全101件 (101件中 1-50件目)
世界中で山が噴火してる。去年よりも一昨年よりも、ずっと目に見える形で起こっている。異常気象もすさまじい。最近では中東諸国に雪が降って積雪、南米ブラジルのサンパウロでは、アメリカのカリフォルニアよりも深刻な水不足になっていて、六月にも貯水している水が枯渇するそうだ。 日本も噴火、地殻変動、事件、消えていく動植物などあるけど、この国は静かだ。平穏ではなく静寂。不穏な静寂だ。目をつぶればよく分かるが、去年よりも一層濃くなって、のし掛かるように重く、重圧的になった。こんな空の下で懸命に生きていらっしゃる人達には頭が下がる。 空は静かな一方で、世間はざわめきが強い。狂ったような叫び声が四方八方で飛び交っている。人間同士、共食いで生き残ろうとした結果が今の世。殺人は日課のごとく、誹謗中傷は日常会話に含まれて、歩くたびに世界が壊れていく。 世界が壊れていくといえば、太平洋は死の海となった。目に見えるニュースを挙げれば、溶けてアメーバのように死んでいったヒトデ、餌となる魚がいるはずなのに今現在進行中の餓死していくアザラシなどがある。目に見えないところではもっと悲惨な状況になっていることだと思う。これもすべて、愚かな人の所業。始めから終わりまで、どうしてこうなったのか、人類の種としての存在意義を疑う。 僕も愚かな人類のひとりだ。もしかしたら、もっとも愚かな部類に入るひとりかもしれない。大切なことを気づかせてもらっておきながら、己の愚かさから抜け出せないという始末。昔のように悩むことがなくなったぶん、自分の脆さがよく見える。人間ひとりじゃ生きていけないという意味を痛感しつつ、毎日罪を犯して人にすがり、その罪から逃れるように必死になって謝罪と感謝をしながらこそこそと息をして、生かされているのが僕だ。分かっていながらもやるという愚かさ。だけど、この生き方で行こうと決めたのだから、最後まで、死を与えられるまでそうするだろう。少なくとも昔みたいに異常な苦しみの果てに逃亡したり、精神を病んで壊れ掛けていたときよりは肩の荷が軽い。もう時間はほぼないだろうから、残された時を自分なりに消化するのみだ。 もし、この瞬間から全人類が共食いを止めたらどうなるだろう。少しはこの空の静寂さも晴れたりするのだろうか。夢でもいいから、人類が本来在るべき生物として生かされている世界を見てみたいが、今となっては漫画か小説の想像上にしか存在しない理想郷というやつだ。そしてそこに想像を馳せるのも、もはや現実逃避。これは当たる当たらないで騒がせてる予言者の人達や、人類を美化して神や地球との共振をはかる盲信者の人達が言ってることと同じニュアンスになるからやめとこう。同じ愚か者でも、僕はそういう人間にまで落ちぶれたくない。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 然る方へご挨拶。私の浅はかなことで終わってしまい、お礼を言えず仕舞いだった方に感謝いたします。日々お忙しい中、苦しみの中を漂っていた私の心を救ってくださいましてありがとうございました。すべてが終わる前に、せめて一言、この場で感謝の意を表したかった次第でございます。私は今も脆くて愚かな罪を重ねる人間ですが、それでもあの時救っていただけなかったら、今以上に取り返しのつかない過ちを犯していたと思います。遅すぎて今更ご迷惑かとは思いますが、本当にありがとうございました。
2015年04月26日
コメント(3)
もはやちょっとした内戦状態にあるウクライナ。警官隊と野党支援者+市民の衝突によって100人近くが死んでる中、逃げ出したヴィクトル大統領の豪邸をデモ隊が占拠したとのこと。 ttp://world.time.com/2014/02/22/protestors-frolic-in-ukrainian-presidents-abandoned-house/photo/anti-government-protest-in-ukraine-7/ 自分達の主張をぶつけ合って、殴り合い、燃やし、殺して、大統領の豪邸とはいえ人の家を侵略してこの笑顔である。殺して奪って観光とは人間らしい。これが人なのだろう。子ども連れが一杯写ってるけど、この子どもらはここで人間が勝手に作りあげた『正義と悪』のご都合思想を植え込まれることになる。そんで、こいつらが大人になってまた同じ事を繰り返す。記念にかなんかしらんけど、写真撮ってる人達はなんなんだろーね。自分の狂気を写してといてお守りにでもする気かな。衝突の渦にいる人達、そこから我先にと逃げ出す人達、渦の外から眺めて血を滾らせる人達、どれもこれも同じだ。 他の星に人類と似たような生物が居ないことを祈る。
2014年02月24日
コメント(0)
この世は人の意識の表れ。己の中をそのまま目に見えるような形で映しているだけ。もう、どこもかしこも人の狂気が渦巻いて、笑みが邪を生む狂喜へ、悲しみが破壊を生む狂乱へと変わってる。これから先、人類の未来に明るい光が見える・・・などと言ってる自称予言者的な人達はその目をどこに向けてほざいてるのだろう。想像はフィクションに留めておくべきだ。 気の毒なのは動植物達。もうひたすら謝るしかない。でもそれは許しを得るために謝るのではない。もともと許されないことをやっているのだから、謝ったところでどうにもならない。じゃあなんのために?・・・なんて考え出したらアウト。人の思考ほど都合のいいものはないのだから。 一日が終わるごとに風船が膨らんでいく。限界なんかないし、底なしだから、膨らむほど強大に渦巻くのだろう。この栄養源が人の狂気と愚かな意識というのだから何一つ笑えない。しかもそれを止める術すらなく、手遅れだということにすら気づけない。僕もまたその中の一匹か。巡り巡って・・・というのはこういうことなんだろう。 もう二月が終わる。愚か者でも「うへえ」と嘆いた混沌の月が過ぎる。 次は三月か。二月の天災をヘラヘラ笑っていた人達が項垂れる月。 この月を無事に生かされたら感謝。明日一日を生きられたら感謝。
2014年02月22日
コメント(0)
世界各地で崩落していく地面だけど、今回はそれらと同様に形成されたものなのかは不明。写真の家は地割れと共に割れて、崩壊の危険があるとのこと。この他にも別の地域で沢山シンクホールができているようで、長く降った雨が地面に染みこんでいる影響もあって、地割れやシンクホールによる崩落の危険性が増しているそうです。 ttp://www.express.co.uk/news/nature/460423/Sinkhole-HELL-Sixth-huge-chasm-appears-and-this-time-it-rips-apart-a-home 遠い国で起きている事だからといって笑えない。穴は日本でも空いてる。というか、確実に地面が落ちて、地表が割れているこの星。 自業自得でありながら、それに気づけないという愚かさが恐いところ。やはり晴れていても、晴れていない空模様は相変わらずです。
2014年02月20日
コメント(0)
もう晴れないのではないかと思われるこの空。いかに太陽が燦々と降り注いでも、風は猛烈で、森は静まって、地面は大きく震える。そんな濃厚な気配が目前に迫っている感じ。人類にとっては無限に思える宇宙のたった一個の星の中で、そこに住まう人間のかなり下ぁ~の下の意識に居る僕にとってはあまりに巨大過ぎます。 人はますます狂気まっしぐら。普段の生活でさえ血生臭いのに、今回の大雪天災でそれが如実に現れてる。もう無茶苦茶だ。テーブルに滴らせた一滴の雫が多方向に飛散するように、一斉に沢山の狂気が噴き出てる。きっと過去の天災でもそうだったんだろう。小競り合いや戦争も然り。何かが起こったり、生まれたりするとそうなる。吹き出物の器だ。圧せば膿が出る。そんで汚れる。何もかも。 マジでスゲー世の中。
2014年02月19日
コメント(0)
上空が静かなだけ、非常に重い。息苦しいのはそのせいか。鳥の囀りも、木々の囁きも、まるで届かない。とにかく重い。 ttp://piccolaeraglaciale.wordpress.com/2014/02/16/violenta-tempesta-di-neve-e-abbondanti-nevicate-sottomettono-il-giappone/ 先週、今週と他国と同じような大雪に見舞われてる日本。同じ日本で、同じ雪空を見上げているはずなのに、それでも笑っている連中がいる。「わーい仕事が休みになる」「外に遊びにいけねー」豪雪で孤立してしまった方々の目の前で言うべき。それでも「オレ関係ねー」と笑うなら、この次はその人達が痛い目に遭う。 そうやって輪が広がっていくのだろう。人の心がどう傾くかによって、ちょびっとだけ行く先が変わるのかもしれない。結末は変わらないだろうけども、大事なのはそういうことではないだろう。 結局人は手遅れになっても、それでも最期まで生きなければならないということです。
2014年02月17日
コメント(0)
恐れ故か、脆さ故か、愚か故か。とにかく手遅れ。つくづく自分のアフォさ加減に笑える。禅を組める時間に感謝します。 色んな国々で寒波や熱波に見舞われている一方、インドネシアは火の嵐。蓋が開いたかのように次々と山が噴火している模様。元々火山大国だから日的・・・などと思ってはいけない。 ttp://world.time.com/2014/02/14/mount-kelud-erupts-over-100000-evacuated/ ttp://piccolaeraglaciale.wordpress.com/2014/02/14/indonesia-si-risveglia-il-vulcano-kelut-con-una-grande-eruzione/#more-8163 ttp://piccolaeraglaciale.wordpress.com/2014/02/14/guatemala-aumenta-lattivita-del-vulcano-santiaguito-2/ 騒がしさが増していく。 頭が重い。
2014年02月15日
コメント(0)
荒れてるとこちらも荒れるのは脆さゆえ。これも正さなきゃならない。 ttp://www.express.co.uk/news/nature/459694/More-chaos-looms-as-a-fresh-storm-swoops-in 前代未聞の嵐が次々と襲っている英国。人が吹っ飛ばされたり、物がぶっこわれているのは当然として、何が混沌なのかというと、今現在嵐の真っ直中にいらっしゃる方々の阿鼻叫喚とした様。押し寄せる高波や川の氾濫によって街を沈めている洪水の数々によって、物資の取り合い等が起こってる。しかしこんな大天災に見舞われても先立つものはまず金なのか、余所から盗んだ土嚢を売って儲けに走ってる人がいる模様。何よりも住民を守るべき自治区評議会が「土嚢四パックセットを支給するから金払え」なんてことを言ったりなんかして、非難されてるようです。 ttp://www.express.co.uk/news/uk/459604/VIDEO-It-s-not-glamorous-Brave-but-funny-moments-reporters-battle-UK-megastorm そんな超嵐のレポートをしているメディアの人達。動画の最後に映されてる海岸?この一場面で嵐の恐ろしさが十分に伝わってくる。こんなの毎年台風に見舞われている日本じゃ当たり前・・・などと鼻で笑う方々。ご自分の番が回ってきてないだけで、その内痛い目に遭う。
2014年02月14日
コメント(0)
ttp://nation.time.com/2014/02/12/sinkhole-swallows-corvettes-at-car-museum/?iid=us-main-lead アメリカのケンタッキー州でシンクホール。国立コルベット博物館の中で空いたらしい。深さ40フィート(12メートルぐらい)。展示していたクラシックカー8台を呑み込んだそうです。 野外屋内どこにいても、どーにもなんねー。 アメリカも氷の嵐に見舞われて英国と同じ。かたや日本は、すでに先日の猛寒波を忘れかけてる始末。「やべーやべーまじやべー」はその時限り。そしてまた次も同じ事を繰り返す。だから終わらないんだろうなぁ・・・。 などと書いているけど、自分もその中の一匹だということを忘れてはいけない。所詮は愚か者で在る以上、同じ穴のムジナである。 空を見よ 己を知れ もはや許されない。
2014年02月13日
コメント(0)
