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今日、ミクシィで午前中にお友達からこんなコメントをいただきました。(ここから)+++++++++++++++++++++さっきラジオ(ニッポン放送)を聞いていたら、ある絵本の名前が出てきました。 『9番目の戦車』 ひろしさんの警察時代から絵本作家になるまでの経緯を話していましたよ。 (聞いていたかもしれませんが) そしてひろしさんの友人からのリクエストは、森山直太朗の『さくら』。 後で気が付いたけど、sakuraさんの事を想ってこの曲かと。 素敵な話でござりました♪ +++++++++++++++++++++(ここまで)そんなことがあったなんて、もちろん初耳でしたので、びっくりするのと同時に、本当に心からあったかくなりました。うれしかったです。。。ありがとうございました・・・(感涙)知らず知らずのうちに、たくさんの応援してくださる方々から支えられて、仕事を続けることができます。本当に感謝でいっぱいの朝でした。リクエストしてくださった方へも、この場をお借りして、心から御礼申し上げます。ありがとうございました。。。絵本作家ときたひろしの動画配信
2006年11月27日
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先日の昼下がり。。。+++++++++++++++++++++ダンナ :ネットで【さこんのさくら うこんのたちばな】調べて私 :なになに?さこんのホニャララ? うこんが何ー?ダンナ :も、もしかして知らないの???+++++++++++++++++++++はい、知りませんでした(><)数回聞いて、ようやく漢字が分かり、ネットで調べてみました。時は平安時代以降、京都の紫宸殿。南階下の東方に植えられた山桜と、同じく南階下の西方に植えられた橘。いずれも儀式の時、近衛府の官人がその側に並んだということから、一対の呼称ができた、と知りました。ふぅ~~ん♪いい言葉だね。すると、ダンナがさらに・・・。【どうしてこの紫宸殿に植えられたのが、橘と桜だったか?】と。むぅ。分かりません、当然ながら。すると、教えてくれました。日本書紀、古事記には載っていないのだけど、ホツマ文字を研究したヲシテ文献には、その理由が載っていて、橘は、政治を占うための木。桜は、家庭を占うための木。政(まつりごと)と家庭は、両方とも一番重要な事柄だから、占いを用いて、常にいい状態であるように、二つの木を使ったそうな。そこから、紫宸殿では橘と桜を植えるようになったのだそうです。桜は、国花でもありますが、橘もまた古来から重要な木なんですねぇ。そういえば昔、私が一番なりたかった名字は「橘」だったのです(〃▽〃)だって、平凡な【タカハシ】だったんだもん(>_
2006年11月20日
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ちょうど先日、クリントイーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」のワールドプレミア試写会が行われたそうですね。ホームページから、アメリカから見た視点ということで「父達の星条旗」の方もじっくり見ることができました。知り合いの神父さんが、「父達の星条旗は、なかなかいい映画でした。」とおっしゃっていたからです。実は、ときたひろしのデビュー作「9番目の戦車」で描いた日本の戦車タンクロウには、後に仲良くなる敵のアメリカ戦車がいます。そして、9番目の戦車の原稿には、ほぼ同時期に書いたもう一つの物語が存在するのです。それが、今回の「硫黄島からの手紙」と同じように、作品を片方だけはなく両方の視点から描いた物語です。戦争の愚かさ、人のつながりの尊さ、守るべきものへの崇高さ。私たちは、生きている間、次の世代に何が残していけるのか・・・常に頭におきながら、仕事を通して夢を実現していきたいと、試写会のニュースを知ったときに感じました。残念ながら、9番目の戦車もう一つの物語、出版元が見あたらずお蔵入りになっております(涙)。9番目の戦車も、いつの日か映画やドラマになればいいなぁ。どなたかお力をお貸し下さいませ!
