる息子の部屋からベランダに出て干します。昨年4月に家を出て年末に9ヶ月ぶりに帰った息子が、哲と寝るといって自分の部屋に連れて行って、自分は先に寝てしまって、哲は私の寝室に着たくてドアを夢中でカリカリして、息子のドアを開けたらあわてて飛び出してきて、私の寝室に入ったのを思い出してちょっと笑みが出ました。
2010年05月09日
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更新もまったくしていなかったので、書こうか書くまいか迷いました。哲は5月6日 朝8時ごろ天に召されました。6月21日の誕生日を迎えれば14歳になるところでした。3年近く前から顔面神経症(哲の症状は顔の右の神経が働かなくなり、右の筋肉が萎縮した為右目が奥まり右耳の付け根が陥没・・・・とは言っても毛皮で覆われている為ちょっと目ではわかりません。)と診断されました。水を飲む際にこぼすことが多くなっていきます。舌の動きが悪くなっていったのです。脳腫瘍などが原因になっていることがあると言われ大学病院でのMRIを勧められましたが、近くないこと、全身麻酔の危険性、脳腫瘍であったとして、治療に大学病院まで通い続けることの難しさを考え、対処両方を続けることにしました。それ以前から飲んでいた心臓の薬、肝臓の薬に加え、神経に働く薬を毎日飲ませることにしました。右の顔の多少の変形の他に、右目が結膜炎になりやすい、右耳が汚れやすいなどの症状がありました。今年の3月の初旬から、ずっと哲が食べていた、手作りご飯(おじや状)がとても食べにくくなってきました。舌で巻き取りにくくなったのです。おじやを卵と小麦粉と水に合わせお好み焼き状に焼きさいの目に切り与えたところ食べられました。以前から哲はお好み焼きが大好きで、私たちがお好み焼きを焼き始めると、自分も食べれると興奮して食卓のそばで焼き上がり冷めるのを待っていたほどでしたから。しかし、それも3月の中旬には食べにくくなり、口をあけて舌に乗せてあげないと食べられなくなったんです。3月下旬には脚に力が入らなくなり、ひっくり返ることが多くなり、お座りはできなく、横になるのもの以前のようにしなやかにできなくなっていきました。血流をよくする薬なども飲ませるようになります。4月上旬からおぼつかない脚で右回りに回り続けることを日に数回しました。散歩はハーネスをじかに掴み私が腰を折り脚の間に哲を入れ、家の前の公園内を歩きました。1回に1週150mぐらいの公園を2周ほど。その間におしっこや数日に1回便もしました。そんな散歩を日に3回か4回しました。哲は用を足したいとき立ち上がって教えてくれました。そのころ食餌は肉やレバーや魚や野菜ご飯などを煮て、生野菜(水菜やトマトやアボカド)を加えてミキサーしたものを注射器で口に入れるようになりました。口に入れるとごくりごくり飲み込むんです。1度に沢山は食べられなくて日に3回か4回食べさせました。大半を過ごすリビングはマットなどを沢山敷き詰め、哲がひっくり返ってもなるべく痛くないようにしましたが、ひっくり返るのを見るのは辛かったです。あんなにいい子が何でこんな目にあうのかといつも思いました。5月3日・4日・5日はほとんど動かなくなり、寝たきりでしたが、起きようとして、排泄は教えてくれて、ほとんど粗相なくオムツもせづに過ごせました。3日の明け方前3時にキャンと1声。トイレシートの上で抱いたら、ウンチをしました。なんて健気なんだろう。どんなに体が辛いだろうにと、驚きました。5日は食欲がまったくなく、寝てばかりいました。夜7時ごろ「キャン」と声を上げました。なでるとおとなしくなり、しばらくしてもう1回声を上げ、公園に抱いて連れて行って、私が支えて立たせたら前脚・後脚をだし、少し歩きました。今思えばこれが哲が歩いた最後です。6日朝5時半ごろ、うんちが出て、マットを洗ったりして、7時半ごろ良く寝ているので、哲を寝室に残して、家事をして、8時過ぎに見に行ったら、お尻の下のマットと、口元に敷いたタオルが汚れていたので、あわてて抱き上げたら、ぐにゃっとやわらかく、今までの感覚と違うので変だと分かり心臓の音を聞いたら動いていませんでした。体は、今まで以上に温かかったです。体の下に敷いていたペットシートは尿がしみていました。それから、あわてて、病院に電話して、連れて行って蘇生を試みてくださったんですが、無理でした。哲の最後は私の腕の中でと願っていたのに・・・顔もいつものかわいい顔で声もあげなかったようなので穏やかにいけたのだろうと自分を慰めるしかなくて・・・、6日・7日はリビングで私の横にまるで寝ているようでした。なきがらでも、なくなってしまったらどんなにさびしいかと不安でした。昨日、火葬して、今はリビングに小さくなって、います。昨日は哲の幼いころや、昨年春散歩で撮ったビデオなどを見ました。いつも一緒にいた哲が目の前からいなくなったことに、当たり前ですが、まだ慣れず、すぐ涙が出ます。哲ありがとう!!!本当にいい子だったね。大好きだよ!!!虹の橋で待っていてね。
2010年05月08日
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自分で作っていたブログなのに、すっかり足が遠のいてしまって・・・哲はこの6月21日で13歳になります。いろいろ病気は出て来て、毎日薬は飲んでいますが、食欲もあり、散歩も大好きです。足が遠のいていたブログになぜやってきたかというと、鶏のチッチとコッコが逝ってしまったんです。チッチは先月25日。コッコは昨日。4月6日です。2羽とも。丸8年。家にひよこ出来て9年目に入る時でしした。チッチ・コッコありがとう・・・
2009年04月07日
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ここ2年、更新をサボってしまって、今年もあまりまめにする自信がありませんが、縁あってご覧になられた方、本年もよろしくお願いいたします。昨年は、日本でも世界でも、大きな災害が有り心を痛めております。またイラクにおいても、もう少しも被害者が出ませんように祈ってます。今年は穏やかな年になるといいですね。昨年11月に、哲が原因不明の急性肝炎になり、病院通いをしました。はじめのうちは点滴のため、朝8時から夜7時まで、預かってもらっていました。哲にとっても私にとってもつらい経験でした。その後点滴は必要なくなり、注射と薬の治療が続き、現在は、多かった時は、4種類だった飲み薬も、後1種類を残すのみです。食欲も旺盛で、散歩の足どりも軽く大変元気です。鳥インフルエンザ騒動では、ひやひやしましたが、チッチとコッコは元気です。落ち着いたのか、日中雄たけびを上げる事もほとんどなくなりほっとしています。今年鳥インフルエンザが発生しませんように!我が家の昨年の明るいニュースとしては、庭の池にいる金魚の産卵、稚魚の保護がありました。実は産卵に気付かず稚魚を見つけビックリしての保護だったので、2匹だけでした。(お盆の頃)現在は稚魚はリビングの水槽にて、すくすく育っています。(体長5cm)
2005年01月01日
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このところ亀太郎が全くといっていいほど食欲がなくなっていたので、水槽の水かさを増し冬眠入りとしました。亀吉はまだ少し食べるので、もう少し様子を見ることにします。年賀状を買ってきました。我が家の分と父の分、裏面のデザインをしました。来年は酉年なので、コッコが登場しました。哲は食欲の秋、散歩日和でご機嫌です。
2004年11月04日
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我が家のあたりも40度になったようでした。熱風のため風に吹かれても涼しく感じなかった経験は初めてかも。せみも暑すぎると鳴かないのか夕方少し鳴いただけだった。 今朝散歩から戻って哲のシャンプーをした。このところ抜け毛が多かったので、念入りにブラッシングしたがシャンプー時・後、ものすごく抜けた。それなのになぜか、ふさふさのまま。夏ぐらいもっと涼しげになったらいいのに。同じ柴犬でも夏はすっきりしている子がいるのはどういうわけだろう。 夕方6時過ぎに散歩に出たが、哲は歩く気がなかった。アスファルトを触るとかなり暖かかった。
2004年07月20日
