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唐津街道赤間宿のトク女、平成20年1月25日逝去。齢85、心筋梗塞にて、25日早朝、昇天。通夜は、1月26日、午後6時から、旧3号線沿いの赤間駅近くの善光会館、葬儀は、1月27日、昼12時から、旧3号線沿いの赤間駅近くの善光会館、~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~母を失うってのは、実に悲しいものだ。母の写真を「故人を偲んで」パネルにと整理すると、なかなかのかわいい女であったことを改めて痛感。伯母、父、母の3人で我が家を席巻、リードしてきた。えびす屋再興の功労者だ。この3人には感謝、感謝、感謝の日々だ。(有)えびす屋の2代目社長を1代目(文武)没後17年間、やってきた。我が家の象徴(シンボル)だ。さびしい。返す返すも、福の神を失った気分だ。今夜は通夜、またしっかり寄り添って寝るか?昨夜は仮通夜。座敷に2人して寝た。隣の部屋には息子。さあて、こんばんは誰が付き合ってくれるのか?
2008年01月26日
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1月11、12日の東海第5高等学校の伝統行事「24時間80キロ耐寒行進」が、30分間、FBSの「めんたいワイド」にて、4時10分より放送されます。みなさま、是非、見てください。私も見たいですが、不動産屋の店番もあります。ま、不動産屋の店番より、24時間耐寒行進をみるべきものでしょうね。感想は、このブログへどうぞ!多分、私は2,3秒しか、テレビには映らないでしょうけど。ちゃんと、私も完走、完歩しましたヨ。
2008年01月24日
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ビッグニュースが2つ。1つは、本日丁度お昼ごろ、授業の合間に航空券購入の現金を家に取りに帰ったら、TVタレントのお笑い芸人・ハナワを見つけた。唐津街道赤間宿にて。私の家は築270年だから、いつか来てくださいと、私の名刺を渡した。ま、来ることは、ないでしょうが。2つ目のビッグニュースは、明日(1月17日、木曜日)の3時から4時の間のFBSの「めんたいワイド」に、11日~12日の24時間80キロの東海第5高校の耐寒行進が15分間、取り上げられる。当日は、ほぼ24時間、カメラが回っていた。それが放送では、たったの15分間に短縮される。私も、出てることは出てるでしょう。ほんの何秒でしょうけどね。余裕のある方は、ぜひ見てください。そして、このコメント欄に投稿してください。
2008年01月16日
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名護屋城跡は東松浦半島の北西端にある。朝鮮出兵を企図した豊臣秀吉は1591年秋に築城を開始。半年もかけずに完成させる突貫工事で、桃山時代の技術の粋を集めた城郭を出現させた。諸大名の軍勢は城の周囲百数十箇所に分かれて陣屋を設けた。朝鮮半島への遠征軍は約15万人、留守部隊は約10万人規模。商人らも合わせると20万~30万人の町がいきなり、静かな農漁村に生まれたのだ。 唐津市中心部から名護屋城跡まで挑戦出兵の大軍が進んだ道が、太閤道。沿道には数々の言い伝えがある。 佐賀銀行に勤める馬場良平さん(57)は、太閤道のルートをたどる作業を2003年ごろから始め、毎年のように歩く会を企画してきた。 4百10数年前の出来事が東松浦半島の人々の心の中に今も刻まれている。 この地に佐賀県立名護屋城博物館がある。侵略の拠点になった不幸な歴史から学び、日本と朝鮮半島との「交流・友好の拠点」となることをめざし、1993年に開館。現在は韓国の国立晋州博物館と学術交流を重ねている。 大陸との接点・唐津街道には、海を隔てた戦に絡む史跡が多かった。これらを真摯にとらえ、友好と平和にどう結びつけるか。冷静さ、謙虚さ、そして何より懐の深さのようなものが問われると感じた。(終わり)編集委員=須貝道雄(58)、
2008年01月14日
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1月11日午後4時から、1月12日午後4時まで24時間80キロのたびに挑戦した。東海第5高校電燈行事だ。34年間継続して行われているという。生徒参加は36名(男子31名、女子5名)で、出発した。教師は18名と言われていたが、途中参加もあった。教師の完走は10名か?私は58歳にして、初挑戦、そして、体感、快感、完走成就。万歳、万歳、万歳。足を引きずりながらが4分の1ほど。生徒の「やりぬくぞー!」という根性に圧倒された。若者の根性に影響を受けて、私も何とか、24時間80キロという自分ができるなんて思いもしなかったことができた。24時間100キロマラソンというテレビ番組もうそではない、ほんとに普通の人間がやれる、できるということを肌身で体験した。24時間100キロマラソンの方が、後方部隊の支援があるから、効率的に実行可能でしょう。集団行動だと、待ち時間は長いし、横にはなれないし、足腰を揉んでもらうわけにはいかない。だから、私は24時間100キロマラソン(テレビの主役)の方が楽だと感じた。教員は生徒の世話もしなくてはならない。それで、24時間80キロは上等だ。やったー、東海第5にいたからこそ、挑戦できた記録だ。嬉しくて、嬉しくて、飛び上がってしまう。
2008年01月13日
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