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ハロウィン昨年度も同じタイトルで書いたので今回は「2」全く内容は違うけれどねハロウィン。昔は、首を長くして待っていたのに以前は、何を行うか企画して待っていたのに気がついたら、終わっていた。仕事の帰り道。一人ぼっちの帰り道。キャッチのお兄さん達に声をかけられるけれどやっぱり、一人ぼっちを感じる帰り道。その帰り道に、こうやって自分が大切にしていた日が、知らない間に過ぎていったりするのかなぁ?ってね。。。何か考えたよ両親の結婚記念日には、ギリギリその日中に帰宅することが出来た。自分の誕生日は、仲間に祝ってもらった。そんな風にその日を大切にその自分らしい、【文化】を大切に出来るのは、いつまでかなぁ?と、ちょっと怖くなった。社会人になって、【個人】よりも【周囲 (仕事)】を大切にするようになってきた自分が少し怖くなった。【仕事】相手、【お客】の個人(ニーズ)は大切にするのにね(ぼそり)
October 31, 2005
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まだ見ぬ俺の子供よいや、子供が生まれるかは知らないし相手もまだだけど・・・まだ見ぬ俺の子供よ俺は、俺のために頑張っているけれどお前のために頑張れる。俺は、親に感謝している。だからこそ、親にお礼をするためにもお前から同じような感謝を受けられるように俺は頑張っている。俺の人生プランはお前のためにある。お前が成人になった時に、俺も一緒に活躍したいからだから、俺は※※歳までにお前が欲しい。そして、※※歳までに、俺はお前をバックアップできるような実力が欲しい。だから、俺は頑張れる。俺の就職活動も、お前が就職活動する時にアドバイス出来ないようだと格好悪いなぁって思って、やってみた。じゃなかったら、俺は多分、看護師になっていただろう。うん。やっぱり、俺はお前のために頑張れる。って、絶対に俺はお前が生まれたら言わないんだろうなぁっていうか、お前を理由に自分の人生を楽しんでいるだけかもしれない。まぁその前に、彼女・・・欲しいなぁ(笑
October 30, 2005
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こんなBLOG書いていて恥ずかしくないの?って言われることがある。うぅん。。。考えてみると恥ずかしいけれど・・・別に悪いことは考えていないし俺は俺だし俺が感じているものだし別にぃ って思う。このBLOGって恥ずかしい世界かなぁ?(--;
October 29, 2005
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着信音が鳴る。電話を取る。電話の先では、涙声。距離を感じる瞬間。電話で、すぐに繋がる。一瞬、距離を感じなくなる。けれど、こんな時に、急に距離を感じる。一緒にいる友達が、代わりに状況を説明してくれた。やっぱり、距離を感じる瞬間。俺は横にいない。。。そして、物理的なものだけではなくて、先生と生徒であるという関係性にも少し距離を感じた瞬間。Face to Faceの大切さと容易さそして、人と人の関係性を感じた瞬間。
October 28, 2005
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今日思ったこと。分業って面白い。いやぁ生き物の中でここまで分業が進んだ生物っている!?いなくない?蜂や蟻で、働き蜂や働き蟻に分類されたりするけれどさ各々の才能がここまで多様化している生物って他にいる?何かすごくない!?動物一匹一匹に個性があるっていうのは競馬や闘犬などを見ていれば分かるけれどさ技能がここまで異なってくるある意味、業種によって違う生物なんじゃないの?って思えるぐらい分業している人間がすごいなぁって、単純に、今日思えた。いや、何のことはない。ただそう思っただけだから進路が難しいんだよなぁ(ぼそり)
October 27, 2005
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下積みって大切だと思うし下積みをやったことない奴が上にいけないってよくきく。下積みは最低でも3~5年はやらないとダメっていう。でも、世の中の先進的経営者のほとんどはそのような下積みを余りやっていないように見受ける。やっていたとしても1~2年。そして、世界のTOPの方々からは、1年ぐらいでやめてキャリアアップしろ とか言われる。世の中の(経済力を軸に考えます)ミドル層とトップ層では考え方・文化が違うのかな?まぁ、こんなのは、俺が感じた疑問。答えはないから置いといて・・・俺の考え。どんな下積みをしていたってどんな世界だって腹を据えて、命をかけて 働けない奴は下積みで終わる。自分の仕事に命をかける。そんな職人が大切なんじゃないかな?