ttp://www.express.co.uk/news/uk/459302/Red-weather-warning-issued-for-Britain-as-huge-Atlantic-storm-smashes-into-UK-at-120mph 英国を襲う嵐。その凄まじさは↑の記事に掲載されてる写真の通り。毎時90マイルの風(風速40メートル越え)で家や木々が根こそぎ倒されて、各地で停電、高波で皆との防波堤がぶっ壊されてる。洪水で街が沈んでいるのは前回と前々回の嵐から継続中。各交通機関がストップしてるのは言うまでもなく。 凄まじい。んで何よりも怖いのが、これが終わらない嵐だということ。英国の気象予報だと、次の嵐もやってきていて、嵐は終わらないと言ってる。 防波堤が壊れる様を見に来た連中の写真が映ってるけど、見物してる場合かね・・・。
2014年02月13日
コメント(0)
夜はよく荒れてる。周りの音が静かになるせいか、余計に。 ttp://www.express.co.uk/news/uk/459220/M2-sinkhole-Huge-15-foot-chasm-opens-up-on-motorway-causing-travel-chaos もはや世界中で広がっているシンクホール。↑の穴はちょっとでも左右どちらかの道路で空いてたら大変なことになってたな。高速道路なもんで、突如できた穴を回避するのはほぼ無理だろう。真ん中で命拾いしたと思う。 ttp://world.time.com/2014/02/09/marius-giraffe-copenhagen-zoo/?iid=obinsite それともう一つ。健全な種の保存のためとか、偏った遺伝子の継承を防ぐためとか、いわゆる数調整のために殺され、客の前でその死体を解体し、その肉を園内にいる肉食獣の餌にしたという記事。 金とご都合と気分によって世界中を破壊していく人という種。このように飼育下に置いてある動物さえご都合で殺す。 どっかで「全ての物事をうまく運ぶにはこうするしかないのです。ご理解下さい」って書いてたのを見た。 そりゃ殺したキリンに言いなさいよ。批判が集中しようがなんだろうが、要は動物園の収入があって、そこで働く従業員のおまんま食べられたらそれでええんでしょう。コレ人の世の縮図だ。人間が愚かであるということが一発で分かる縮図の一例だ。本質を映した人間の鑑だ。 愚か者がこれ以上言うことは許されないけど、記事の一番したに掲載されてる殺処分される前のキリンが、彼にとってはいつもの日常と変わらず「やあ」と挨拶しているのがわかるかい? 決して無邪気に「何コレ?」とカメラを見ているわけじゃない。
2014年02月12日
コメント(0)
これからは体内に頂くものも考えなくてはならない。いくら感謝しても、口にしていいものといけないものがあるのを忘れてはならない。全く愚かだ。 ttp://www.express.co.uk/news/weird/459017/Cow-rescued-in-four-hour-mission-after-getting-stuck-in-mud イングランドのアイリッシュ海に注ぐルーン川の辺で、牛さんが泥沼に嵌って動けなくなってたのを救出したとのこと。 なんでも引き潮でドロンドロンの沼地になってた場所で脚をとられてたらしく、住民が発見したときには頭以外の全部が埋まってた模様ですが、消防隊、RNLI(ボランティアで活動されている救助、救援組織)、沿岸警備隊などの方々が約四時間かけて救出したようです。 しかし牛の巨体もさることながら、時間の経過と共にアイリッシュ海から上がってくる潮に悪戦苦闘したようで、この三つの組織と各分野の専門家の知恵をしぼって、なんとか引っ張り上げたとかなんとか。写真に特殊車両が写ってるけど、周りにも色んな重機を引っ張り出しているみたい。
2014年02月11日
コメント(0)
今日は昨日、一昨日より少しマシ。空は薄雲に覆われていて、ちょっと穏やかじゃない風が吹いてる(風速の強さでなく)けど、それでも昨日、一昨日のざわめきよりはマシ。あくまでも今現在の状況としてだけど、時間の経過で形が変わる。 多少気が重いせいか、眼の奥がグイグイ沈み込んでいく感覚がある。静かな時ほど不気味なところが怖いね。迷わぬよう、流されないよう。されど留まることなく、しがみつくことないように。 ところで昨晩、新種の生物がどーたらこーたらだったけど、先日、オーストラリアでも何やら見つかってたみたい。こっちは名前すらない新種のようです。 ttp://www.express.co.uk/news/nature/458285/Magnificent-new-species-Mysterious-giant-jellyfish-found-on-beach-in-Australia 体長1.5メートルのクラゲ。南ホバートっていう海岸線沿いの地域にあるビーチで、そこを散歩していた家族連れが偶然見つけたとのこと。写真は放射状に伸びた粘菌みたいになってるけど、発見したときにはすでに死んでいて、ちょっと壊れ掛かっているみたい。 クラゲを研究している科学者のガーシュウィン博士は「海の中にはまだまだ知らない世界が広がっていて、海にこそ、自然界で知られていない事実がそこにある」と語っているようないないような。 ちなみにオーストラリアといえば、先日気温が50度を越える異常気象に襲われて、あまりの熱波に空を飛んでるコウモリが焼け落ちたりしている地域。もうどこもやばいね。英国じゃ歴史上最悪の嵐が直撃するそうで、先日襲われた天災よりも凄いことになるとか。 一日生きられてることに感謝しなければならない。その日一日、一食いただけることに手を合わせなければならない。もはや手遅れだけど、気が付かせていただいたのならやらないかんよ。 テレビでチラッと見たけど、やっと寒波が過ぎて、やっと動き出した交通機関に群がり、「どけどけこの野郎」「下がれテメエ!」と我先に電車やバスに乗り込んでる場合じゃないでしょう。
2014年02月10日
コメント(0)
けっこー前の記事になるけど、なんこれ・・・みたいな記事を見つけた。 ttp://www.express.co.uk/news/weird/455138/Translucent-weird-fish-caught-off-New-Zealand-baffles-fisherman スケルトンの全身ゼラチン質でできている『海老』・・・らしきものが釣れたらしい。 場所はニュージーランドのカリカリ半島から沖合40マイル(メートルで69キロかな?)の地点で捕獲されたとのこと。 その『海老』を釣り上げた人はスチュワート・フレイザーさんという漁師さん。彼も、彼の漁師仲間も「こんなの見た事ねー」って困惑しているそうな。 ところがコレ、専門家の間ではすでに既知の生物らしく、南極海に生息しているサルパ(専門的に言えば脊索動物)の一種で『マッジョーレ』という名の生き物らしいです。ただ名は付いていても詳しい生体は不明とのこと。僕から見るとクラゲの一種か?としか思えないんだけど、無脊椎動物のクラゲとは見た目が似ていてもちょっと違うらしい・・・。要するに外見からして謎なやつってことで。 んで、無色透明ぷるんぷるんの海老らしきものが好奇の目に晒されている横で、こんな記事を見つけた。 ttp://www.express.co.uk/news/weird/458567/Where-is-she-Fears-for-the-Loch-Ness-monster-after-she-disappears ネス湖のネッシーが一年以上目撃されていないらしい・・・。最後に目撃証言があったのは18ヶ月前のことで、それ以降はパッタリ途絶えているとのこと。ネッシー専門家のゲイリー・キャンベルさんは「今やスマートフォンなどで、いつどこでもカメラで写真が撮れる時代。これまでのように目撃証言に依存する必要が無く、写真や動画でそれを証明することができる」として、彼は新しい証拠を持っている人がいれば申し出てくれるよう訴えている。 なんか目撃証言の最古の記録はAD565年らしく、アイルランド宣教師コロンバさんがネス川の『獣』に『襲われた』のが最初らしい。 しかしまあ・・・ネッシーか。というかネッシーだけに限らず、新種発見に翻弄する学者さん達もそうだけど、もうそっとしておいたら?って思う。そーんなに新しい発見を探し回ってどーすんのよ・・・。新種発見して興奮したところで、結局はお金と名声のことしか考えてないでしょう。見つけられた側からしたらいい迷惑なだけですぞ。 ・・・もうどうせなら、海洋探査で深海からゴジラみたいな超生物でも発見されないかね。そんで、そん時初めて「やってもーたー!」って嘆いちゃえばいい。 新種発見に金注ぐなら、その金を毛布と水入りのペットボトルに替えて世界で困ってる方々に配ってあげなよ。宇宙にでっかい望遠鏡向けてるのも然り。見てどーすんの? 宇宙の謎を解いてどーすんの? 結局語ってるのは全部建前で、お金と名声と権力がほしーだけなんだろうけど、やばいよやばいよ。・・・ホント。 不思議な生き物の記事を載せるだけだったのに、話が逸れてしまったい。まーとにかく、ネッシーはもう忘れてあげるのが一番だと思う。そんで未知なるものを追い求めてる人達は、既知なるものに今一度目を向けるべき。 あーそれと・・・上の記事は学のない人間による愚か者の翻訳でしたので、間違ってたらゴメンね。
2014年02月09日
コメント(0)
朝、頭が重いと感じつつ起床。昨日よりざわめきが収まっていたものの、日が昇ってくるにつれてやっぱりそれなりに喧しくなってくる。 んで今現在、ぽっかりと空に穴が開いている感じがする。薄雲の上に何があるのか・・・。今日も心ここにあらずでイライラしていた人が多かったはず。 静かな日は気が重たく、騒がしい日は忙しない。人の心はつくづく脆いと痛感する毎日です。あー頭痛い。 正さねば、正さねば。
2014年02月09日
コメント(0)
風ビュービュー。喧騒ザワザワ。天気が荒れに荒れてる。 やたらと騒がしいのは色んな意味を含めてだけど、人様はよくこんな世の中を闊歩できると思う今日この頃。 よーわからんけど、ここ数日間けっこうイライラしてる人が多いんじゃないかな。空を見ているとそんな気がする。色々とザワザワしてる感じ。数日前から暴風、寒波、雪、氷、なんて騒いでるけど、おっそろしいのはソレじゃないっぽい。もはや世界のどこもそうなんだろうけど、今日は顕著に「うへぇ・・・」と思った。こーいうときこそ身近にいてくれる方々に感謝。もちろん毎日の繰り返しにも感謝。そーすりゃ、少しは気分が紛れるはず。中心から己を消してしまえばアラ不思議、今までトゲトゲしていたものが丸く収まっていたりして。 半年くらい前にもここで書いたような気がするけど、世界はもうとんでもないことになってる。今年に入って、更にどんって感じで凄まじい。氷漬けにされた国があったり、20メートル越えの大波に呑まれてる町があったり、-50度の猛寒波に襲われたり、逆に50度の猛熱波に襲われてたり。海外の記事を翻訳して載せてくれている方々に感謝しつつ、「ああ、もう間近なのか」と心が呟く毎日。 僕自身、気づくのが遅すぎた。正確に言うと一年前に気づかせていただいたけど、それを止められない己の脆さをよく理解していなかった。人が本来どう在るべきか、それを口にするには僕が愚かであるゆえに許されないことだけど、間近に迫っているソレを前に、もはや禅を組み、己の行いを少しでも正さなければならない。愚か者が一匹そうしたところで何も変わらないだろうけど、一匹の人として気づかせていただいた以上、やらなければならないということだ。 しかしまあ、さすがは愚か者。気づいてしまえば出るわ出るわ・・・というより半端じゃねえ・・・。何がって、人の本質。さすが三十年間どっぷりその中で生きてきただけあって、己というのはなかなかにタチが悪いです。そりゃ呆れるわな。ずっと昔から居てくださったのに、それにすら気づかないとは。 こうやって意味不明なことを書いてるけど、変な宗教に入信して変な事を吹き込まれたわけじゃないですよ。そのような所に身を寄せているので在れば、僕はとっくに死んでおります。久しぶりに書くこんなメモのような日記を見ている方などいらっしゃらないと思いますけど、いちおー。去年の前半まで書いてた日記の内容がちょっと悶々としていただけに。
2014年02月08日
コメント(0)
