心の健康

心の健康

PR

×

フリーページ

2007年09月28日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
生き方の哲学ー8 ulalan@ 浦蘭 嶋多朗「みおつくし」10月号より

最近、異常と思われるほど起きている親殺し子殺しという事件は、何でしょう。
常識的に考えてみても一般的には想像できない現象です。
きっとどこかで何かが狂ってしまったのでしょう。
支配・被支配二層構造というものが、いつの間にか家族の中で大きく変貌し、発展し、自己制御できない状態にまで人を豹変させるエネルギーとなって、人の心を蝕んでしまっているのでしょうか。
そして、世襲・相続制度というものもかかわっているのかも知れません。
たとえば、家柄、家系、跡継ぎや子孫繁栄、果ては親の見栄などの押しつけによる強制的な教育を親が子供に対して無理強いし、子供がそれらの親に対して反感を持ち、反抗的な意識を殺意として鬱積させてしまうのでしょうか。
自分にとって邪魔な存在を抹消したいという願望が殺意という形に変貌し、解放されたい気持ちの蓄積が限界に達した時、事件は起きるのかも知れません。
また、反抗的な子供に対して、親がコントロール不能と決め込んだ時には、親が子供に対して事件を起こすかも知れません。
この様な現象が会社や職場に発生すれば、普段はごく普通の社会人が通り魔的事件を起こしたり、無差別的な犯行に及んだりする場合もあるのでしょう。
人によっては自己嫌悪に陥ったり、コンプレックスとして心に宿れば被害妄想的になったり、心療内科のお世話になる人もでてくるかも知れません。
不平不満を心に蓄積させた子供が学校へ行けばイジメ的事件も起こすでしょう。
少なくとも社会や学校などへ、ストレスのはけ口を求めるようにさせない為にも、最低限、家庭内での不平不満の鬱積は避けたいものです。

人類は宇宙の法則を無視し、自然界の法則を混乱させ、地球のあらゆる生物や動物の掟を破り、科学と知性を盾に、自分達の住む地球上のあらゆる法則や掟を崩壊させてきました。
これは人類の産みの親である地球に対して、感謝の気持ちを意識しながら生きていないということです。
そして、いつの間にか人間同士は支配・被支配二層構造による錯覚の中で、支配階級の連中だけの都合に合わせた決め事の矛盾と歪みによって争いや混乱、闘争や戦争が絶え間なく続いています。
不平不満やストレスのはけ口は色々なところに様々な形で現れます、アルコール依存、酒乱、ギャンブル狂、借金地獄、現実逃避、虐待、イジメ、自閉症、鬱病など、原因不明の病としても出てくるでしょう。
それらがエスカレートすれば恐ろしい事件にも発展します。

極端な話しになりますが、自分は金持ちだ、貧乏だ、幸せだ、不幸だ、支配者だ、被支配者だなどの区別や差別は人間が作り出した錯覚の決めごとです。
地球上の生き物や動物と一体になって捉えれば、このような区別も差別も本来は無いものです。
物質を持つ持たないの違いはあっても、寝て食べて動く毎日の生活、産まれて生きて、病気になったり死んだりは全ての生き物に同等にあるものでしょう。
そんなことを考えると貧富の差や幸不幸の差などは大した問題ではなく、生き方そのものをどう捉えるかが一番大きな問題なのかも知れません。

色々な問題が生じるところに言葉のやりとりがあります。
知性のある人間だけが特権のように使っている言葉かも知れませんが、意思の疎通、伝達手段としての言葉を過信してはいけません。
他の生き物や動物達も使う鳴き声などによる伝達手段のボディーランゲージは83パーセント意思の疎通が可能ですが、言葉の疎通可能率は17パーセントしかありません。
知性を伴う言葉は便利な伝達手段と錯覚していますが、実は動物的本能や潜在能力を発揮したり引き出す阻害要因になっているのです。

