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さすらいの天才不良文学中年
田山正之 高田匡隆 フルトヴェングラー
田山正之氏を聴きに
4月25日(日)、東京文化会館(上野)小ホール「田山正之」(ピアニスト)氏リサイタルに出向いた。
田山正之氏はおいらが在職中に大変お世話になった先輩のご子息である。先輩はロンドン駐在が長く、その関係もあるのだろうか、正之氏は現在ロンドン在住のピアニストである。
当日は5月を迎えようというのに気温はあまり上がらずである。しかし、久し振りの上野の森は爽快。
小ホールに入場すると、入口付近に先輩がいらっしゃった。お懐かしい。久し振りのご挨拶。お祝いを述べて中に入る。驚いた。小ホールと雖も650名は収容可能の大きなホールだが、ほぼ満席の大盛況。中央の演壇付近には、追っかけと思われる女性も多く見受けられる。
クラシックは久し振りなので楽しみである。その昔、NYカーネギーホールでうたた寝をしたことを思い出すが、あれは演奏がひどかったからだとおいらのせいにはしない。
事前にネットで田山正之氏のホームページを拝見していたので、その活躍振りは分かっていた。ロンドン公演も先だって終了したばかりである。
おいらが興味を持ったのは、氏がラフマニノフを専門にしておられることである。
ラフマニノフ。
云わずと知れた浅田真央さまの「鐘」の作曲家兼ピアニスト兼指揮者である(1873年~1943年。ロシア出身。1918年米国に移住)。
このラフマニノフは、異常に指が長く(左手で12度の音程を押えることが出来たという)、普通の指の長さでは鍵盤を弾くのが難しいので、ピアニスト殺しなのだそうである。
氏は、そのラフマニノフを得意とするというのである。本日の演目の一つがラフマニノフ練習曲集「音の絵」。
曲目は、その他にもベートーベンソナタ第8番「悲愴」、武満徹「閉じた目」、シューマンソナタ第2番ト短調作品22。
ここで解説をしなければならないのは、ピアニストがクラシックを演奏しているのを観るとき、ただ漫然と観てはならないのである。大リーグの野球を観たことがある人は経験があるだろうが、最初のうちはそのプレーが素晴らしいと思うが、5分も経つと上手いのが当たり前という錯覚に陥るのである。
人間はすぐ順応するのである。如何に大リーグが凄いかは、日本人プレーヤーが中に入ってみると直ぐに分かる。WBCで日本が優勝したのは立派だが、彼我の底力は全く違う。
それと同じで、クラシックのピアノも上手いのが当たり前と思って観ると、ただそれだけで終ってしまうのである。どう上手いかを確かめながら観なければ、演奏会の愉しみは半滅する。
さて、田山正之氏のピアノである。
一見、ヌーボーとしておられるが、ピアノ演奏が始まると突如として俊敏になられ、あるときは武闘派となられ、繊細さと大胆さを兼ね合わせておられ、氏の演奏はこれが実に良かったのである。
しかも、この人は底抜けに愉しくピアノを弾いている。どんなもんだい、ちっとも難しくはないぜと云いながら、難しい曲を軽やかに弾いている。
それが素晴らしい。見ている人にそのことが直接伝わる。これはもはや芸である。この人のファンになりたいと思う人がいるはずである。
演奏終了後、拍手は鳴り止まず、アンコールでの演目は「鐘」(これも迫力満点。鐘がこんなに素晴らしい曲だとは思わなかった)と静かな曲(これが申し訳ない、題名が分からない)。これも大拍手。
いやはや、やはりクラシックは凄いわ。深沢七郎が悪魔の曲と云った理由が良く分かる。作曲する奴もする奴だが、あんな長い曲を暗譜して演奏するなんて、尋常ではない。それに、体力がなければ無理だ。ピアノは格闘技である。武闘派でなければ勤まらない。演奏が終ると、椅子が遥か後ろにずれているほどだ。しかも、それを軽やかに愉しそうに奏でなければ客は満足しないのだ。
田山正之さんには脱帽しました。これからも氏には頑張って欲しいぜよ。
それにしてもおいらの身近にピアニストなどの音楽家が多いことに気付いた。
おいらの高校時代の同期同窓であるIくんは新日本フィル所属(コントラバス奏者)だし、同じく同期同窓の高田くんのご子息である高田匡隆氏もローマ近郊在住のピアニストである(明日のこの欄で紹介予定)。