確か退院して帰ってきたのは午後を過ぎた頃だったと思う。感慨なんかない。ただいまってな感じ。仕事を辞めて呆然としていた正月の頃と似てる感覚だったけど、不思議と虚しくなかった。無機質みたいに、僕は一つのことしか見てなかった。それ以外には何もなくて、感情の起伏がなかった。 自分の部屋に戻ってふと、「掃除しよう」と思った。やりたいことをやる前に、今度こそ部屋を綺麗にして二度と汚すな・・・と、心の奥底で突き動かされた。 バケツに汲んだ水で雑巾絞って、壁や床をフキフキ。磨くという行為と、雑巾を握る自分の手の感覚が妙にシンクロして、集中してた。真剣に掃除をしたら、まだまだ汚れは落ちるもんで、あっという間にバケツの水が薄黒く濁っていった。まるで自分の心を写しているみたいな色。つーんと鼻を突くゴミっぽい臭いもあって、さすが僕の部屋だと納得した。 気づくと、いつのまにか両膝から血が出てた。摩擦で皮膚の皮がベロンとめくりかえってた。小学三年生の頃、スーファミのスト2で波動拳のコマンドが上手く入力出来ず、練習を重ねて親指の皮がズルむけになったっけ・・・みたいな過去を思い出した。痛みはそれの倍ぐらいか。血と透明な体液が出てた。 適当にハンカチを巻き付けて再開。さすがに膝を付けての床磨きは出来なかったけど、やろうと思えばどんな姿勢でもできる。足を突っ張って、尺取り虫みたいに伸び縮みしながら磨いていった。壁はタバコのヤニでマッキッキ。洗剤吹きかけて一時間ぐらいゴシゴシしてたと思う。もはや綺麗になる事なんてなかったけど。 一息ついて、狭い部屋を見回した。気のせいか、少し室内が明るくなったような気がした。物の見方が変わっただけかもしれないけど、ある意味心が晴れたからかもね。光とか影とか、明るい暗いで判断したくないけど、ウジウジと死を見つめて、ロープに手を掛けるよりはマシだわな。 家に帰って早々部屋を掃除したという、そういう話。
2013年07月23日
コメント(0)
結局死ねなくて、その後干からびた心の回復を待つように悶々とした日々を送ってた。鬱血して赤い斑点だらけの顔と、首筋の真っ赤なロープの絞め跡を痛々しく思いながら、なんとも煮え切らないことばかりを考えてた。 やりたいことをやる・・・。何もかも捨てて、残ったのはコレだけだったけど、実際にそれをやり始めるのは一ヶ月後ぐらい。 十月の中旬ぐらいだったかな。晩飯を食べたてしばらくしてから、右の脇腹が激痛に襲われた。もう、もんどり打って転げ回って、なんじゃこりゃな痛み。数日前から頻繁にオシッコいってたりして、なんだか腹周りの具合が変だなとは思ってたけど、まさかこうも突然やってくるとはね・・・。 激痛、嘔吐、痙攣の順でなんだか症状が悪化していったので、急遽病院へ。 診断の結果、尿管結石・・・。ストレスとか、心身に負担を掛けるようなことをやってると出来ちゃうというアレですわな。 んで、あんまりにもヘタレな僕が、あんっまりにも痛がるもんだから入院へ・・・。石で入院とかあるんかいな。未だに情けないというか、家族に申し訳なかったとうか・・・。 入院初日、午後九時ぐらいだったかな。痛すぎて眠れなくて、痛み止めを打ってもらいまくった。しまいには筋肉注射を打ってもらう始末。自殺未遂をして家族に迷惑を掛けたばかりか、周りの人達にも変に迷惑をかけて申し訳なかった。情けなさ過ぎて、死ぬ気も起きない。 二日目、痛みは痺れに変わって、胃の調子がおかしかった。ちょっと咳き込むと胃液が上がってくる・・・。その度に喉が焼けるように熱くなって、喉を水で洗い流してたりした。もしかしたら別の病気もあるかもねってことで、CTスキャンしたり、レントゲンとったり、お腹に音波当てて色々調べてもらった。 一個一個検査が終わるたびに、なんだか憂鬱になってきた。特に音波を当ててお腹を調べてもらってるとき、女医さんが深刻な顔をして執拗に機械を押し当ててくるもんだから、ちょっと不安になった。思い切ってその場で訊ねてみると、「ガスが溜まってるとよく見えないんですよねえ」って呆れた顔でお答えくださった・・・。そういうことかよ。 結果、何も無し。やっぱり原因は尿管結石。水をひたすら飲んで、出すしかないってことらしい。 そんじゃ明日には退院かなと思ったら、様子見で一週間入院だとか。 四日目には石が出てスッキリしてた。スッキリしたら、もう何て事のない精神疾患の無職の男だった。めちゃくちゃ惨め。めちゃくちゃ情けなくて、僕は何をやってるんだろう・・・ってまた考えるようになってた。 早く家に帰りたい。・・・けど、帰ってそれからどうする? なにがある? 四日、五日、六日目と、若い看護士さん達に無駄な点滴を打たれ、軽いノリのような感じで腕にブスブスと針を刺されていく中(針を刺した後、皮膚が凄まじい色をしてた。さすが評判がアレな病院・・・。)、『なんだか茶番だな』って思った。世の中で働くこいつらも、同じ病室にいる患者さんらも、全部茶番。僕がこれまで悩んできたことも全て、なんだか別に悩むほどのことでもないんじゃないかと思えてきた。 というか・・・馬鹿馬鹿しい。精神に異常が出るまで働いて死のうと思うぐらいなら、世の中の風潮も、思想も、自分の尊厳も、近くにいる誰かの顔色も、全部捨てていいじゃねーか。 死への希望も生への絶望もなくなったような気がした。やることをやろう。それのみの為に、ちょっと生きてみよう。そう思った。 退院の日。婦長さんみたいな看護士さんに「あんた、がんばらなよ」と言われた。僕の身辺を家族から聞いてのことなのかなって思った。まあ、三十前の無職が入院なんかして、これ以上家族に迷惑掛けるなよって感じなんだろう。僕は普通に「はい」と答えるつもりだったけど、出た答えは鼻で笑うというものだった。なんでそんな失礼な答え方をしちゃったんだろうね。たぶん、「がんばる」とかの言葉に嫌悪感が出たんだと思うけど。頑張って仕事してたらコレですよ・・・と言うつもりはないけどね。あんときの看護士さん、ごめんなさい。
2013年07月22日
コメント(0)
アメリカのデトロイト市が経済破綻。長期債務は185億ドル。2兆円ぐらいか・・・。デトロイトはもう何年も前から廃墟の街になってたようで、むしろ今までよく保ってたほうだと思う。TPPでアメリカが他国からお金巻き上げたい理由はこういうところにあるんかなぁ。他に権力者の方々に付く特典が色々あるんだろうけどね。 金や権力を振りかざして国が崩壊していくんなら、全部捨ててしまおーよ。裸一貫、1からやり直してってのは無理ですか? そうですか・・・・。駆け引きやら交渉やら戦争やら、人類同士で食い合ってるから自滅してんじゃねーの?って思ったりもするけど、もうそんなことを言ってる段階でもないか。 ↓デトロイトの記事↓ http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE96H08N20130718
2013年07月19日
コメント(0)
体を動かせない障害者の方々のために、頭をまるごと健常な体に移植できるようになったそうです。昔からこの構想、研究は続けられてきたみたいだけど、神経を繋ぐのが難しかったらしい。でも最近の技術のおかげで、その問題をクリアできたとか。まだまだ実用は出来ないようだけど、その費用は最低で1300万。+新たなボディ代金が必要。新たなボディってのはクローンで生成するのかな? ちょっとまえに動物の体を使って人の臓器などのパーツを造るなんてことも記事ででてたし、これは金が生まれた時から言われてることなんだろうけど、現実的に『金で命を買える』ようになったってことですね。 ↓その動画↓http://www.youtube.com/watch?v=KW95cwrmWgk&feature=player_embedded#at=24
2013年07月18日
コメント(0)
アメリカで雪やら雹やら。そして猛暑やら。夏と冬が同居してんのかね・・・。あの山火事はどうなったんだろう。アメリカの森林はだいぶなくなっちゃったんじゃなかろうか。 日本でも考えられないぐらいの大雨が降ったばかり。もう色々と知らないところで沢山のことが起こっているんだろうなぁ。 ↓なぜかリンク出来ないのでコピペで↓ http://www.dailymail.co.uk/news/article-2357168/Freak-weather-states-HAIL-STORM-New-Mexico-oppressive-humidity-north-east.html
2013年07月07日
コメント(0)
先日、父の日ということで、父のこれまでの苦労を労うために家族で焼き肉屋に行った。100分食べ放題ということで、僕もたっぷり食べさせてもらった。 んで、後日その事を知り合いの女性に話した。僕は単に、「父の日だったから焼き肉を食べてきたよ」という内容の話をしたかっただけなんだけど、途中から話題がちょっと逸れた。 それは、酒に酔った父が沢山肉を注文して、僕ら兄弟にその処理のしわ寄せが来たということを話してからだった。 相手は「全部食べきったの?」と、なんだか厳しい口調になって訊ねてきた。食べ残しを許せない人なんだなぁと感じた僕は、ハッキリと完食したと答えた。苦しかったけど、注文した以上は食べきるのが当たり前。店への礼儀もあるし、肉になった動物に感謝しなきゃならないからね。 すると彼女は強張った表情を緩めて「ならいい。食べきったのなら、成仏するだろう」と言った。誰が成仏するかは言わずとも、皿に盛られた動物たちのことだ。けど僕はこの時違和感を感じて待ったを掛けた。出された料理を完食したからって、なんで材料となった動物が成仏するのか疑問に思ったから。 動物は誰かの胃を満足させるために生きてるわけじゃない。生きるために生きてるわけであって、殺されてうかばれる動物なんか一匹もいないだろう。理由なんかどうでもいい。人の欲が~とか、必要以上に~とか、綺麗事を言ってるわけじゃない。殺してるんだから、例え牛一頭まるごと平らげたとしても、殺された牛が成仏するはずがないということ。死ぬ直前まで泣いていたであろう彼らのどこに、安らかな表情があるというのか。時々人が動物に襲われて、捕食されるっていう事件の記事を見かけるけど、食べられた人が成仏してると思う? 「骨まで食べてくれてありがとう」なんて感謝してると思うほうが変。 なんてことを言ったら相手が怒った。怒ったというか、ムッとした。「じゃあなんで成仏すると思うの?」って訊ねたら、「食べきったら成仏はする」の一点張り。訳を聞きたいのに、彼女は途中から焦点をずらして「めんめんは、人が動物を殺しまくって食べてると思ってるのね?」とか、ちょっとよく分からないことを言ってきた。けど、殺して食べてるのは万物共通なので一応「そりゃそうだろう」と答えといたけど・・・。 この話を始めた時点で意見が割れてるので、すでに議論するだけ無駄だと分かっていたけど、なんだか妙に突っかかった言い方をしてくるので、さすがに僕も苛々した。「ちゃんと食べたから成仏するとか、そんなもん人の勝手な考えだろ」なんて声を荒げちゃった。 どっちが正しいとか、そんなの始めからないのにね。なんで言い争いしなきゃなんないんだろって、なんか虚しくなった。自分の中で答えが出てるのに、お互い正反対の持論をぶつけ合っても争うだけだ。最初は穏やかな会話をしていたはずなのに、最後は相手から「平行線を辿るだけなので、もういい」と一方的にうち切られる始末。この人はこの話題で何かが得られるとでも思っていたのかな。この方は過去に「わたしはキレたら、理詰めで人を追い込むタイプ」と、自己分析してたけど、それをふと思い出して、何が理詰めだよ と納得がいかなかった。それを口にしたら本当にケンカになってしまうので黙ってたけど。 人それぞれ考えることは違うし、そこから導き出す答えも千差万別。正しいも正しくないも、議論を生むのが人間である以上、結局は自分が納得できる答えを選択しているだけだ。自分の理に適わないからといって、人の意見を排除しようとするのはどうなんだろうね。今回のことは僕も彼女も、そこを反省しなきゃならないような気がする。
2013年06月25日
コメント(0)
治験ボランティアの健康診断を受けてみた。ボランティアと名を打ってるけど、謝礼が出るので一般的にはバイトとして認知されてるっぽい。いくらもらえるかは実験の規模などで変わるみたい。数日から数ヶ月間入院ってのもあるみたいだから、運が良ければそれなりの金額が手に入るんじゃないかな。 で、結果・・・。僕は治験に参加する前の事前健康診断に引っかかって参加不可能でした。もちろん疾患もちの人を対象にした治験もあるんだけど、基本的には心身共に健康な人でないとダメってことらしい。健康診断ってことで正直に自分のことを話したところ、精神疾患を持ってる人はアウト。治験は一人で受けるんじゃなくて、長期の場合は集団生活を送らなければならないため、コミュニケーションなどの問題で弾かれちゃいました。別に人と話すのは苦手じゃないんだけど、ダメなモノはダメっぽい。まあしょうがない。ふと、向精神薬とかそっち系の薬はどこで試してるのか疑問が湧いたけど、あえて聞かなかった。 そんな感じで、ちょっと興味が湧いた治験のことでした。あと、こういうのは登録料、紹介料などの名目で金を取る詐欺が多いらしいです。そんだけ治験は人気があるってことなんだろうけど、ちゃんとしたところは向こう側から金銭を要求してくることはないということなので、興味がある人は気をつけるよーに。
2013年06月18日
コメント(0)