October 26, 2005
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一昔前、バブル崩壊前日本的経営が世界でももてはやされた。それは、日本人が職人だったからだと俺は考える。ものづくりに関して、日本人は職人だった。どんな妥協も許さず、いいものを創り上げていった。社会の中心がものづくりの時代は、それがうまくいった。ただ、社会の中心が、ものづくりからサービス、情報 に変わった。日本人は、「ものをつくる。」ということに職人だからそれに対して妥協は許さない。プロは、妥協との折り合いを上手に作る人って言われるけれど・・・情報やサービスに関しては、完璧なものよりもスピード や コミュニケーションが大切。だから、日本的経営が追いやられているのかなぁ?ってふと思った。何を書いているのか分からなくなってきたけれどそんな風に思った今日でした。
October 25, 2005
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俺は、きっと好きだから全力を注ぎ込むんだろう。どんなに疲れていても何もしたくない時にでもそして、全力を注ぎ込む自分が好きでもあるんだろう。また、全力を注ぐ以外の方法を知らないんだろう。。。たまに、そんな俺に俺は、疲れる。好きなのに・・・
October 24, 2005
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教育一言で、くくられていますが…最近、よく考えます。この間、言われて、何となくいろいろ考えている自分にしっくりしたのが専門学校は、経営的視点で生徒を教育し大学は、学問的視点で生徒を教育している。この言葉自体は専門学校で、生徒の動員が少なく生徒のためにより良い進路を考えて欲しいと思いながら学校のために生徒を入れなければ・・じゃぁどうすればいいんだ?と悩んでいた私にはすごくしっくりしてそして、納得したが・・・逆に「教育」って言葉が分からなくなってきた。教育って提供される相手(生徒)のための言葉な気がしていたのだが・・・上記の言葉だと、提供する側のための言葉な気がして・・・でも、教育によって、人は変わってしまうから教育っていうのは、やっぱり提供する側のための言葉なのか?うん。よく分からなくなったの。ただ、それが言ってみたかっただけ。あなたの思う、教育は?
October 23, 2005
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その1.心から褒めるべし嘘っぽい褒め方は、逆にバカにされている感覚がする。褒めるならば、心から褒めるべきである。その2.褒めすぎに注意。現状に満足させるな!褒めることで、それ以上努力を怠るようになるならば叱った方が良い。その3.褒めることは認めること。褒めることの本質は、相手を認めてあげることである。相手の現在の能力を認めてあげることが褒めることの本質である。上記を褒める三か条とする。注意三か条に対して、思いつきで創ったものであるため今後改善の余地ありである。また、注意点として※目上の人を褒めてはいけません。 目上の人には尊敬を… 褒めるというのは、自分より目下の人によく使われます。
October 22, 2005
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君が電話してきてくれるだけで俺は嬉しくなる。君が頼ってきてくれるだけで俺は元気になる。君が弱っていたら力になってあげたくなる。あ~ぁ発展しない関係性このままでいいようなこのままでダメなような何かに変わるのは大変ででも、何も変わらなくはいられなくて、、、
October 21, 2005
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出来ていないってことは、わかっていないこと。イメージ出来ていないこと。ということを、昨日の会議で聞いた。今日、それを意識してみた。分からないところは、どんどん聞いてみた。そうしたら、仕事一つ一つのイメージが出来てやらなきゃ やらなきゃ でいっぱいいっぱいだった自分が少し整理つくようになってきた。一つ一つ、頼まれたもの、頼もうと思っているものイメージが出来るようにイメージトレーニングを意識しようっと!!究極のイメージトレーニングが経験だけれど・・・俺は、1年で2年分の社会人経験をしたいって思っているんだからだからこそ、頑張るぞ!!