また、同じく同期同窓のFくんのご子息も芸大出身で音楽家(作曲家)である。
もう一人、昔、仕えた上司Aさんのお子さんも芸大出身の音楽家である。こうしてみると、どうもクラシック音楽家に縁があるようだ。
明日は、その高田匡隆さんのお話し。
高田匡隆氏を聴いて
昨日の田山正之氏に引続いて、ピアニストのお話し。
本日は高田匡隆氏(77年~)の巻である。
おいらの中学、高校時代の友人(中学時代は毎日のように一緒に遊んでいた)のご子息である。
この友人の家には、その昔、何回か遊びに行った。ご両親が三味線のお師匠さんであったような記憶がある(間違っていたらごめんなさい)。洒落た造りの日本家屋で、ご自宅には粋な感じが漂っていたことを今でも良く覚えている。
その友人は上京して大学卒業後、横浜で金融マンとして働いていたので、匡隆氏の才能は隔世遺伝なのだろう。
さて、その友人から連休中の5月1日(土)の夕方7時20分から9時までNHKFM「名曲リサイタル」でご子息の公開録音があるので、聴かないかというお誘いがあった。
もち、喜んでお聴きしましたよ。
曲は、ストラビンスキー「ペトルーシュカ」とショパン「華麗なる大円舞曲作品第34番」。
さて、この高田匡隆氏のピアノも迫力満点。
実は、このストラビンスキーの「ペトルーシュカ」も極めて演奏困難なことで知られている名曲である。
だが、氏は、いとも容易くピアノを奏でた。しかも、大迫力の演奏である。どれだけ迫力があったかと云うと、FMラジオだから見えないのだが、ピアノが壊れたのではないかと思うほどである。高田匡隆氏も立派な武闘派なのであった。
同時に、高田匡隆氏が心底愉しんで演奏している様子が聴き手のおいらにも伝わり、氏が愉しみながらピアノを弾いている情景がくっきりと目に浮かんでくるのである。
おいおい、クラシックピアニストなんだよ、ジャズピアニストの山下洋輔じゃないんだよと、そんな感じの突っ込みを入れたくなってしまうのである。
FM放送でこれだけの迫力である。目の間で高田匡隆氏を観ていたら、そりゃ凄かったのだろうと思わず考えてしまった(3月25日に渋谷の「NHK放送センター」で収録の由)。
素晴しい演奏である。いやはや、高田匡隆氏には、御見それしました。それほどの超実力派である。
演奏の合間に氏へのインタビューもあり、現在はローマ南東の小高い山の上にあるマリーノという街(ローマ市内)に在住だとのたまわれる。う~む、羨ましい限りである。
さて、昨日と本日のお二人の演奏を見て(聴いて)の感想。
クラシックで飯を喰うのは難しい。それでなくても世の中の景気は悪いのだ。バブルの時代とは違う。企業などによる支援も限られている。
しかし、芸術家として自分の好きなことをし、自分の好きな街に住むことにチャレンジし続ける姿勢は尊いと思う。安易に日本に帰って来て、大学やピアノの先生などになってはダメなのである。そういうのを精神の堕落というのである。
人生は、いつまでも挑戦の連続である。
田山正之さん、高田匡隆さん、これからも頑張って世界で羽ばたいて欲しいぜよ。
高田匡隆氏リサイタル
6月9日(木)、ローマ在住のピアニスト、高田匡隆氏のリサイタル(千代田区紀尾井ホール。写真)に出向いた。
このブログでは高田匡隆氏を既に触れているので人となりのことは再掲はしないが、本当に一見、いや、一聴に値するコンサートであった。
おいらはイージリスニングとして音楽を聴くのであれば、ブルーノートなどのモダンジャズが一番好きである。あまり、考えなくても音楽の世界に入れるからである。同時に脳からアルファ波が出ることがよく分かる。こういうときに小説を書くとノルのである。
しかし、本当に物事に没頭するときはシューベルトやドビュッシーなどのクラシックがよい。BGMとして最高である。だから、クラシックのコンサートは嫌いではない。
しかも、友人の息子さんである。いそいそと会場に到着した。
今回の高田匡隆氏の曲は、リスト生誕200年を記念しての「超絶技巧練習曲 S.139」である。
ん? 練習曲というのは分かるが(わざと難しい曲にしてあることが多い)、超絶技巧というのは何じゃらほい?