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先日直ったと書いたルーターがまた使えなくなり(雷のためと思われる。)結局ルーター無しで、ケーブルTVのモデムからケーブルでつなぐようにしました。PC,周辺機器、机部屋を移動させねばならず大変でした。風邪気味だったところ大汗をかきながら無理をしたので、本格的な風邪をひいてしまいました。 同じく先日書いた、夜、犬のみで散歩に出すご近所さんは、手紙の効果かその後夜犬を放すのをやめたようです。夕方、散歩しているのも1度見かけました。よかった! 夕方の5時だというのにこの暑そうな空。お向かいのマンションには西日ががんがんに当たっている。散歩は今日も6時過ぎで無いと無理だね。哲。 福井県まで洪水が起き暑いぐらいでぼやいていたら罰が当たりそうだけど、地球さん大丈夫~?やはり人間の仕業なんでしょうか。
2004年07月19日
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猛暑が続き、昨夜からかなりすごしやすくなりホッと息をついています。新潟や福島では大変な災害が起き、静まってくれるようお祈り申し上げます。 半月前から、我が家が使用している、リモートルーターの不具合のため、インターネットやメールが全く利用できませんでした。先ほど、直ったルーターが宅配便で届き、やっとインターネットが開通したのです。 メールをざっとチェックし、ウイルスメールを11通削除し、次にこの日記を書き込んでいます。 数日前に、いつものように、哲の晩のおしっこ散歩に出ようとしたら、家の前の公園に、なにやら気配を感じ、目を凝らしてみると、大きなゴールデンレトリバーがいた。飼い主がいるのかと「飼い主さんはいるんですか?」と声をかけてみたが、何も返答はなく、ゴールデンは公園を我が物顔で走り回り、臭いをかぎまくり、マーキングをしまくって、我が家の前の道を走り回った後、横の坂道を猛スピードでのっぼっていった。あわてて後を目で追うと、我が家から、150mほどの家に消えた。ゴールデンをかっている家だ。思い当たる事があった。だいぶ前に娘が夜帰宅したさい、「公園から、大きな茶色の犬が飛び出してきてビックリした。」といっていたのだ。そういえば、毎晩10時ごろ我が家の隣のチワワと哲が吠えるのだ。 昨夜、十時半、チワワと哲が吠えたので、玄関の外から公園を見るとやっぱりいた!我が物顔のゴールデンが。勢いよく走り回り、マーキングしている。糞だってしているに違いない。車に轢かれたらどうするつもりなんだろう?犬が嫌いじゃなくたって、あんな大きな犬が勢いよく近づいて来たら怖いし、散歩の犬と喧嘩になって傷つける事とか、考えもしないのだろうか?放すと自分で散歩に行きちゃんと帰るなんて、何て賢い犬だろうなんて言ってる場合ではない。 数日前、鉢合わせしそうになったときから、晩の哲の散歩を私はこわごわしていたが、アクシデントではなく、飼い主が、意図的にしていることがはっきりしたので、今朝、抗議の手紙をポストに入れてきた。文面は、かなり押さえておいたが、これでやめなければ、保健所から指導してもらう事を考えている。
2004年07月14日
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嬉しいような、切ないような哲の誕生日です。元気に誕生日を迎えたことは嬉しいけど、寿命があまり長くない事を思うと複雑です。以前「今日のワンコ」に出ていた24歳でも元気な柴犬の例もあるし、哲にもうんと長生きしてもらいましょう。昨日から、哲に「明日8歳になるね~」などといっていましたが、反応はありませんでしたね~。ワンコはただ与えられた命がある限り淡々と生きるだけで、誕生日を理解したとしても、たいしたことではないかも。できるだけたくさんの誕生日を一緒にお祝いしようね!今朝は、いつもより少しだけ手のかかった朝ごはんにしました。トマトのリゾット鯵のムニエル添え発芽玄米を1/3混ぜて炊いたご飯と、湯むきして種を除きザク切りにしたトマトをひたひたの水を加え煮る。鯵の3枚おろしにしたものに粉をしてオリーブオイルで焼き、1cmぐらいに切る。蒸したトウモロコシ、ゆでたインゲンをみじん切りにし、ご飯に混ぜ、人肌にさまし、鯵を乗せ、カルシウム剤を混ぜ完成。いつもながらのあっという間の完食!晩御飯は朝ごはんに、さいの目切りの豆腐と、アボガドが加わったもの。誕生日ということで特別なのが、わんこパンケーキのデザートがついた事。わんこパンケーキ卵を泡たて蜂蜜をほんの少し混ぜ振るった小麦粉を混ぜ込み、少量にオリーブオイルでフライパンで焼いたもの。ワンコの形にするため、耳の部分をナイフいれ作りました。目・鼻・ひげはレーズンで作りました。哲は大喜びでまずレーズンを食べてから、大胆にも、顔を丸ごとくわえたので、あわてて取り上げナイフでさいの目に切って与えなおしました。目にも留まらぬ速さの完食!満足げなゲップをしておりました。パンケーキーの写真は、「今日の哲」に載せるつもりです。
2004年06月21日
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ビワの木が息子の部屋からでないと見れないので、あまり出入りするわけにも行かず(一応息子は受験生)ハクビシンを目撃する事はなかったが、毎晩ではないが、その後も何度か、ビワを食べにやってきては、皮と種と足跡を残していった。おかげで、今年それほど多く実っていなかった我が家のビワは、ほとんど食べつくされたのだった。 ハクビシンといえば、少し前に話題になったサーズの原因ではと疑いをかけられ、中国かどこかの国で大量に殺されてしまったんだった。我が家にやって来ているハクビシンはまさか菌を持ってはいないだろうが・・・。 ビワは悔しいが買うしかないな~。 お隣の内の屋根にムクドリが、巣を作り子育ての真っ最中である。ベランダから見える位置にあるので、洗濯を干したり、入れたりする歳、様子を見ている。頻繁に餌を運ぶ様子に頭が下がる。遠くから運ばなくとも、我が家の庭で調達してくれればいいものを。 親鳥が電線に止まり、「ギーギー」激しく鳴いているので見ると、カラスが近くにいる。雛を狙っているらしい。するともう1羽ムクドリがやってきて、電線に止まり「ギーギー」声を上げ始めた。両親そろって「ギーギー」警戒の大合唱。私も、大きな音を立てようかと思っていると、あきらめたようにカラスが、去っていった。よかった! ムクドリの愛情と度胸に胸が熱くなった。
2004年05月31日
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2年前にも日記に書いたのだが、我が家のビワを夜な夜な食べに来る。なぜか昨年は来なかった。 今年はすでに3日通い詰められている。特徴としては夜間、まだ未熟なビワを木に登ったり、ベランダの手すりや、ベランダにおいてある物置の上に乗って、もぎり実を指で押し出すようににか口で吸い出すかして皮と種を残していくのだ。足跡もベタベタと残していた。大きな1つの肉球と小さな5つの肉球。油を分泌しているようだ。 ちなみに我が家のビワはいくらか黄色みを帯び始めたばかりで、人間の口にも哲の口にもまだ1つも入っていない。1週間程前に、大きくて熟しかけているものを房ごとネット状の袋に鳥よけとして収めたのだが、袋をちぎり取られ、皆食べられてしまった。くやし~!! その憎き盗人の正体は一昨年は、体と尻尾しか確認できず、イタチだろうと思っていた。息子は顔も見ており、ワオキツネザルだったと主張していたのだが、まさかそのようなことはあるまいと思っていた。ビワの木は、ベランダをはさんで息子の部屋の前にある。 今晩は息子が入浴し、部屋の電気が消えているときに、見に行ってみた。電気をつけ、掃き出し窓をあけ、目を凝らした。雨が降っていた。風はそれほどないのに、ワサワサ枝がうごめいている所があった。目を凝らして観ると、小さな耳を持ちぜんたいには黒っぽく鼻筋や目の上に白い模様があった。無心に食べ続けているようだった。食べるな!!という思いから、手をはたいて、「こら~!!」と声を立ててしまった。当惑したような目が赤く光っっていた。動物好きの私でもゾクゾクと少し怖かった。洗面所にいる息子を呼んだが、息子が会談を駆け上ってきたのは、ワサワサと枝をゆすりながら立ち去ってしまった後だった。 黒っぽい茶色で、顔に白い模様があったと息子に言うと、「2年前そう言ったじゃないか。やっぱりワオキツネザルだ。」と言う。以前私は体と尻尾をはっきり見ているが、白黒縞模様の尾ではなかったのだ。図鑑を見ると、そっくりなのがいた。ハクビシンだったのだ。野生の凄みがあった。 明日は、カメラに収めてやる!