子育てができない親が増えている。
特に女性は生理的なPMS、ノイローゼ、パニック症候群なども伴って育児放棄なども発生します。
ここでも知識というものが障害になっている場合があります。
知識と情報だけで生きている人と、知識を知恵として吸収している人では違いが現れてきます。
生き物には本来、本能的に持ち合わせているはずの子育てを、マニュアル重視の情報知識に依存し過ぎてしまうため、マニュアルに無い状況状態になるとパニックに陥るのでしょう。
またしても極端な話しになりますが、動物の世界では子供を産んでから暫くは本能的に生き延びるマニュアルをひと通り教え込みますが、後は突き放すように独り立ちさせます。
つまり、独りで生きることを自覚させるということです。
現代社会の人間はこの一番重要であるはずの本能的に生きる要素を教え込まず、多数派や集団に属して平均的に生きることや常識的に生きること、そして、支配者側に少しでも気に入られる方法ばかりを教え込みます。
最近の人間社会は産まれてきた子供に対して知識や情報、過去のデータ的なマニュアルに依存した育児、子育て、教育をしようとして、他の生き物や動物のように本能的な生き方を教えようとしない為、育児、子育て、教育に行き詰まってしまうのかも知れません。
会社や職場においてもそれは言えることで、現代の情報社会であまりにもマニュアル人間、デジタル人間が増え、動物的本能を重視した少数派アナログ人間を無視し、目立たない片隅に追いやってしまうため、情報知識では得られない環境状況では対処する能力を発揮できず、解決方法も見つけられず、危機管理能力さえも失われてしまう場合があるのかも知れません。

最近、私のところへ来る悩み相談で増えているのが、引きこもり、無気力、ニートなどで、現代社会で様々な形で自立できずに生活を送っている人々がたくさんいる様です。
目的や目標もつかめず、生き甲斐をも発見できずに、手探り状態で毎日を過ごしています。
短期で解決する人もいれば、かなり長期にわたって抜け出せずにいる人もたくさんいます。
漠然とした言い方になりますが、自分の内なる想いに目覚められず、何に対しても意識する意欲が湧かないのでしょう。
自我意識があっても、それを自分の内面に閉じ込め、ネガティブな思考に発展させてしまい、悪循環を繰り返しています。
改善させたくてもそれぞれの環境や状況が様々ですから、全てに通ずる統一した解決法がなかなか見つかりません。
特に外部からの説得や意見などを受け入れにくい精神状態の為、解決に導くのは困難なようです。
結局、本人が自立への意識に目覚めさせる環境をつくったり、そのような環境での生活習慣を気長に馴染ませるような方法しか無いようです。
特効薬的解決策も無いまま、本人も家族も、周囲の人も手探り状態のまま今後も増え続ける傾向と思われます。

人は産まれてくる時も一人、死ぬ時も一人なわけですから、日々生活して生きるのも、つきつめれば一人です。
それぞれ一人一人が常に自立に目覚め、自覚と覚醒を常に意識し、生と死への意識を持ち続けることが大切なのでしょう。
人生を生きるということを少し掘り下げて考えてみると、未来の自分に100パーセント確実におこる出来事は死ぬことだけです。
にもかかわらず、金銭欲や物質欲、名誉欲や権力欲などを自分はどれだけ多く満たすことができるかなどと、多くの人は将来起こるのか起こらないのか判らない不確実な事に振り回され、悩んで生活しています。
確実に生きるということは死を常に意識し、直面しながら、今ここを生きることだけです。
しかし、多くの人は死を恐れ、遠ざけ、忘れようとしながら不確実の世界で不安を背負って生きています。







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2007年09月28日 22時12分07秒
コメント(2) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


Re:生き方の哲学ー8 ulalan@ 浦蘭 嶋多朗「みおつくし」10月号より(09/28)  
basgaido  さん
こんばんは。久々にご登場されて安心しました。
まさに戦国時代の生まれ変わり。だからこそ親子の愛をもう一度取り戻さないといけないと自覚することなんだと思っています。 (2007年09月28日 23時27分52秒)

Re[1]:生き方の哲学ー8 ulalan@ 浦蘭 嶋多朗「みおつくし」10月号より(09/28)  
ulalan@  さん
basgaidoさん
>こんばんは。久々にご登場されて安心しました。
>まさに戦国時代の生まれ変わり。だからこそ親子の愛をもう一度取り戻さないといけないと自覚することなんだと思っています。
-----
本当にね~世の中
どうなっちゃったんだか
困ったもんですね、、、
理解できないニュースが
多いですよね★
(2007年09月28日 23時46分47秒)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: