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October 15, 2005
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カテゴリ: 日常生活
今日は、正午頃、本格的に目覚めました。

シャワーを浴びて、新聞を読み、昨晩、コンビニで買ってきたパスタを電子レンジで温めて食べました。

日記を更新してから、身支度を整えて、某大学に向かって出かけました。

今日は夕方から、某大学で、経済学関係の小さな学会が開催されることになっていて、招待メールが届いていましたので、そこに参加することにしました。参加メンバーは、学者、官庁エコノミスト、民間エコノミスト、大学院生などです。

正午頃には比較的天気が良かったのに、外出する頃には雨が降り出していました。正直に言うと、先週の疲れが溜まっていて、今日は自宅で静養したかったのですが、学会は年に数回程度しかないし、以前から強く興味を持っていたテーマなので、明らかに無理をして出かけました。

電車を3回も乗り継いで、目的地の大学に向かいましたが、週末ということもあり、駅も電車も混んでいました。とくに渋谷駅は、いつ行っても、混んでいるような気がします。

学生の頃は、よく飲み会が渋谷であったのですが、就職してからは、年に数回、東急百貨店か、松濤の観世能楽堂に行く程度です。どこにどんなお店があるのかすら、わからなくなってしまいました。

銀座、赤坂、六本木、新宿には、休日に夕食を摂りに行ったりすることが非常に多いのですが、渋谷には縁遠くなってしまいました。。。。それだけ年をとったということなのでしょうか。

会場となった大学は、私も数回、行ったことがあるのですが、やはり、母校以外の大学に入ると、道がわからなかったりして、それなりに緊張します。案内レターには、*号館**教室と書かれていたのですが、まず*号館がどの校舎なのか、がわかりません。

さんざん迷った挙げ句、開催時間が近くなってきたので、やむなく近くを歩いていた学生さんに道を尋ね、ようやく会場に着くことができました。

学会は2時間続き、講師の説明の後、質疑応答があり、いろいろな新しい動きについて知識が得られたので、大満足でした。散会したあと、有志が飲みに行ったようですが、私はなんとなく、気が進まずに、そのまま帰ってきてしまいました。

帰宅してから、夕食をとったのですが、眠くなって、また寝てしまいました。

この週末は、いくらでも寝られる感じです。

少し寝て、また目が覚めて、ネットをしたり、ベッドに伏したまま、日本銘菓事典を読んだりしていたのですが、まだ疲れが取れない感じでした。

そこで本を読むのをやめ、先々週に注文しておいた能のカセットテープ(CDじゃないんです・・・)を聞くことにしたのですが、これが失敗のもとでした。

演目は「景清」(カゲキヨ)。

平家の勇将として活躍した平景清(別名:悪七兵衛)が、源氏に捕らえられます。源平合戦での奮戦ぶりを讃えられ、命だけは助けられますが、日向の国宮崎に配流されます。景清には一人娘がおりましたが、まだ物心つかないうちに、景清が配流されたため、娘は景清の顔を知りません。やがて美しく成長した娘は、父に一目会うために、はるばる鎌倉から宮崎まで旅してきます。

宮崎に着く直前、娘は、峠の貧しい小屋で、詩吟を詠じている盲目の乞食をみかけます。乞食に景清の消息を尋ねると、自分は知らないので他所で尋ねるように言われます。娘は、麓の集落で村人に景清の消息を尋ねると、あの乞食が景清だと知らされます。景清は、流人の身では満足に食事もできず、眼病にかかり、失明してしまい、今は乞食となって、近在の人々の情けにすがって生きているのです。

景清は、現在の自分に絶望し、里人に辛く当たっては、すぐに里人の情けなしには生きられぬ身を思い出し、地面に手をついて謝る、という生活を繰り返しているのでした。

村人に連れられて景清と対面した娘は、父に、知らぬ振りをされたことを責めます。景清は、今の自分の落ちぶれた姿を恥じて名乗りをしなかったことを告げ、美しく育った娘の声を聞いて、涙します。

そして、父を知らずに育った娘に、「父」を与えるため、これまで誰にも語らずに封印していた、屋島の合戦での晴れ姿を語って聞かせます。景清は語り終えると、娘の身に迷惑がかかることを案じて、「さあ、行け」と娘を送り出します。娘も「まいります」と別れを告げ、宮崎を去って行きます。