October 20, 2005
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その1:注意するならば、自分自身も気をつけろ!っていうのも、注意しながら、自分が出来ていない奴が多い!人のフリみてわがフリ治せ!世の中、「人の不利みて、自分の不利治す」自己中が多い。その2:注意するならば、その言葉に責任を持て 注意の言葉を放り投げるだけにするな!っていうのも、注意された言葉を深くきいていくと矛盾していたり、自分の言葉を放棄したりする人が多い。その3:注意するならば、愛情を持て!っていうのも、「注意」という言葉で人を傷つける奴が多い。人を傷つける目的の注意は、ただの悪口だ!!以上を注意三か条とする。注意三か条を守れる人に、注意する資格を認定する。あぁ~俺は、まだ認定証がもらえない(>
October 19, 2005
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心を整理しようと心を頭で考える。だんだんと心は整理されてくる。だんだんと説明できるようになってくる。俺は、自分の心が分かった気になる。でも、説明できない部分ってやっぱりあって説明から漏れるように溜まっていく。知らない間に、蓄積されていって・・・また、知らない間に説明できる部分より大きくなる。頭で考えない方がよかった。頭の考えと心の感じるが心の中で暴れている。何だかわからない。どうすれば、いいか分からない。うん。分からない。
October 18, 2005
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教育のコアそれは、その【教えたいもの】を心から好きになっているか?どうか?だと思う。心から好きなものは【教えたい】って誰だって思う。それが【教育】のコアなんだと思う。だから、【この範囲を勉強しなければ・・】とか【この教科を教えなければ・・・】だと何か薄っぺらいものになってしまうんだと思う。暑っ苦しい先生は、【~~バカ】と嫌われたりするけれど生徒からしたら、心からバカにはしていなかった気がする。本当にそれが好きで、それを教えてあげたいんだなぁってそんなオーラがあるからだと思う。今日、僕はそれに気がついた。明日からの授業、もっと面白くしてやるからな!!俺が教える、俺が大好きなもの。
October 13, 2005
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悩む力と書いて「悩力(のうりょく)」と読む。と、友達から聞いた。俺は、この言葉を気にいって、悩んでいる人や考えている人に対してよく使った。最近、自分・・・考えることがあってこの言葉を改めて、みたんだ。。。そしたら、何か今までと違った顔していた。この「悩力」という字が今までと違う顔していた。具体的には説明できないけれど・・・違う顔していた。俺は、この言葉を軽く使いすぎていた。この言葉に失礼なことをしていた気がした。言葉が好きな癖に自分自身の言葉を出したかった癖に自分の言葉として消化・吸収する前に使っていた。今、悩みをやめることは簡単。悩みぬくからこそ、のうりょくがつく。後で、その答えが変わってもいいんだ。そこで自分で答えを出したことが大切だから・・・だから、僕は、今日も悩む。
October 12, 2005
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俺の居場所ってどこだろう?人は居場所を求めて生きているのだろうか?人は居場所を創るために生きているのだろうか?居場所っていうのは、認められるっていうこと と聞いた。そして、人からの評価・結果がないと人に認められない。という。でも、人に認められるために生きているのは違う気がする。何だか、信じていたものが、こんがらがった気がする。俺の居場所はどこだろう?君の居場所はどこ?
October 11, 2005
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理不尽なことってたくさんある。それが理不尽だと思っているのは自分だけかもしれない。でも、ある事象を理不尽だと感じさせるのはその感じさせた人の器が小さいからだと思う気もする。だからといって、理不尽と感じさせないことを俺は完全には出来ない。うん。俺も器が小さい。。。。
October 10, 2005
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俺は、自分を感護師と名乗る。看護も大切だが、本当に大切なのは感情を護ることだと思っているしそのように信じているからだ。「痛い」と感じたその人、怪我の有無は別にそのように感じたのは事実。その気持ちを大切にしたい。そして、「楽しい」世界にしてあげたい。だから看護師ではなく、感護師と名乗る。(免許は看護師だけどね…)何がいいたいんだか、分からないけれど久しぶりに名乗りたかったの。。。今、名乗らないと、俺のこのポリシーがどこかに置き忘れられそうな気がしたから・・・
October 9, 2005
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何だか分からない。答えを出せない。何が疑問なのか分からない。何が怖いのかも分からない。何から助かりたいのも分からない。でも、俺の頭に浮かぶ言葉「たすけて」この言葉を吐く勇気と力と度胸はないけれど…よく分からないけれどこの言葉が出てくる。俺を捕まえてくれ。
October 8, 2005
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矛盾が見えると・・・とたんに心が冷める。今までの僕は、矛盾が見えるとどちらかの立場にたって、すっごい怒っていた。どちらかの立場だけじゃない。その矛盾がうまれることに怒っていた。最近の僕は、視野が広がったのか?両方の立場を考えるようになってしまった。そして、自分の矛盾なところを知っているからか矛盾に怒れなくなってしまった。そうしたら、何か矛盾をみつけたら心が冷めるようになった。最近の子供は、感動が少ないって言うけれど・・・これが原因なのかな?10/12
October 7, 2005
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