それは、曲が始まって直ぐに分かった。
この全12曲は、演奏が困難なものばかり集めているのである。
それが小さくはない会場一杯に響き渡るのである。誰もいない朝方のさえずり声が遠くから聞こえるように澄んだピアノ演奏だと思っていたら、突如、ピアノだけで会場が割れるような立体的な音に包まれる。
しかも、約1時間半の全曲が暗譜。
前にも書いたが、ピアニストは知能派と同時に武闘派でなければならない。肉体が強靭でないと務まらない。ピアノが壊れることがあるというが、嘘ではないと分かる。椅子も後ろにずれる。休憩時間にはピアノの調律をしなければならない。
予定の曲が全て終わっても拍手は鳴り止まない。聴衆を興奮のるつぼに投げ込んだのである。
アンコールに応じた曲は3曲。最後の「ハンガリー狂詩曲第2番(リスト)」は絶品。高田匡隆氏はこの曲を本当に愉しみながら弾いているというのが、前から5列目の席にいるおいらにもよく伝わってくる。堪能したぜよ。
日本での次回公演は9月25日(日)、横浜市磯子区民文化センターでの予定。これも見逃せない。今からそのときが楽しみである。
東京カンマーフィル定期演奏会に行ってきた
先週土曜日、「東京カンマーフィル定期演奏会」に行ってきた。おいらの高校時代の同期同窓であるO君(ビオラ奏者)がメンバーの一人であり、その彼から誘われたのである。
しかし、東京カンマーフィルとはアマチュアで構成するオーケストラ程度としか、おいらは知らないのである。良くは分からぬが(ゴメンナサイ、O君)、会場の「渋谷区文化総合センター大和田」(何故か大和田が名前につく)に出向いた。
メインの演奏はベートーベンの交響曲第3番。いわずと知れた「英雄」である。前奏として演奏会用序曲の定番であるメンデルスゾーンの序曲「フィンガルの洞窟」とウエーバーのバソン協奏曲ヘ長調がある。
指揮とバソンはプロで、松井慶太氏と小山清氏。
さて、会場は渋谷区が運営する立派な建造物でビックリ。ピカピカである。建物が完成して、まだ間がないようだ。渋谷区には有名な「渋谷公会堂」があるので(これも渋谷区が運営)、どうやら渋谷区のお役人は箱物を造るのがお好きなようである。
当日券の入場料、1,500円を支払い入場(全席自由)。
さて、このビル、屋上階にはプラネタリウムまである。おいらはここの音楽ホールの二階席に入ったのだが、ホールには天井桟敷席まであり、この施設だけでも十分観賞の価値がある。
二階席が何故良いかというと、先日の高田匡隆氏のピアノリサイタルで新日フィル所属の、これもおいらの友人であるI君が二階席で観賞していたからである。
そうか、ツウは二階席で観賞するのかとおいらもそれに倣い、今回は二階の前寄りの席で観賞することにしたのである。
二階に上がると、昔、ニューヨークのカーネギーホールの二階席でボストンフィルの小澤征爾を観たことを思い出した。オーケストラの全容が俯瞰できるので、何だか得した気分になる。
さて、肝心の演奏である。これが、なかなかどうして。アマチュアオーケストラと云いながら、立派なセミプロ集団である。指揮者の松井氏も演奏の手綱を全く緩めることなく、また、団員もそれに応えるという見事な出来栄えであった。
この会場でこの演奏。しかも、1,500円。これは贅沢だなぁ。
会場を出ると同期同窓の友人の顔を見付け、そのまま2次会に。クラシックコンサートもその後のお酒もサイコーである(明日はその酒のお話し)。
James Brown死す
あのJames Brownが死んだ。73歳だった(06年12月25日没)。ついこの間まで溌剌としてテレビで生演奏をしていたので、James Brownはひょっとしたら100歳まで生きるのではないかと思っていた。しかし、彼でさえ寄る年波には勝てなかったようだ。
一時期、James Brownの曲に聴き入ったことがある。おいらは好きだったねぇ。It’s a man’s worldは良かった。あの曲には惚れたねぇ。Please Please Pleaseも良かったねぇ。
