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このブログの内容について改めて記しておきましょう。私は昭和60年から12年間タクシーの運転手をしていました。その大半は観光専門ドライバーとして北海道中を走り回っていました。 私が勤めていた会社はもう倒産してしまいましたが、観光にはかなり力を入れていました。研修はバスガイドさん並の厳しいもので、毎年春になると明番、公休日に卓上講習や実地研修を受ける毎日でした。一年目は札幌市内観光や小樽など日帰り圏内、二年目は洞爺・登別など宿泊を伴う道央圏、三年目は函館など道南方面、四年目に道東、五年目に利尻・礼文を含む道北で完了です。私は全てのカリキュラムを習得して北海道中を走っていました。 そんな経験から観光の目玉スポットや案内したお客様とのエピソード、習得した知識、北海道に対する思いなどを様々なエッセンスを散りばめつつ、大好きな北海道を紹介しようというものです。行き過ぎた思い込みや、偏見なども多少あるかも知れませんが、どうかご容赦いただき、楽しくご覧下さい。頑張って頻繁に更新するよう心がけますのでこれからもご愛読下さい。
2014年09月09日
摩周湖は約7000年前、今は外輪山として残っている摩周岳(857m)の巨大噴火によって生成された窪地に水がたまったカルデラ湖。面積19.1 km2、周囲19.8 km、透明度19.0 m、日本では1番、世界でもバイカル湖についで2番目に透明度の高いきれいな湖である。湖の真ん中に「カムイシュ」という島があります。これにまつわるアイヌ伝説はいずれまたお伝えします。湖には河川の出入りがないにもかかわらず年間を通じて水位の変動が少ないことから、近隣に伏流水が流れ込んでいると考えられた。調査の結果、伏流水は湖の南東8キロにあるさけますセンター虹別事業所近辺の他、神の子池(清里町)や多和平(標茶町)などにも伏流しているとみられている。 歌にも歌われたとおり、「霧」は摩周湖の代名詞です。特に6月~7月、観光シーズンの特に午前中は湖面が霧(雲?)で覆われている日が多いです。実は霧が晴れて湖面を覆っている雲海が徐々に消えてゆく瞬間が絶景で、まさに「神秘の湖」の瞬間をごく稀に見ることができます。 旅行会社の行程表には川湯温泉に宿泊後翌朝に摩周湖見学という予定が組まれているケースが有るが、私はそれを無視して多少遅くなっても前日のうちに摩周湖を案内してしまう。そうすると霧で見えないというリスクを回避することができる。他にも行程表を変更する場合がある。例えば美幌峠から屈斜路湖を望む場合、午前中は逆光となり写真撮影が難しいので午後に変更したり、そのスポットごとにベストな条件で見学できるよう心がけている。もちろんお客様にはきちんと説明して了解を得ている。小回りが利くタクシー観光ならではの利点の一つである。 摩周湖の一般的な見学スポットは第一展望台です。レストハウスでは土産品のほか、いももちや、かぼちゃもちがお勧めです。注意点としてはソフトクリームを持って外を歩いているとカラスに襲われる危険性があります。特に女性とお子さんは要注意です!ソフトクリームは多分この次に行くであろう硫黄山のレストハウスのソフトクリームが美味しいのでもう少し我慢したほうが良いでしょう。 第一展望台が観光バスで混雑している場合は、この先に有る第三展望台からの眺めも素晴しい。冬季間はこの先は除雪していないため、ここでUターンして戻らなければなりません。第一展望台からカムイッシュ方向の対面側に裏摩周展望台が有るが、ここは清里側から登らなければ行けないので、遠回りになってしまう。かつて第一展望台で写真撮影に邪魔だという理由で木の枝を切ってしまった輩が逮捕された事件が起きたが、国立公園内ではもちろん禁止行為なので、そんな馬鹿なことはしないで下さい。冬季以外はこのまま進み第三展望台を経て川湯方面に下って行きます。
2014年09月07日
阿寒横断道路と呼ばれる国道241号線は峠道を過ぎ平坦な直線道路に変わります。この辺りから広大な屈斜路カルデラが広がります。弟子屈町に向かい市街地手前右手に弟子屈飛行場が見えてきます。ここは摩周湖や屈斜路湖の遊覧飛行のための夏季限定で使用されています。以前ここを経営する北海道航空でパイロットをしている友人が「丘珠空港(札幌)から弟子屈まで遊覧飛行機を運ぶので一緒に乗って行くか?」と誘われて同乗したことがあります。一般のジェット機とは違いかなり低空を飛ぶので、歩いている人の姿も見える程ほどでした。かなり揺れたのが怖かったですが、きっとこれで遊覧飛行をしたら摩周湖も屈斜路湖も美幌峠なども手に取るように見えるのだろうなと思いました。一度体験してみてはいかがでしょうか?飛行場の東側の丘の上に900草原という展望台が有ります。根釧地域にはこの他、多和平・開陽台など大パノラマを堪能できる展望台がいくつか有りますが、900草原は人里に近く放牧されている牛たちを間近で見ることができるので、ほんとうの北海道の雄大な大地を楽しむことができます。また、弟子屈市街地には弟子屈温泉(摩周温泉)があります。同町内には北海道を代表する川湯温泉があるため、弟子屈温泉の利用者は限られますが、なかなかの名湯です。弟子屈飛行場を過ぎるとR241は左カーブ、更に右カーブとなり市街地が開けてきます。ほどなくすると右手に道の駅摩周温泉が現れます。道の駅の隣にはヨーロッパ民芸館が有ります。ヨーロッパ民芸館には、18世紀からのイギリスを中心としたヨーロッパの希少なアンティーク家具、民具、地図、楽器等、500点を展示されており、中でも世界最古のオルガン型自動演奏オルゴールは貴重な文化財です。私は箱物の観光施設はあまり好きではないので、こういう文化施設以外はあまり観光客に紹介しませんが、私はこの施設には必ず立ち寄っていました。残念ながら現在は閉館しているそうですが、復活を願っています。そういえば私が現役の観光タクシー時代から観光バスのツアー客がここを訪れる姿はあまり見かけませんでした。 R241はこの先、国道241号線との交差点で終了です。この交差点を右に行くと中標津、別海方面です。ここを左折して摩周湖に向かいます。左折してまもなく(約500m)で道々52号線(摩周湖・川湯銭)を右折します。ここまで来たらこの歌を合唱しなければなりません。 「霧の摩周湖」霧に だかれて しずかに眠る星も見えない 湖にひとりちぎれた愛の 思い出さえも映さぬ水に あふれる涙霧に あなたの 名前を呼べばこだま せつない 摩周湖の夜 あなたがいれば 楽しいはずの旅路の空も 泣いてる霧にいつか あなたが 話してくれた北の さいはて 摩周湖の夜
2014年09月05日
皆様の応援のお陰で、このたび11万アクセスを突破しました!たいへんにありがとうございます。(感謝) 五月中旬に網走市卯原内にヒグマの足跡と糞が発見されたとのニュースが有りました。 卯原内といえば日本一のサンゴ草群生地として知れれている。 昨年九月中旬にサンゴ草を見に行こうと思い、私は病気のせいで長距離運転が無理なので友人を誘い、サロマ湖鶴雅リゾートを予約しておきました。 予定は大雪山銀泉台で紅葉を観賞後、網走市能取湖卯原内でサンゴ草を見てサロマ湖温泉で一泊して帰る予定でした。しかし、前日のニュースで大雪山銀泉台で初雪が降ったことを知り、急遽キャンセルすることになりました。たしか一昨年も同じ時期に初雪が降ったことを覚えています。ということはもうすぐ雪の時期になるかも知れませんね。 急な事だったので、キャンセル料金が掛かることを覚悟してサロマ湖鶴雅リゾートにキャンセルの電話をしたところ、「予約されていない」と、言うではありませんか。「お受けした担当者の名前を覚えていますか?」と聞かれたので、「大西社長に直接頼んだ」と言うと、「申し訳ありません、社長は予約漏れをすることがよくあるので確認してみます。」と言われた。東大出の秀才でもこんなことがあるんだなと、カリスマ社長の人間臭さを垣間見た気がして、妙に親近感を覚えた。そういえば、たまたま参加した商工会の研修会で大西社長が公演することを知り、聴きに言ったことがある。終了後社長が歩み寄って来て、「突然知合いの顔を見ると緊張するので、来るなら連絡下さいよ。」と照れていた。この時も可愛い人だなぁという印象を受けた。いずれにしてもキャンセル料金が掛からなかったので、社長の失敗に感謝しました。もし同じ失敗を部下がしたならば、彼は烈火の如く噴火していたに違いないでしょう。
2014年09月02日
前にも紹介しましたが、あずましい(気持ち良い・心地良い)という方言があります。道民なら誰しも使ったことがある言葉です。 私は温泉に漬かって手足をおもいきり伸ばして思わず「あずましい!」と発してしまい、そばに居る人に「あずましいですね」と、声をかけると、一様に「あずましいね!」と返してくれます。これは気持ち良いの最上級で、むしろ快感と言ってもいいかも知れません。 尊敬する池田大作創価学会名誉会長の著書、『愛する北海天地』の冒頭のページに、北海道には「あずましい」という言葉がある。語源は、我妻が側に居る様な安心感。と記されています。私は妻が側に居ると安心感よりむしろ緊張感の方が強いかも知れませんが・・・。 北海道には妻を愛し、家族を敬愛する平和を願う文化が言葉として根付いています。
2014年08月26日
