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トミーとふたりで暮らしていた頃は、体重が53.5キロだった。太り気味だったしまた血圧も高かったので、ダイエットを頑張っていた。しかしながらちっとも体重は減らず、こんなものかと諦め気味だった。それが、トミーが入院してからは食事が喉を通らずに、みるみるまに体重が落ちていった。50キロを割り46キロまでになった、さすがに落ちすぎと食事に励もうとするが、喉を通っていかない。体力がガクンと落ちて、階段も上まで登れず途中でしばらく休むざまだ。そんな時に、件の友がおかゆを持ってやって来た。私はその気持ちに応えなければと、必死に食事をしようとするが、体は受け付けようとしない。無理矢理流し込むおかゆと飲むヨーグルトで、日々を過ごした。体重はふえることはなかったが、それ以上減ることもなかった。少しずつ食事をしていきトミーの介護に邁進した。ある日トミーが私の顔をみて頬をなぞって言った「どうしたの?」私の頬ははっきりと陰を作っていた。マスクをはずして、ひさびさの美容室のできあがりをみせていた。痩せてげっそりりした頬を、トミーは見つけたのだ。「少し痩せたみたい」そう答えた。トミーは何も言わなかった。それは天国に召される日の7日前のことだった。
2026.02.28
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数年前までは夏は好きな季節だった。だがしかし、ここ数年は狂っているとしか言えない暑さが続いている。夜もサウナ状態、エアコンの連続運転は大丈夫なのかと、メーカーホームページで調べてしまった。今年の長期予報が発表された、また暑い夏が来るらしい。もう快適な夏は戻ることがない、まさに温暖化のなせるわざか。昭和生まれの私は早朝のラジオ体操や午前中の宿題、午後の昼寝タイム3時のおやつはスイカ夜には花火と、胸が暖かくなる懐かしい思い出ばかりなのに。去年の夏は特に暑く苦しい夏だった。トミーの毎日の面会はまだまだ暑い午後4時、文京区の日本医科大学付属病院に2ヶ月。東大前駅から病院まで歩いて行った。暑さも胸中も苦しいばかりだった。次の転院先は自宅近くの病院、歩いて行ける距離。「帰りたい帰りたい」と毎日言われて悲しかった。少し認知症も出てきていたので「昼は外食するからトミママも、あの店に11時30分に来てね」など、とうてい無理なことをいう。トミーは立ち上がるのがやっとで歩くことはもう出来なかったから。「分かった」と答えたもののそうできたらどんなに良いだろうと、心底思った。でもさすがトミー病院を脱走しようとしたらしく、ベットのガードが外せないように包帯でグルグル巻きになっていた。やってくれるなと笑ってしまった。ベットに寝ながら外を見ていたらしく、道の向こう側の店舗を「あそこは何でも売っていて安いんだよ。退院したら買いに行くよ。」最後の一葉ではないがあの寂れた店に、トミーは希望を見いだしていたんだなと思った。それからそこも2ヶ月位過ごして、いよいよ終のすみか埼玉の施設にいくことになる。10月のはじめだった。
2026.02.26
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東京も久々の雨だ。いろいろな地域で渇水が騒がれているので恵みの雨かもしれない。天候が良いとどこかに出かけなければと焦ってしまうが、雨だと気持ちが少しゆったりする。とくにトミーに面会していた14時から15時は、一人で部屋にいることが苦しい。トミーの手を握っていたな、ハグしていたな、細くなった足をさすっていたな、もっといてあげれば良かったな、別れ際は寂しい目をしてたななど思い出してしまう。いまさら後の祭りなのに、ばかげている。世の中の死別を経験した妻達は、皆同じなんだろう。戻りもしない過去の時に思いを馳せて泣く。
2026.02.25
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きのうN子と会った。依頼されていた令和7年分の確定申告を手渡すためだった。N子の自宅はバスで行けば25分くらいでいける距離である。駅前のコーヒーショップでとりとめない話に花を咲かせながら、先の時間を数えるようになったと2人で笑い合った。お金の使い方も考えないとね。意味のある使い方しないとね。とか・・・・。同じ会社に勤めていた同僚で同じ時期に退職している、なにかと気が合い穏やかな性格に癒されている。長く勤めて年金もそこそこあるので、2人ともなんとかやっていけている。私はトミーと毎年数回の旅をしていたが、トミーの入院後はまったく東京から出ていない。温泉に行きたいなと思っても一人ではと、二の足を踏む。N子を誘うが「旅行は嫌い」という、旅行嫌いなどいるのかと引いてしまった。だが、確定申告作成を条件に温泉旅行を提案して、渋々承諾させた。酸ヶ湯や乳頭温泉に行きたいけど、とりあえずツアーで下呂温泉でもいってみるか。下呂は行ったことがないし、白川郷や上高地もコースには入っているのでいい気晴らしになるだろう。久々の温泉は楽しみだ。去年の秋は鬼怒川金谷ホテルのはずたったのに、トミーは一人知らないところに旅立った。あーまた泣けてきた。私も午後、確定申告に行くとするか。
2026.02.24
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トミーの財布の中に2025/05/29抽選日のロト6が4枚入っていた。週に2回の抽選日に合わせて買うのがルーティンになっていた。突然倒れ検査入院と言われた6月9日以前に買っていたのだろう。最後のロト6だね。入院中のあれやこれやで放っていたが、毎週は無理だけど亡くなった21日の月命日にトミーが追いかけていた数字を買うことにした。財布の中の4枚は見事にハズレでしたよ。でもトミーの思い出と一緒にハズレ券もきちんと取っておくね。財布のお金は支払いに使ったけど、小銭と験担ぎの9zの1万円札はそのままにしている。ラッピングしてあったので1万円かと思っていたのだが、なんかの拍子にもしかして何枚かあるのかと確認したら3枚もあって驚いた。なんかまた愛おしさがこみ上げてきて涙がこぼれた。みなさんは亡くなったご主人の財布をどうのように処理されているのだろうか。財布と名刺入れはいつもの定位置に置いている。当分はこのままにするだろう。
2026.02.22
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2025年11月21日早朝、埼玉の施設でトミーは別な世界に旅立った。腕の中で見送ることはできなく、悔やむことばかりのトミママです。あの日から今日は3ヶ月目まだ泣くことが多く、トミーがすごく恋しいです。帰ってくるのではといつも待っていますが、全然トミーは帰ってきません。悲しいな。まさに悲しいとはこのことだったのですね。
2026.02.21
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