間違いなく、ソウルの帝王=Godfather of Soul(ファンクの帝王とも言う)である。死因は不明というが、肺炎という説もある。酒と薬の常用者だったから、それが主たる原因かも知れない。
サウス・キャロライナ州の貧しい家庭に生まれた。4歳でジョージア州の親類に引き取られ、強盗団(車上荒らし)に加わり少年院に入所、その後、教会でゴスペルに出会い、音楽に目覚めたという。抜群の歌唱力で頭角を現す。
しかし、まぁ、すごい人ですよ。黒人の魂の叫びを超えて、男の性(さが)を表現させたら、この人には誰もかなわないと思うよね。
88年(55歳)にはドラッグ使用の上、パトカーとカーチェイスして懲役6年の実刑判決を受ける(2年半で仮釈放)。10年後にも懲りずに麻薬で有罪。思い残すことはなかったろうなぁ。ロックの殿堂にも入り(53歳)、92年(59歳)にはグラミー賞特別功労賞受賞。
ところで、ホントに凄いのは、68年(35歳)のときに発表したSay it loudだ。”Say it loud, I’m black and I’m proud.”(大声で叫ぼう。わたしは黒人だ。それが誇りだ。)この年キング牧師が暗殺されるのだが、米国黒人開放運動でこの歌の果たした役割は大きい。何せ、それまで黒人がハーレムから抜け出すには、ボクサーになるかジャズ・メンになるかしかないと言われていた時代だ。彼の歌によって、黒人と呼ばれることが侮辱ではなくなったのだ。
でも、ほんとに死んじゃったのかなぁ。彼のことだから、密かにどこかで生きていて、よぼよぼの爺さんの格好で場末のライブを未だにやっているような気がするんだけどなぁ。
本日から三連休につき、日曜日までお休み
本日から三連休につき、日曜日までお休みです。
写真は、新横浜駅前のプレスリーの店の看板。テレビでも取り上げられたことがあるプレスリーファンのメッカです。
さて、先日「BS朝日」で小林克也の番組を観ていましたら、エド・サリバン・ショーで歌っているプレスリー(1957年当時)が放映されていました。
曲は「Don’t Be Cruel」。今から半世紀以上前のものですが、これが圧巻。
ノリに乗って歌って踊っているプレスリーですが、ブラウン管に決して下半身は映し出されないのです。相当、腰を振っているはずですが、当時の放送コードでは放映禁止なのです。
三島由紀夫がエルヴィス・プレスリーのことを、ぺルヴィス(骨盤)・プレスリーと揶揄していましたが、当時、プレスリーの踊り方は性的にショッキングだったんでせうなぁ。
なお、小林克也の解説によりますと、プレスリーがデビューした1954年当時、プレスリーの奏法(発声法、歌い方)はオリジナルで、それまであのような歌い方をするシンガーは誰もいなかったと云います。当時、ラジオで聞いた人は皆、黒人が歌っているのではないかと思ったそうです。
だから、プレスリーは偉大なのです。オリジナリティに優るものなし。
それでは、皆様よろしゅうに。
平成23年9月23日(金)
謎の不良中年 柚木惇 記す
最強のオーディオ(前篇)
おいらの大学時代からの友人でW君というのがいる。大学時代はお互いの下宿で人生を論じ合った仲である。
現在は、西日本の某市で税理士事務所を開設している少々ユニークな人物である。大学卒業後、一部上場企業の大手ゼネコンに就職したが、サラリーマン生活が性に合わなかったようで、脱サラし、税理士になったのである。
その彼とは長い間、年賀状の付き合いだけであったが(稀に電話したこともある)、今年に入り、これも学友であるT君と共に昼飯を食べることになった。W君が上京したからである。
T君は某県庁に就職し、趣味が山登りである。日本百名山を踏破したという本物の山好きである。W君も年を取って、体がなまらないようにとT君の教えを乞うたようだ。
さて、そのW君の趣味である。
フルトヴェングラー(写真上)の大ファンなのである。
今でこそ、フルトヴェングラーと聞いて「おぉ!」と云う人は少ないが、クラシックの通はカラヤンなど歯牙にもかけないのである。フルトヴェングラーでなければもぐりなのである。
特にベートーベンの第5「運命」はフルトヴェングラーの指揮でなければ運命ではない。