聞いているうちに、私は涙がこぼれて、止まらなくなりました。

景清のこころが、痛いほどよくわかるのです。

私は、職場に入ってから、日の当たる道を歩いて来れました。

しかし、数年前、異常に独善的で偏執的な上司と激しく対立し、上司の不正(部下を私用に使った)を指摘したとき、上司によって、「反抗的で、職場規律を守らない」という理由で、経済分析と無縁な部署に左遷されました。

その部署の人々は私を温かく迎えてくれましたが、私の生活は、それまでと一変せざるを得ませんでした。

同期は次々と昇進していくのに、自分は取り残されたまま。

経済分析とは全く無縁な部署で、淡々と慣れないルーティーンワークをこなすだけの日々。

その部署の人たちは、職種が違うこともあり、昇進にはあまり関心がなく、きちんと仕事を消化したら、残業もせずに、さっさと帰宅する、という人たちでした。悪い人たちではなかったし、私の境遇を理解してくれて、仕事のやり方を丁寧に教えてくれただけでなく、なにかと良くしてくれました。

でも、そこには、私の「居場所」はなかったのです。

かつての栄光は夢の如く消え去り、今は、他人の情けにすがって生きるだけの生活。

まだ捨てきれぬプライド。焦燥感と絶望感、いつの日か名誉回復されるのではないか、という僅かな期待、そして、過去の栄光だけを生きる糧にしている、そんな不甲斐ない自分自身に対する身を焦がすような自己嫌悪。自分をこのような境遇に落とした者への激しい憤り。容赦なく身を蝕む孤独感。

酒で現実逃避することは、敵に後ろを見せるようで、絶対に嫌だったので、早く帰宅できるのを利用して、本をやレポートを読み続け、いつ、もとの職場に復帰してもすぐに働けるように、ブランクを作らないようにすることしかできませんでした。

しかし、環境はなにも変らず、もとの職場に復帰できる見込みも立たない中、それすらも、一種の現実逃避のようにも思えてきました。自宅で深夜に目が覚めて、気が落ち着くまで声を殺して泣くこともありました。

自分に期待をかけている親には、そんな逆境にいることなど話すこともできず、友達に話して哀れみの眼差しを受けるのはとうてい耐えられず、恋人とも別れた直後だったので、誰にもこの胸中を話すことはありませんでした。

精神のバランスを崩す寸前で、戦前の外交官で、後に首相になった広田弘毅氏に関する本を読みました。

外交官試験を通り、外務省で欧米局長という高い地位に昇進した広田氏は、政治家を巻き込んだ省内抗争の結果、小国のオランダの駐在大使に左遷されました。彼は、オランダ生活をそれなりに楽しんだようです。

そして、現在の境遇に同情する来客に対して、次のような句を詠んで聞かせたということです。

「風車 風の吹くまで 昼寝かな」

そのうち環境が変るさ、それまでは、昼寝でもして、のんびり待ちましょうか、風が吹くまで止まっている風車(かざぐるま)のように。そんな意味の句です。

この話を聞いたとき、「あー、そういうことか・・・」と、すっ、と胸が軽くなりました。

こうなった以上、じたばたしても始まらない。

今、自分にできることをやろう。

それでも駄目だったら、そのときに考えればいいさ。

選択肢は無限とは言えないけれど、でも、たくさんあるんだ。

知識さえ磨いておけば、どこでだって通用するさ。

そんなふうに思えるようになりました。

やがて、かつての上司は、悪評がとうとう人事部署にも届き、そのうえ職場での不倫が露見し、とうとう外部に出向させられることになりました。

それと同時に、私の名誉も回復され、私は再び経済分析を担当する部署に戻ることができました。

「景清」を聞いていると、そんな不遇の時期の煩悶する自分の姿がありありと蘇ってきて、とにかく胸が一杯になり、涙が止まりませんでした。流れる涙をぬぐうこともできず、身動きひとつせずに、泣き続けました。

そして、これからこの演目は、夜には決して聞かないほうがいいな、と思いました。

しかし、あの身を裂かれるような時期があったからこそ、今の私があるのです。

その辛い事実から目を背けて、過去を封印して、格好のいいことだけを高らかに語っていくのは、フェアではないような気がしました。

そして、ちょっとだけ悩んだ後、このサイトのプロフィールに「年表」を書き入れることにしました。





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最終更新日  October 16, 2005 04:48:30 AM
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