残りの一匹の猫を洗った。ホントは数日前に洗ったふとっちょの猫さんに続いて連日で洗いたかったけど、気温が低いと風邪引くかなと思って、30度の今日にした。体感はあんま変わらないけど・・・。 助けてくだされ、お情け頂戴と言わんばかりにニャーニャー鳴くのは前回の子と一緒。でもこっちはダメだと分かったら潔く諦めてくれる猫ちゃんなので、わりとスムーズに洗えた。見た目がクールな黒猫さんだけあって、スマートなハンサムさんです。魔女の宅急便のジジを成長させた感じかな。もう一匹の猫ととっくみあいのケンカになっても、本気で食らいつかない優しさを持ってる13歳。あとどんだけ生きられるかね。三年前まで17年生きた犬が召されて我が物顔になってるけど、さてさて・・・。 最近はよく落ち着いてる。毎日部屋の床磨きをしてるけど、それが功を奏してるのか、なんだかいい感じです。今更だけど、余計なことを考えなくなれるってのは素晴らしいことですな・・・。まだまだ集中力があることに感謝。
2013年06月14日
コメント(0)
「うどん食うか?」 部屋を出て、一階のリビングで呆然としてた僕に父親が言った。たぶん、僕にどう声を掛けたらいいか分からなかったから、そう訊いたんだと思う。 当然、首を吊った後に何かを食べる気なんて起こるはずもない。目は血走って、顔面は鬱血、首筋に紫の絞め跡をつけて、隅に座るのが精一杯だった。猫が二匹、ニャーニャーとスリスリしてきたのが何とも虚しかったというか、なんとも言えない。 気分が落ち着いてくると、自分の部屋に戻りたくなった。父親に「もうしないよ、ごめんね」と言って、部屋に戻った。 戻ってからすぐ、床にへばった。というか、力が抜けた。呆然と天井を見つめるばかりだった。 なんで死ねなかったんだろうと考えた。そしてすぐに、また死ねなかったと頭のどこかで囁いたのを覚えてる。涙が出てきて、無性に悲しかった。「ひっく、ひっく・・・」みたいな感じで、ガキンチョみたいに泣いた。ぐずってるようにも見える。首が痛いなぁ、頭痛いなぁ、顔が熱いなぁ、泣いてる間に戻ってきた五感が体の違和感を訴えて、よけいに泣いた。惨め過ぎて泣いた。 溜まってた涙を出し尽くすと、今度は虚しくなってまた天井を見つめてた。流れた涙を拭うことさえしないで、死んだフリをしているような気持ちだった。 ……死ねないや。……もう死ねないんじゃない? もしかしたら、無駄に死ねない運命なのかもしれない。 ふと、そう思った。何もしない内に死を選んでも、どこかの誰かが邪魔をしているような気がした。見えない誰かに助けてもらったとか、そういう幻想的なことを言ってるんじゃなくて、直感でそう思っただけだ。 何度目だっけ? 覚悟の程度はさておき、これで未遂は何度目だ? 首吊って、タバコ飲んで、首吊って、これを今まで何回やってきた? ……死ねない。どう足掻いてもしなねーじゃねーか。 ギザギザに尖って、誰も寄せつけないロープがプツリと切れた。すると、もうどうでもいいやってなった。希死念虜による死への憧れが消えた瞬間だったように思える。 どうでもいい・・・好きにしたらいい。心の奥底で息が出来ていることの安心感に向かってそう言った。 何もかもリセットして、ゼロになっちまえ。歯の浮いた希望も、安息を夢見る絶望も、全部捨ててしまえばいいんだ。 天井を一点に見つめながら、心の中で投げやりに叫んでた。生も死も、全てが嫌だ。なんてことを無表情でギャーギャー叫んでたら、なんとなく気持ちが軽くなった。 それからほどなくして、母親が帰ってきた。父親から事情を聞いて、母親はすぐに部屋にやってきた。 何回目だっけか・・・母さんを泣かせたの・・・・。 僕の手を握って「もうやめてよ」と泣く母の姿を見て、僕はわりと落ち着いた気持ちでそう呟いた。「ごめんね」なんて言葉すら出てこなかった。過去に謝りすぎて、僕の口から出る謝罪の言葉は穢れてる。「もう、死ねないんだ」僕は母さんにそう言った。すると母さんは「焦らなくていいから、死のうなんて思わないで。やりたいことを見つけなさい」と言ってきた。 言われて、気づいた。・・・あ、やりたいことか。 降って湧いてきたように、ぽつんと思い出した。そう言えば、やりたいことあったな。 どうせ無職のクズ。このまま無駄に生きていても無駄に終わるのなら、残りをそれに注ぎ込むのもいいな・・・。時間はある。 仕事の忙しさと、周囲のつき合いで置き去りにしていた夢。埃をかぶって埋もれている当時の気持ちをちょこっとだけ思い出した。
2013年06月10日
コメント(0)
夏前、冬前になると、定期的に猫の体を洗ってる。といっても、ゴシゴシするわけでもなく、桶に張った白湯を手にすくって、首から下を濡らし、専用のシャンプーで撫でてやるだけだけ。基本的に、抜け毛一掃を第一でやってる。この時期歩くだけで毛玉がふわ~って舞うので、洗うときはもうすごい。 今回は二匹の猫さんの内、一匹。毛も凄いけど、ふけも出ちゃう子で、なかなか大変だった。 抱っこされてる段階でいつもと違う雰囲気を察したらしく、「ちょ、ちょっと・・・よかですか? 僕用事を思い出して・・・」みたいな感じで抵抗してた。しかし家族から『優しい抱っこ』が好評の僕には通用しない。口笛吹きながらお風呂場到着です。 まあ鳴くこと鳴くこと・・・。元々猫は水嫌いなので、慣らすには子猫のときから水に触れさせておかないとダメっぽい。年に二回じゃ、その恐怖も忘れるわな。普段は興味津々に風呂場をのぞきに来るこやつも、こうなるともう拷問部屋にしか思えまい。「僕が何をしたっていうんですか!?」とか「やめてくださいよ!」などと聞こえてきそうな、悲痛な鳴き声もなんのその。「よーしよしよし。モー終わるからね、あと三十秒」などと声を掛ける僕。むろん通じるわけないけど、実際に話しかけながらやると体感スムーズに洗えます。我が子を風呂に入れてると思えば、どんなに泣いて叫んでてもカワイイもんですな。「ほーらイケメン」「よかったねー毛が取れて痩せたねー」などと完全に人間視点で言ってるので、阿鼻叫喚としてる本人にとっては鬼の囁きに聞こえてるかもね。もう一匹の黒猫さんが心配そうに風呂場をのぞきに来たけど、僕と目が合うと「そいつ汚いっすもんね」みたいに、素知らぬ顔で逃げていった。・・・明日はキミなんだけどね・・・。 洗い終わって、乾かすのもまた一苦労ですな。ドライヤーの風を当てるとゴジラ並に暴れ出すので、いつもバスタオル三枚使ってフキフキしてる。やってると分かるけど、動物は水に濡れると大変だね。なかなか乾かない。 すべての行程を終えて解放してやると、「ばかやろー!」と言わんばかりに逃げていった。これから三日間、僕は彼に嫌われることになるだろう。いつものことだけど、風呂の恐怖を忘れたら、またスリスリしに来てくれることを信じてるぞ。
2013年06月07日
コメント(0)
そのうち忘れるだろうけど、決行日がその日だった。二十八日の午後。カーテンを閉め切って、ドアにロープを括り付けた。 輪っかを首に掛ける前に、一通りの点検?をやった。物は整理したし、ゴミも片づけたし、掃除もした。遺書も書いた。葬式なんか要らなかったけど、一応、十万ちょいで葬式が出来るところを見つけたので、その会社のHPをパソコンの画面に出した。 準備は万端。まる二日ぐらい寝なかったからフラフラしてて、体力を落とすために飯も食べてなかったから、余計な考えは浮かばなかった。恐怖とか、不安とか、死後の状態とか、なんもない。輪っか掛けて寝ますかね~っていうぐらいの感じだったと思う。 家族は外出中。唯一父親が居たけど、僕の部屋がある二階に登ってくることはほぼないので、問題ではない。猫二匹も一階の和室で寝てたから、誰にも気づかれずに実行できるタイミングだった。「じゃあ参りますかね~」って心で呟いた。あっけないほど、当然のように輪っかを掛けて、ストンと腰を落とした。具体的なことは書かない。あくまでもこれは、僕の個人的な日記だから。 たぶん、時間にして1秒か2秒ぐらいだったと思う。縄がグッと締まったのを感じた後のことは覚えていない。苦しくもなく、きつくもなく、真っ暗になっただけ。 ガキンチョの頃に吊ったように、ゴーーっていう音はなかった。真っ暗な空間に落ちていく感覚もなかった。 気づいたら、現実のような夢を体験してた。気づくまでは現実として空間が広がってて、僕は仕事をしてた。製本のバイトをやる前の仕事。鬱病を発症して辞めた会社。 僕は車の助手席に座っていて、運転する先輩に「今何件目だっけ?」と訊かれて「まだ7件ですね~」と滅入って答えた。その日訪問する得意先の件数を確認する会話だ。今日は25件もあるのか・・・と、めんどくさそうに思ったのを覚えてる。体力持つかなとか、田舎道のくせに混んでやがるとか、妙にリアルに色々考えてた。 先輩が何かを話しかけてきた。世間話っぽいんだけど、あんまり覚えていない。たぶん会社の愚痴だったと思う。でもそれは最初の方だけで、徐々に先輩の口調が荒くなってきた。言葉もくぐもって、変にエコーがかかって、何を言ってるか聞き取れなくなった。 なーに言ってるんだっけこの人は?と先輩の顔を見るけど、その顔がぼやけてた。周囲の景色も乱視みたいにぼやけて、だぶる。それでも先輩は何かを言ってる。 途中で「あ、怒られてるんだな」と気づいた。先輩はガミガミ僕に説教をしてたけど、何を言ってるか分からない。雰囲気で察知しただけで、内容はまるっきり?だ。そもそも怒られている理由が分からない。 やばいなぁっていう申し訳なさはなかった。むしろ、そのうち煩くなってきたので放置した。先輩の顔は見えないのに、ゴリラが何か言ってる・・・とか呑気に考えた。でも声はずっと頭の中に響いてくる。鬱陶しくて、なんだかもういいや・・・好きにしたら?ってな感じでふて腐れた。 窓に目を向けると、太陽が凄く輝いてて、めちゃくちゃ眩しかった。あんまり眩しくて、白い光に目を開けてられなかった。 真っ暗になる。周囲の景色が消えて、目を開けても、なーんにも見えなくなってた。 けど、声は聞こえる。ゴチャゴチャ言ってた先輩の声だったけど、いつの間には知らない人の声に変わってて「あうおー」とか「うおうおおー!」とか「あがががが」などの、変な叫び声になってた。 何コレ気持ち悪いな・・・と思ったら、急に顔が熱くなってきた。沸騰したヤカンみたいに、カーーー!ってなった。噴火直前の火山だ。 叫び声と熱さに加えて、なんだか足元に力が入ってくる。 何をしているのか分からなかった。下を見ても、暗いばっかりで自分がどうなってるのか掴めない。「ぐおー!ぐおー!」って声は叫んでる。そのうち、自分が痙攣していることに気づいた。なんだこりゃ!?って思った瞬間に視界が開け、自分の部屋が映りこんだ。 首に締まったロープに手を掛けて、空気椅子状態になりながら両脚をがくがくする自分。本能がそうさせたんだと思うけど、今までにない馬鹿力が発揮されていて、体を立ち上がらせようと踏ん張っていた。「おーーい」ってドアの向こう側から声がした。これは親父の声。「ぐおー! うおうおー!」って叫び声は僕が発していた奇声だった。「大丈夫か!」って駆け足で親父が登ってくるのが分かった。猫二匹も、ただならぬ気配を察知してか、下でニャーニャー鳴いてた。「ひゅー・・・・ひゅー」って僅かに開いた気道空気を流しつつ、僕は立ち上がった。その瞬間に、父親によってドアが開けられた。「うわ。お前・・・」吊ってた僕を見た親父の第一声がそれ。次いで「死んでもなんもならんとぞ!」という怒鳴り声。 強引に縄を解かれて、僕は廊下に倒れ込んだ。頭は打たなかったけど、肩を強打したのを覚えてる。 頭がグワングワンして、汗が尋常じゃないぐらい噴き出た。まるで雨。「落ち着け。まず窓を開けよう」そう言って部屋に明かりを入れて、窓を全開にする父親。猫が傍によってきて、僕にスリスリしてた。 思考が再始動するまでしばらくの間、あれ?ってなってた。仕事はどうしたんだっけ?ってさっきまで見てた光景がリアルに甦ってきて、どうやって帰ってきたのかとか、吊る前の行動がふと浮き上がったりとか、ごちゃごちゃになってた。 そんで一通り自分の周りを見渡してから「ああ、そうか」って現実を思い出した。
2013年06月05日
コメント(0)
先日、釣りに連れていってもらった恩返しってわけじゃないけど、兄が奮闘していた仕事をちょびっとお手伝いした。なんでもテープの書き起こしを任されたらしく、タイピングが出来ない兄にはかなり苦しい仕事だったみたいです。三十分弱の会談を、なんと手書きで書き起こしていたというアナログ手法。手書きだと、何度内容を巻き戻さなければならないことやら・・・・。 んで、ちょっと息抜きに手伝いを申し出たら、大変感謝されてしまった。途中まで手書きなので、僕が一太郎で書き起こした文章を、後から手書きのノートに書き写すという変則的なやり方だったけど、兄がそれでいいということなので、そういうことにした。今思えば、手書きで書き起こした文章も、パソコンに写してやればよかったかな・・・。まあいい。 テープの書き起こしは何度かやったことがあるので、珍しく人の役に立った数時間。お礼はなぜか兄の彼女さんが買ってきたピザポテトとコーラ。ありがたく頂きます。
2013年06月03日
コメント(0)