W君は幼少の頃、運命をそのフルトヴェングラーの指揮で聴いて、虜になったらしい。
だから、彼が上京するのはクラシック演奏会を聴くためであり、仕事の合間を縫って、ご婦人同伴で上京したのである。
W君と昼飯を食っての感想は、昔とちっとも変らない男であった。これは褒め言葉であり、竹を割ったような素直な性格は健在であった。
ただ、昔は自分の意見を押し通すことがあったが、彼も社会人であり、少々丸くなったような気がする。奥さんが旨く彼を操縦しているのかも知れない。
とまれ、裏表のない性格で、おいらはこういう友人を嫌いではない。
その彼がフルトヴェングラーを聴くために自宅にオーディオルームを造っていると話したのである。
これは聞き捨てならない。実は、おいらも隠れフルトヴェングラーファンなのである。「いくらぐらい金をかけた」と聞くと、「1千万は下回らない」と返事が返ってきた。
う~む、奥さんはあきれ果てているようであるが、こうでなければW君ではない。
おいらは広島から横浜への帰路、彼の自宅を訪ねる段取りを考えていた(この項続く)。
最強のオーディオ(中篇)
母の遠距離介護で広島から横浜に帰る途中、彼のいる某県庁所在地で下車した。
先週のことである。あいにく当日は雨であったが、彼は自宅そばの事務所まで迎えに来てくれており、二人で傘をさして彼の自宅に向かった。
築20年の鉄筋コンクリート造り陸屋根2階建住宅は瀟洒な住宅街にあり、敷地100坪以上の土地に彼の邸宅は鎮座していた。
当日は、奥さんが仕事で不在であり、W君が炒れたコーヒーとチーズケーキで再開を祝した。
早速、オーディオルームである。
2階の一室が隔離された部屋になっており、広さは間口が約3間、奥行きが4間程度の約12坪(約40平米)。
この住宅は彼の知り合いに設計してもらったというのだが、設計師があまりオーディオのことに詳しくはなかったようで、竣工後、彼がオーディオルームに相応しくなるよう内装をいじったようである(水晶玉をぶら下げているのも音を共鳴させるためのようだ)。
音は反響する(共鳴する)ことにより、生きた音楽を聴くことが可能となるのである。
目を引くのが、とてつもなくでかいスピーカーである(高さが約1.5メートル)。英国タンノイ社製の「ウェストミンスターロイヤル」。2個で約300万円。
おいらが今まで見たスピーカーの中で2番目に大きいスピーカーである。1番目はおいらが通った高校の講堂においてあったスピーカーである。これは桁外れにでかかったが、一般の家庭で目の前にあるような大きなスピーカーを置くことはまず不可能である。
オーディオのシステムを簡単に説明すると、
(1)音源の入力源(プレーヤーのこと)、
(2)アンプ(それを音に変換する装置のこと)、
(3)スピーカー(音のプットアウト)の3つである。
どれも大切であるが、一つだけ選べと云われれば、スピーカーがちゃちだと話しにならないのである。だから、必然的にスピーカーには金がかかる。
これで、W君が音に本気であることがまず分かるのである。
次に、アンプである。
彼はここにもこだわり、真空管アンプはイタリアのユニゾン・リサーチ社製のリファレンスを使っている。使用真空管は845と呼ばれるもの。これが左右の2機で600万円。
なお、真空管の上にアフリカ黒檀とカンカン石(サヌカイトの一種)を載せている。このカンカン石は特注品とのことである。
とどめは入力で、CDではなく、やはりレコード盤でなければならない(CDはオモチャなのである)。
で、レコード盤を回すとなると、レコードプレイヤーがいる。このプレイヤーがスイスのトーレンス社製。
アームは日本製のダイナベクター社(プレイヤーの価格よりアームの価格の方が高い)。
カートリッジ(針に相当する部分)も命であり、たった1個のカートリッジが60万円。カートリッジはデンマークのオルトフォン社製Anna。
凝り性のW君はこれらの機器の他にも金をかけており、締めて1,000万円以上のオーディオなのである。う~む、W君の面目躍如である(この項続く)。
最強のオーディオ(後篇その1)
さあ、いよいよ待ちに待ったレコード鑑賞である。
まず最初は、ベートーベン「弦楽四重奏曲 作品番号131」。
レコード盤である。演奏はブタベスト弦楽四重奏楽団、紐育での録音は1958年頃。
レコードの針がレコード盤に落ちると、懐かしいノイズが聴こえ始めた。
目をつむって聴いていると、澄んだ音がオーディオルームに響き渡る。そう、臨場感は満点である。
すると突然、目の前にブタベスト弦楽四重奏楽団が現れ、彼らが演奏しているような気がしたのである。これはもう55年前の紐育の劇場にいるような錯覚に陥るしかない。
驚いた。こういうのを本物というのである。
実は既に述べたが、当日は朝から雨で(おいらの雨男の本領発揮である)、室内の湿度は高かったのである。
W君によると、音はデリケートであり、湿度に影響されるのだそうだ。端的な例がお風呂の中である。鍾乳洞の中も湿度が高くなるので、響きが良くなると云う。
だから、湿度が高いことがかえって弦楽四重奏曲を実演に近いものにしていたのではないか、と彼は解説をしてくれるのである。
それにしても素晴らしいの一言に尽きるのぅ。
ただ、彼の話しによると、一般的には雨の日は音が悪くなるのであまり聴かないことにしているのだそうだ(除湿をしてもエアコン自体が音に悪い)。
だから、オーディオに良い日というのは、エアコンの必要のない晴れた日なのだそうだ。
う~む、オーディオ道というものは難しい(この項続く)。
最強のオーディオ(後篇その2)
次に聴いたのがいよいよお待ちかね、ベートーベンの交響曲第5番「運命」である。
フルトヴェングラー指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団演奏で1943年録音盤のものである(200グラム重量盤LP)。
解説は不要と思うが、フルトヴェングラーはカラヤンの前のベルリン・フィルハーモニー常任指揮者である。
音楽評論家の吉田秀和によれば、フルトヴェングラーの指揮は「濃厚な官能性と高い精神性と、その両方が一つに溶け合った魅力でもって、聴き手を強烈な陶酔にまきこんだ」とされる。
こりゃ、凄い褒め言葉である。
さて、フルトヴェングラーによる運命は、この43年録音版(戦中)の他にも、37年録音版」(戦前)、47年録音版(戦後)の3種類がある。
丸山真男によれば、その中でも43年録音版が最高傑作だと評されるのである。
本来なら、第2次大戦が終わって自由になった47年録音版の方がのびのびと演奏できたはずなのだが、不思議なのは戦中の43年録音版の方が完成度が高いということである。
これは、毎日のように空爆されているベルリンでの録音、しかも、同世代の者が兵役で非業の死を遂げようとしているのに自分たちは兵役免除という楽団員の緊張感、そして3日前に第5スタジオでの録音の予行演習が行われたことなどによって一分のすきもない演奏が生まれたと云われている。
なお、余談ながら、この43年録音版の音源は1945年のベルリン陥落時にソ連によって接収されている(その後、音源のコピーはドイツに返還されている)。
前説が長くなったが、W邸で聴いた運命は予想を裏切らないものであった。
やや、低音が効きすぎのような気もしたが(湿度のせいかも知れないが、その分、響きが良くなっている)、ベートーベンが表現したかった観念と情念がそのままおいらの目の前で爆発するのを感じることができたのである。
丸山真男もベートーベンの第五を真空管アンプで、しかも、大音量で聴いていたという逸話を思い出し(奥さんから苦情を云われていたそうだ)、おいらもやっと丸山真男の感じた世界の片鱗に触れることができたかと至福のときを堪能していた。
しかし、こりゃ、贅沢の極みだわ(この項続く)。
最強のオーディオ(後篇その3)
W君邸で最後に聴いたクラシックが、ベートーベンのピアノソナタ作品番号106「ハンマークラーヴィア」(演奏、ポリーニ)であった。
このピアノ曲も素晴らしい。
ピアノの音が生きているのである。
W君によれば、先月プリアンプにアースを接続したのだという。それによってノイズが減少し、ピアノの音が澄んだようになったというのである。