第二次世界大戦終戦直前の1945年2月にクリミア半島のヤルタ近郊で、アメリカ・イギリス等の連合軍にロシアを加えた大国首脳によって、終戦後のドイツ・日本の領土問題等について話合いが行われた。いわゆる「ヤルタ会談」である。東西冷戦の発端とも言われる会談とも言われているが、信憑性の高い文献が見当たらないため、その問題に対してコメントは差し控える。 会談では早期に終戦を迎える手段の一つとして、ロシアに参戦をだしんした。引換えにロシアには戦後の領有権が与えられることとなった。ロシア側の要望は樺太と千島列島の全島支配(北方領土)に加えて、北海道の北半分(釧路と留萌を直線で結んだ線を国境として北半分)を支配することを申し出た。もし仮にロシアの理不尽な要求が通っていたら、北海道もベルリン同様に壁で分断されていたかもしれません。そうなると釧路・留萌・旭川・北見・知床・稚内・富良野などもロシアに取られていたかも知れません。北方領土が未だ返還されていない現状を考えると、全身が凍りつくような思いがします。 この理不尽な要求に対してアメリカのルーズベルト大統領はロシア首相のスターリンに対して「日本はアメリカに対して降伏するのであって、スターリンに降伏するのではない。アメリカにひれ伏す住民が住む北海道を分断することはまかりならん!」と、一括したという。つまり、ルーズベルトによって北海道は守られたのであります。 ルーズベルトは北海道にとっていわゆる諸天善人(仏教用語)となった訳です。
2014年08月25日
このブログは2006年に脳梗塞で倒れて左半身麻痺の障害者になってしまった私の機能と記憶回復、自身の知識と経験を留め残す目的で、2007年3月からスタートしました。ブログのタイトル『世界の憧れ北海道』は、私の人生の師匠として尊敬する池田大作創価学会名誉会長が、北海道の会員に送られた『世界の憧れ北海道の誇り』のお言葉を引用させていただきました。 2009年に、くも膜下出血で倒れた以降は、記憶障害や意欲低下に悩まされ、更新が遅れがちになっています。同時に車の運転も医者から1時間以内に限定されているため、取材や情報収集の行動範囲が限定されているので、中々新しい情報がお届けできない現状ですが、もう間もなく11万アクセスに到達しようという今、改めて初心に返って記事の更新に精力を傾けますので、引き続き応援よろしくお願いします。
2014年08月22日
約4ケ月振りの久しぶりの更新です。気がつけばもう2月、札幌雪祭りも始まり、ソチオリンピックも開催されました。冬季オリンピックの代表選手の約半数は北海道出身者です。当然のですが道民として、応援する熱が高まります。我が高校の後輩、男子ジャンプの葛西紀明君頑張れ!金メダルに一番近いと称される女子ジャンプの高梨沙羅ちゃん頑張れ!カーリング女子の道銀チームも頑張れ!女子アイスホッケーのスマイルジャパンも負けるな!スピードスケート男子の長島圭一郎、加藤条治両選手!中でも私が密かに注目している選手はスピードスケート女子の辻真希選手です。これまで2度の五輪選考会で転倒して惜しくも代表を逃して、今回が初出場になりますが、実力はすでに国際レベルで、スタートは世界のトップレベルだと言われています。北海道以外の女子モーグルの上村愛子選手、女子フィギアの浅田真央ちゃんもみんな頑張って欲しいですね。とにかく寝る暇を惜しんで応援したいと思います。2月3日は節分でした。世間では豆まきや恵方巻きで厄を落として福を招き入れようとしていましたが、私は身も心も洗い流して福を呼び、新しい季節を迎えるべく温泉に行くことにしました。場所は札幌から向いて鬼門の方角にあたる長沼温泉に温泉仲間の友人を連れ立って行って来ました。札幌から来るまで1時間程の長沼温泉は、湯冷めしにくいとても温まる温泉なので、しばれる冬には恋しくなり、度々足を運びます。逆に夏場はなかなか汗が引かないため苦労しますが、冬は快適です。泉質はナトリウム・塩化物強塩泉(高張性弱アルカリ性高温泉)やや濁ったお湯で、塩分がかなり強めです。源泉の温度は51℃と高め。pH値7.8の弱アルカリ性泉で、肌に優しい泉質です。保温性に優れた泉質で「熱の湯」とも呼ばれ、身体を芯からぽかぽかと温めてくれます。湧出量は毎分1150リットルもあり、道内トップクラスの湯量で源泉かけ流し(一部循環併用式)です。 適応症は神経痛・筋肉痛・関節痛・慢性消化器病・疲労回復・冷え性 等の分析ですが、友人は凍結路面で転倒した時に負った手のひらの傷がすっかり癒えたと喜んでいました。長沼温泉は「国民保養温泉地」として環境省から指定を受けている国にも認められた優良な温泉です。国民保養温泉地とは、温泉の利用促進を狙い、温泉法第14条に基づいて環境省が指定をした温泉地のことで、全国で91箇所、道内は15箇所が指定されています。 昼食は別棟のバーベキューコーナーで長沼名物のジンギスカンを堪能しました。長沼には長沼ジンギスカンとかねひろジンギスカンの銘柄の他、地元佐藤精肉店のサトウジンギスカンの3社がしのぎを削っています。友人も私も果実をふんだんに使ったまろやかな甘さのタレに漬け込まれたサトウジンギスカンのファンです。冬はやっぱり温泉ですね!節分温泉も新しい風習として、全国的に定着させたいと考えています。
2014年02月08日
台風一過と共に一斉に寒気が入ってきたようで、昨夕から雪の便りが届いています。峠や高速道路では夏タイヤ規制の箇所も出てきたのでそろそろ冬タイヤ装着の準備をしなければなりません。この嵐で阿寒横断道路のR241は一部通行止めの箇所もあったようです。皆様をしばらく阿寒湖で足止めさせてしまいましたが、いよいよ摩周湖方面に向けて出発しましょう!阿寒湖温泉を出てR240・R241を左折します。阿寒湖の東端、雄阿寒岳登山道を進んだ先に、2つの小さな湖があります。火山活動が作り出したカルデラ(噴火で陥没した地形)にできた湖で、静と動の全く対照的な姿を見せます。太郎湖は滝口から約10分、次郎湖は太郎湖からさらに10分ほどのところです。広葉樹、針葉樹の原生林に囲まれひっそりとした湖は神秘的。森林浴に最適のスポットです。この二つの湖は車窓から見えないのが残念です。この先右カーブになり開けた辺りに分岐点があり、国道の重複区間はここまでです。 直進がR241で弟子屈・摩周湖方面です。右折がR240になり釧路方面に向かいます。釧路は別ルートで案内するとして、まずは直進して摩周湖方面に向かいましょう。この辺りはエゾ鹿がよく出没します。特に雪解けの3月・4月頃には道路沿いに群れをなしています。時として道路を横断しようとして交通事故に遭うケースもしばしば有ります。私の知人に鹿をはねてRV車が大破してしまった人もいます。ご通行の際は十分お気を付けください。R241はほどなくしてつづら折りの登り道になり、阿寒湖温泉街から弟子屈方面に約20km。阿寒横断道路の最高地点にある自然美探勝の名所、双岳台が開ける。雄阿寒岳(1371m)と雌阿寒岳(1,499m)は阿寒国立公園のシンボル的存在。その2つの山が並ぶ姿が見られるのが、ここ双岳台だ。秋の紅葉、冬の銀世界の美しさも格別。双岳台からおよそ5km先にある道路脇の展望地に双湖台があり、樹海の中に静かにたたずむ2つの湖を見ることができる。手前に見えるのがペンケトー、奧がパンケトー。それぞれ、アイヌ語で「川上の湖」「川下の湖」を意味している。双湖台からはパンケトーの姿が小さくしか見えないが、実は実際に大きいのはパンケトーの方である。神秘的な眺めをお楽しみください。ここからは一気に下りの急カーブが続き、およそ5km程で弟子屈町へと続きます。弟子屈町を含むこの界隈は屈斜路カルデラと呼ばれる火山陥没地形。東西約26km、南北約20kmは、阿蘇(あそ)カルデラに次ぎ 日本第2の規模。複数の成層火山が約180万年前の噴火によって形成されたものです。次はいよいよ霧の摩周湖及び屈斜路湖の予定。今日はここまでにして次につづきます。
2013年10月18日
もう間もなく温泉が恋しい季節になります。そこで是非ご紹介したい情報です。 洞爺湖温泉街で一人6000円から宿泊・食事・2次会が楽しめる観光パック「グデングデンヘブンツアー」(11/15~12/15)の予約が始まっている。宿泊施設と飲食施設がスクラムを組んだスペシャルパックで、計36施設の中から希望の施設を自由に選べるが、原則1部屋4人からで、一人6000円~9500円の料金で食べて飲んで、ぐっすり眠れる洞爺湖ツアーを満喫できる。 申し込み・問い合わせは(0142・75・4728)グデングデンヘブンツアー実行委員会まで。 洞爺湖名物のひとつになった「ロングラン花火大会」は10/31で終了してしまいますが、2013年11月1日予定~2014年3月31日の期間で冬の洞爺湖温泉街を彩るイルミネーションストリートが開催されます。湖畔に続くストリートが1万2千球のイルミネーションに灯されます。また、洞爺湖観光に欠かせないスポットとして有珠山・昭和新山があります。この辺りは20年~50年程の周期で噴火が繰り返されております。最後の噴火が2000年(平成12年)だったので、東京オリンピックが行われる2020年頃から次の噴火に備えての心構えが必要かもしれません。昭和新山の麓にある三松 正夫記念館(昭和新山資料館)も必見です!有珠山・昭和新山周辺は日本最初のユネスコ世界ジオパークに認定された地域であるため、三松 正夫記念館に活動拠点が置かれています。三松 正夫は有珠郡壮瞥町の壮瞥郵便局長で、昭和18年から有珠山麓の麦畑から突如として活動を開始した昭和新山の定点観測を続ける。その手法は地震の回数を皿に置いた豆で記録、台に顎を乗せ視点を固定し、水平に張った糸で日々の形状の変化を計測するという独創的なハンドトレスの手法で作成された。 この図はミマツダイヤグラムとして世界でも貴重な火山活動の記録となった。 その後、荒廃から守るために1946年(昭和21年)に私財を投じて土地ごと購入し天然記念物への申請などの保護に努めた。これらの資料や記録は世界遺産にも匹敵するほど貴重なものなので、是非見学されることをお薦めします!北海道が世界に誇るべき大切な宝です!