この二日間、そのジャンルでは1話すら観たことがなかったドラマ作品にはまってる。それも海外ドラマ。日本のドラマすら30秒も観たことがないのに。 その名もウォーキング・デッド。昨今のゾンビ映画以上の出来映えで、サバイバル感たっぷりな作品。ゾンビに生活の場を追われながら繰り広げられる人間模様はドラマらしくグダグダしてるけど、それを含めて面白い。1話ごとにちゃんと展開変わるし、お話進むので続きが観たくなる。んで主要の人物がアレコレと死んでは新しい人物が登場したりと、単にゾンビ映画として制作されていたら出来なかったことが表現されてるのも面白い。まさかの展開があるので引き付けられてるのかな。久々に、こりゃすげえと思った。 集中的に観賞していたため、若干頭痛し。
2013年06月02日
コメント(0)
遺書を書き終え、元々物がなかった部屋を整理し、用意したロープの具合を確かめて、全てが整った。そして決行前日。 もう希望なんて言葉すら浮かばず、叱咤する自分を殺し、光すら想像することが出来なくなっていたためか、随分と落ち着いていた。やっと終わる・・・という安堵感すらあった。それが唯一の感情だったと思う。妙に居心地良くて、抜けかけた魂を引き留めているような感じだった。翌日の家族の行動はチャック済み。昼から夕方にかけて誰も居ないので、そこでさようならをしようと決めていた。 十数年前、中学の頃にやらかしてしまった自殺未遂を思い出した。今に比べたら、あれはほぼ突発的な行動だったように思える。結果、まあここに到るまでは死ななくて正解だったかなと思う。良いことも悪いことも、色んな事を経験して、たどり着いた答えがまた自殺だったというだけだ。当時と理由は違えど、死は同じ。死に方も同じだ。 夜になると、ちょっとテンションが高くなってた。情報収集でよく利用していた掲示板を読み返してみたり、自殺決行をカウントダウンしているブログを観たりして気分を高めたりした。そして、書き込んだ人達の『死』を望む理由を読んで、改めていろんな人がいるなぁと思った。生きる希望なしという単一のキーワードから派生していく様々な理由は、人の数だけ存在してるってことですな。 この29年間はどうだったよ?と自問した。脳内でマイクを片手に質問をする尻尾を生やした自分と、なぜか真っ裸の自分を想像して、インタビュー風のやり取りを一人でやったりした。「一言で言えば、どう表現しますでしょうか?」「ダメだコリャ」「やり残したことはありますか?」「食欲、性欲、その他の欲が涌かないのでないと思う」「今の気分は?」「禅を組めば浮けそうなくらい落ち着いてる」「今、何を見てる?」 本棚(ロープを本の後ろに隠してる)に目を向けて「ロープ」「そのロープを見て一言」「ロープの先が天使の輪っかに見える」 てな感じで馬鹿みたいなことをやってた。今思うとこれ、不安になりかけてた心を抑えようとしてたのかもね。冷静を装って、生きることに意識が傾かないよう、言葉で自分を責めてたのかもしれない。
2013年05月31日
コメント(0)
ニューヨークで積雪90センチ。その他の州で火災、竜巻。 メキシコで雹の嵐。車が埋まるほどみたい。 バングラデッシュの村々を襲った高潮で、80の村が水没。8万人が孤立。 http://poleshift.ning.com/ 世界で起こってる様々な異常事態を発信しているサイトは少ない。それでも警笛鳴らして、危険を報せようとしていらっしゃる方々がいる。 日本は目の前にある事実すら教えてくれないようなので、情報は自分で集めて取捨選択するしかないようです。テレビは真実伝えないし、ネットの検索も引っかからないし、嘘つきだらけ。 エイプリルフールの逆バージョンってわけじゃないけど、一日だけ嘘をついてはならない日ってのを定めたら?・・・大暴動が起きて経済は破堤、その日のうちに世界は終わっちゃうかもしれないけど、それを容易に想像できるんだからヤバイって話し。
2013年05月30日
コメント(0)
九月の中旬?ぐらいだったかな。いよいよ近いなぁと思いながら鏡なんか見ちゃったりして「やつれてる……」と呟いてた。人間ってやつは追いつめられると、自分の顔が誰よりもハッキリと分かるみたいです。心情が面に出てるから、もう酷いもんだった。目の下のクマなんか当たり前だし、顔全体が影に覆われているように暗いし、目はとろーん、笑うと垂れた頬が餅みたいにびろーん、生気が抜けて蒸発している証拠だ。 そうやってもののけ姫に出てくる木霊?みたいな面で日々を過ごしてたら、二匹飼ってる猫の一匹に異変が起きた。一日に何度もトイレに行ってはオチンチンの手入れをしている。それが1,2回ならいいけど、何度も何度もそれを繰り返してたから、すぐ病院に連れていこうという話しになった。 暴れないよう洗濯ネットで包んでやり、家族の中で一番言うことを聞くということで僕が彼を抱っこ。車で移動中、コイツも長いこと生きているなぁ・・・と場違いなことを考えてた。今年で13歳かな。すでに犬猫の寿命は10年・・・というのは過去の話だ。食いっぱぐれがなければこいつら20年近くは頑張る。亡くなった犬は17年生きたし。 んで、病院に駆け込んで早々結果がでた。飛び入りだったけど、夕方で誰も予約していない時間だったから助かった。診断の結果『尿道結石』。人間のそれとは違って、動物の尿道結石は非常に危険らしく、放っておいたら二日で死んでたという話だった。 原因はストレスかな・・・と思った。こいつらも生きてる以上、色んな事を考えるだろうし「ええいチクショー」って思うこともあるだろう。とくにこいつは僕と一緒で神経質っぽい性格だから、色々心に負担が掛かったのかもね。弟分のたぬきみたいな顔をしたふとっちょ猫に「シャーシャー」言ってるし。けど、何もないときは仲良く寝たりするから不思議・・・。 素人考えだとメンタル的なことを考えちゃうけど、医者は医者らしいことを言ってきた。どうやら基本的な原因は『魚』にあるらしい。意外なことに、魚に含まれる成分がアウトならしく、猫さんの体内に石を作るものがあるらしい。そういや、毎朝必ずちくわの切れ端をもらってたなこいつ。猫は鳥やネズミを狩って食べる生き物なので、本来は魚を食べないのだそうだ。人間と密接に暮らすようになって刷り込まれた習慣らしく、その獣医さんいわく「あげちゃダメ」の一言だった。そういや、もう一匹のふとっちょ猫は魚は食べないな・・・。性格の違いかと思ってた。 そんなこんなで、さっそく石の摘出開始。麻酔で眠らせて、おちんちんのところから管突っ込んでとかなんとか説明していたような気がする。ここらへんはあんまり覚えてない。所要時間は二十分ぐらいだったかな。摘出が終わってトレイに載せられた石を見てみると、砂漠の砂粒ぐらいの大きさの石だった。これ一個で死んじゃうのか・・・とちょっと驚いた。 麻酔で眠っていた猫さんが薬で起こされて、看護士さんに抱かれながら「んにゃー」と鳴いてた。よっぽど恐かったんだろうな。家に帰ってから、ほぼ僕の傍から離れなかった。まだ麻酔が完全に抜けていなくて、ヨロヨロしながらぴったりくっついてた。「よーしもう大丈夫よー」なんて慰めてたりしてたけど、猫の背中を撫でる手が、何となく虚しい。よかったよかった、お前は寿命を全うしろよ・・・と心で囁いてた。よく感傷に浸れている間は大丈夫と言われるけど、そうじゃない場合だって普通にある。死ぬ死ぬいって死なないヤツも確かにいるだろうけど、死ぬ死ぬいってすんなり旅立つ人だっているだろう。要はタイミング。死を決めてしまえば、そこに向けて道が開けるんだから。
2013年05月29日
コメント(0)
どんなに終わっている世界で生きていても、どんなに壊れた世の中で生活していても、育っていくにつれて『これはやっちゃいけない』という基本的な罪っていうのがあると思う。それは人に刷り込まれて生まれた『罪』もあるだろうけど、もっと深い、大昔から本能的に組み込まれている『罪の意識』のことだ。 どうせ死ぬから・・・という理由で、僕はその意識を蔑ろにした。自棄になったわけじゃなくて、自分からそっちへ突っ込んでいった。どうせ死ぬ、死ぬってことは、それまでは自由に生きていける・・・という訳の分からない方程式さえ出来上がってた。前にも書いたような気がするけど、いつでも死ねると分かった時点で道が開けたように思い、気持ちが軽くなってた。今の自分なら何でも出来るって、間違った方向に希望を抱いていた。 バイトで稼いでた金も少し余ってたので、これを全部消化してしまおうと思ったのが始まり。前回書いたように食い物を買いまくって爆食しまくったり、酒好きの親に振る舞ったり、出会い系サイトに手を出して欲求不満な熟女の相手をしたりした。 どれでも最低な行いだけど、中でも後々嫌気がさしたのがセックスだ。死が前提での行動だったため、気持ちよくなれるならえり好みなんてする必要はない。金が絡まず、後腐れのない関係を望んでる人を選べばいい。人間関係を絡ませたくない人は結構いたので、そういう人達と遊んだ。というよりやりまくった。相手は三人。年齢は大体三十代後半から五十代前半まで。もう一歩前に踏み込むと、相手が親の世代になってしまうところだった。若い人は視野からはずした。真っ先に金を欲しがりそうなイメージがあったので、面倒そうだったから。 みんな既婚者だった。メールのやり取りで聞いてた愚痴を、実際に会ってからも話す人が大半。家庭の不満とか、近所付き合いに息が詰まってるとか、そんな感じだったけど、僕は真剣に聴いてるフリをして聞き流してた。 行為の最中、「俺は死ぬ」「俺は死ぬから」と心の中で叫んでた。別にこうすると気持ちよさが増すってわけじゃなく、ふとしたことで甦る現実から逃げるために唱えてた呪文だ。本当に気持ちいいのかどうかも分からない表情をする熟女さん達を見下ろしながら、腰を振ってたと思う。今思うと、本当に馬鹿だわ。 残り三週間のうち、二週間近くはそれに費やしたような気がする。真っ昼間の炎天下にホテルへ突入とか、陳腐なドラマにすら成り立たない。けど、それも虚しいと気づいたら性欲も萎えた。というより、後悔した。もう後がなくて、あとは死ぬだけなのに、なんでこんなことしてんだろう・・・って無性に後悔した。求めてたのは肉欲だっけ?人肌だっけ?って、どうしようもない馬鹿が一人考えてた。抱き合ってるけど、相手から温もりなんか感じられなかったし、気持ちよさを装う相手の顔が可笑しく感じた。きっと、相手もそう思ってたに違いない。 結局終わってみたら、なーにやってんだろ?って前に感じた嫌な気分に戻ってた。パチンコにはまってた時と一緒。気づけば馬鹿だったと嘆く愚かさ。でも、この時に絶望を味わうには丁度よかった。死ぬにはいいタイミング。クズが死ぬには相応しい理由。性欲のはけ口として僕を選んだ相手も、まさかこんなことを考えているとは思いもしなかっただろう。 今そういう関係にある人達は、ちょびっと考えてみるのもいいかもね。そうすると、人間の思考がいかに恐ろしいか少し想像できるかも。相手の顔をジッと見つめていると、人間は狂気に頭をやられているって気づいてくる。理性も吹っ飛んでて、欲に溺れている自分の鏡を見ているような気分になってくる。そしてふとしたところで、急に冷める。現実がミサイルみたいに降り注いできて、嘆く。やばいことをしてしまった。とんでもないところに足を踏み入れてしまったって、後悔することになる。希望を断ち切りたい人はいいかもしれないけど、単なる遊び半分だとものすごーく後悔するだろう。倫理や道徳云々の理屈抜きで、否応なしに罪の意識に悩まされる。それまで浸り続けていた欲の反動が300倍ぐらいになって帰ってくるから「うおお!!」って居ても立ってもいられなくて叫んじゃうだろう。似た境遇の人がいるかどうか分からないけど、僕はそんな感じに陥った。 希死念虜によって、死ぬことで生を見た結果がコレ。自分が望んでいた心境に達した結果がコレ。欲に突き進んでいった先に待つのは後悔と嘆きと絶望の三色だけど、その後あっさり「はい吊ります」と言えるほど容易い気分にはならない。想像で描くほど現実は優しくなかった。 本来ならこの罪の意識があるからこそ立ち直れる唯一の方法なんだろうけど、始めから死を見つめている人間にとっては更なる苦痛でしかない。馬鹿はやっぱり、最後の最後になるまで分からないんだろう。自分で自分のハートを引き裂いて、縄に手を伸ばしてからやっと気づくんだと思う。そうなったらもう、どげんしょうもなかですたい。 でもまあ・・・何度も書くけど、自業自得。
2013年05月27日
コメント(0)
朝五時に起床。先日兄と約束してた釣りに行ってきた。数年ぶりに潮の香りを満喫。釣り人にとって、磯臭さは香水です。 しかしキスがぼちぼち釣れ始めているという情報があるとしても、まだまだ本命の食いは宜しくないですな。日中は暑くても朝が寒いし、水温もキス好みの適温じゃないようです。投げても投げても、ツンツンと小突くようなアタリばっかり。ツルンと吸い込むように食いつくには、あと一ヶ月は待たないとダメかもね。 そういうわけで、釣果は二匹。キス1 コチ1・・・。与えられたミッション『家族分の数をゲットせよ』はコンプリートならず。昼まで頑張ったんだけど、こればっかりはしょうがない。周りの釣り人も物干し竿状態だったし。そもそも人の数がまばらだった。最盛期になると、竿を出す場所を確保するのも一苦労する防波堤なのに・・・。そんだけまだまだ釣れてないってことだ。余談だけど、麦わら帽子を被ってジッと竿先を見つめてるじーさんの背中は格好良かった。あれはたぶん、地元の主的な人だ。どこの釣り場にも必ずいらっしゃる名人の一人だと思われる。 けど、釣りはゲームより実際にやるほうが楽しいね。というか、海を眺めて開放感に浸れたのがよかった。知らず知らずに溜まっていたため息が一気に吐き出せたような気分。釣果はさておき、いい気晴らしになった。