2006年11月17日
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皆さん、こんにちは。先日の日曜日、11/12 埼玉県行田市で行われた忍城(おしじょう)時代祭りへ参加して参りました。(私はいつものように、撮影班♪)これが今年最後の自前甲冑(かっちゅう)武者祭りとあって、参加人数も多く、また地元の方々の熱気も熱い1日でした★お祭りの寸劇が始まる前に、武者の皆さんがズラッと整列始めます。風が強かったので、はためく旗がとてもかっこいい~★自前で、関東近県からこの日のために集まった武者の皆さん方。お天気がいいので、写真への光がとってもキレイです♪このお祭りの主人公とも言える【甲斐姫】役の女優さん。めちゃくちゃ綺麗な方で、ギャラリーの皆さんもパシャパシャ写真を撮っていました。当日、挨拶された市長さん(だったかな)が、こんな話をしておられました。 忍城はかつて、北条家の家臣の成田家が守る城でしたが、豊臣軍石田三成公がこの忍城を水攻めにしようと包囲した城。 この城を守っていた城将の娘、女武者の甲斐姫さまの活躍で、北条氏が降伏するまで持ちこたえたそう。 で、今年の夏に、石田三成公の子孫が、初めて忍城を訪れたのだそうです。 子孫のみなさんは、かつて攻撃した市民の方々にどんな扱いを受けるだろうかと思っていたそうですが、とても温かく迎えてもらって、「来年はぜひともにお祭りに参加したい」と伝え、帰っていったのだそうです。 忍城の攻防戦でも、きっと死者の数は10人そこらではなかったはず。 いくさ場には首のない死体が転がり、手柄首をたくさんぶら下げて走り回る武者や、その死体から鎧をはぎ取り農作物の被害回復に当てたい土地の農民、それを斬りつける勝った側の兵士たち。 いくさ場は昔も地獄絵図のような状態であったことでしょう。 それでも今は憎しみではない記憶となって、敵味方の子孫ともにお祭りに参加し先祖を振り返ることができるなんて日本の歴史祭り、すばらしいですね~。 世界中の戦争が早期に終結し、いつかこのお祭りのように敵味方ともに仲良く振り返る記念日とすることができたらすばらしいですね。 あの戦いで討ち死にした諸将や兵士も、切腹した北条家の方々も、また城攻めに加わった豊臣家、石田家の諸将も、きっとあの世で400年の時を越えて和解する来年の忍城祭りを、楽しみにしていることでしょうね。↑ときたひろしです。
2006年11月14日
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皆さん、こんばんはー。私たち夫婦は、実は(というか、隠していたワケでは全くないんですよ★)カトリックのクリスチャンなので、こ~んなに和が大好きですが、毎週日曜日は教会へ足を運びます。(あ、でも、神社やお寺を巡るのもスキですよ♪)そんなワケで、たくさんの外国から来た方々と話す際は、やはり“エイゴ”になるのですが、とにかくダンナは中国語オンリーなので、私が中学レベルで一生懸命話します。(来年はそろそろ高校生レベルへ移行するぞぉ~!)まぁ教会で初対面の方でも、お互い、共通の話題などは雰囲気などで分かりますねぇ。が、日本の紹介で、特にダンナの得意分野の甲冑(かっちゅう)や、日本刀など、外国の方が興味アリアリのことって、日本語で説明するのも語句が難しいデス。さらにエイゴ。むー、写真を見せるだけで終わってしまう。このジレンマを何とかしたいなぁ~、と最近思うようになりました。興味を持ってくれる、ということは、それだけお互いに色んなコミュニケーションを交わすチャンスなんですよね。ちょうど、明日は埼玉県行田市で歴史祭りが行われるのですが、ちょっと自分自身の説明力アップのために素材を体験から集めてきて、次回の会話に活かそうかな、って思ってます♪皆さんも、よい日曜日を!絵本作家ときたひろしの公式サイトhttp://tokitahiroshi.com
2006年11月11日
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ポチッとひとりごと】こんにちは~。スタッフのさくらです。先日、京都府大山崎町商工会主催のサンクスフェスタへ行って参りました★初めての経験(>_
2006年11月02日
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