2013年10月12日
台風24号の影響なのか晴天が続いている札幌です!道東観光もいよいよメインの観光地の一つ阿寒湖に到着しました。阿寒湖は合併により現在は釧路市に属しています。阿寒国立公園の中心として、世界中の観光客が訪れる。最近は特にドラマの影響から憧れの場所として中国人観光客が激増しています。周囲30km、最深部45m、北海道で5番目に大きい湖です。阿寒国立公園は千島火山帯の活動によってできた阿寒・屈斜路・摩周の3つのカルデラ地形を基盤とした、火山と森と湖が織りなす豊かな原始的景観を有する公園です。 川湯地域では、世界有数の透明度を誇る摩周湖や、周囲の峠や山から一望できる屈斜路湖の美しい景色、季節ごとに変化する森林の景色が見どころです。また、これらを源とする川湯温泉は良質の温泉として人気があります。 阿寒地域は、悠然とそびえる雄阿寒岳・雌阿寒岳やその周辺に広がる阿寒湖、オンネトー等の湖沼の美しい景色が見どころです。また阿寒湖はマリモが生育する湖としても有名です。大島、小島、チュウルイ島、ヤイタイ島の4つの島が有り、チュウルイ島には特別天然記念物のマリモが観察できるマリモ展示観察センターがある。さらに、温泉街の東端にあるアイヌ生活記念館は古い時代のアイヌの民家を再現した生活記念館「ポンチセ(小さい家)」には、生活用具や衣服などを展示しており、アイヌ民族の暮らしぶりが偲べます。またエカシ(長老)やフチ(おばさん)が常駐し昔の話などが聞けます。 湖畔からは遊覧船が出ているほか、環境省の阿寒湖畔エコミュージアムセンターや、阿寒湖周辺の自然保護に貢献した前田一歩園財団が保有する前田記念館(前田一歩園初代理事長であった前田光子の山荘)がある。また前田一歩園の程近くにあるボッケはアイヌ語でポフケ(煮立つ)に由来。地中のガス噴出によりボコッボコッと煮立つようになり、冬でもそこだけ雪がない。 湖畔温泉の泉質は単純泉、硫黄化水素泉38~85度で、神経痛、冷え性、疲労回復、リューマチ、慢性消化器病、痔疾などによいとされています。阿寒湖温泉では、温泉や露天風呂はもちろん、手湯、足湯などバラエティーに豊かな温泉が各所で楽しめます。十数件の温泉宿があり、お土産店などの商店街も充実した道内有数の温泉街として人気があります。 宿泊宿はあくまでも個人的ですが、あかん鶴雅リゾートスパ 鶴雅ウィングスがお薦めです。施設も料理もサービスも一級品で、「一度は泊まってみたい宿」に例年上位にランクされる憧れの宿です。急ぐ旅でもないので、今日も阿寒湖でゆっくり休みましょう。
2013年10月10日
PCはとうとう再起不能になってしまったため、久しぶりの更新になってしまいました。会社のパソコンで上司や同僚の目を盗んで密かに更新しています。8月、9月と暑い夏が過ぎて、朝晩めっきりと冷え込むようになってきて所々の山で初冠雪の知らせが届くようになってしまいました。雪虫が飛んでいるのも見たので、札幌にもあと二週間程で雪が降るのでしょうね。また長い冬が来るのかと思うと重たい気持ちになってしまいます。道東観光も足寄町でストップしたままでしたが、改めて再出発しましょう!足寄町の市街地を過ぎて国道241号線を北に(阿寒湖方面)向かいます。15km程進んだ左手にラワンドライブインがあります。この辺りから天気の良い時には雌阿寒岳(1499m)・阿寒富士(1476m)を望むことができます。オンネトーは両山の麓にひっそりと広がる神秘の湖です。その美しさはオコタンペ湖・東雲湖と並んで、北海道三大秘湖と呼ばれています。また、ラワンドライブインの裏手には足寄町名産のラワンブキが栽培されており、背丈を越える巨大なふきを間近に観察することができます。また、ドライブインでは搾りたての生乳が味わえ観光客には大好評です!R241をさらに進むと螺湾の集落があります。地図を見るとこの辺りからオンネトーに向かうルートがありますが、ここは以前にも書きましたが道幅の狭い砂利道のため避けたほうがいいですね。もっとも現在は通行不能だと聞きました。オンネトーへは国道を20km程進み、右手に看板が見えてきます。しばらく急勾配の上り坂が続き、登りきった辺りには硫黄の匂いが漂っていて、オンネトー温泉(野中温泉)が有り、ユースホステルと温泉旅館が一件ずつ建っています。ここから道なりに下がってゆくと左手に湖が現れ、程なくして湖畔に到着します。湖畔からは雌阿寒岳(1499m)・阿寒富士(1476m)を間近に望むことができ、その雄大な姿を湖畔に映し出してくれます。雌阿寒岳の噴火により西麓の螺湾川の流れが止められてできた堰止湖で、湖水は酸性で魚類は棲めないが、エゾサンショウウオとザリガニが棲息する。周囲2.5km最深部10mの小さな湖だが、湖面は刻々と色を変えることから五色沼の別名もある美しい湖です。湖底から火山性硫化水素が噴出しあたりに立ち込めているため、湖畔一体は禁煙となっているのでご注意ください。冬期間は結氷のため湖に続く道は閉鎖されます。湖の南東方向にある2つの湯の滝は天然記念物、日本の地質百選の1つであるが、外来魚が持ち込まれ生態系を乱すという問題から現在は入浴禁止となっている。R241に戻り右折して足寄峠を過ぎるとまりも国道との交差点まで下りが続きます。この辺りは時としてヘリコプターによる速度取締が行われているので要注意です!!また、まりも国道との交差点には一時停止があり、十分減速して交差点に侵入して下さい。ここは交通量が多く特に冬期間はスリップして止まれないことが多々ありますのでご注意ください!大事故につながります。このT字路左折すると北見方面、右折は釧路方面です。ここを右折して阿寒湖畔の温泉街に向かいます。まりも国道(R240)とR241はこの先弟子屈方面との分岐点まで重複国道としてルートを共にします。重複国道を7~8km進み左手のガソリンスタンドの先の信号から左折すると突き当りに阿寒湖が見えてきます。T字路を左折すると阿寒湖温泉に入ります。阿寒湖の名所などは次に回し、今日のところはこのぐらいにしておきましょう。今度からは頻繁に更新できるように頑張ります!!
2013年10月09日
参議院選挙が終わり、街に静寂が戻ってきました。結果はともあれねじれ解消が実現し、安定した政治が期待できるようになり、やっと安心して暮らせる素地が出来上がりました。札幌も夏本番のはずなのですが、昨日、今日は気温が低くむしろ寒いぐらいでした。24日までは18日連続の夏日が続き、25日も夏日になって19日連続となると68年振りの記録的な暑さになっていたはずなのですが、ホット一息つけました。一昨日は久しぶりの雨でしたが、霧雨状態で多少潤った程度で、我が家のトマトは多少湿った程度でした。この時期霧が多い道東の釧路や根室方面では霧雨のことを「ジリ」と呼んでいます。傘をさす程の降りではありませんが、霧吹きで水を掛けた様に顔や髪の毛はびしょ濡れになります。大雨ではないので降水量自体は少ないのですが、農作物や牧草には確実に潤いを与えてくれます。夏の霧は交通機関等に影響を及ぼしますが、けして悪いことばかりではありません。ところで、釧路の人は気温が25度以上になると暑くて働けなくなると釧路に住む知り合いが言ってました。大袈裟な話だと思いましたが、夏でもストーブを方付られないという話は色々な人が言っていました。釧路は冬は寒いですが、札幌よりはるかに雪が少ないので個人的には羨ましく思います。PCがどうも本調子ではないので中々更新することが出来ませんが、ゆっくりやりますので宜しくお願いします。
2013年07月26日
PCがクラッシュしてしまったため、しばらく更新が途絶えてしまいました。 その間、7/6・7日に北海道ご当地グルメグランプリが芽室町で行われ、「十勝清水牛玉ステーキ丼」が見事に大賞を獲得したそうです。私は未調査で、もちろん食べたことも無いので、詳細を確認してから改めて報告します。サンマ漁の全国トップを切って北海道東部の太平洋沖合のサンマ流し網漁が8日、解禁 され、釧路や根室などの漁港では、解禁に備えて7日深夜から漁船が出港していった。 今年は魚群の薄さが懸念されている上、燃油高も影響して、出漁を見合わせる船も多いという。(7/8読売新聞より)これから夏本番だというのに、早くも秋の話題に驚きました。サンマ漁解禁のニュースを聞くと思い出す味があります。それはサンマでは無くサンマを追って網に掛かる「サバ」が絶品です!!この時期にしか味わえないかなりのレア物ですが、釧路で寿司店を営む親類の店の自家製シメサバの味に言葉を失いました。「関サバ」を完全に越えていました!!あまり市場には出回らないようですが、できれば多くの方に味わってもらいたいと思います。さらに7/12日は北海道南西沖地震が発生して20年目でした。大津波の被害に遭った奥尻島は完全に復旧して、新しい生活がすっかり根付いている様です。当日私は札幌琴似の繁華街で仲間と飲んでいて、丁度トイレに入っている時に地震があったので、フラフラとしたので酔いが回ってきたのかなと感じました。まったく呑気なもので被災者の皆さんには不謹慎で申し訳ありません。奥尻島は港や防波堤の復興まで5年ほどかかったそうです。東北の皆さんも必ず復興できるのでもう少し辛抱して下さい!心から応援致します!!道東観光の続編と、グルメ情報は次回以降に更新するので、乞うご期待!!