2004年05月24日
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ここ数年、子供たちは、母の日といっても特に何もしてくれないので、夫が気を使い、毎年、晩御飯を外食している、今年も、皆でイタリアンを食べに行った。子供たちから何もないのは、やはり寂しく、母の日なんてないほうがいいのにと思っていた。今年は、家に帰ると、娘が、カーネーションの鉢植えのバスケットとなでしことアッシ草の鉢植えを組み合わせたバスケットをくれた。手作りのカードも添えて。期待していなかったのでなおさら嬉しかった。満面の笑みを浮かべていたと思う。息子はちょっとばつがわるそうでかわいそうだった。どうして2つもくれたのか分からない。カーネーション、来年も咲かせてみたいものだ。
2004年05月09日
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私が、PCを開かないことが多いため、2年間レンタルしていた画像つき掲示板の書き込みが、大変減っていたため、更新を前に取り外しました。今まで書き込んで、素敵な写真を貼ってくださった皆様ありがとうございました。もう少し更新したいと思いますので、今後とも楽天付属の掲示板かもう1つのレスができる掲示板に書き込んでいただければ幸いです。強風の中哲と散歩に行ってまいります。
2004年04月27日
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楽天日記の機能、メールで日記を書くとどうなるのか初めて試してみる。今日は嵐のような天気。風が強く、怖いほどだ。もうじき哲と散歩に行かないといけない。<終>
2004年04月26日
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23日、就職して初めての給料が出た。決して多いとはいえない給料だけど、所得税や、失業保険も引かれ、社会人に成ったんだね。おめでとう。幼い頃から、成りたいといっていた幼稚園の先生、そうは言っても楽しい事ばかりじゃないだろうけど、頑張ってね。翌日の土曜の晩、息子は塾のため、夫と娘と3人で、イタリアンを食べに行った。食事の途中で、食事代を娘が持つと言い出した。思ってもいなかったのでビックリ。夫はすぐさま「そんないいよ!」といったが、娘が照れたようにそれでいて誇らしげな様子が嬉しく、「いい思い出になるから、ご馳走してもらおうよ!」と私は言った。私や夫は、「良く味わって食べよう!」「特においしく感じるね!」などとても嬉しい時間をすごした。子育ってて大変な事が本当に多いけど、こんな事があると、全部OKよ!って気になってしまう。
2004年04月24日
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庭の春の花たちは困惑気味のようです。特に牡丹は4日前から咲いていますが、雨や強風、暑さと、ひどい目にあっています。明日には花びらを散らしてしまうのでは。花の命ははかないものですね。来年も咲いて楽しませてくれるでしょうが。気温が高いため、哲の夕方の散歩もだいぶ遅くなりました。今日は5時半ごろ行こうと思います。亀たちはとっくに冬眠から覚め、食欲旺盛です。チッチとコッコは鳥インフルエンザにかかるることなく、元気にしています。ニュースが鳥インフルエンザでもちきりの時はおびえていました。暖かいからといってないとは限らないし、来年もはやるかもしれないと思うと安心はできません。娘は、幼稚園でしんまい先生として何とか頑張っているようです。
2004年04月22日
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哲はコタツの布団にはよく乗っているが、中には入ったことがなかった。洗濯物を干してリビングルームに戻ると、いるはずの哲の姿が見当たらない。「哲!哲!?と呼びながら見回すと、コタツからシッポとお尻だけでていた。スイッチは切ってあったが、少し前まで入っていたので暖かいはず。とってもかわいい! 後から思うと写真を撮ればよかったのにと残念でならない。そのときはコタツの中でどんなふうにしているのか見たくてすぐにのぞいてしまった。何のことはない、真っ暗な中に哲の目がギラリと光っているだけ。哲はすぐに出てきてしまいその後は入らない。 何を考えて入ったんだろう。いつも私たちが入っているから、入ってみたかったのかな?頭は出した方が心地いいと思うけどな。でもかわいかった!!
2004年02月09日
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とてもよい天気だったので、お弁当とお茶と100均のパイプ椅子を持って、お墓に行ってきました。 幼い頃から思い出をたどってきました。自分で確認するように。私と母か知らないようなたわいのないことです。母が元気なうちに話しておけばよかった・・・。日常の忙しさにかまけてできなかったのが悔やまれてなりません。娘や息子とは、私が意識的にそういう機会を作っていければと思います。
2004年01月29日
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昨日無事に一周忌を済ませました。前回の開眼・納骨式の際は雨でしたが、雲一つ無い大変良いポカポカ天気で、お墓での僧侶のお経もしみじみと聞くことができました。たくさんの親戚の方が、出席してくださり、母は幸せだったと思うことができました。 父は、今日墓参りの後、家に帰っていきました。命日は二十九日。平日なので、私1人でお参りすることになります。ゆっくり母との思い出を辿ってこようと思っています。 哲は相変わらずとても元気で、いい子です。法事の朝は、我が家と父が、ばたばたと支度をしていたので、哲も気が気でないようでした。法事の食事を済ませ、2時半ごろには、帰宅しましたが、それはそれは大変な喜びようでした。普段と違ったり、皆で一斉に出かけたりすると、不安を感じるようです。 今も哲は私の横にお座りしています。「もう散歩にいかなきゃね~。」 チッチとコッコももちろん元気です。鳥インフルエンザのニュースには戦々恐々としていますが・・・。千葉県でもし鳥インフルエンザが発生したとか言う事になれば、深刻に対処しなければとかくごはしています。山口のあの農場だけで収まってくれればと祈っています。
2004年01月26日
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娘が無事成人式を迎えた。1年近く前から、着物を見立て準備していた。私の母が生前気にかけてくれて、買ってあげようかといってくれたことがあった。高価なものなので遠慮したのだが、呉服屋さんに行かなきゃと思う頃には、母は病床に有り、痛み止めのせいで意識がはっきりしなくなっており、「今度着物見に行くんだよ。娘がピンクの着物がいいんだって。」などと話しかけてみたものの反応はあまりなく、母自身それではいけないと本能で感じたかのように、「ふ~ん。」とだけ返した。あのときのかみ合わない会話がよみがえり涙が出る。「母が着物買ってあげようか。」言ってくれた時一緒に見立ていたら母にとって楽しい思いが一つ増えたのにとも思う。 そんな会話の数日後、母はしっかりとし、お見舞いの方に、私の娘のことと息子のことを話したという。幼稚園の先生と受験生だといったらしい。1年以上先のことが母には見えていたらしい。娘の成人式もきっと見えていたことだろう。
2004年01月12日