2013年05月26日
コメント(0)
気温28度?よいよい。暑くても風が吹けばまだまだ爽やかだ。北向きに位置してる僕の部屋は、そう日当たりが言い訳じゃないけど、風通しはまあいいと思う。二つある窓の内、一つは隣家の窓と二メートルほどしか離れていないため開けられない(近すぎて気まずい。)けど、もう一つの窓が頑張ってくれている。 毎年「今年は暑いねえ」という言葉をよく聞くが、毎年暑い。異常気象も伴って、むちゃくちゃ暑い。いつか忘れたけど、季節ごとに『三ヶ月予報』なる天気予報をテレビでやってて、「今年は冷夏になりますね」と言っていたくせに、七月八月は死ぬほど暑くなって死ぬ思いをした記憶がある。2010年だったっけかな。詳しくは覚えてない。仕事の激務に比例して、体重が45キロまで落ちたっての・・・。そんとき、ホネホネロックという懐かしいフレーズを思い出した。 んで、今年。七月までは我慢しようと思った。というか、いけると思ってた。28度?30度?うんうん、いける。でも33度近くまで上がった昨日、さすがに「うへえ・・・」ってなった。聞いてないよぉ・・・なんて昨今の地球環境に対して言ってはならないことだけど、がっくり項垂れた。僕の感覚では、パンツ一丁にならないと、作業に集中できないぐらいの暑さだ。 夜、すでに夏の虫が鳴いてる中(道路挟んですぐのとこに林がある)で押入にしまっておいた扇風機を引っ張り出した。さすがに夜はまだ涼しいけど、昼間はちょっと・・・なので、出しておこうと思った。 一年ぶりに引っ張り出して、まーーー汚いの一言。茶色い埃の塊が胞子みたいにビッシリくっついていて、黄ばんでる・・・。濡らした雑巾二枚でフキフキしたけど、すぐ埃がまとわりついて咳き込むし、カバーを磨いたりして汗が噴き出るし。んまあ、こんな状態になってるってことは、今まで大切に扱ってきてなかったという証拠ですわな・・・。すいません。感謝の意を込めて、ピカピカに磨かせてもらいました・・・。 今日も暑くなりそうです。予報じゃ30度だけど、たぶんこれより1.2度高くなると個人予測する。
2013年05月25日
コメント(0)
色々と情報を集めて、九月の下旬に逝こうと決めた。いつでもよかったけど、身辺整理ってやつだった。部屋の片づけとか、ちょいちょい続いていた交流を切るために携帯の解約とか、そういうの。連絡が取れなくなったからといって、家を訪ねてくる人はいないだろうと思ったけど、案の定その通りだった。人との繋がりが薄い人間は、世間体を考える手間が省けるなぁ・・・みたいなことを思った。でもこの時、なんとなく寂しさみたいなのがあったのを覚えてる。いつでも死ねるという安心感と孤独感が混ざってて、なんか変な気分だった。悪くないんだけど、気分に呑まれて思考が霧の中で漂っている状態?例えが判りづらいけど、そんな感じだった。 妙に元気が出てきたので、今のうちに食えるだけ喰っておこうと思った。珍しく胃が食べ物を欲して、食い物を買いあさった。そんなにお金が残っていなかったため、ほとんど冷凍食品とかインスタント食品ばかりだったけど、舌鼓を打って食べてたのを覚えてる。一食一食を人生最後の食事と思って食べていたせいか、本当に美味かった。高級料理店で出してもいいんじゃね?って思うぐらいの感動があったような気がする。映画の『酔拳』の一場面に、食堂でラーメンや炒めものに食らいつくジャッキーチェンの如く食らいついてた。色々食い過ぎて、何に手を伸ばしてたのかは覚えてない。朝昼喰わず、夜に爆食するという最低な食生活に変わってたのだけは覚えてる。 ふと、遺書を書いてないことに気づいた。何も言わずに死ぬのは気が引けたので、一筆書いておこうかと思ったけど、何を書けばいいのか判らなかった。ちょっと調べてみると、形式的なことを書いておけば問題ないみたいだったので、それに倣った。詳しくは書かない。 遺書を書く・・・というか、心の内を整理するためにも文章に起こすことは気分が落ち着くことにも繋がる。それはこの日記で自分に証明しているわけだけども、この時もそうだった。それがどんな内容であれ、気持ちを自分の心の外に吐き出したときは落ち着くもんだ。スッキリする。知り合いに打ち明けるよりも軽くなる。 残り三週間・・・と、自分で決めたタイムリミットを思うと、日常が違って見えるのも驚いた。変な話、幸せを感じた。残された時間というものがストップウォッチ式に表示されてたら、もっとみんな大切に人生を過ごすかもしれない。陽光の暖かさに震えたり、小鳥の囀りに命を感じたり、そこらに生えてる草花が綺麗映ったり、それまで背景でしかなかった自然物に目を向けることになるだろう。そうしたら、人と人同士がもっと繋がりを意識して大切にするんじゃないかなぁ・・・と思うけど、それはないわな・・・。 幸せを感じて、どことなく大らかな気分で過ごす一方だった。家族の事を考えろとか、迷惑だとか言われるけど、本人からするとどうでもいいやって気分。希死念虜が大きすぎると、良心すら食い尽くすんだろう。どうせ死ぬ。死んでしまえば申し訳ないもなにもない。そんな感じだった。
2013年05月24日
コメント(0)
七月末にバイトを辞めて、八月に入った。それから三日ぐらい経ってからかな。直感的に、もう死ぬべきだと思った。こんな状態じゃ次の仕事が見つかってもまた辞めるだろうと思い、一気にお先が真っ暗になってた。死ぬべきだ、死ななきゃならない・・・と心が囁いてくる。頭の隅でもう一度だけ頑張れないかとも思ったけど、頑張っても結果が逃げ出して終わるのであれば、もういいやとさじを投げる。惰性でニートとなり、無職のまま生きていくのは嫌だったし、この時はまだ世間体が強く気になってた。鬱病であると診断されていたことも忘れて、単純に『僕は世の中に負けた人』と結論づけた。よく使われる『生きている価値がない』という言葉が使われるけど、その通りだ。社会に適応できない=価値がないというフレーズ。これが当たり前の風潮で動いている世界。事情なんかどうでもいい。やるかやれないかの結果論。その結果の善し悪しで、人は善悪に分けて判断する。 僕は自分は『悪』と判断した。一秒の存在も許されない無駄を貪る害虫。期待を裏切り、やる気があるように見せかけただけの空っぽな人間。無性に怖いんです・・・なんてことは言えるはずもなく、余計にに自分を苦しめていく。その苦しみが人に迷惑を掛け、怒らせて、呆れられる。これの繰り返しだ。僕が選ぶ人生の道はこればっかりだ・・・と嘆いた。でも、もういい。今度は誰にも助けを乞わない。死ぬ。それで全てを終わらせる・・・そう思った。 ネットが普及して、色んな情報を手軽に収集できる現在。自殺に関する情報も豊富だ。探せば出てくる。十年近く前に集団自殺が流行って、それに関するサイトなどが問題になってたっけか。しましまあ問題になっただけで、いつものように皆忘れていった。自殺防止の運動がちょびっと掲げられているだけで、根本的には今も当時と変わってはいない。集団でやってたのが、また一人でやるように戻っただけだろう。 ネットに集中して情報を集めるのは初めてだった。けど、これまでにない集中力があったと思う。今度こそ確実にやると誓ってた。昼間は暑いし、家族の目もあったから、昼夜逆転の生活になり、起きている時間の大半をネットに注ぎ込んでた。 死の情報を集めてて、希死念虜を抱く人の理由は様々だなと感じた。経済的理由とか、病気とか、気力がないとか、疲れたとか、虐待されてるとか、死を思う人の数だけの思いがある。色んなやつがいるんだなぁと考えながら、パソコンの画面の前で頬杖ついてた。 不思議なのは、生き生きとしてたこと。目的がなんであれ、人は目標があると、やっぱり自発的に動き出すもんなんだね。家族と話すときも、表情が驚くほど自然だった。緩やかというか穏やかというか・・・。食欲は失せていたけど、かわりに死を夢見る思いがエネルギー源となっていたんだろう。そんな異様な生活が二週間ぐらい続いたのかな。
2013年05月22日
コメント(0)
この前「笑えてるか?」と言われて、じゃあ笑ってみようと思った。単に大声を出して「わははは」と笑うのはちょっと恥ずかしい・・・というか近所迷惑だろうから(ただでさえ「めんめんさん家の次男は自殺未遂したらしーわよ」という噂があるみたいなので、アホな事は出来ない)コントか漫才でも見て笑おうと思った。 前に気に入っていた芸人やエンターテイナーの動画を見たけど、口端がピクリとも吊り上がらなかった。こんなにつまんなかったかな・・・って思うぐらい面白くない。兄が持ってるDVDで『志村けんの大丈夫だぁ』を見ても、そうでもない。前はこういう王道のコントを見るたびに腹を抱えていたのになぁ。志村けんといしのようこがやる『五時の夫婦』のコントが一番好きだけど、この二人のやり取りを見ても、クスッと笑うぐらい。こう・・・声を出すのも苦しいぐらいのモノって、もう存在しないのかなと思った。 ユーチューブで色々漁ってみると『海外のどっきり』っていうフレーズがあった。日本のドッキリはガキンチョの頃に散々見てたけど、外国のドッキリなんて見たことがない。ということで、適当にアップされてた動画を観てみた。 床に捨てられたペットボトルをゴミ箱に入れたら、その人に対して周りの人が拍手喝采を浴びせるというドッキリ?だった。ドッキリって、大体は人を罠にはめたりして喜んだり、ちょっとした仕掛けで人々を笑わせるものだと思っていたけど、こういうのもあるんだね。 このドッキリ自体は大げさかもしれないけど、今の今の世の中を考えると深い意味があるような気がする。当たり前の事が出来なくなってるんだから、こういう動画を観て心をほっこりさせるのかなぁとも思う。そうなると、皆普段はどれだけ鉄のように冷たい心をしてるんだろう。 笑うことなんかなかったけど、これ一つでなんだか満足だった。最近涙腺が緩くなってきてるせいもあってか、僅かな時間で感動なんかしたりしてね・・・。 これがそれ・・・↓ http://www.youtube.com/watch?v=KbL21JuEFxc
2013年05月21日
コメント(0)
昨日の夜、久しぶりに兄が話しかけてきた。たまには一緒にゲームすっか?みたいな感じで、これまたスゲー久しぶりに兄弟でゲーム。wiiのファミリーフィッシングをやった。いつもは兄と兄の彼女さんがやってるっぽいんだけど、この日は暇を持て余していたみたいで僕がお相手。よくわからんが、クルーザーに乗ってトローリングで釣れる幻の魚が釣れないから、そいつを釣り上げようって話になった。最近はめっきりゲームなんてやらなくなってたから、気晴らしを兼ねて挑戦。 まず驚いたのはコントローラー。いっちょまえに釣り竿の形をしていらっしゃる・・・。釣りコンって言うらしい。投げる動作を実際にやって(手首を捻るぐらいでいい)魚が掛かったらちゃんと合わせて、リールで巻き上げるというリアルさ。「最近のゲームはスゲーね」って言ったら「お前が知らないだけ」と返された。まあ、僕の中ではゲームと言えばプレステ2ぐらいか。その一個前はもうスーファミ時代まで遡るしね・・・。このファミリーフィッシングと付属の釣りコンも、だーーいぶ前に発売されたやつらしく、普通にゲームをやる人にとっては「別にときめかないよ」って感じみたいですな。 実際に磯釣りの趣味を持っていた僕は、素直に楽しそうだなと思った。上の書いたように、ちゃんと釣りの基本をやらないと魚は釣れないらしいので、試しに初心者用の砂浜で遊ばせてもらった。20センチのキスが釣れて、ゲームなのに天麩羅バンザイとか心で思ってしまった。実際に美味いんだよなぁ・・・。 んで、一通り慣れたところでクルーザーに乗ってトローリング。まず兄がやってみて、どんな感じか見せてくれた。釣りの種類も色々あって、シチュエーションは楽しい。魚によっては釣り竿を変えないと釣れないというゲームならではの設定もいいけど、掛かった魚の種類によって駆け引きの程度が変わってくるのも楽しかった。 兄がキハダマグロを釣り上げたところで交代。キハダかぁ・・・こいつは刺身で頂きたいねえとか話ながら、トローリング。ガキンチョの頃はゲーム内容に熱中して話に花が咲いてたけど、今だと釣れた魚の調理法と美味しい頂き方について話すんだから、やっぱ歳をとるもんですな・・・。 そんなこんなで話してたら、兄が「お前の面をちゃんと見たのは久々だけど、なんか表情ねえな」と言ってきた。「最近笑えてるか?」と訊ねてくる。僕の情けない事情はご存じだから、そこを心配してくれてのことだったみたい。「病気は治そうと思ってる」と答えると「違う。笑えてるのかって訊いてんの」と突っ込まれた。 ちょっと考えて「腹の底からは笑えてないね」と言った。すると兄が「んじゃ、来週マジで釣り行くか?」と言ってきた。「マジって、マジの?」と変な返しをしたら「マジよ」って兄は笑いながら言った。あー・・・そういう笑いのことなのかなと一瞬思ったけど、たぶん心を元気にしなさいという意味だったのだろう。 地元の浜は結構な有名スポットで、これからキスを狙ってこぞっと釣り人がやって来る季節。一部じゃチラホラと釣れ始めているらしいので、気分転換に行こうという話になった。二年半ぶりかな。釣りに行くの・・・。そして何年ぶりかね・・・兄弟で出掛けるの・・・・。費用は出してやるとのことで、僕に与えられたミッションは家族四人分のキスを釣ることとなった。 ペチャクチャ喋ってたら、ヒット。よくわからんけど、釣れた。兄が釣れないと言っていた幻の魚を一発で釣った。名前忘れたけど、クエに似た数メートルの巨大魚だった。こんなの海にいるの?って思ったら、古代魚とかも釣れるらしい。こいつはその一種。釣れた魚は水槽に入れて観賞できるらしく、それをコンプリートするために躍起になっていたとのこと。ついでに水槽の中を見せてもらったら、うじゃうじゃいらっしゃる・・・。兄の彼女さんの奇声が上がってると思ったら、こいつらを釣り上げてたのね・・・。 さて、来週は久々のお出かけか。真っ白になったお肌、少しは焼けるかねえ。