2013年07月18日
一昨日は札幌でこの夏初の真夏日。最高気温は足寄町の34度でした。昨日は札幌の31度を含め、道内75ヶ所で真夏日を観測しました。 いよいよ北海道も夏本番といったところでしょうか!道東観光も10回目となりました。亀の歩みの様ですが、今日ものんびり行きましょう!日勝峠を下りR274は突き当り左折し次の信号を右折して鹿追町に向かいます。十勝清水と鹿追を結ぶ国道274号沿いに位置する展望台、美蔓パノラマパークからは日高山脈を端から端まで見渡すことができ、眼下には畑が織りなすパッチワークのような十勝平野ののどかな農村風景が広がります。R274を鹿追町との境界付近まで進むとバッタ塚があります。開拓当初の明治13年(1880)8月「トノサマバッタ」の大群が異常発生し、手のつけようがなく、1度地上に降りれば草となく葉となく、青いもの忽ち蝕ばれて其の跡赤土の如く化したとされました。以後いなごの大群など数年続いたが、地道な駆除活動でなんとか収まった。駆除した死骸を集め弔ったこの地にバッタ塚として残されている。 鹿追町は隣町の新得町と並んで蕎麦の産地として有名です。また、大雪山や然別湖等の自然や温泉などの観光資源に恵まれ、多くの観光客が訪れます。大雪山国立公園は国内最古で最大の国立公園です。鹿追の平野部から若干の登り道に入ると道の両側に広がる白樺林から夏は木漏れ日が涼しげに光り、もっとも北海道らしい景色が広がります。山道を登り林が途切れ岩肌が見えてくる辺りは千畳崩れと呼ばれる地域で、特別天然記念物「エゾナキウサギ」の天然保護区域となっています。車を留めてエンジンを止めて耳を澄ましてみると「チチチ、チチチ」という鳴き声が聞こえるかもしれません。然別湖の手前の駒止湖という周囲800mの小さな湖があります。馬で訪れた人が馬の歩みを止めて思わず見入ったほど美しい湖です。然別湖の700m東側にある東雲湖は日本の秘境100選、北海道三大秘湖(オコタンペ湖:千歳市・オンネトー:足寄町)である。周囲1km、面積0.04km2、最大水深2mの湖である。また、ナキウサギを見ることができる湖として知られているほか、湖には絶滅危惧種のエゾサンショウウオが生息しています。然別湖は標高810m。大雪山国立公園内で唯一の自然湖であり、北海道内で最も標高の高い湖です。 然別湖は、小規模な溶岩ドームが十数個集まった然別火山群の噴火活動によって、川が堰き止められて誕生したと考えられています。湖は南北に3.6kmで周囲は約16km。水深は99mと深く、透明度は最大で19mを超えるほど美しく澄んでいます。湖の周囲には、唇の形をした「くちびる山」(天望山)という標高1173mの特徴的な山があり、ここに生息するオショロコマ(マス科)は天然記念物に指定されています。夏はカヌーやカヤックなどのアウトドアがとても盛んで、全面結氷する冬になると50~80cmに厚く張った湖の上に雪と氷で作られる幻の村「しかりべつ湖コタン」が出現し、イグルーという氷の建物や湖上に巨大な露天風呂が作られます。然別湖では天望山が湖面に映り込み「唇」のように見えることでも有名で、ホテルの建つ然別湖畔からは大雪山国立公園で唯一の自然湖ならではの雄大で美しい風景を楽しむことができるでしょう。 湖畔からトンネルを抜けると糠平湖に通じる幌鹿峠(標高:1081m) 道道85号線・通称『パールスカイライン』がありますが、冬 期間は通行止めとなります。 糠平湖(上士幌町)は糠平ダムのダム湖で湖畔の糠平湖温泉には数件の温泉宿があります。温泉の泉質は、ナトリウム・塩化物-炭酸水素塩泉(重曹泉)で、肌が滑らかになるだけでなく、飲用することで胃腸病にも効くといわれています。湯温が50度から60度と高いため、多少加水している施設もありますが、温泉を循環している宿はありません。そのため源泉掛け流しの温泉を楽しめる温泉地として、温泉好きの方々から高く評価されています。タウシュベツ川に架かるタウシュベツ川橋梁(通称めがね橋)は糠平湖の水かさが 増える6月頃から湖面に沈み始め、10月頃には湖底に沈み ... 交通事故の多発などの 理由から、タウシュベツ川橋梁までの林道は許可車両以外通行禁止となっています。ナイタイ高原牧場は公共牧場としては日本一広い、総面積約1,700ha(東京ドーム358個分)の牧場で、牛 や馬の放牧を見ることが出来ます。ときどき鹿の姿も見られますが、これは野生のエゾシカです。自然いっぱいの高原 牧場で、地平線まで続く緑の芝のじゅうたんときれいな空気が目も心も癒してくれます。広大な面積の上士幌町を象徴する様な日本最大規模の牧場です。 R241を足寄町に向かう途中は「ネズミ採り」の要注意ポイントです!私も10年ほど前にプライベートで走行中に速度違反で検挙されました。途中、北見に抜ける道道88線を左折し山中深くに源泉かけ流しの芽登温泉があります。 R241の足寄湖を過ぎると間もなく足寄町市街に入ります。 ♪果てしない 大空と 広い大地の その中でいつの日か 幸せを 自分の腕でつかむよう♪ ♪歩き出そう 明日の日に ふり返るには まだ若い ふきすさぶ 北風に とばされぬよう とばぬよう♪ ♪こごえた両手に 息をふきかけて しばれた身体を あたためて♪ ♪生きる事が つらいとか 苦しいだとか いう前に 野に育つ花ならば力の限り生きてやれ! ♪≪作詞:作曲:歌:松山千春≫ 足寄町はシンガーソングライター松山千春の生まれ故郷です。別にナンタラ大地とかいう政党の宣伝ではありません。それにしても斡旋収賄罪で現在も公民権停止中の犯罪者が政党の代表を務めるなんて、我が国は本当に法治国家なのでしょうか?ぬけぬけと代表を務める犯罪者もどうかと思いますが、黙って見過ごしている有権者も無見識と言うしかありません!!そんな政党など応援するに値ありません!むしろ私は断固糾弾したいと思います!! 少しヒートアップしてしまいましたが、良きにつけ、悪しきにつけ、この町の出身者達は日本中にその名が知れ渡っています。クールダウンするためにも今日はここまでにしておきましょう。
2013年07月09日
いまや空前のB級グルメブームですが、食材の宝庫北海道にも数多くのご当地グルメが有るので紹介します。 札幌発のご当地グルメとしてスープカレーが有名ですが、30年近く前、発祥の店といわれる「アジャンタ」でスープカレーを初めて味わった時は「いったいこれはなんだ?」と、違和感を感じました。その後札幌発のご当地グルメとしてブレークするのですが、正直言って私はあまりお勧めできませんでした。その後スープカレーを口にしたのは、東京・下北沢で「札幌の味スープカレーが東京進出!」の看板に誘われてマジックスパイスという店でした。 もうひとつ札幌発のご当地グルメといえば「ラーメンサラダ」です。ラーメンサラダとは、野菜サラダとラーメンが組み合わさった食べ物で、冷やし中華より具材の 野菜の量が多いため、ラーメンというよりサラダとして北海道では居酒屋メニューの定番となっているほか、小 中学校の給食にも提供されています。ラーメンサラダは北海道の老舗ホテル札幌グランドホテル1階にあるビアホール「ビックジョッキ」が発祥で、1985年のオープン時からメニューに登場しています。この店のごまドレッシングが野菜と麺を絶妙に包みこんでくれるので野菜嫌いの私でももりもり食が進みます!! 道南函館のご当地グルメにコンビニ、ハセガワストアーが提供している「焼き鳥弁当」があります。(焼き鳥といっても豚肉ですが。)秘伝の甘辛いタレが肉の旨さを絶妙に引き立てています。ドライブ途中で手軽に購入できる人気の弁当です。 室蘭でも豚肉を使った「室蘭やきとり」が市民に愛されています。秘伝のタレとマスタードが特徴で、かつては鉄の町と呼ばれ工場労働者達が鋭気を養った名残が受け継がれています。もう一つ室蘭にはカレースープをベースにした「室蘭ラーメン」がポピュラーです。室蘭にはやきとりといい、ラーメンといい、独特の味覚の食文化が定着している様です。 秘伝のタレを使っているものには、道民のソウルフード「ジンギスカン」を秘伝のタレで味付けしている滝川市の松尾ジンギスカンがあります。いまや味付けジンギスカンは定番となっていますが、私が初めてまつジンを食べた時には「世の中にこんなに美味しい食べ物があったんだ!!」と感動しました。 まだまだ紹介したいご当地グルメがたくさんあるので、この続きはいずれ近いうちに紹介するので、乞うご期待!!
2013年07月06日
あるご夫婦を湖の近くの温泉ホテルに案内した時のエピソードですが、あえて場所とホテル名は伏せておきます。 お客さん達は先にホテルに入り、私は荷物を持って後から追いかけて行きました。チェックインの手続きを終えて3人でエレベーターに乗ると御主人が「フロントに随分大勢の人がいましたね」と言いました。しかしフロントには二人のスタッフしかいませんでした。「フロントに作業服姿の人たちが10人くらい居ましたよ」と言う御主人に奥さんが「気にしないでください!この人は他人に見えない物が見えるみたいなんですよ!」「霊感が強いんですか?」と聞くと、「そうなんです」・・・。私は荷物を部屋まで届けるとフロントを避けて遠回りして車に戻り、自分の宿に向かいました。確かにここのダムを建設中に十数名の建設作業員が犠牲になる大事故が起こりました。きっと犠牲になった人たちが「ようこそ」と、出迎えてくれたのでしょうか?あの夜御夫婦はぐっすり眠れたのでしょうか?私は霊感を感じないせいか、今まで色々な宿に泊まってきましたが、只の一度もお目にかかった事はありません。出張が多い仕事をしていた私にとっては大変ありがたいことです。
2013年07月05日
日高町に入ってすぐのR274とR237の交差点を直進すると突き当りになり、R274は左折し日勝峠方面に向かいます。右折すると日高町営のキャンプ場やスポーツ施設があり、日高地方唯一のスキー場、日高国際スキー場が有ります。その一角に宿泊可能な沙流川温泉ひだか高原荘があります。単純硫黄冷鉱泉で加熱していますが、大自然を眺められる癒しの温泉です。ただしあえて辛口の批評をすると施設が古い事と浴室に入った途端に漂ってくる塩素臭が不快でした。しかし、ドライブの疲れは確実に癒されました。先ほどの交差点に戻ると左角に道の駅が有ります。その一角に日本橋という食堂(そば屋だったかな?)で私は「そばかつ重」を食べます。かつ丼大好きな私にとって最高の御馳走です!日本全国色々な所でかつ丼を食べてきましたが、それなりのこだわりがあります。何と言ってもとんかつを出汁と玉子でとじたものが好きです!!ソースかつ丼やみそかつ丼も食べましたが、出汁と玉子でとじたものしか、かつ丼として認めたくはありません。私は糖尿病+高血圧症なので一日の摂取カロリーを1600kcに制限されているため、ここのそばかつ重を食べるとほぼ一日分の摂取カロリーに匹敵します。ここでお腹を満たしカロリー補給をして峠越えに備えます。日高市街を過ぎてしばらく進んだ千栄付近の沙流川の河原でヒスイが発見されています。千栄に日高ウエスタンファームという物産館があり、この先はいよいよ峠道になり日勝峠までは30分位かかるので、ここで用を足して缶コーヒーでも買うことをお進めします! 日勝峠の頂上(1023m)まではトンネルや覆道が続き、八合目から頂上付近まで長い覆道で覆われています。頂上のトンネルを抜けると眼前に大雪山系が迫ってきます。三角形の山が二つ、左が西ヌプカウシヌプリ(1254m)、右が東ヌプカウシヌプリ(1252m)です。峠の休憩施設は十勝側に下がった六合目付近になります。日勝峠とは字の通り、日高と十勝を結ぶ峠です。かつては十勝と道央を結ぶ道路は狩勝峠しかなかったため日勝峠の開通が待ち望まれていましたが、1954年に日本の海難事故史上最大の被害をもたらした台風15号(洞爺丸台風) で倒れた木を排出するために予定を早め1955年着工、1965年に全面開通しました。北海道の東西を繋ぐ大動脈として1日の通行台数が約8,000台あまりでしたが、2009年に道東自動車道(北海道横断自動車道)が開通したため現在は減少しています。峠を下りると十勝清水町です。R38と突き当り、右が帯広・釧路方面です。左が狩勝峠・富良野方面です。R274は鹿追町から足寄、阿寒湖に向かいます。峠越えで疲れたので今日はこの辺にしておきましょう!!
