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昭和区川名本町の飯田街道沿いにあり、神前結婚式に大変力をいれている 女性宮司さんがおられるお宮さんの奏楽を、師匠より頼まれましたが 生憎、土曜日は 午前、午後、夜間と 全ての予定が埋まっていて もうこれ以上はどうすることも出来ないようになっています。 残念ですが、他を当たって下さい。 写真画像は、私が今日奏楽した式場で、今日の日記の記事とは全く関係ありません。 伊藤 繁のiPhone4s
2012.04.15
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2012.04.13
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津島市の桜の名所といえば、誰でも 天王川公園 と思います。 地元民は単に天王川とも言いますが、 川ではなく今は池です。 江戸時代は川だったんですよ。 だからこの池は天王川なんです。 伊藤 繁のiPhone4
2012.04.11
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津島神社では、毎年4月1日~13日まで太々講社神楽祭で毎日二回御神楽を奏楽します。この時に宮司さんの祝詞の後に最初に奏楽するのは八雲舞といい、榊を持った四人の巫女による神楽舞です。この舞は、大正15年に津島神社が国幣小社に昇格したのを記念して、昭和二年に当時の宮内省楽師の多 忠朝(浦安の舞の作曲者)氏に作曲作舞を依頼し、今日まで続いているものです。詩は、津島神社の御祭神である、須佐之男命が詠んだとされる、我が国最初の和歌八雲立つ 出雲八重垣 妻籠めに 八重垣つくる その八重垣をの詩に神楽笛と篳篥の伴奏を付けたものです。また、舞装束は、巫女の神楽装束に、袖や後身頃には津島市の花である藤のプリントがあります。八雲舞の後は、其駒で神職による人長舞をします。この後参拝者に直会のため、御供の鯉を拝殿に下ろします。これは江戸時代に、今の津島市中一色町の御贄組(おにえぐみ)が尾張藩から日光川の漁業権を拝領し、津島神社に鯉を奉納したのが始まりとされています。また、珍しいことに御供の鯉は、津島神社神職による真魚箸料理(まなはしりょうり、鯉に触れることなく金属の箸と庖丁により切身にする)として、参拝者に御神酒のあとに直会として出されています。また、その味付けは巫女さんの担当で、大根下ろしに酢と少量の塩で川魚特有の臭みを感じることなく、いただけるようになっています。この津島神社太々講は、少なくとも室町時代までさかのぼる事が出来、豊臣秀吉の母(大政所)も講社の講員として名をつらねているとの事ですが、明治時代になり社家制度の廃止と布教師である御師の衰退により、明治の中頃から津島神社の付属講社となりましたが、まだ今だに遠方からの参拝代参の取りまとめをする御師の末裔が二軒存在し、津島神社太々講の歴史を今に伝えています。この二軒の方々をはじめ、多数の関係者の方々にはには、これからもずっと津島神社太々講を支えていってほしいと願っています。伊藤 繁のiPhone4s
2012.04.11
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左側に拝殿、右が天正20年(1592)豊臣秀吉寄進の楼門です。今日は風もなく春らしい穏やかなお天気です。 桜は写ってないですね。 伊藤 繁のiPhone4s
2012.04.09
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津島神社の西回廊です。津島神社の神社建築の様式は尾張造の代表的なものとされています。画像最奧は、慶長十年建築の御本殿です。雨漏りするようになったため、創建400年記念で屋根の葺き替え工事をしました。檜皮の厚みは1m以上ありますよ。伊藤 繁のiPhone4s
2012.04.07
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豊臣秀頼寄進の南門付近の桜です。津島神社境内には桜の木は多く有りませんね。伊藤 繁のiPhone4s
2012.04.06
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結局、昨日はメール返信によるブログ更新は失敗しました。 今日はどうでしょうか? メールで送信するには、写真画像のデータが重すぎると思いますが、どう圧縮するかが問題です。 今回は、スクリーンショットを写真画像として送信することにします。 津島神社南門手前左側にある 境内末社 照魂社です。 五分咲きくらいです。 伊藤 繁のiPhone4s
2012.04.06
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豊臣秀吉の病気平癒祈願の為、豊臣秀頼から寄進された津島神社南門です。伊勢湾台風の時に杉の大木が寄りかかり倒壊、解体修理の時に秀頼寄進の墨書きを発見した。桜は二部咲きほどです。津島神社境内摂社 弥五郎殿社です。伊藤 繁のiPhone4s
2012.04.05
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今朝の中日新聞尾張版に 海部郡(あまぐんと読みます)飛島村の神社で社殿約20平米が全焼との記事を読みました。 実は、T島神社では、毎年4月1日から13日まで、毎日二回 太々講社神楽祭 というお祭りをしています。 これば、江戸時代に津島神社(江戸時代は津嶋牛頭天王社)の御師(おし=布教師)が疫病除けに諸国を回り、お札を授けたり参拝を促したりして、たくさんの参拝者に宿坊にもなる御師の家やなどで神楽を見せたのが始まりとされ、いまだに泊りがけでの参拝者が多数あります。 今日の太々講は午前中で終わったのですが、 宮司さんが 今から飛島にお見舞に行ってくる。 と言われたので 火事のですか? と、聞いたら 全焼だっていうから午後から行く って。 私は、地元の消防団に所属していますが、 火事は、注意すれば防げる災害です。 空気が大変乾いていますから、火の元には十分に注意して下さい。 伊藤 繁のiPhone4s
2012.04.02
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