2013年05月20日
コメント(0)
疲れたなぁと思ったとき、瞑想?をする。といっても、座ってるときか横になってるときに目をつぶってるだけだけど・・・。瞑想は心を集中させて、心身を静寂にさせるというのが基本らしいので、僕はなんちゃってだ。別に何かを集中させるわけでもないし、心を落ち着かせようとしてるわけじゃない。瞑想をしようって意図してやってるわけでもない。 じゃあ何をしてんだ?ってことになるけど、単に目をつぶって瞼の裏を見てる。チカチカ光るのを見たり、変な色が漂ってるのを眺めて微睡んで、時折昔のことを思い出して、その当時の記憶を辿り、もしあの時こうだったら・・・とか、今とは違う別の可能性の人生を想像してたりする。・・・全然瞑想じゃないね。妄想だな。こういうのに真面目に取り組んでる方々から怒られるか。たかが俗人が一匹、こういうことを書いちゃいけないのかもしれない。 でも、良いリラックスにはなってる。今日みたいな雨の日だと素直だ。鳥の囀りもいいけど、雨音を聴くのも好きだから、そんなときに目をつぶると鳥肌もん。たまに、心の奥底で生きててよかったと感じる自分がいる。何もしてないのに、不思議なもんだ。 今日はこんな感じ。心という風船を手に持って、突っ立ってる感じ。フワフワと浮いてないだけマシか。朝から書くような文章じゃねーな・・・。
2013年05月19日
コメント(0)
アナコンダ。羊達の沈黙。ハンニバル。リング2。宇宙からのメッセージ。 僕の中で一人映画鑑賞会が流行ってる。切っ掛けはだいぶ前にエイリアン2を観たことから始まったんだけど、なかなか飽きない。創作物ってのはいいもんですね。 上に書いたタイトルはこの三日間で観た映画。アナコンダはモンスター系大好きな人が観たらいいかもね。キラークロコダイル的な感じの内容ですわ。キラークロコダイルは放射能の影響で巨大化(だったはず)したワニが相手だったけど、アナコンダは天然物。ヘビなのに、ベビらしからぬ雄叫びはグッド。獲物を食べたいのか殺したいのか、意図がよくわからんけど楽しかったです。 羊達の沈黙。猟奇殺人の解明のため、精神病院に隔離されているカニバリズムの精神科医・レクター博士に事件の犯人像を挙げてもらうかわりに、その見返りとして、FBI捜査官であるクラリスの過去や、思惑をレクター博士に提供する・・・てな感じだったかな。上手く纏めきれない。要するに二人の人間の内面性を探り合うやり取りみたいなもん。アカデミー賞を受賞しただけあって、演技スゲー。 ハンニバル。羊達の沈黙で脱走したレクター博士を追うクラリスのお話。レクターの真骨頂がこの作品で描かれてる。彼にとって人を食べることとは、どうやら二次的な目的のようですな。殺す相手の人間性を知る、探る、分析することが彼の真の目的のような気がする。時には人を導いたりもしてるし、捉え方によってはスゲーお方。博士を追っていた警察のおっさんも、欲出さなければ・・・。 リング2。久々に観た。前作を観てからにしようかと思ったけど、話の内容は覚えてるので2から。これを最初に観たのは16歳の時だっけかね。お決まりの音とビックリシーンを多用してたね。前も書いたけど(そんな気がする)音とかでビックリさせるのはホラーじゃないっすから。当時はビビリまくってたけど、耐性がある今の僕には通用しないぞ。単純に貞子を化け物扱いしてるから主人公にも感情移入できんし、陽一君が不憫だねって思うぐらいか。 宇宙からのメッセージ。これは面白かった。里見八犬伝をモチーフにした78年公開の日本SF映画。もしかしれこれが日本の底力?って思うぐらい新鮮に感じたのは僕だけかね・・・。昨今の日本映画は昔の作品を見て学び直したらどうなの。ウィキの内容によれば、スターウォーズで沸いたSFブームに乗っかって制作されたみたい。映画そのものは成功しなかったようだけど、特撮技術は海外で高く評価されたらしい。本当にそんな昔の作品かって思うぐらい、戦闘機とかの機械は細部まで凄いと思った。どうでもいいけど、千葉真一が出てるんだね。銀色の鎧を着たおじさんがそうだった。防塵マスクみたいなのをつけただけで宇宙空間を泳いだり、せっかくそろったリベアの勇士が、そろった瞬間に一人お亡くなりになったりと、なかなか破天荒な展開だけど、素直に面白い。けど、モチーフの里見八犬伝は忘れて観たほうがいいかもね。
2013年05月18日
コメント(2)
いきなり仕事辞めると言って、バイト先は当然驚いた。そりゃそうよね。これから社員に登用しようとしてた人物が突然の辞意表明。入れ替わりの激しいどっかの国の首相みたいに、周りから呆れられることなどはなかったけど、これまた当然ながら「なんでいきなり?」と訊かれた。僕は嘘をついて「前からやってみたかった営業の仕事が決まった」と答えた。そう答えるしかなかった。 バイトを辞めた。僅か四ヶ月ほどという三日坊主に近い勤務期間だった。何か思いであるか?と訊かれたら「なーんもない」と答える。疾風の如く過ぎ去っていった時間がまるで嘘のよう。どらえもんの秘密道具で、時間を早送りしてたみたいで、その間は空っぽだった。ただ工場の人達に申し訳ないなと言う気持ちだけがぽつねんと涌いてた。 でも、すぐに安心した。昼下がりのコーヒーブレイクじゃないけど、心が陽の光に当てられたかのようにホッとしてた。頭の中がゴチャゴチャしてたのが信じられないぐらいの落ち着きようだった。こうやって書いてて思うけど、やっぱり心が病んでたんだねえ。こんなの、誰かに言われないと自分でも気づきませんわい・・・。 『自分は大丈夫』と思っていた。よくあるパターン・・・というか世の中の大半がそうなんだろうけど、自分は何があっても安全だなんて思わないほうがいいかもね。色んなことがありすぎて何処に目を向けたらいいか分からず、積み重なっていく事情が多すぎて、心は気づかないうちに崩れてる。気をつけようにも日常生活に慣れすぎていて、どう気をつけたらいいのかも分からない。悪夢から逃げるようにハッと目を覚ますなんてことが出来ないから、自分の内面に違和感を覚える頃には後悔の繰り返しをした後だったりする。今までの僕がそうであるように、気づいてからだと遅い。これから人生をやり直すには遅すぎたと嘆いてる。 けど、なんだかんだ言って、結局は自分から動かないとダメっぽい。世間が自分をこんな風にしたんだと恨む人もいるかもしれないけど、それでも自分の足で立ち上がらなければダメっぽい。嘆いて、恨んで、悲しんだところで、変わるのは心が黒く塗りつぶされていくことぐらいだ。 でも、こう思ったのはごく最近のこと。去年の八月~十月の中旬ぐらいまでは最悪だった。まあ・・・日記に書いてる内容で良いことなんか一つもないか・・・。
2013年05月17日
コメント(2)
今更だけど、二日前に桜島の昭和火口が今年320回目の噴火。現在(5月15日午後7時24分が最新)も小規模の爆発と噴火を繰り返してる。今回のはちょっと大きめで、昭和火口が活動再開を始めて最大だったらしい。連日発生している太陽フレアの影響かもね。Xクラスが連続して発生しているようで、その一部が地球に来るという記事もあった。 ネットで集めた情報だから自分で考えて取捨選択するしかないけど、こういうのを見ると、いよいよなんかなぁ~と思ってしまう。でも、そんな考えはあかんね。僕は破滅を望んでる訳じゃないし、お先真っ暗だからといって、自棄になることは許されない。滅亡を前にして、嬉々として喜ぶ人達よりも、追い立てられるように逃げ惑う方がよほど人間らしい。生も死も同じなんだし、ここまで来ちゃった人類なんだから、最後まで人間らしく生きてみろっていうことなのかもね・・・。もちろん、良い意味じゃない方向で。 うん、訳分かんない文章。でも今はこんな感じ。
2013年05月16日
コメント(2)
人にはそれぞれ、自分が覚えている最古の記憶ってものがあると思う。感情表現が限られている赤ん坊の頃に、何を考えていたかを覚えている人もいれば、母親の胎内にいた頃や、それよりももっと前のことを覚えている人だっているらしい。胎児になる前のこととなると、そりゃもう魂レベルの話になっちゃうんじゃないだろうかと思うけど、それもある意味記憶の一部だな。前世の記憶ってやつかね・・・。そんな忘却の彼方にあったことを覚えている人からしたら、少しはこの世が違って見えたりするのだろうか。でもそれはそれで、その人にしか分からない苦しみが生まれそうだ。 僕が持ってる一番古い記憶二歳。当時住んでいた場所は長崎県。雇用促進住宅の第一棟、二棟とある五階建ての団地。その一棟目の最上階だ。 平日の昼間。兄は幼稚園に行ってて不在で、僕は一人、おきあがりこぼしをどついて遊んでた。ぺしーんと叩いても、延々と起き上がってくる玩具が面白かった。叩いたのに元に戻ってくる動作が面白かったという単純さ。起き上がったとき、玩具の頂点が少し揺れてるのも楽しかった。「えへへ」なんて笑みすら浮かべてた。「めんめんちゃんお散歩に行きましょうか」と、母が言ってきた。僕は「うん」と返事をしないで、母の手にしがみついてから「むっふふー」と言った。幼児なりのyesだ。母と手を繋いで、五階から一階までの階段をぴょんぴょん跳ねながら下りた。カエルが跳ねる様を思い描いてたから、そういう遊びだったんだと思う。階段を下りきって外に出たとき、太陽の光が異常に眩しく感じたのを覚えてる。 団地内にある小さな公園で遊ばせてもらった。といっても、グレムリンのギズモ並に小さかった(というイメージ)お子様には、滑り台やブランコで遊べるわけもなく、砂場でキャッキャ走り回る程度だ。でも、それで十分に楽しかった記憶がある。周りには誰もいなかったっけか。今思うと、団地のくせにあの日は静寂だった。ベランダに干した布団を叩く人もいなかったし、掃除機を掛けてる音もなかった。太陽の光と、裏手の林から聞こえてくる小鳥の囀りと、空気中に漂う陽気が居心地よかった。「めんめん、写真を取ってあげる」いつの間にか、母がインスタントカメラを構えて、それを僕の方へ向けていた。「しゃしんてなに?」と訊くと「思い出よ」と返ってきた。そん時はわからなかったけど、なるほどね・・・。 一回、シャッターを下ろしたところで「笑ってごらん」と言われた。写真機を見たのも初めてだったし、『撮る』の意味が分からなかった僕の顔は陽光の眩しさに顔をしかめてばっかりだったらしい。 さらに「ピースして」と言われた。「ぴーすってなに?」って答えた。母が「こうよ」と笑ってそのポーズを作ってくれたのを覚えてる。「・・・こお?」と母に倣ってやってみるけど、これが上手くいかない。人差し指と中指を立てて広げるだけなのに、ピースができなかった。人生初のピース、初のポーズとなったわけだけど、指を上手く操れないのだ。母の手を見ながらやるけど、人差し指が中指の前にきたり、雌雄の蛇みたいに絡まったりした。この時は力んだねえ・・・。なんで指が動かないのか不思議に思った。 母が笑ってた。「こうよ、こう」と傍によってきて、僕の手を取り、ピースを形作ってくれたけど、話すとまたグニャグニャ~と歪になっていく。ピースに悩む僕の表情がおかしかったのだろう。必死になってる僕を、そのまま写真に収めてた。 その時の写真はまだある。こんな面してやがったのか・・・と、これまた人生初の悩みの面構えだった。眉間に皺寄ってて、両目は手を一点に見つめてる。口は墨を吐くタコだった。
2013年05月15日
コメント(2)