2013年07月04日
北海道は交通事故死が多いイメージが有ります。確かに都道府県別交通事故死ワーストワンが長年続いていましたが、平成14年を最後にその座を愛知県に譲っています。六月末日現在の交通事故死者数は愛知、兵庫、埼玉、大阪などと続き、北海道は8位だそうです。愛知県は「名古屋走り」という言葉が有るように、信号が黄色に変わって止まろうとしている車を追越して信号を無視して交差点に進入する短気なドライバーが後を絶たないそうです。つまり圧倒的に都市型の死亡事故が多いようです。北海道は逆に郊外型の単独事故や出会い頭の衝突事故で死亡事故につながるケースが多いのです。また、北海道の交通事故は冬のスリップ事故が多いと思われがちですが、さすがに冬はスピードを控えめに走るせいか交通事故死者数は意外と少なく、圧倒的に夏に集中しています。スピードの出し過ぎによる事故が原因です。「十勝型事故」と呼ばれる出会い頭の事故が道東方面では多く見られます。十勝に限らず道内各地には国道や道道の他、良く整備された農道や市町村道が縦横無尽に張り巡らせれています。道幅も幹線道路並みに広く、周りには遮る物が無いためスピード感覚が鈍くなってついついスピードが出過ぎてしまいます。そのため幹線道路との交差点の一時停止で止まりきれなくて交差点に進入してしまうため、運悪く幹線道路を走る車と出合い頭の衝突事故が起ることがしばしばあります。私も幾度かその様な危険な経験をした事が有ります。今こうして生きいてられるのは幸運な事なのかもしれません。こうした不幸な事故を防ぐためには、国道などの幹線道路を走っている場合でも脇道から走ってくる車を見つけた時はもしかしたら止まり切れずに飛び出してくるかもしれない事を予想してスピードを落としてもしもの場合に備えたほうがいいかもしれません。例え自分が優先道路だとしても、自分の命は自分で守ることを想定していれば、不幸な事故は避けられるかもしれません。こうした小さな努力の積み重ねが交通事故死ワーストワンの汚名を返上する結果に繋がったのだと思います。しかし北海道の交通事故死が相変わらず多いことに変わりありません。そのため北海道の中でも十勝・釧路を管轄する北海道警察釧路方面と北見方面は重点的に速度違反の取締が行われています。スピードの出し過ぎにはくれぐれも気をつけましょう!!
2013年07月03日
ここ三日間、夏日の札幌は梅雨の無いといわれる北海道を象徴するような好天が続いています。今日は29.5度まで上がり暑い1日でした。今日からは道東観光で最もポピュラーな日勝峠を通り十勝に向かい、足寄から阿寒湖まで至るルートを案内します。支笏湖から流れ出る千歳川は日本屈指の水質を誇ります。北海道のサケ・マス増殖事業発祥の川で、毎年秋になるとたくさんの鮭がそ上します。まず、八月上旬頃からマスの遡上が始まり、九月中旬にはインディアン水車では千歳川の秋の風物詩、インディアン水車まつりが行われ、千歳ならではの秋を楽しむことができます。JR千歳駅から国道337号線を長沼方面に約10km。にキウス周堤墓群は、約3000年前の縄文時代後期につくられたお墓です。地面を丸く掘り、掘った土を周囲に土手状に積み上げ、内側を墓地にしています。周囲に堤があることから「周堤墓」と呼ばれています。全部で8基あり、一番大きなものは直径が75メートルもあり、縄文時代のお墓が現在の地表面で見ることができるまれな例で、昭和54年に国の史跡に指定されました。そのわずか先のコトロ(アイヌ語で:中央の意味)パークは、アップダウンの有る36ホールと森林に囲まれた72ホールのパークゴルフ場です。(日本パークゴルフ協会認定コース) 美しい森に囲まれての森林浴パークが楽しめます。ちなみにパークゴルフ発祥の地は北海道十勝管内幕別町で、老若男女が楽しめる新しいスポーツです。R337をもう少し長沼方向に行くと私が好きな温泉がふたつ有ります。ひとつは松原温泉です。重曹を含んだ黒っぽい温泉が患部に沁みわたるような気がします。松原温泉から国道に戻り左折して200mほど先の大きなカーブを曲がった所にもうひとつの信田温泉(鉱泉)が有ります。まるで泥の様な色のラジウム泉で、肌がつるつるになります。かなり交通量が多い国道のカーブに位置しているため、出入りは要注意です!!R337を更に北へ進み4~5km先の幌内集落から左折道なりに行くとR274と交差します。左に行くと札幌、右は日高・十勝方面です。交差点を直進すると間もなく、ハイジ牧場があります。大勢の動物達と触れあう事が出来る体験牧場です。札幌から1時間圏内なので我が家も子供たちが小さい時には何度か訪れて遊びました。ここは長沼町ですが、千歳にも北海道箱根牧場という大規模な観光牧場が有ります。国道交差点まで戻り今度はR274を左折します。道なりに進むと由仁町川端で突き当るので左折します。5~6分走り、ビニールハウス農家が目立つようになるとその辺りからもう夕張市です。ビニールハウスの農作物はもちろん夕張メロンです。毎年注目される初競りの今年の価格は2個入り1箱が160万円でした。(朝日新聞より) もちろん御祝儀相場ですが、これではなかなか庶民の口には入りませんね!!道東自動車道夕張ICを過ぎると夕張市紅葉山です。市街地の最後の信号交差点を左折すると夕張市街、国道は右手道なりに進みます。2~3分走ると左手に大きな物産館が見えてきます。ここで休憩して夕張メロン味のソフトクリームを味わいましょう!!国道戻るとここからは上り坂になります。トンネルを過ぎると今度は下り坂です。下り始めて最初のオマナイ橋は下りの右カーブなので橋の手前で十分減速して下さい。冬期間は路面凍結に要注意です。私はここで何度もヒヤリとしてます。長い下り坂がしばらく続きますが、坂を下りきった右手に鵡川町の案内の時に記した樹海温泉はくあの看板が見えてきます。道東方面から戻ってくる際にはここでひと安心して入浴休憩をするのですが、逆方向はまだまだこれからなので、まだ休んではいられません。道なりに進み穂別ダムを過ぎると登りになり、下りきった穂別町福山まで来ると青い案内看板が出てきます。帯広・日高は直進、占冠左と記されていますが、占冠・トマム・富良野方面に向かう方もまず日高まで直進して下さい。なぜなら地図を見ると極めて近道に感じますし、カーナビも最短距離でこちらに誘導する場合も有るでしょうが、以前に書いた通り未舗装の砂利道で道幅も狭く危険です。距離は近くても時間は掛かります。リスクは回避して直進しましょう。福山を過ぎて川を渡ると急カーブの登り坂がつづきます。登り切った辺りに長いトンネルが3ヶ所続きます。トンネルとトンネルの間に300mぐらいの開放地点が有ります。冬期間で雪が降っている交通量が少ない夜間などにはこの地点は降った雪が吹き溜まりになっている事があるのでトンネルの出口付近で十分減速して下さい。特に札幌方面に向かう反対車線はトンネルを出るとすぐに右カーブの橋があるので路面凍結にも気をつけましょう!またトンネル内部は見通しのよい直線のため、後続車が追い越しする場合があるので、おおらかに先を譲って下さい。二つのトンネルを抜けるとゆるい下りのカーブです。この辺から国道が交差する日高の交差点まではまだ十数キロ有りますが、ゴールデンウイークや秋の行楽シーズンの休日には日高の交差点からこの辺りまで渋滞が発生することが有りますので追突事故には気を付けてください。坂を下りきって視界が開けてくるともうすぐ日高町市街に到着です。市街に入る直前に直線道路が軽い左カーブになっています。直線でスピードが出過ぎて、冬期間はこのカーブを曲がり切れずに膨らんで対向車と衝突する事故を何度も見ています。油断せずに安全運転で通過しましょう。カーブを曲がるとR237との交差点です。左に行くと占冠、トマム、富良野方面です。直進して日勝峠に向かいますが、今日はここまでにしておきましょう。《夕張メロン》!赤肉メロンの最高峰♪♪【予約】北海道”夕張メロン”約1.3kg以上 共撰・良品以上 芳醇な香りととろける果肉♪6玉購入で送料無料!(6月下旬~8月中旬に発送)【RCP】
2013年07月02日
観光ドライバーも観光オフシーズンの冬には流しの運転手で市内を走っていました。 1月中旬のある夜の出来事でした。札幌駅タクシー乗り場で客待ちをしていて、もうすぐ先頭というところで大きな荷物を持った4人の女性客が先頭のタクシーの運転手ともめていました。どうやら行き先が近くて乗車拒否されたようです。正義感の強い私は普段なら乗車拒否した運転手に抗議するところですが、その時ばかりは寒さに震えているお客さんが可哀そうだったので、「僕が乗せてあげるからこっちにおいで!」と乗せてあげました。行き先はニューオータニホテル、歩いて5分ほどなので確かに近い。30分以上客待ちしている運転手が断りたくなるのも良くわかります。しかし私は親切な運転手さん!!あっという間にホテルに着きましたが、途中の会話で旧正月の休暇に台湾から初めて北海道に観光に来た4人だということがわかりました。降り際に「運転手さんは親切なのでお願いしたいのですが、明日層雲峡まで行くので乗せて言って下さい」と頼まれました。明日は明番で休みでしたが、どういう事なのかわからないのでロビーで話を聞きました。台湾の旅行会社からもらったという旅程表を見せてもらいびっくりしました。飛行機とホテルの手配をしているだけで移動の交通手段が全くありませんでした。現地に着いたらタクシーを頼みなさいと言われたそうです。何とも不親切な旅行会社なんでしょうか?私は明日休みなので別の車を手配してあげるから安心して下さいというと「ダメ!貴方でなきゃ絶対ダメ!!」と言われたので、いよいよモテ期到来!!とばかりにすぐに会社に連絡して、「明日から1週間俺に車を預けてくれ!!」と頼みました。その頃の私はもうベテランの域に達していたので、上司に状況を話し行程も貸切料金も全て私に任せてくれると了解してくれました。この日はとりあえず帰って、明日からは層雲峡温泉~阿寒湖温泉2泊~洞爺湖温泉~函館、その後飛行機で東京へ向かうという、5泊6日の北海道旅行の契約成立です!乗車拒否してくれた運転手さんに大感謝です!!さて気になる4人のお客さんの内訳ですが、学生時代に日本に留学していたという唯一日本語が話せる大学講師の李さん、台北市内でクラブを経営しているBさん、台湾国内で十数件の飲食店を経営するCさん、モデルで女優のDさん、とにかく美人でリッチな4人でした。その頃の日本はまだ中国・台湾からの旅行客に規制を掛けていて、ゴールドカード以上のクレジットカードを所持している富裕層の人にしか観光ビザを発給していませんでした。