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前回日記を書いたのが2ヶ月以上も前のことになってしまった。少しずつ書き始めようと思っていたのに、PCにほとんどい触れない生活をしていた。正直言って、母がなくなってから何もかもやる気がおきない。哲や鶏、亀(現在冬眠中)金魚の世話と最低限の家事。体力維持のため、週2.3回のジム通い(エアロビクス・ステップ・ラテンエアロ)の1レッスンを受け、シャワーして帰る。)行くのやめちゃおうかななどという怠けた考えが浮かぶのを振り切って出かける。レッスン中は楽しい。喪中という事で大正月の準備はしないが大掃除は、まだまだ残っている。何とか気持ちを奮い立たせないと。最近嬉しい事が有った。娘の念願であった、幼稚園の先生に成れそうである事。勤め先が内定したのである。しっかり卒業して、大切な命を預かる職業なのだから、気を引き締めて頑張って欲しい。10日程前、映画『半落ち』の試写会に夫に誘われ銀座まで出るのは厄介だな~と思ったんだけど、思い腰を上げ見に行った。アルツハイマーの妻に懇願されての嘱託殺人。犯人が警察の人間で、自首するまでの2日間について黙秘する。犯人役は寺尾聡、本の少ししか出番のない人も大変豪華な顔ぶれで驚く。重い内容で、色々考えさせられた。夫の会社の人が何人か居たので泣いてはいけないと思っていたが、涙が自然に伝ってハンカチでおさえなければいけなかった。公開は年明け1月10日である。
2003年12月22日
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お彼岸に風邪を引き、ちょっと無理をしたもので、ひどい咳がつき、哲や鶏たちカメたちの世話と最低限の家事をこなす生活をしていました。この所ほとんど咳も出なくなり、ほっとしています。PCはほとんど触らず、たまにメールをチェックする程度でした。病院でもっらた薬が、咳を抑える効果は凄いのでですが副作用で吐き気がしてしまい、続けて飲めず往生しました。哲は涼しくなりますます快調で、気まぐれでは有りますが、長距離散歩する事もあります。7歳という事もあり、そんな日の午後の散歩はは、近所ですましがちです。食欲は相変わらず旺盛です。コッコは相変わらずおりこうさんで、11時近くに地下車庫の小屋から出すと、私と並んで、庭の小屋までちょこちょこ歩いていきます。通りかかった車のドライバーや通行人目を丸くしてみていきます。以前は気性の激しかったチッチもだいぶ丸くなり、暗くなって、庭の小屋に迎えに行き、車庫まで抱いていく時もおとなしく抱かれるようになりました。ここ数ヶ月前までは、抱き上げようとする時に噛みつこうとして、厄介だったんです。
2003年10月19日
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旅行中、鶏の世話と、池の鯉金魚、植木鉢の水遣りは息子に頼んであったのだが、今朝息子が庭に行くと鯉2匹(8年ほど育てていて1匹は30cm、もう1匹は25cm)が死んで浮いていた。1番大きな金魚20cm以上も瀕死だった。浄化のモーターのフィルターが汚れでつまり水が全く出ていなかった。池の掃除は夫の仕事になっているが、2ヶ月ぐらい前にしたきりで、水の出が悪くなっていた所にこのところの暑さで酸素不足になったらしい。昨日は普通で元気だったという。餌を入れすぎたかもしれないという。息子はパニックになり泣いている。瀕死の金魚をバケツに入れ、無事な小さめの金魚2匹も別のバケツに移した。鯉2匹は庭に埋めお線香を上げた。夫と息子で池の掃除をする。夕方になって大きな金魚は助からなかったので鯉の横に埋める。元気だったのに人間の不注意で死なせてしまった。掃除をしていたら、こんなに暑くならかければと悔やんでも戻ってこない。命の危うさを思い知る。合掌。
2003年08月24日
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朝は五色沼ハイキングコースの毘沙門沼に散歩。朝食後1時間ほど休んで、ペンションを後にする。猪苗代湖の砂浜に行き、哲を遊ばせようとするが、久しぶりの波に怖気づいたらしくで湖に入ろうとしない。5年前に房総に行ったときは波打ち際を狂喜乱舞して走ったものなのに。夫が靴・靴下を脱ぎ、一緒に少しだけ入って、猪苗代湖を後にする。野口英世記念館は犬が入れず、交代で見学するにも40分ほどかかるというので入るのはやめる事に。塀の外からかやぶきの生家を覗く。哲も覗いていたのがおかしかった。そこの向かいの世界ガラス工芸館や、お菓子の館でお土産を買い、帰路につく。お天気にも恵まれ、自然を哲とともに満喫する事が出来楽しい旅行だった。気持ちのいい温泉とおいしい食事、哲のご飯の保管とあたためをしていただき、ペンション絵夢さんに感謝。また行きたいな~。今回デジカメを持っていかなかったの現像後に写真を載せたいと思います。
2003年08月23日
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6時前からおきだし、車で10分ほどの小野川不動滝駐車場に行き、石段を20分程のぼり落差20メートルの滝を見る。山の中は空気もひんやりし、川の流れの音や鳥のさえずりが心地よかった。哲も、石段を軽快に進む。ペンションに戻りちょっと休んでから、朝ごはん。ジュース・コヒーか紅茶、温められたバーターロールにマカロニサラダ、コーン入りスクランブルエッグ、ハム、サラダ菜のプレート。バターロールに具をはさんでおいしくいただく。哲のご飯は温めていただき、部屋で与える。午前中は桧原湖畔の2時間ほどの遊歩道を散歩。木々は美しいし、水は澄み自然に大満足。子供たちも一緒ならな~。遊覧船は犬が乗れず、バス藻、かごにでも入れなければ駄目なので、仕方なく、夫だけバスに乗り、車を取ってくる。桧原湖で白鳥のペダルボートに乗る。哲は初めてのボート。ちょっと緊張気味でお座りしていた。昼食は、柳沼(五色沼)を見下ろすお土産やさんのテラスで、和食。午後は車で中津川渓谷に行き山道を少し歩く。3時にはペンションに戻り、温泉をひと浴びして昼寝。哲もぐっすり。晩御飯葉日替わりメニューで連泊でも満足。夫は特別注文の米沢牛霜降りに舌鼓。哲のご飯は温めていただき部屋で与える。晩のおしっこ散歩に出ると、夜空が晴れ渡り、まるで降ってきそうな満天の星。天の川なんて何十年ぶりかも。大感激。おまけに私は流れ星も目撃。急な事で願い事は出来なかった。
2003年08月22日
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鶏のチッチ・コッコが家に来てから家族全員で旅行が不可能になったので、4年ぶりになるのだろうか。子供たちは置いて夫と哲の2人と1匹で行く事になった。19歳の娘と17歳の息子であるが、安心して留守を任せられる程しっかりしていないので、出かけるまでさんざ、日の後始末や戸締りについて言い聞かせた。でも心配。行き先は裏磐梯五色沼(福島県)常磐自動車道・磐越自動車道を利用し3時間ほどで目的地に着いた。哲は酔うといけないので朝は鶏ササミ1本をゆでてほぐしたものだけを与えておいた。渋滞もなく快適なドライブだったため、酔わなかった。私と夫はバルコニーのある喜多方ラーメンの看板を掲げるラーメンやさんでラーメンを食べる事にした。哲はバルコニーを見上げる事の出来る木陰につなぎ、昨日つくって持ってきたご飯を与える。あっという間に完食。今日の晩の分からあさっての朝食まで4食は冷凍についてすぐのご飯は冷蔵で保冷バッグで持ってきた。ペンションのチェックインは3時なので、哲の冷凍ご飯を冷凍庫に今日の晩の分は冷蔵庫に預かっていただき、五色沼の遊歩道を散策する。1週間雨が続いていたらしいが、天気が好転し短時間雨がパラット来たもののさまざまな表情の大小様々な沼や川、森林を楽しむ事が出来た。哲は沼の浅瀬や小川で手足を冷やし、実に楽しそうに歩いた。ペンションはその日1匹だけ大きくないおとなしい室内犬が泊まれル。川上温泉が引かれており、清潔で大変気持ちが良かった。チェックイン後温泉にさっとつかり、昼寝。哲も日ごろ寝ている時間に歩き回ったので、ぐっすり。食事も、オードブル、スープ、サラダ、魚、肉、ご飯、デザート、コーヒーか紅茶とボリュ-ム満点で味もよく大満足。哲のご飯も電子レンジで温めていただき、部屋で与えた。
2003年08月21日
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母のお墓は我が家から車で15分ほどの所に作ったのですが、実家で新盆は迎えるべきだろうと考え、10日(日)に夫と墓にお迎えに行き、夫は仕事、娘は自動車学校・息子は塾が有り私と哲だけで13日~15日まで行ってきました。行きは帰省ラッシュのピークで、関越は練馬から33Kmの渋滞で順調なら2時間半程度の道のりが5時間近くかかってしまいました。車好きの哲もさすがに気分が悪くなり、実家の少し手前で胃液を吐いてしまいました。私は運転で疲れているにもかかわらず、昼食をすぐに支度せねばならず、(父はもう食べたなどといっていた。)お米を研いですぐにスイッチを入れたら、父が「30分おいてから早炊きのスイッチを入れないと駄目だ!」などというのでカチンときた。20年も主婦をしている私に向かってない言ってるんだろう!時間がないときは仕方がないじゃない。そんなこというならご飯ぐらい炊いといたらいいじゃない!お仏壇のご飯だってお供えしてないじゃないの!父に腹を立てながら、自分でもって行った「もずく」と電子レンジの「温泉卵もどき」で貧しい昼食をかきこむ。哲もかなり遅い昼食(家で作って冷凍して持って行ったもの)を摂る。母がいない現実を嫌というほど感じる。昼に行けば母は必ず食事の用意をしてくれていたものだ。洗濯物はどっさりと溜まっており、庭は草だらけ。柿の木は裏の家の軒先まで枝を伸ばし雨どいをつつかんばかりだ。母に家の事を任せきりだった父。前途多難である。2泊3日早朝から家事に追われ、家路に着く。家に帰ったら帰ったで洗濯物はわんさかたまり、部屋はいつも以上に散らかり、落ち着くことは出来なかった。子供の頃お盆というと、祖母・叔父・叔母・いとこなどがにぎやかに集いご馳走を食べたりと楽しい思い出があるが、全く違う形のお盆をすごす事になるんだな~。
2003年08月20日
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今日は私の誕生日。昨年まではこの年になるとめでたくもなんともない。年なんてとりたくない。なんて思っていたけど、母がなくなった今年は、苦しんで産んでくれた母、大切に育ててくれた両親への感謝の気持ちでとても感慨深い日だった。息子の誕生日が12日翌日なので、いつもは母は12日にお祝いの電話をくれた。母が生きているうちに、母に感謝しなければいけない日だとなぜこんな当たり前のことに気づかなかったんだろう。11日は私から母に『生んでくれてありがとう!』って電話すればよかった。そんな事を考えながら今朝哲と散歩していたら涙が出てきた。母が亡くなってしばらくは散歩だろうとお構いなく涙が溢れてきたが、最近はさすがに散歩中は泣いたりしなくなっていたのだが。日傘をいいことに涙が流れるだけ泣いた。今日は父に私の誕生日であること感謝の気持ちをメールで伝えた。父はきっとメールを見て初めて私の誕生日を思い出すんだろう。母親と父親の違いだな~。日曜日に夫と母のお墓に行き母とチャコ(私が高校生のときに飼って17歳まで生きた私が家を出てからは母が面倒を見てくれた犬。母の墓石の横に埋葬し直した)をお迎えしてきた。お盆には父の家に連れ帰る。子供たちは自動車学校や熟があるし夫もお盆という事で休まないので私と哲と仏様とで行く。
2003年08月11日
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今朝は久しぶりにさわやかな天気だったので、哲と家から15分ほどの水田の間に作られている蓮の花を見に行った。哲との散歩でデジカメを持っていくのは母がなくなってから初めてのことである。この前、車で通った時に蓮が咲きはじめていたことは知っていていい天気になったら写真を撮りにいこうと楽しみにしていたのだ。昨年は何度も見に行った。その蓮の見事な事といったら、昨年日記にも書いたが、この世のものとは思えない美しさである。足取りも軽く目的地に近づくと同じことを考える人はいるもので、カメラを構えている人や、見に来ている人が何人もいた。見事に咲いていた。つぼみもたくさんあり当分楽しめそうだ。画像の倉庫がすでに100枚なので、仕方なく入っていた画像2枚を削除して蓮の花と蓮をバックに哲の横顔を登録した。
2003年07月27日
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40数年生きてきてこんな涼しい7月は初めて。涼しくて哲との散歩は楽だし、冷房せずに過ごせるなんて体にもいいし、省エネも嬉しいが、ちょっと不気味。梅雨もながかったし・・・。もうすぐこのあたりも梅雨明けらしいけど今後暑くなるのだろうか?秋の農作物の出来も気になる。哲はここ1週間ほどで実に毛が抜けた。見た目はふかふかしているが触った感じが例年と違う。毛が短く少しごわごわしている。裏毛の量がいつもより少ない。例年は毎日冷房して過ごしていたので、夏でも裏毛をたくさん蓄えていたのだろうか?冷房といっても28度でむしろ今より暑いくらいだったのに。湿度の関係だろうか。13日に母の納骨が無事済んだのでちょっと気が抜け状態。8月下旬にチッチ・コッコの世話を息子に任せ、夫と哲と福島に旅行する事になった。チッチ・コッコが我が家に来てから、私は実家以外に泊まった事がなかったので、いい気分転換になると思う。
2003年07月23日
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7歳になりました。早いというのが実感。晩に家族で誕生祝いのお好み焼きを焼いて食べました。哲のお祝いメニューは久々に[今日の哲]に載せました。良かったらご覧下さい。それから柴犬仲間ののんちゃんのお父さんがまたまた素敵なフラッシュムービーを作ってくださいました。直リンクさせていただきます。http://naritacl.cool.ne.jp/tetsu_e.html ぜひクリックしてみてください。のん父さんありがとう!
2003年06月21日
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20Kgの砂袋を5個購入し鶏小屋にまいて以来腰が痛かったので行くのをやめていたが、今日はほとんど痛まないのでこわごわステップリーボック(踏み台昇降運動とエアロビクスをミックスしたようなもの)のレッスンをしてみた。無理をしないように少し手抜きをしながら何とか無事終了。鏡のレオタード姿を見てなんとなくふっくらしたような。調度出かける前にTVで脂肪細胞も重要な働きをするというのを見ていたので「まっいいか!」今日はPCのバックアップをとる気にはなれず・・・。再セットアップはいつの事になるか。
2003年06月04日
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この5ヶ月ほどPCを開かない日が多かった。ここ2週間ほど立ち上げの際に真っ黒な画面に、おかしな文章が現れるようになっていた。文章とは次のようなもの。設定ファイルを更新しています。数分間おまちください・・・ファイルが見つかりませんでした。いくつかのシステムファイルをアップグレード出来ませんでした。Windowsは正しく動作しないかもしれません。Windowsが起動しない場合はもう1度SET UPを実行してください。続けるのはどれかキーを押してください。-(仕方なくキーを押すと瞬時にこんな文章がそれに続く。)ファイルは正常に更新されました。WindowsのSET UPを続けます。-そしてやっと立ち上がる。その後使えない事もないので変だと思いつつ使う事数回。スキャナーを使おうとしたら、「TWAINサーバをロード出来ません」表示が出ていつもどうりに使えない。メーカーの相談窓口に問い合わせた所、おとといはスキャンディスクを勧められた。14時間かかって終了。何も変わっていない。昨日はその旨を報告。セーブモードでどうか試すように言われる。セーブモードでもあのおかしな文章が出れば、再セットアップするしかないと言われる。急に壊れる事はないが、早めにバックアップをとりセットアップした方がいいとのこと。大変な事になった。何でこんな事になったんだろう。今日はなるべくフロッピーやCD-RWにバックアップをとる。確かにエラーが多いし、ディスクトレイが突然出てきたり、おかしなことが起こる。壊れるには時間の問題かも。再セットアップして無事にインターネットがつなげられるかも不安。
2003年06月03日
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二年前に用意した鶏小屋は天井が低かったので、おもいきって日曜日夫と息子と3人で新築した。日曜日1日かかって大体完成。 月曜日私1人で小屋に敷く砂(20Kg 5袋)と金網を買い完成させた。火事場の○○力で、その時はなんともなかったのに、夕方になって腰が痛くなった。なにげなくかがめず、ひざをこわごわ曲げないといけなくなる。靴下や紐靴を履くが大変。4日たって少しよくなったような気がするが、何でもこわごわのそのそしている。腰は肝心要というけどそのとうりだわ。 チッチとコッコは新居が気に入った模様。
2003年05月30日
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昨日は結婚記念日だった。 夫の父から早朝「おめでとう。これからも皆元気で。」と電話があった。 いつもの事で夫は帰宅が遅くなるだろうと思っていたら、7時過ぎに「ケーキを買って帰るから。」と電話があり、あわててありあわせの材料で、出来る限りのご馳走を作る。 ブーケとケーキのお土産。思いがけないブーケににんまり。結婚してから確か初めてじゃないかな?おそらく母をなくした私を思ってのことではないかしら。ありがとう! お母さん幸せにしてるよ。
2003年05月16日
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父が母のお墓造りのために26日から来ていました。 26日は父の71歳の誕生日だったので父の好きなご馳走を用意しバースディケーキでお祝いしました。毎年父や母の誕生祝はプレゼントを贈っていましたが、当日一緒にお祝いした事はありませんでした。還暦祝いのときも時期がずれて伊香保温泉でお祝いしたのでケーキは無でした。父にとってははじめてのバースディケーキでした。父が子供の頃はケーキなど在りませんでしたし、9人兄弟でそれどころではなかったでしょう。 ろうそくをともし私と孫たちがハッピーバースディのうたを歌いろうそくを吹き消し、とても嬉しそうに「照れくさい。」と言っていました。そして「母にはこんなことしてやらなかったな~。」と言っていました。プレゼントは3枚写真が収まる写真たてです。母が孫や父ととびきりの笑顔で写っているものを納めて贈りました。いつも一緒だね。 父が笑顔を見せたのは母がなくなってから初めてのことです。 写真の忘れな草は母がプランターに種をまいておいたものです。冬、葉がはっているのを知り、私がいたときには水をあげていました。五七日の法事のとき葉がぐったりしていたので「咲くかな~?」と心配していましたが、見事に咲きました。今回父が持ってきてくれました。父が庭の植木鉢にも水をあげてくれていたようです。感慨無量でした。押し花にしても保存するつもりです。種をとって来年も再来年も咲かせたいと思います。 ゆりとスミレの寄せ植え、アロエベラもって来てくれました。父はからしてしまうのが怖いので、こちらに来るたびに持ってくるつもりのようです。家の中にも大量のランの鉢があるので、今後置き場所が課題です。 母のお気に入りのバラとアガパンサスはそのうちお墓に植えようと思っています。
2003年04月28日
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夕方すごい雨でした。間が悪く雨のピークに帰ってきた息子の制服は浴室の乾燥機で3時間乾かしていましたが、いまだにぬれています。 昨日お隣の奥さんからカスピ海ヨーグルトを分けていただき、作り始めました。亡くなった母が、昨年はじめたと聞き、貰おうと思っていたのに実現しなっかったので、感慨深かったです。 父と母は母が育てていたアロエベラをカスピ海ヨーグルトに入れて食べたら二人で下痢をしてしまったそうです。汚い話でごめんなさい。父が立派なアロエベラを見ながら話していました。 先日実家から父と我が家に来るときに1本アロエベラの葉を持ち帰りシロップ漬けにして食べました。写真と花が飾ってある我が家の祭壇にアロエ入りヨーグルトをお供えしました。その時父は少しで良いと言っていました。アロエの食べすぎが怖かったんです。私も自家製は強いのかもしれないとこわごわ食べましたが大丈夫でした。 1月1日に実家に行った時に話はさかのぼりますが、立派なアロエベラの鉢を見て「私がすごいね!」と言ったら「葉を持って行ってさして増やしたら。」とは母言っていました。あわただしくてそのときはそのままでしたが、父が枯らさないうちに我が家に持ってこようと思っています。 母は花や観葉植物が大好きで、庭にさまざまな花を植え、鉢植えもたくさん飾り、部屋にもランの仲間をはじめたくさん鉢をおいて大切にしていました。入院の度に枯れる物が出る事を友達に残念がっていたようです。1月14日入院の朝、父にあてた手紙の中に、「朝1番に植木に水を上げてください。 よろしくお願いします。 一人で色々大変でしょうが、頑張ってください。 私も頑張ります。」とあり大粒の涙の痕が2箇所ありました。動かしにくくなった手で書いた母の気持ちを思うとつらいです。母は、玄関を出るとき父に「最後かもしれない。」と言ったそうです。 カスピ海ヨーグルトの話のつもりがどんどんそれてしまいました。昨日カスピ海ヨーグルトを混ぜた牛乳は、今朝ヨーグルトになっていました。普通のヨーグルトのようにすっぱくはなく、滑らかでトロンと糸を引きます。昨日たまたま作ったイチゴジャムを乗せ全員朝ごはんに食べさせました。なかなか好評でした。もちろん祭壇にも1番にお供えしました。お隣の奥さんが花粉症が治ったといっていたので、私は昼にも夜にも食べてしまいました。絶やさぬように作り続けていこうと思います。 まだまだ何につけても母の事を思い泣いてしまう日々が続いていますが、着実に動けるようになっています。今朝雨の合間に庭と家に面した道の草取りをしました。完璧ではなくかなり適当ではありますが。
2003年04月08日
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11月5日から島民に入った亀太郎が泳ぎ始めたので、枯葉を捨て水を入れ替え休憩用の石を入れました。日光浴もさせると、石に腕をかけ後ろ足を伸ばし気持ち良さそうでいた。 カメフードを1粒入れてみましたが、まだ食欲はないらしく食べません。 亀太郎は食べなくなってもふらふら泳いでいて冬眠に入るのが遅かったためかまだ目覚めません。
2003年03月30日
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今朝鶏を車庫から庭に移していた息子が「火事だ!!」と叫ぶので玄関を出てみると、家(我が家は公園の南側に面していて距離は100mほど)の前の公園の西側にあるアパートから煙と窓から炎が出ていた。 119番通報したが、呼び出し音が6・7回なってやっと出た。なんとももどかしかった。通報してから10分かかってやっと消防車が到着。なぜかアパートのそばではなく我が家に面している道路の消火栓から水を引く。水が出るまで更に5分。火はどんどん大きくなり、アパートのあらゆるから窓が大きな炎が上がる。 野次馬がどんどん集まり、公園の周りに駐車する人が出てくる。「消防車がどんどんこれから来るのにこんな所に止めないで!」上ずる声で叫んで歩く。足もガクガクしていた。親子ずれで大きなバンを停めて私が停めないでと言ったら「てめえの家に火をつけてやる!」などと言う不届き者も居た。 煙はなかなか治まらず、1時間近く放水は続いた。消防車は結局8台やってきた。 アパートは4世帯が入る事の出来るメゾネット式のもので、火元の家の隣は空き家だったらしい。けが人が出なかった事は幸いだった。消防車が近くの消火栓を使わなかったのは、その上に車が駐車してあったためらしい。消化開始もその為に遅れたわけだ。 火事を出さないように注意!!駐車違反もやめよう!!車で火事を見に来るなんてとんでもない事!!
