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数希:・・・ということで、今回も特別編で、鶴岡八幡宮のお話でも。
千里:現在ですが、鶴岡八幡宮の外の屋台を通り過ぎているところですね。
トライス:・・・さてさて、チョコバナナも食べたことだし、やっとこれで帰れるんだったよね。ちなみに、いったん鶴岡八幡宮の三の鳥居から戻っていこうかな。どうせだから、三の鳥居から二の鳥居の方向を見てもらおうか。
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レム:なんか、ここ(=三の鳥居)から見て、向こう(=二の鳥居)のほうが、道がまっすぐか、微妙に広がっていっているように見えるかな?
数希:お、レム、よく気付いたね。
千里:鶴岡八幡宮へお参りする場合、海側から順に、一の鳥居、二の鳥居、三の鳥居と3つの鳥居があります。鎌倉駅からは、二の鳥居から三の鳥居までの間を若宮大路の「段葛(だんかずら)」(周りよりも一段高い参道)を通るとわかりやすいのですが、だんだんと参道の道幅が狭くなっていきます。
数希:ちなみに、この段葛だけど、平安時代の末に期限がさかのぼるんだよね。鎌倉幕府初代将軍の源頼朝が、奥さんの北条政子の安産祈願のために、由比ヶ浜から現在の鶴岡八幡宮までを一気に、そして一直線に整備したんだ。この道を若宮大路ともいうけどね。ちなみに、三の鳥居から二の鳥居のほうを見るには、なかなか道幅の変化に気づきにくいところではあるんだけどね・・・。
レム:でも、なんでそんな将軍なんて偉い人が道を作った割に、道幅が変わっていくんだ?資金不足か?ぶっ!
トライス:毎度失礼なことを言うな!・・・ということで、今回の(レムの口封じのための)商品は、鳩サブレー。ちなみに、この二の鳥居から三の鳥居までの間に、鳩サブレーを販売している豊島屋の本店があるんだけどね。
千里:さて、それでは話を戻します。道幅が変化するのには、いくつかの説があります。鶴岡八幡宮を参拝する方に、八幡宮が遠くに見えるために遠近法を取り入れたとする考えがその一つです。
レム:確かに、二の鳥居から三の鳥居のほうを見ると、より道幅が狭く見えるな~!
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千里:このほかにも、当時の源頼朝が置かれた状況から、守りを固めるためとも考えられています。敵にとって、入口を広りやすくても進んだ先(鶴岡八幡宮の方向)が狭いと、大軍でせめても途中で兵を合流させなくてはいけないですので、その分進めにくくなります。
数希:その後、頼朝は鎌倉幕府が成立するわけだけど、幕府は鶴岡八幡宮からそれほど遠くない場所に置かれることになるわけだからね。幕府の成立直後って結構ゴタゴタしていて、それこそ倒幕を考える輩が出てもおかしくないわけだから、先を読んで対策をしていてもおかしくないよね。
レム:結構歴史を考えると面白いんだな。
トライス:お、そうこう言っている間に、集合場所の鎌倉駅に戻ってきたね。みんな、一日お疲れさん~!
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【・・・ということで、「鶴岡八幡宮お参り編」も、これにて閉幕です~!】
鶴岡八幡宮お参り編2026、のお話。 Jan 1, 2026
鶴岡八幡宮お参り編2025、のお話。 Jan 2, 2025
鶴岡八幡宮お参り編2024、のお話。【後編】 Jan 4, 2024
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