そのためお金持ちしか日本に遊びに来ることが出来なかったのです。その4人はアメックスのゴールドカードをそれぞれ持っていました。したがって1日の貸し切り料金5万円+私の宿泊料金+私の食事代の条件でも納得してくれました。むしろそれにチップもプラスしてくれるということでした。彼女たちのリクエストは通り一遍の観光は特にしなくてもよい。雪を初めて見るので、「とにかく雪遊びがしたい」という事でした。デパートでしっかりとした防寒着と手袋・帽子・ブーツとホームセンターでソリとミニスキーを買い込んで遊びました。雪合戦をしたり、雪山に押倒したりもしました。理不尽な酔客を雪山に叩き込んだことはこれまでも何度かありましたが、こんなに楽しくお客さんを雪山に押倒す事はもちろん初めてです。 先日のエピソードでもお伝えした通り、観光地の宿泊先で運転手はお客さんと同じ宿に泊まることはほとんどありませんが、この時ばかりは急な事だったので仕方なくお客さんの宿にそれぞれ私の分もう1部屋追加してもらいました。ホテルでの夕食は部屋食だったので私の分も一緒に用意してもらい毎晩大宴会でした!台湾では皆で一斉に乾杯するのではなく、一人ひとりと乾杯するらしいのです。しかもグラスに注がれた酒は一気に飲み干すのが礼儀だというので、私は不公平無く4人を相手に乾杯しなくてはならないのでたいへんでした。何より一番たいへんだったのは美人達相手に理性を保ち続けることでした。 そんな楽しい1週間があっという間に過ぎていよいよ函館空港でお別れの日です。その前に飲食店経営のCさんが書店に寄って欲しいと言うので大きめな書店に寄りました。Cさんは中国語講座のテキスト本を一冊買って私に渡してくれました。「今度会う時には通訳なしで直接会話したいので勉強して下さい」と涙ながらに話していました。「私も台湾に帰ったら日本語を勉強します!」折角の告白でしたが既婚の私は受け入れないので勉強はしませんでした。しかしCさんはきっと勉強したと思います。その後李さんとは何度か手紙のやり取りをしましたが、やがて返事も来なくなり、いつしか音信不通になってしまいました。日台交流は途絶えてしまいましたが、この時の楽しい思い出は何時までも我々5人の心に深く刻まれていると確信しています。
2013年06月28日
札幌には初夏の風物詩ともいえるポプラの綿毛が盛んに飛んでいます。ひとつひとつは小さくて目立ちませんが、路肩の縁石などには布団の綿の様な塊が溜まっているところもあります。もうそろそろ盛夏を迎える時期になってきたようです。 それでは道東の旅を急ぎましょう。トマムリゾートを過ぎると道道136号はトマムの集落で左折します。あとは道なりに15km程で南富良野町落合の集落でR38に突き当ります。左折すると富良野方面です。途中の南富良野町幾寅は高倉健主演映画「ぽっぽや」の舞台となった場所です。R38を右折すると狩勝峠、十勝です。JR石勝線が開通する前はここを通る根室本線が道央から道東方面に向かう主要路線でした。この先の狩勝峠がかなり急勾配の難所のため、ここ落合で先頭の機関車に加え最後尾にも機関車を連結し、次の新得駅まではW機動車で運航していました。今は機動車の性能が上がったためそのような必要は無くなりました。 国道38 号は、滝川市R12交点を起点に、富良野市/・帯広市を経て釧路市に至る297kmの長い国道 で、釧路市・幣舞町~鳥取大通. 幣舞町のロータリー交差点がR38終点です。と共に道央と道東を繋ぐ北海道を東西に横断する大動脈です。狩勝峠(HBC情報カメラ)は、国道38号線の南富良野町と新得町の町境にあり、標高644m。上川と十勝を 隔てる地点で、観光・流通の要所 にもなっています。展望台からは広大な十勝平野が見渡せます。狩勝峠を下ると間もなく左手にサホロリゾートが広がります。ここはクラブメッド(地中海クラブ)が手がける日本初のバカンス村として開業した。トマムと並ぶ滞在型リゾート施設です。サホロリゾートがある新得町は面積は東京都の約半分の広さですが、人口は6,590人(平成23年3月末)しかし牛はなんと33,000頭以上で、酪農王国道東としては典型的な人の数より牛の数のほうが多い町です。道に迷ったら人を探すより牛に聞いたほうが早いです。乳製品のほか蕎麦の産地として有名で、町の特産品です。新得には私の好きなトムラウシ温泉があります。市街地から約60km山に入った大雪山系トムラウシ山の登山道入口に一軒宿トムラウシ温泉国民宿舎東大雪荘があります。道路も突き当りでこの先には登山道しかありません。ドライブついでに立ち寄るような場所ではありませんがわざわざ行ってみる価値はあると思います。料理はエゾシカ肉料理が名物の様ですが、途中の道端や野山で散々エゾシカを見てきたせいか、あまり食欲は沸きませんでした。R38を清水町へと進みます。一般的には十勝清水と呼ばれます。新得から清水そしてその先の芽室町は小麦・小豆・長いも・ジャガイモ・甜菜の畑が続きます。特に長いもは海外からの需要が多く、食の本場、台湾や香港などの料理人たちが直接買い付けに来るほどです。小麦、小豆といえば何を思い浮かべますか?私はタイ焼きを想像します。そう!タイヤ焼こそ十勝名物と言えるのではないでしょうか?タイ焼きに限らず十勝の小豆はあんこを使う和菓子屋さんの業界では最高品質として知られています。タイ焼きを北海道名物に推奨する協議会を立ち上げて私が会長に就任しようかな?雪解けの耕作前の頃に通ると十勝清水から芽室にかけての畑の土が見事なくらい真黒く輝いているのがわかります。ひと目で良い土だなと惚れ惚れします。依田勉三をはじめとする先人たちの涙ぐましい苦労と命懸けの努力が荒地を肥沃な大地に蘇生させたのだと思うと、ついつい先人たちに最敬礼せずにはいられなくなります。芽室町はゲートボール発祥の地としても知られ、新しいものを開拓する心意気が受け継がれています。芽室市街地から十勝川を渡ると川北温泉があります。温泉効能はアトピー性皮膚炎等に効果があるため地元客を中心に人気の温泉です。露天風呂には桜の木が有り、花の季節ともなるとついつい長湯をしてしまいます。また、甜菜(ビート)の収穫が盛んなこの町には、日本甜菜製糖(通称:ニッテン)の巨大工場が有り、「すずらん印」のブランドでお馴染のグラニュー糖の製造と、パンやビールの製造に必要なイーストが生成されています。我々の生活には無くてはならない工場です。芽室と隣接する工業団地はもう帯広市です。この辺りは警察がよくネズミを捕りに来るので気を付けてください。帯広は十勝の農産物や乳製品などが集結するグルメの町です。バターやチーズなどの乳製品、農産物、ぶた丼、焼肉、等様々ありますが、私の一押しはクランベリーのスイートポテトです。駅やデパート等でも買えますが、ネットでお取り寄せもできるので、ぜひご賞味ください。その他帯広はばんえい競馬の町です。スピードのみを競う普通の競馬とは違い、重たい荷物を引いて障害物を越える競馬です。重たい荷物を農耕馬に引かせて力自慢を競ったのが起源とされています。人気の衰退から全国で唯一帯広競馬場のみで開催されています。 ここでえりも岬ルートと合流して釧路方面に向かいたいと思います。 北海道・十勝・帯広といえば豚丼。地元の味そのまま!十勝・帯広名物・豚丼の具北海道 十勝・帯広名物豚丼の具【2食】【2sp_121225_yellow】 【SBZcou1208】【SS02P03mar13】【RCP】
2013年06月25日
富士山が正式に世界遺産に認定された話題に沸く日本列島ですが、先駆けて次のニュースが伝わってきました。 世界記憶遺産に、日本とスペインが共同推薦した「慶長遣欧使節関係資料」と、日本が推薦した、藤原道長の自筆日記が登録されたと、ユネスコが18日(日本時間19日未明)、発表した。 「慶長遣欧使節関係資料」は、仙台藩主伊達政宗が江戸時代初期、ローマに派遣した家臣の支倉常長(1571~1622年)が持ち帰った品で、鎖国前に、日本人がスペイン国王やローマ教皇と謁見したことを示す貴重な資料。日本側からは国宝の「ローマ市公民権証書」「支倉常長像」など3件、スペイン側から94件の計97件で構成されている。富士山に比べると地味な話題なのであまりニュースで取り上げられませんでしたが、日本人としておおいに誇りに思うべきだと思います。ところで、私の友人で温泉仲間が支倉常長の子孫の支倉裕允氏です。彼は取材やイベントに引っ張りだこですが、今後も温泉友達として変わらぬ付き合いをしてくれると約束してくれました。我が北海道にも知床が世界自然遺産になって久しいですが、他にもたくさん世界遺産に値する資源があります。特別天然記念物丹頂が生息する釧路湿原、天然記念物えぞナキウサギが生息する大雪山系などなど・・・。しかし私が一番相応しいと思うのは昭和新山とその形成の全貌を記録した三松正夫のミマツダイアグラムです。昭和新山に異変が起きたのは、太平洋戦争真只中の昭和18年12月28日で、軍部は不吉の前兆ととらえ、国民に動揺を与えるとの理由で一切の報道は伏せられていました。しかし、この世界でも稀な地殻変動の一部始終を観察していた人がいました。当地の持ち主で郵便局長の三松正夫氏です。三松さんは歴史の証言者として後世に様々な記録を残してくれたのです。昭和新山は洞爺湖・有珠山とともにジオパークに登録されています。2009年8月22日、洞爺湖有珠山ジオパークは、糸魚川ジオパーク、島原半島ジオパークとともに、日本で初めて「世界ジオパーク」として登録されました。ジオパークとは、ジオ(地球)を学び楽しむ大地の公園です。「洞爺湖有珠山ジオパーク」には、火山活動で形成された雄大で美しい自然や貴重な地質、さらには、周辺の豊かな自然に育まれた縄文文化の遺跡群など、多くの見どころがあります。
2013年06月24日