2003年03月29日
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ご心配いただいてただただ恐縮・感謝です。 21日から2泊実家で、母の遺品を整理したり、父の食事作りや洗濯や掃除をしてきました。我ながら良くこんなに働けると思うほど仕事をこなしてきました。母のパワーだと思います。食事時などには父と母の思い出話をして二人で泣いてしまったりしました。母が写っている8ミリビデオをコピーして持って行ったので父と一緒に見ました。もちろん父も一緒だったのにすっかり忘れてしまっていた事も多いようでした。私たち夫婦と子供たちが旅行に行ったビデオはほとんど両家の両親に送ってあったのですが、父や母が一緒のビデオは送っていなかったのが今になって残念です。母にも見せたかった傑作なんです。子供たちが旅館で踊ったり、初めてスケートをして上達していく様子が写っていたり、ボウリングのボールの行方が見当が付かなかったり、子供たちも幼くて愛らしいし、一緒に見たかった・・・。 母の友達や近所の方も来てくださいました。母の事を思ってくださる方が居て本当に嬉しいです。 母はとにかく物持ちがよく何でも大事に使いとっておく人でしかも衣装持ちだったので、遺品の整理はまだまだ終わりそうにありません。わたしも物持ちがいいのを見事に受け継いでしまっているので、遺品の整理には本当はむかないんです。母はなぜか私の子供の頃からの洋服までとっていました。私が育った家から2回引っ越しているのにもかかわらず。懐かしく眺めさせてもらい処分する事にしました。それらを着ていた頃がよみがえってきました。 母の洋服やバッグはよほど古くて使えないとかサイズが合わないもの以外私や娘が受け継ぎたいと思います。我が家も収納に余裕があるわけではないのが問題ですが。靴は21.5cmと22cmと小さいので処分せざるを得ませんが(皆とても良質の皮でデザインもしゃれています。はけないのが残念。)、今回は出来ませんでした。父は母のものを見てもつらいと言うより、母のものだなと思うそうなので、当分おいておきます。化粧品は皆持って帰ってきました。母は身だしなみに気を使う人でしたから、私よりはるかにたくさんの種類をつかっていました。女として見習わないといけないと思うほど私は無頓着です。 父は私と一緒に我が家に来て、墓地を見に行き、契約を済ませ、我が家から1時間ほどの父の姉の家に私と息子と行き、実家や親戚のお墓参りをしたり、今日の昼過ぎまで私たちと過ごし、帰って行きました。 今回6日間父と一緒に過ごし、思い出話をしたり、父の世話をして少し私の気持ちも落ち着いてきた気がします。悲しみはまだまだ少しも薄れませんが。 父は母がなくなってから母のすべてほめまくっていますが、いきている間にその1/10でも言葉に出してほめてあげたらどんなに母は喜んだでしょう。 私や子供たちが送った膨大な数の手紙や絵や写真(こんなに出していたとは我ながら驚きです。もちろん夫の両親にも同じに送っています。)、夫が海外出張のたびに送った相当数の絵葉書を見つけ母をそのたびに喜ばす事が出来たと再認識できたのも今回の良かった事です。夫にも改めて感謝しました。
2003年03月26日
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だいぶ書きそびれてしまって・・・。何から書いていいのか。 いまだに母が居なくなってしまったことが、話をすることが出来ない事がつらくって、泣いてばかりいるのですが嬉しい事もありました。 もう10日以上前のことになりますが、娘が学校に行く前、「これお母さんに上げる。」とだけ言って、かわいい包みを渡してくれました。昨年確かベストセラーで話題になっていた絵本「いつでも会える 菊田まりこ著」でした。19歳でも精神年齢が幼くいつもキャッキャしている娘が何も言わずに私のことを思ってくれていたと言う事が嬉しくて、絵本の内容がつらくてやはり泣いてしまいましたが。 娘もそうですが、息子も夫も私が、「母がこういってた。」とか「おばあちゃんはいつもこうだったね。」とか話すとちゃんと聞いてくれるのもとてもありがたいです。母と暮らした家でひとりで生活している、父がどんなに辛いだろうと思うとかわいそうでなりません。 その父(父は最年長のプロボウラー)が母が喜ぶから、シニア大会に向けて練習してるという事を聞いて本当によかったと思いました。父は来月70歳になるので、おそらく今年が最後の大会になると父は考えているようです。母は体が許す限り、この大会には同行していました。今年は私が、応援に行こうと思います。 母が習っていた絵手紙の作品(練習で描いたもので誰かに出そうと本人が思うまでのものではなかったのでしょうが)のコピーしたものに母が生前にお世話になった事のお礼を書き送りました。そのハガキで母が亡くなったことを知った方も居ますし、葬儀に出てくださった方も居ますが、お返事をいただき、母とのエピソードが書いていただけたのは嬉しかったです。 おとといどうしても母の声が聞きたくなり、何年間も夫が子供が幼い頃に撮りためていた8ミリビデオの母が映っていそうなものを見てみました。私は初めて見たのですが、思ったよりたくさん母が映っていて、子供たちも幼くしぐさや話している内容もかわいくて思わずニコニコして見入っていました。近いうちに父と一緒に見たいと思います。母と1回でも「あんな所に言ったね。」とか「あんなことしたね。」なんて笑いながら見ておけばよかったと残念でたまりません。やっぱり見終わった後で泣いてしまいましたが、ビデオってすごいです。忘れてしまっていた事も鮮やかによみがえりますし、母が生きているようでした。 お彼岸は、ニワトリたちの世話は息子に任せ、哲の世話は夫に任せ父の所に行ってきます。すでに、お位牌とお仏壇は用意し お坊さんに魂を入れてもらっています。お墓はまだなのでお骨もまだ置いてあります。我が家でも母の写真と花を飾り、毎日お供物を上げて手を合わせてうちに居てくれると信じては居ますが。 父の話し相手になるのと、何食かでも少しはましな食事を作ってあげたいのと、まだまだほとんど手がつけられていない母の遺品の整理を出来るだけしてくるつもりです。 母がなくなってから、事故や事件や心中などで亡くなられた方のニュースを耳にするたび、家族の悲しみを考えずに居られません。 アメリカのイラクへの攻撃で、たくさんの人が亡くなるのではと思うと胸が締め付けられる思いです。
2003年03月20日
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大変ご無沙汰してしまいました。ご心配くださってありがとうございます。まだまだ意気地なく、起きている間中、母の事を考えずには居られず、日に何度も涙を流してしまう状態です。 明日3月4日が35日に当たるので、昨日、57日(35日)・77日(49日)の法要を済ませました。 おととい、前橋駅ではいつも、改札のむこうでのびをして私の姿を探す母が居ない事に涙を流し、車で迎えに来た父を、驚かせてしまいました。 母や父の兄弟と、母が仲良くしていただいた大好きなお友達が遠方から集まってくれ、無事終えました。会食の際は思い出話で泣き笑いです。 母は何をしても上手な人で、陶芸や絵手紙、粘土細工をしていたので、花瓶や抹茶茶碗を選んでもらっていただきました。前もって差し上げるものをたくさん選んでおきましたが、大喜びされ、足りないほどでした。母の手のむぬくもりが残っているようで、手放すのはさびしいですが、使い切れないほど持ってしまうより、皆に使っていただき母をたまに思い出して欲しいと思って差し上げました。 絵手紙は習っていると言うのは、以前入院しているときに聞いていましたが、見た事がなく、「今度送ってよ!」といったら、「送るね。」と言ってくれたものの貰った事はないままでした。難儀でその後退院しても描く余裕はなかったのでしょう。遺品を整理しているときに道具とたくさんの作品を見つけました。昨日皆に見てもらったら、あまりの素晴しさに皆驚いていました。昨日は陶芸と絵手紙大いにほめられて、照れ笑いしていたんじゃないかしら。 絵手紙は、母と親交があったのにもかかわらず母が亡くなったのをまだ知らない方や、絵手紙やダンスのお仲間や仲良くしていただいていたお友達、親戚にカラーコピーして少しずつ季節の絵(花や野菜、今は水仙)でたよりをするつもりです。母のアドレス帳を頼りに。母は恥ずかしがるか、喜ぶか、きっと喜んでくれると思います。先ほど何枚かスキャナーを使って作ってみましたが、まるで売り物のようで改めて母の腕に脱帽しています。母のためにしてあげたいことがまた一つできて嬉しいです。私が作る年賀状や娘の華道の絵葉書を、「こんな事が出来るのすごいね。」と喜んでくれた母に、母の絵手紙の絵葉書見せてあげたかったです。 常に心ここにあらずといった感じで家事などの速度が以前よりかなり遅く要領も悪いので、皆さんの所に伺う余裕がまだ出ません。もう少し時間が要るようです。本当に皆さんの温かいお言葉がありがたくて泣いてしまいました。ありがとう。 ありがとうと言えば、母がなくなった日、朝は目を何とか必死に開けたものの昏睡状態になり、その時看護婦さんが「声は聞こえてますよ。呼びかけてあげてください。」と言ってくださったので、「お母さん今までたくさんたくさんありがとう!」と繰り返し言いました。元気なときは照れもあって、あっさり言ってしまった言葉「ありがとう。」もっともっと感謝の気持ちを伝えたかったと後悔しました。 昨日は哲も実家に来ましたが、多くの人にも吠えもせず、いい子にして、なでられていました。