おいらは、日頃聴いているCDがどのように聴こえるのかと、当日、ブルーノートジャズの「クール・ストラッティン(ピアノ、ソニー・クラーク)」を持参していたのである。
ところが、このブルーノートと聴き比べて驚いた。モダンジャズのピアノとクラシックのピアノとでは、演奏の完成度が雲泥の差なのである。
もともとCDとレコードとで差があるのだが(CDは下記に述べるように音が単調)、ジャズピアノはクラシックピアノの音の迫力にかなわない、ということを思い知らされたのである。
そこで、最後に、レコード盤とCDの音とを聴き比べてみた。
聴き比べに使ったのは、喜多郎の「シルククロード」のレコード盤とCD。無論、同演奏である。
結論から述べると、CDの音は平板で軽い。それに対し、レコードの音は柔らかく、耳にまとわりつく。立体的とでも云おうか。レコードの音を聴くと、CDの音を聴く気にはなれないから不思議である。
W君の言葉を借りると、CDは2次元の絵、レコードは3次元の彫刻だと云う。まさしく、そのとおりである。
彼によれば、この理由はCDの場合、レーザー光の乱反射により音が固まり、音が波ではなく粒子のようになるからだそうだ。
しかも、トランジスターは複雑な回路により、電流が何度も帰還する。他方で、真空管(3極管かつシングルというタイプ)の場合はほとんど帰還しないので音が固まらず、管の振動によって擬似的倍音が出るのだという。
う~む、難しい理論は分からないが、耳にやさしい、つまり生に近いのは、レコード盤である。
それにしても、ここまで音にこだわるW君には脱帽である。
聴きたい曲があったからこそオーディオを追及してきたW君。これぞ、オーディオ道の王道である。本物と云う意外にはない。
ありがとうW君、良い音を聴かせてもらった(この項終わり。なお、明日は「付録」をお送りする)。
最強のオーディオ(付録)
W君に触発され、BSフジ「たけしの等々力ベース(第51回オーディオ道)」(13年3月7日オンエア)をこの正月に再び観ることにした。
東急東横線学芸大学駅そばの「ホーム商会」(オーディオショップ。写真上)に北野武氏ご一行が訪問し、ハイエンド・オーディオを視聴すると云う内容である。
ハイエンド・オーディオとはいわば究極のオーディオと云う意味で、早い話しが高額のオーディオのことである。このホーム商会は、その手の、知る人ぞ知るオーディオ・ショップである。
W君に会う前に既にこの番組を観ていたので、オーディオへ血道を上げることは不思議ではないと思っていたのであるが、見直してみるとこれが趣深い。
番組の中で紹介していた一番安いオーディオで約70万、最高で約1億円であった。はっきりしていたのは、金をかけるとそのままそれが音の良さに反映するということである。
この番組で示唆を受けた点は、前回まで述べた点に二つ加えることができる。
一つ目は、ケーブル(配線)である。
音は電流となって伝わるので、ケーブル内の電流が抵抗を受けると途端に音が悪くなるのである。だから、このケーブルが電流の抵抗の少ない最高級品になると、音にスピード感、透明感や奥行き感が生じるなどのメリットが生じるのである。
ただし、ケーブルだけで1メートル約40万円などという恐ろしい高額になるので注意が必要である(一番良いのは純銀性だという。だけど、銀だとすごい金額になるんだろうなぁ)。
なお、ハイエンド・オーディオ・マニアの常識として、配電盤やコンセントなどもそれ用仕様のものがあり(同様に電流がスムーズに流れるようにするため)、これも値が張る。
もう一つは、CD用のプレイヤーである。
アナログのレコードの方が実際の音源に近いと述べたが、CDでもそうなるような高額なプレイヤーが用意されていた(約200万円)。
CDはノイズを消すために音源が加工されていたりするのだが(それだけでも音質が悪化する)、そういうものまでも加味して音源に近い音を再生しているのだろう(ここのところの理屈は不明だが、CDでも音は立体的に再現されているようだ)。
北野武氏が1億円のハイエンド・オーディオを聴きながら、音の臨場感が違うと唸っていたので膝を叩いた。