最近アグリツーリズムなる観光形態が注目されています。いわゆる農業体験を取り入れた観光スタイルのことですが、それを最初に実践したのはたぶん私だと思います。以前エピソードで紹介した新婚旅行のカップルがトマムで宿泊したあと知床まで行く行程でした。旦那さんは日高で馬と触れあって大満足でしたが、奥さんはいまいちつまらなさそうでした。ただ車窓に広がる畑の農作物や放牧中の牛達には目を細めて見入っている様子だったので、知床に近い清里町で農家を営んでいる父の生家に立ち寄ることにしました。ちょうどジャガイモの収穫期だったのでイモ掘り体験をさせたいと思ったのです。実家の叔父も快く受けてくれたので二人の同意を求め、行くことにしました。着いたらまず牛舎に行って牛の乳搾り体験をしました。最初は牛舎の強い匂いに気が進まない様子でしたが、乳搾りが始まると二人とも無邪気にはしゃいでいました。自分たちが搾った牛乳を鍋で温めて飲むと「美味しい!美味しい!すごく濃いね!!」と大喜びでした。次にジャガイモ畑に行ってイモ掘り体験です。用意してもらった長靴に履き替えて畑の中を走り回っていました。自分たちで掘ったジャガイモを今度は茹でてもらって味わいました。叔父がジャガイモについて色々説明してくれました。「ここらのイモは紅丸といって見ての通り赤いイモなんだよ。澱粉を取るためのイモなので食べてもほくほくして美味しいよ!収穫後はまっすぐでんぷん工場に行くから市場に出回ることは無いけどとても美味しいよ、さあ食べてごらん」ちょうど昼時だったので皆でパクパク食べました。茹でいも、焼いも、すり鉢ですり下ろしたいも団子、デザートはいもからとった澱粉の澱粉ガキ。ご夫婦は農業体験と採れたてを味わって大満足でした。叔父はいもを送ってあげるからとご夫婦の住所を聞いて後日いもやとうきびなどたくさんの野菜を宅急便で送ってくれたそうです。ご夫婦から後から聞いた話ですが、ジャガイモの収穫時期になると毎年叔父からいもが届いたそうです。すでに叔父は他界しているためもう途絶えているでしょうが、御夫婦にはとても印象に残る体験をしてもらえたと思っています。
2013年06月23日
身体は夏の暑さに馴れようとしているのに、ここ2・3日は気温が上がらず朝晩はストーブが恋しい日が続いています。我が家はすでにストーブをしまったので、エアコンで暖を取っています。 えりも岬ルートと分岐した、日高町門別まで戻り、R237を進み峠越えルートで十勝に向かってまいります。ここから日高町までは約60km、約1時間のドライブです。富川の交差点から500m程で日高自動車道の終点ICです。沼ノ端東ICまでは社会実験の無料区間です。日高自動車道は北海道縦貫自動車道苫小牧東ICから分岐し浦河に至る延長約 120kmの一般国道の自動車専用道路です。 現在では日高自動車道のうち苫小牧東 ICから日高門別ICまで開通しております。日高道は高 規格幹線道路(一般国道の自動車専用道路)(一般国道235号)であるため、この先浦河までは現在も工事中です。10kmほど進むと平取町の市街です。平取はアイヌ語「ピラウトル」(ガケの間にある所)から出たもの。もう季節は終わりましたがすずらんの群生地として知られています。また、義経神社がある義経公園はつつじの花の名所です。道内有数のブランド牛、平取和牛が町の特産品です。町内の食堂や焼き肉店、平取温泉の食事処等で味わうことができます。市街地を抜けて沙流川を渡ると二風谷(ニブタニ)です。二風谷アイヌ文化博物館をはじめ、アイヌ人として初めて国会議員になった萱野茂氏のニ風谷アイヌ資料館、アイヌ生活風俗研究のために二風谷に移住し、研究のかたわら医者としての奉仕活動に生涯を捧げた英国人考古学・人類学者のニール・ゴードン・マンロー博士の記念館があります。R237は二風谷を過ぎて沙流川を右に左に見ながらやがて岩知志ダムを過ぎて竜門橋を渡ると日高町に入ります。竜門橋の下は沙流川がごう音をたてて激しく流れる轟渓谷を形成しており、秋は紅葉スポットで、日高竜門岩内園地としてドライブインがありましたが、札幌方面からの主要国道が樹海ロード(R274)に切り替わって以降は交通量がめっきり減ったため今は閉園しています。直進すると間もなくR274との交差点があり、右折すると日高町市街、日勝峠を越えて十勝に入ります。この交差点角のガソリンスタンドを逃すとこの先しばらくGSは無いので要注意です。 このコースではR237を直進し、占冠村、トマム、狩勝峠から十勝に向かいます。日高の交差点を過ぎるとなだらかな上り坂が続きます。15km程で道東自動車道占冠IC、更に進むと占冠市街です。看板通り右折して約30km先のトマムに向かいます。途中南富良野方面との分岐を右折し、道道136号を進みます。この先トマムまでは、なかなかのワインディングロードが続くのでバイクが猛スピードで対向してくることがあります。また、並行して流れる川の渓流美についつい目が行ってしまうので交通事故には十分お気を付け下さい。やがて左手に視界が開けトマムリゾートのランドマーク、4本の高層タワーホテルが見えてきます。1987年の開業時はホテルオークラ系のアルファリゾートトマムでしたが、現在は星野リゾートが営業を引き継ぎました。厳冬期にはマイナス20度にも下がる寒冷地のため、道内屈指のパウダースノーのスキー場としてスキーヤー・スノーボーダーに人気のゲレンデです。夏はゴルフ場もあり、また、通年利用できる温水プールは全長80m、横30mの日本最大級の超大型スケールの造波プールがある滞在型の大型リゾート施設です。1981年に開通したJR石勝線にはこのリゾートのためにトマム駅が設けられ、次の新得駅近くに有るサホロリゾートと札幌とを結ぶトマムサホロエクスプレスというリゾート列車が運行されていました。ちなみにトマム駅と次の新得駅までの間隔が33.8kmあり、JRの駅として最も間隔が長い区間です。また、道東自動車道も開通しトマムICの完成により、札幌方面からも道東方面からもアクセスが良くなり至便なリゾート地として改めて注目されています。我々ドライバーはお客さんとのトラブルを避けるため、近くに他の宿が無い場合を除いて客と同じ宿に宿泊することは有りません。殆どの観光地にはドライバー専用の宿が有るのですが、トマムには民間の宿泊施設はペンションが一軒あるのみなので他社や観光バスの運転手と同室相部屋になることがしばしばありました。(残念ながらバスガイドさんと相部屋になることはありません)相部屋にならなくてもガイドさんと仲良くなって道を踏み外す運転手仲間もいましたが、幸か不幸か私にはそんなチャンスは巡ってきませんでした。 今日はここまでにします。皆さんも星野リゾートトマムでリゾート気分を味わって下さい!!
2013年06月21日
近頃はカーナビの発達でドライブがたいへん楽になりましたよね。皆様はカーナビ派ですか?それとも昔ながらの地図派でしょうか?私は北海道なら殆ど経験だけで走れます。運送屋時代に千葉県市川市まで引越しで行ったことが有ります。出発前に下調べして道順を頭に叩き込んで地図を持たずに行きました。もちろん営業用の軽トラックにはカーナビなど付いてません。フェリーで大洗に上陸後、勘を頼りにひたすら走って無事に到着しました。引越し終了後、用事があったので東京日本橋に行くことにしました。もちろん車で東京に行くのは初めてです。日本橋が日本の道路原票だと聞いたことがあるので、「すべての道は日本橋に繋がっている」と勝手に解釈して、勘ナビを駆使してどうにか日本橋に辿り着きました。帰りは国道4号線を水戸まで走り大洗に無難に到着しました。我ながら勘ナビ恐るべしと思った瞬間でした。しかし今は内地で運転する時は地理がわからないのでもっぱらカーナビが頼りです。マイカーで時々性能を試すためカーナビを使うことがありますが、遠回りの道に誘導されることがたまにあるので「お前より俺のほうが詳しいんだぞ!」とイライラすることがよくあります。だから私はカーナビは必要ありません。でも最新のカーナビは渋滞情報や速度違反の取締情報、オービスやNシステムの場所も教えてくれます。しかし犯罪者ではないのでNシステムの情報は必要ないですね。それでも上手く使いこなすとそれなりに便利です。 タクシーの場合営業区域内の地図を携行しなければ違反になるので車にはいつも地図は積んでいました。地図通りに走って失敗したことも何度かあります。某証券会社の依頼で社員とお客さんを乗せて苫小牧西IC近くのゴルフ場に行った時、帰りも使うのでゴルフ場で待機してました。待ち時間が暇なので何気なく地図を見ていると苫小牧西IC近くから樽前山を迂回して支笏湖に抜けられる近道を見つけました。まだ通ったことのない道だという興味と、昼ご飯に支笏湖名物のチップ(ヒメマス)料理が無性に食べたくなり、その道を走って支笏湖に向かいました。しかし舗装道路は途中で途絶え、林道の様なとんでもない未舗装の道路が現れました。とても客を乗せて走れる道ではないことがわかったことが収穫でした。当然冬期間は通行止めになります。他にもプライベートでドライブ中に同じような経験をしました。家族旅行でトマムに行った帰り、地図で占冠村からニニウを通って穂別町に抜ける近道を見つけたので走ってみました。ここはもちろん未舗装ですが、ラリーファンが喜びそうな砂利道のダートコースでした。ここもやはり客を乗せては通れません。しかもこの一帯はヒグマが出没する地帯です。同じく芦別市野花南から美瑛町美馬牛までの道も同じようなダートコースでした。ここは富良野市や中富良野町、上富良野町をショートカットして一気に美瑛町まで行ける魅力的な近道に見えます。実際ラベンダーシーズンの6・7・8月には富良野周辺は大渋滞で身動きが取れなくなることがあるので、この道に逃げ込む車がかなりいます。もう1カ所のダートコースはなかなかお勧めです。足寄町オンネトーから足寄町螺湾(ラワン)に抜ける道があります。6・7月のふきの季節になるとこの沿線にラワンブキという巨大な蕗(北海道新聞より) が自生します。茎の太さが6~8cm、高さは人間の背丈を越えて2mを越えるものもあります。ラワンブキは北海道足寄町と北方領土の国後島、択捉島などロシアの一部にしか自生しない世界的にもたいへん希少なものです。また、足寄町特産の農産物なのでたとえ道端で採ったとしても収穫すると怒られるので鑑賞に留めておいて下さい。地図派の皆さん、地図上では道幅や舗装状態まで判断できません。特に山間部は生活圏ではないので携帯電話も圏外だと思って下さい。途中、交通事故や土砂崩れや雪崩に巻き込まれても連絡方法は無いと考えたほうが良いでしょう。つまり遭難です。特に知床や大雪山系、道南の大千軒岳周辺はヒグマの生息地です。「♪ある~日、森の中、♪クマさんにであ~った♪」なんてことにもなりかねません。くれぐれも地図を過信せず、むやみに近道を探さないほうが良いでしょう。人生と同じです!!1円販売最高級秀品2Lサイズ1500g2玉入り先着1名様限定1円販売【北海道富良野産 赤肉メロン2L 2玉(3kg)】 【送料無料】【お中元ギフト】【楽ギフ_包装】【楽ギフ_のし】【楽ギフ_のし宛書】【楽ギフ_メッセ】【楽ギフ_メッセ入力】
2013年06月17日