2003年03月03日
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1月29日夜8時44分母が息を引き取りました。28日の夜に駆けつけたときは呼びかけると目を開けかすかな声で、私たちに「疲れたでしょ。」と言った母。先生の話では危険な状態ではあるが、持ち直し数週間持つ事もあるといわれた。 深夜実家に行き、床につき少し休む。翌朝病院にいくと、症状が悪化し、酸素マスクがつけられ心拍数・血圧の数値が表示される機械がつけられる。息遣いが荒く昏睡状態の中でも「お母さん!」と呼びかけると朝のうちは目を必死で開けてくれた。 呼びかけてもまぶたがかすかに反応するだけで全く目が開かなくなって数時間。血圧は低くなり心拍数が徐々に落ちてきた。苦しみのない、肩と口で必死でしていた呼吸をやめただけの安らかな死でした。 母が居なくなってしまう!いずれは来る事であり、病気の経過を見ながら覚悟していたとはいえ、想像を超えた悲しみです。 「お母さん今までありがとう!度重なる手術・病気との闘いご苦労様!」 母を家に連れて帰り、寝室に寝かせ葬儀屋さんにドライアイスをいえられ、刺繍に華やかな布団のおおいをされても母はまるで眠っているようでした。たくさんの母の友人や近所の人が訪れて母の死を悲しんでくれました。 31日通夜・2月1日告別式あわただしく過ぎていきました。祭壇は母が大好きだった花で埋め尽くしました。通夜も多くの親戚や近所の方などが来てくださいました。通夜の晩は、母の兄弟や私のいとこが一緒に守ってくれました。告別式も多くの方が来てくださり無事に終えました。 まだまだ遺品の整理など、気が遠くなるほど残っています。私の住まいのそばで墓地も探さなければいけません。法事の事も全く知識がないので本を探しに行こうと思っています。 精神状態不が安定で、すぐに涙ぐんだりしてしまいます。 心温まる書き込み本当にありがとうございました。もう少し元気になったら皆さんのHPにお邪魔します。
2003年02月04日
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皆さんご心配いただき温かいお言葉ありがとうございます。日曜日に戻ってきました。 今回母のところに行く前に父の電話で母がおかしなことを言うようになったことは知っていましたが、病院のベッドで、ひっきりなしに訳の分からない事を言っている、母を目の前にして涙が止まりませんでした。何とか気持ちを整理して母の言葉に対応しようと最初は必死でした。母の言葉に合わせながら、母の潜在意識にある事や人についていっていることも多い事が分かりました。 母がおかしなことを言うようになった原因は痛み止めのモルヒネの量が多すぎたためだと思われます。私が行った金曜日は錯乱状態が特にひどくなっていました。父は二晩病院に泊り込んでいましたが、母は昼夜一睡もせず、訳の分からない事を言い続けていたようです。なぜこんな事になったのかは、モルヒネの痛みを止める効果も、副作用も時間がたって出るので適量を判断するのが難しいとのことでした。水曜日からすでにモルヒネの投与は止めているので、少しずつ良くなるだろうとのことでした。 確かに金曜日か~っと目を見開いてずっとしゃべり続けていたのが、土曜日の朝には、こちらの問いかけにまともに答える事間あるようになり、目が穏やかになり、日中うつらうつらするようにもなりました。午後になり肺炎のなごりの熱が出ると、また訳の分からない事を言うようになりました。 日曜の朝は、更に意識がはっきりするようになり、私と父の話にまともに言葉をはさむ事もあり、嬉しかったです。 私が家に帰ってから父から様子を知らせてもらっていますが、日曜に夕方は更によく、お見舞いに来てくれた方が何もおかしいとは感じなかったほどだそうです。このまま順調にと願っていましたが、昨日の夕方は熱が出たためかまたおかしなことを言っているとの知らせを受けました。 医師からは痛みが出たらモルヒネを投与するしかないと言われているので、頚椎の放射線治療の効果が出て痛みが出ない事を祈るだけです。痛みを完全にとるほどモルヒネを投与して、母の人格がなくなってしまうのは母も望んでいるとは思えません。 母は錯乱しながらも、年末にお正月のために買った野菜を心配していました。お正月に実家に行ったときにも私に持って帰るように言っていたのですが、父に皮をむいてもらって煮て食べないといっておいてきたものです。今回そのままでした。混載は無事でしたが、葉菜は半分ほど傷んでいて冷蔵庫を整理しながら、母は料理したくても出来ずに入院した事を思うとかわいそうでたまりませんでした。この台所にもう立てないかもしれないと思うと涙が出てきました。 また父が居ないのに「お父さんパジャマここにあるよ。」「お父さん薬飲まないと。」とか言っているのを聞くと父のために長い事努めてきたんだなと改めて感じました。 医師に私の家か近くの病院に移す事は可能かと聞いた所、放射線の効果がないということになれば、治療をやめるので移せると言われました。 母に、「退院したら私のところに行こうね。」と言うとうなづきます。 唯一私が、家での愚痴を聞いてもらえる存在の母、元の母に戻って欲しいです。 深刻な日記になってしまってすみません。まだ精神的に余裕がなく皆さんの所に伺えませんが、私は風もひかずに身体は元気です。哲もチッチ・コッコも元気です。私が家に戻ったら哲は優しくよってきて「ふ~んふ~んふ~ん・・・。」なにやら一生懸命言って口をなめてくれました。癒されます。
2003年01月28日
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このところあわただしく、時間的にも精神的にもゆとりがないので、日記もなかなか書けず、哲の晩御飯も写真だけは撮ってはいるものの、「今日の哲」にUPできません。 母の病気の件では、皆様からの温かい言葉大変嬉しいです。近く泊りがけで行く事にしています。今日父から「肺炎になって、熱があるけど病院にはそれほど心配ないといわれている、との電話があり気が気でないのですが、乗り切ってくれると信じています。 少しの間PCも触れられないかと思いますが、また皆様のHPに伺えるようになったら、お邪魔します。
2003年01月22日
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昨日母の病気のこと今日見舞いに行く事を書きましたが、暖かい書き込みありがとうございました。 結局、哲を乗せて車で行ってきました。事故を起こさぬよう、高速の出入り口を間違わぬようかなり気をつけて、平日は高速はすいているらしく2時間ほどで病院に着きました。ところが駐車場が患者さんで列が出来ていて30分待ちました。その間に哲には朝ごはんを与えました。哲は酔うこともなくうつらうつらしているうちについたようです。 母は、今日から頚椎に放射線を当て始めると言う事で病室に居ませんでした。しばらくして移動ベッドで運ばれてきました。看護士さん4人がかりでベッドに移してくれました。特に首を動かさないように注意してしていただきました。 母の首が動かないのは、以前リンパを切除したときにその周りの筋肉もとってしまったため、首をもう片方の筋肉でずっと支えた事と、頚椎もいためているので思い頭を支えきれなくなったためだそうです。両手が動かないのは頚椎がつぶれているために神経が圧迫されているためです。元旦に、実家であったときより、ずっと不自由では有りましたが、母はめげていませんでした。 教授も放射線が効果が上がり、首に良い装具をつければ退院できますと前向きなお話しをしてくださったので、父の電話を受けたときより気持ちが明るくなりました。母も不自由ですが、薬のおかげで痛みはひどくはないようなのでよかったです。 かゆ状の流動食をスプーンで口まで運ぶ手伝いをしました。食がとても細くなってしまったので、少しでも食べさせようと休みながら長い時間粘りましたが、半分も食べられませんでした。 哲は日当たりのよい駐車場の車の中でおとなしく寝て待っていました。今日は車の中の気温が調度良かったので良かったです。帰りは2時間半程で帰ってきました。また近いうちに顔を見に行ってきます。
2003年01月16日
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