十年以上前から坊主頭でやってきてるけど、髪はニョキニョキ生えてくる。五月で三十度近い気温が続いてるし、髪の形が扇子のように広がってきたため、今日は月一恒例のバリカン断髪式を行った。 冬は12ミリという坊主とは言えない長さで切ってたけど、今回からは6ミリ。本当は3ミリしたかったけど、刃がどっかにいっちゃった。ジェリーを追い掛けるトム並に色んなところを探したけど、3ミリ刃はさすらいの旅に出ているようで見つからなかった。 床に新聞紙を敷いて土下座スタイルでやるわけだけど、この時、必ず猫が一匹、僕の真ん前に座る。僕は土下座してるから頭頂部の先だ。ぺーん!ビシッ!と伸びてくる猫の手・・・。彼にとっては僕の頭を縦横無尽に走るバリカンの動きと駆動音が面白いらしく、いつもちょっかいを出してくる。「あぶないよ!」と空いた手で追い払おうとしても、微動だにしない。逆に「ウンニャ!」と怒られる始末。途中で頭を上げると切った髪がバサバサと顔に付着したりするので止めるわけにもいかず、僕はいつも叫ぶことしかできない。でも頭を下げて作業をしているもんだから、そのうち頭に血が昇って顔が真っ赤になってくる。髪を切り終える頃には、フラフラである。 9歳になるこのふちょっと狸猫。皿に張った水(刃を洗う為)をペロペロと舐めて飲もうとするし、新聞紙に落ちた髪の束にジャブを繰り出すし、目の前にあるもの全てが獲物に見えてるんだと思う。こんな訳の分からないものに手を出してくるなら、ネズミの玩具(ウサギの毛で覆われてる)に興味を示せっての・・・。 切り終わって、掌で感触を確かめる。坊主をしている人には分かるだろうけど、この時の髪触りは重要だ。匠の域に達してる人なら、掌を僅かに滑らせただけで、すぐにその部分がなだらかかイガグリかを判断することができる。 6ミリってこんなもんなのか・・・と、ちょっと残念な長さである。サッパリしねー。やっぱ三ミリになって初夏の風を頭皮に吹き込ませたいところだ。どーこ行ったんだろうなぁ。
2013年05月14日
コメント(2)
僕はけっこうな田舎に住んでる。夜は点滅信号に変わる場所もあるような田舎だ。脇道に入れば外灯なんかない道が平気で続いてるし、夜は一人で歩きたくないところがいくつかある。何を祀っているのかすらわからない神社も沢山。 チュンチュン雀の群はもちろん、カーカーカラスは夜中に鳴いたりすることもあって、ちょい不気味。ウグイスも居て、ホーホケキョ。若鶏は上手く鳴けないのか、ホーホケキョキョキョ・・・キョ?家の横が小さな森であることもあって、野鳥さんの声が途切れることはない。 昔はこの森から狸さんが出てきてたりしたっけか。外灯に照らされて、電柱の下で狸一家が集まってたのを見たことがある。昔飼ってた犬が逃げ出して、おそらく狸であろうと思われる野生動物にボロボロにされて帰ってきたっけかね。脚の付け根とかに噛み傷があったから、もしかしたら食べようと思って襲ったのかもしれん。当の犬さんは元気だったけど・・・。 そんな田舎の夜。たまに聞き慣れない動物の声がしたりする。エキャ!とかギャッギャ!とか、得体の知れない声。僕は一人で勝手に、怪鳥が鳴いてると想像してるけど、実際は何者なんだろう。窓を開けてどこで鳴いてるのか耳を澄ましてみたいけど、蚊が大量に入ってくるのでやらない・・・。大抵の昆虫は平気だけど、蚊とムカデだけは僕の天敵である。 気のせいかもしれないけど、昔はこんな変な声を出す動物なんていなかったはずなんだけどなぁ。鳴くのは決まって夜だから夜行性なんだろうけど、明かりのない闇の中で鳴く生き物は不気味だ。勝手な想像がリアルを無駄に誇張するからまた厄介だね。何もないのに一人でビビッてたりする。僕が勝手に思ってる謎の動物からしたら、喋ってるだけなのになんなの?って感じだろう。そりゃそうだよね。 けど、実は知らないだけで、案外見たことある動物だったりするかもしれない。というか、たぶんそうだと思う。「やや!こんち!実はあっしでした!」みたいに、風来坊を気取るイタチとか、そこらへんの小動物だったりして・・・。
2013年05月13日
コメント(3)
朝ご飯を食べたら、まず部屋の床磨き。これを三ヶ月半続けてきた結果、築二十年の床にしてはツルツルに光沢が出てきた。・・・ような気がする。足の裏触り?は明らかに前と違って、スイーッと滑りたくなるような居心地の良さがある。ガキンチョの頃から変わってないので、わけの分からない傷とかシミとかは取れないけど、寝転がって犬みたいに背中を擦りつける快感は味わえる。つまり綺麗だなって思えるということ。床磨きをするだけでも、違うもんだね。 ちなみに、猫を2匹飼ってる。狸のようなふとっちょと、魔女の宅急便のジジをよりナイスガイに仕立て上げたようなハンサム。こいつらの抜け毛すごい。毎晩僕の部屋で眠るもんだから、朝になると「うへ・・・」と思う。掃除機をブイブイ言わせて、猫さん方の毛を吸い込むわけだけど、キリがねー。抜け毛の季節が早く落ち着くことを願う・・・。
2013年05月12日
コメント(3)
七月中旬。頭がおかしくなって10日ぐらい経ったのかな。詳しい日時は忘れた。一緒に作業をしていたパートのおばさんが唐突に、「あんたよかったねえ」と言ってきた。・・・なんのこっちゃい?と思いながら首を傾げると「社員に昇格させるかもしれないっていう話じゃないのよ」と、正に寝耳に水な言葉を吹っ掛けてきた。「まさか」とこの時は本気で笑った。「こんなつかえん人間が、いきなり社員とかありえんですよ」と、正直な気持ちで言った。でも、まんざらでもないらしい。仕事内容はまだまだアレだけど、やる気と向上心は凄いとの評判。今まで見た中で、一番まともに見える・・・とのこと。 嬉しさ一割、ビビリ九割。昨今の不況、就職難においてなんてことを言うんだとお叱りを受けることだろうが、この時、僕はその評価が恐かった。『社員になる』という言葉の重みに押し潰された。 また前みたいなつき合いを始めなきゃならないのか? 嫌な人が出てきたら、またストレスまみれになって終日イライラするのか? 業務時間内だけのつき合いでは済まなくなる。 また責任が追及される。一人のミスが全員に迷惑を掛ける。 陰口と、愚痴と、嫌味に揉まれて、また全体に目を配らせなければならないのか? 嫌だった。恐かった。人との繋がりが嘘っぱちで、手を携えるのは自分の利害が一致したときのみ。他人を利用して生き残ろうとするのが人間社会の基本。自分の給料が一万円アップしたら、他の誰かの給料が一万円引き下げられる世界。笑いも、酒の酌み交わしも、握手も、全部偽物。これまで社会で経験してきたことの全て、一瞬で頭をよぎっていく。「まだ分からないけど、工場長も本気っぽいよ」係長さんがそう言ったのを聞いて、心がどこかくらい闇の底に落ちていったのを感じた。そんな心境でも、お決まりの営業スマイルを浮かべていたのはもはや本能か・・・。心は嫌だと拒否反応を示しているのに「も、もしそうなったとしても、試験とかあるんですよね?僕、脳味噌空っぽですよ」とドライなことを言ってた。「ああ・・・あるにはあるけど、ないようなもんだよ。問題も教えてもらえる」と笑う社員。相手は心配するなという風だったけど、僕には茶番にしか思えない会話だった。 こんなんで万が一にも社員になったところで、また逃げ出すのが目に見えてた。ここでまた「お前の意見なんかどうでもいい。まずはやれよ!」と言われるかもしれないけど、本当にきつかった。一度病んだ心は、早々治らない。僕は初めてここで、もしかして本当にヤバイんじゃないか・・・と感じた。前に行った心療内科の言うことは半信半疑で、仕事を辞める口実ぐらいにしか思ってなかったけど、どうやら本気でイカれてしまっているらしい。 働くこと自体に意義を感じてたし、業務は楽しかった。問題は人だ。誰かを利用して自分が生き残ろうとするシステムが恐ろしかった。どんどん汚れていくのが耐えられない。こんな世の中だから、定職に就くことがどれだけ大変なのかは分かってる。一つの仕事にありつけるまで、何社も渡り歩いて面接を繰り返してる人の話は沢山聞く。けど、僕はその先に足を踏み入れられなかった。また人間の汚い部分に揉みくちゃにされて生活しなければならないと思うと、狂ってしまいそうだった。 無理。今の僕には期待はずれで終わるだけ。会社の人達の期待を大きく裏切って、失望させるのも恐かった。というか、それが目に見えていた。その場で「辞退します」と言いたかった。けど、言えない。周りの期待が高すぎて、タイミングを潰されてしまった。 それから数日後。いきなりぶっ飛んで、仕事を辞めようと決意した。このまま続けるかどうかの葛藤すらなかった。辞める。もう嫌だ。こんなキツイ思いはもうしたくない。心の中でギャーギャー叫んだ。
2013年05月11日
コメント(5)
七月上旬。一度降り出せば暴雨となってた去年の梅雨が明けたくらいの頃。仕事は相変わらず出来たり出来なかったりを繰り返しながらも、なんとかやりくりしてた。この『なんとかやりくりしてた』って言ってる時点で、すでに限界に近かったんだと思う。何が限界なの?と訊かれたら「心?」って疑問符をつけて答える。 相変わらず無駄に動いて、大粒の汗を散らしながらの勤務。誰かに話しかけられると心臓がドックンと大きく動いてた。なぜか分からない。仕事の話の時も、プライベートな話をするときも、常に緊張がまとわりついてた。その度に、無意識に浮かび上がってくる営業スマイル。これ、前の仕事の名残。相手に悪い印象を与えまいとして、自然と身についた愛想笑いだ。でも、この表情を作るのにも疲れを感じ始めてた。 ある日ふと、僕は何をしているんだろうと考え出す。また心にポッカリと穴が空いているのに気づく。仕事をこなせるようになりたいのか、人に気に入られたいのか、どっちだったっけと頭が混乱した。なんでこうなったのか、今でも分からない。とにかく、ある日を境に自分の頭の中がよく分からなくなってた。それまで無我夢中で仕事に打ち込んできただけの、単純な生活を繰り返してただけなのに、突然、ガス欠を起こした車のように立ち止まってしまった感じ。ぽつんと、虚しさばかりに囚われていく。 余計なことを考えると、また深みにはまっていくと思った。けど、それを断ち切ることが出来ない。頭が重たくて、脳味噌の中心がゴチャゴチャといろんなのを思い出させてきて、支離滅裂になった。 一つのことに集中できない状態になったため、それまで出来ていた些細な作業にもミスが出てきた。ここにある紙の束をあっちへ移動させる・・・という単純な往復でさえ、三回に一回は間違える始末。当然、怒声が飛んでくる。自分でも、自分に苛ついてた。「真面目にやれ、能なし!」と心で叫んだのを覚えてる。 休憩時間に吸ってたタバコの味も素っ気なくなった。というか味なし。ハッカ入りの煙を吸い込んで、スーハースーハーしてるだけ。喫煙所に集まってくるパートや社員と話をしても、笑えなくなってた。笑うフリをするだけで、どう機嫌を取ろうかとばかりを考える自分がいた。今の自分の状態を知られたら、呆れられる。そう思うと必死だった。『ダメだコイツ』と露骨な顔をされるだけは見たくない。もしそうなったら発狂する・・・そんな気がしてた。 なんでこうなったんだろう。発端はなんだったんだろう。思い出そうとしても、その切っ掛けがまったく思い出せない。今でも首を傾げるばかりだ。原因が判らないままに、僕はまた訳の分からない方向へと進んでいく。今となってはどうしようもないことだけど、マジで、何がしたかったんだろう・・・。
2013年05月09日
コメント(4)
ゴジラVSデストロイアを観た。これも久しぶり。劇場公開は1995年。95年・・・か。小学六年生の頃だ。もうそんなに経つんだねえ。『ゴジラ死す』のキャッチコピーは、リアルタイムで見たっけか。 これ、今観たら他の人も昔と違う観点で考えるだろうね。初期作品以来の、ゴジラの存在意義が改めて示されていると思う。原爆が原発に置き換わっただけで、言ってることは同じ。再放送なんか絶対されないだろう。もうガキンチョの頃みたいに、ただの怪獣映画として観るわけにはいかんのだなぁ・・・。昔は『悪いヤツ』一筋で捉えていたデストロイアの面が、人類の心を表しているように思えた。デストロイアの目的は、やっぱりその名の通りだったのかな。だとしたら、やっぱり人の写しだね。 メルトダウンするゴジラをオキシジェンデストロイアで葬り去ろうとする人の手前勝手な考えは、危機に直面しても変わらない。どのみち世界が壊滅するのなら、なりふり構っていられないという狂気もまた恐ろしい。こういうところを制作側が意図して作ったのかどうかは知らないけど、気をつけなさいよーっていう裏メッセージだったのですかね。天災を建前にして、『人災』で墓穴を掘っていく今の世の中からすると、皮肉にしかおもえん。 ちなみに、映画の最後に出てくるゴジラのシルエットは、死んだと思われていたゴジラジュニアらしいですね。先代ゴジラの放射能を吸い込んで復活し、完全なゴジラになったということらしい。歴史は繰り返すってことかい?
2013年05月09日
コメント(2)
全101件 (101件中 1-50件目)