ただし、おいらはこの番組を自宅のテレビのスピーカーで聴いていたのだから、音の違いが分かるはずがない。しかし、それでも違うはずだと分かるのである。
それは、W君邸でおいらがすでに良い音を聴いていたからである。おいらが経験したことは間違っていなかったのだと納得するのである。
それにしても、オーディオ道とは奥が深いものである。脱帽するしかない(この項終わり)。
被爆ピアノ・被爆ヴァイオリンチャリティーコンサートのお知らせ
「被爆ピアノ・被爆ヴァイオリンチャリティーコンサート」が広島県の福山市で開催される(今月25日)。
原爆投下は何も日本人だけを数奇な運命とさせた分けではない。当時、広島に住んでいたロシア人のパルチコフさん(1893年~1969年)もその一人であった。
ロシアのカザニに生まれたパルチコフさんは幼少のころからヴァイオリンに親しみ、社会人になった彼はロシア軍隊に入ったがロシア革命に遭遇、戦禍を逃れ日本にたどりついた。
広島では職がないため、無声映画をバックに愛用のドイツ製ヴァイオリンを弾いていたらしい。その姿が広島女学校(現・広島女学院)の目にとまり、同校の音楽教師となる。
パルチコフさんは女学校では弦楽オーケストラを編成するなど音楽教育に力を入れていたが、大東亜戦争中はロシアのスパイではないかと疑われ当局に連行されるなど苦難の人生であったようだ。
彼が広島で被曝したのは、爆心地から2.5キロのところ。このとき彼の愛用のヴァイオリンも被曝する。
その後、東京に引越し、1951年ごろ米国に移住。以後、パルチコフさんの行方は分からなくなっていたが、86年に娘さんの消息が分かり、同年、広島女学院100周年式典に招かれた彼女がこの数奇な運命に翻弄されたヴァイオリンを女学院に寄贈したという逸話が残されたのである。
ヴァイオリンは痛みがひどく演奏されることはなかったが、同女学院125周年を記念して2011年に修復された。イタリア・クレモナ在住のマエストロ、石井高氏(皇太子のビオラ作製者でもある)がストラディヴァリウスを手本に修復されたという。
今回のコンサートでは、このヴァイオリンに加え日本に2台しか現存しない6歩足の被曝ピアノ(一度もオーバーホールしていない希少品)が福山市にやってくるという。
このヴァイオリンを演奏するのは、日本を代表する演奏家である田野倉雅秋(大阪フィル首席コンサートマスター)氏。被爆楽器とは思えない音色を奏でるヴァイオリンが広島以外での初のリサイタルとなる。
しかし、残念ながらこのチャリティ・コンサート、現段階ではお客さんの予約数が少なく、大苦戦しているという。
当日おいらの都合は悪く福山に行けないので、福山の近隣の皆さま方は是非ともお顔を出されて欲しいと、切に願うものである。だって、おいらの生まれた街でこういうコンサートがガラガラだとしたら、民度が疑われちゃうよ。
お願いします。近隣の方は是非ともご参集を。
<公演情報>
催事名:被爆ピアノ・被爆ヴァイオリンチャリティーコンサート
日時:2014年11月25日(火) 17:15開場 18:00開演(演奏は18:45~)
場所:リーデンローズ福山 大ホール(福山市松浜町2-1-10)
入場料:全席自由 3000円
プログラム:
【プレトーク】18:00~18:30
「被爆ピアノと被爆ヴァイオリンのお話」石井高氏(イタリア在住のヴァイオリン製作者)矢川光則氏(矢川ピアノ工房)
【演奏】18:45~
ベートーヴェン ヴァイオリンソナタ9番「クロイツェル」
ベートーヴェン ピアノソナタ14番「月光」
ショパン ノクターン 遺作
ショパン 幻想即興曲
ショパン バラード4番
ブラームス ヴァイオリンソナタ3番
ピアノ: 横山幸雄
ヴァイオリン: 田野倉雅秋
※公演の収益の一部は2014年8月豪雨での広島土砂災害被災者への義援金の他、福山近郊の子ども達の育成のための寄付に使われる予定。
※チケットのお取り扱いは、リーデンローズチケットセンター、スガナミ楽器本店、天満屋福山店8階プレイガイド、福山北ライオンズクラブほか
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