札幌まつりも今日が最終日ですが、昨日までの二日間の雨で畑も多少潤った様です。我が家の畑の夏野菜たちも元気に天に向かって枝を伸ばし始めました。やはりとまとやきゅうりも水道水より自然の雨のほうが元気になるのでしょうか?北海道はいよいよ夏に向かってまっしぐらです!! 春のみならず初夏も何も無いえりも岬を後にして十勝方面に向かって行きましょう。◆黄金道路◆R336襟裳町庶野(しょや)から隣町・広尾町への約30キロメートルの国道は、急峻な大地が連続して海に迫る壮観な風景です。海岸まで切立った断崖絶壁の難所の開削には長い月日と黄金(こがね)を敷き詰めるほどの巨額の費用が投じられてきました。黄金(おうごん)道路の由来です。今でも強風やしけの日には波が防波堤を越えて道路まで達するため危険なので通行止めんなることがしばしばあります。 ◆豊似湖◆日高管内で唯一の自然湖です。形が馬の蹄に似ていることから「馬蹄湖」とも呼ばれ、また、ハートの形から「ハートレイク」とも愛称されています。周囲1キロメートル、水深は最深部18メートル、森の中の静寂な湖です。近年CM等で紹介されたことからカップルの間で人気スポットとなっています。湖の周辺には、氷河期の生き残りといわれる「ナキウサギ」の生息が確認されています。えりも岬からR336を帯広方面に向かい20kmほど進むと左手に「豊似湖」と書かれた小さな看板が見えてきます。他に大きな看板は無いので見落とさないように気を付けてください。国道から湖まではほとんど未舗装のためスピードの出しすぎには注意してください。意外と交通量は多いですよ!! R336を更に進むと十勝管内に入ります。最初の町が広尾町です。広尾町にはかつて音調津(おしらべつ)鉱山があり、金が採掘されてゴールドラッシュに沸いた時期がありました。また広尾は日本で唯一、本場ノルウェーが直々に認めた正式なサンタランドがあり、一年中クリスマスムードに包まれています。また、広尾には十勝最大の十勝港があり、日本の食糧生産基地十勝を背後圏にしている十勝港は、昭和45年に重要港湾の指定を受け、長年の悲願であった関税法に基づく開港が平成11年に実現しました。また、植物検疫法の指定港にもなり、十勝の特性を生かした農畜産物の低コスト化・高品質化に欠かせない飼料用原料をはじめ、農業関連資材などを直接十勝港に荷揚げし、安定供給を目指し、農業王国・十勝に必要不可欠な『アグリポート』の役割を果たしています。 広尾市街を過ぎると浦河から分岐したR236と合流します。1km程は重複して走りますがR336は右に折れて旧忠類村(現幕別町)を経由して、十勝川を渡り、豊頃町でR38と合流して釧路方面に向かいます。 一方R236は左方向に道なりに進み、更別村を過ぎて中札内村に入ります。中札内に入るとすぐに「花畑牧場」の大きな看板が見えてきます。ご存じタレントの田中義剛の観光牧場です。生キャラメルが人気となり大ブレークしましたが、店舗展開を急ぎすぎたせいかあっという間にブームは去ってしまいました。新千歳空港では買い求める観光客が連日大行列を作っていましたが、並ばなくても容易に手に入るようになってからはブランド価値が希薄になってしまったのでしょうか?生キャラメルも美味しいですが、私のお進めはカチョカバロチーズとホエー豚の豚丼が絶品でした。田中義剛は北海道酪農学園大学の学生時代から芸能活動をしていましたが、大学ではしっかり勉強をして念願だった酪農の道に進んだのですね。タレント活動はそのための手段だったと自身も語っていました。余計なことですが、経営の勉強をもっとすべきでしたね。 中札内の次は十勝の中心都市帯広市です。「♪幸福行きを 二枚下さい 今度の汽車で 出発します♪」旧国鉄広尾線の愛国駅・幸福駅の沿線に程近いところにあります。70年代、幸福駅は2駅隣の愛国駅とともに、「愛の国から幸福へ」のキャッチフレーズで一大ブームとなり、今でも観光客が絶えません。帯広市議会では、廃線後もこの区間だけ列車運行することを木造の駅舎には、人々が幸せの願いを込めて張った写真や切符、名刺がびっしり貼られています。 更別村から帯広市大正地区にかけてのR236沿線には多くのクワの木が生い茂っています。ここでアイヌ人と和人との交易に関する逸話が有るので紹介します。 アイヌ人は狩猟で得たシカ肉や鮭で和人(日本人)と物々交換の交易を行っていました。しかし、数の数え方がよくわからなかったアイヌ人に対して和人は卑怯な取引を平気で行っていました。たとえば鮭の数を10匹数える時に「最初の一匹」「最後の一匹」などと水増しして10匹のところを12匹供出させてかすめ取ったりしていました。こうした不正に対する不平がやがて前述したような『シャクシャインの戦い』などの戦争へと発展したのですが、この辺りのアイヌ人は実に痛快に逆に和人を騙して仕返しをしたのでした。あるときアイヌの長老が和人に借金を頼みました。返済期限はクワの葉が全て枯れ落ちる頃までと決めました。しかし秋が来て他の木々の葉は全て枯れ落ち、雪の季節になっても長老は一向に返済しませんでした。実はクワの葉は茶色く枯れても枝から落ちないのです。風雪で枯れ落ちるものは有っても全てが枯れ落ちること無く殆どの葉は枝に留まっているのです。だから長老が「全てのクワの葉が落ちる頃までに返済する」と言ったのは無期限、つまり返さないということだったのです。毎年の自然の摂理を熟知した長老ならではの痛快な逸話です。 帯広の中心部は札幌同様碁盤の目に区画整理されたわかり易い街並みです。R236はR38と合流します。直進すると音更町、士幌町、上士幌町、足寄町を経由して阿寒湖方面に向かいます。このルートはいずれ案内します。この旅は後発ルートと合流してR38を幕別町、池田町、豊頃町、浦幌町、釧路市へと進んで行くので今しばらくお待ちください。えりも岬ルートの旅はこれにて終りになります。次は日高門別からトマム~狩勝峠~十勝へとご案内するのでお楽しみに!!
2013年06月16日
今日から札幌では北海道神宮例大祭(さっぽろ祭り)です。昔から北海道神宮祭は大きな節目の時になります。道内の企業では、お祭りを前に夏のボーナスが支給され、学校や企業の制服がお祭りを境に夏服に変わる季節です。そもそも北海道神宮は開拓神社として北海道の開拓当時樺太・千島に進出を進めていたロシアに対する守りということで、大鳥居が北東(鬼門の方角)を向いている珍しい神社です。主祭神として、大国魂神(おおくにたまのかみ)、 大那牟遅神(おおなむちのかみ) 、少彦名神(すくなひこなのかみ) 、明治天皇(めいじてんのう) 、のほか北海道開拓の功労者である間宮林蔵・依田勉三らが合祀されています。●ジンクス●札幌市中央区にある三吉神社の例祭(5/15)が晴れると神宮祭は雨、三吉さんが雨なら神宮祭は晴れるというジンクスが有ります。今年の三吉さんは晴れだったので、ジンクスが見事に的中して今日の札幌は朝から弱い雨が降っています。 十勝地方に入る前に予め十勝について予習しておきましょう。「十勝」という地名は、管内を流れる十勝川をさすアイヌ語「トカプチ」からといわれています。それは「乳」を意味し、川口が二つ乳房のように並んでいることに由来しています。 十勝川が日高山脈を背景として悠々と流れる姿は十勝の象徴でもあり、延長156km、 北海道第3位の長さを誇り(石狩川268km・天塩川256km)、十勝川水系には平野を潤す大小200あまりの河川が流れ込む、まさに十勝の母なる川です。 北海道の開拓が、食料確保と北の守りという目的のもと官主導で進められる中で、十勝の開拓は、明治16(1883)年に静岡県から入植した晩成社をはじめとして、 富山、岐阜など本州からの民間の開拓移民により進められました。先人たちは、山深い自然や大雨で氾濫する十勝川と立ち向かい、不屈のチャレンジ精神で幾多の困難を乗り越え、少しずつ畑を開いていったのです。 以来130年余り、十勝は寒冷な気象条件にありながらも、恵まれた土地資源を活かし、近代技術の導入や土地基盤整備を進めながら、農業を主要産業として栄えてきました。 十勝管内は、1市16町2村で構成され、日本最大の食料基地としての役割が期待されています。 畑作や酪農を中心とした農業が非常に盛んで、北海道一の畑作地帯である。広い耕地に機械を活用した大規模農業が発達している。大豆、小豆、甜菜、じゃがいもなどの有数な産地である。カロリーベースの食料自給率は 1100 %(約400万人分)に達する。まさに日本の食糧庫と言っても過言ではありません。乳製品や食肉、小豆製品などは「十勝産」を売り文句や商品名に盛り込んでいるものが多く、世界の十勝ブランドとなっていて、海外にも多く輸出されています。また、菓子の材料となる砂糖(甜菜)や小豆の産地であるため製菓業も盛んであり、六花亭、柳月など全国的にも有名な菓子メーカーを多数擁しています。十勝開拓の礎を築いたのが依田勉三です。北海道の開拓は明治新政府の官主導によるところが大部分ですが、ここ十勝地方は依田勉三が民間会社晩成社を立ち上げ、明治16年にはじめて民間として入植しました。あまりにも過酷な環境の中で失敗を重ねながらも常に新たな挑戦を続け、十勝の大地にフロンティア精神を残しました。北海道の人々には今尚、官依存型ともいえる文化・風習が根付いてますが、ここ十勝にだけは誰にも頼らない独立した民間文化が定着しています。それが多くの十勝ブランドを輩出した原動力と言えましょう。十勝には火山や大きな湖など北海道を代表するような際立った観光地が有るわけではありませんが、先人達が苦労して開墾した畑地が立派な観光資源になっています。肥沃で真っ黒な畑の土、黄金色に輝く麦畑、白く可憐な花を咲かす蕎麦やジャガイモ畑等々、季節によって移り変わる魅力満点の風景が楽しめます。そしてもうひとつ、この肥沃な大地から生まれた農産物等のいわゆる十勝グルメが大きな魅力です。
2013年06月14日
道東観光もようやくえりも岬まで辿り着きましたが、昨日このようなニュースが報道されていました。【毎日新聞 2013年05月15日 00時23分】北海道えりも地域で深刻な漁業被害をもたらしている絶滅危惧種のゼニガタアザラシについて、環境省は調査捕獲(殺処分)による個体数管理の中止を決め、14日、地元の漁業関係者などに伝えた。捕獲による被害軽減を狙っていたが、効果を示す科学的データが不足しているなどとして方針転換した。漁師らは「被害があるのだから捕獲すべきだ」と反発している。 えりも地域では現在約600頭が生息し観光資源となる一方、サケ定置漁業の被害額(11年度)は襟裳岬周辺だけで約3000万円に上る。環境省は地元からの要請を受けて12年4月、保護管理計画を策定する検討会を設置。今年度までに、40頭を上限に刺し網と銃による調査捕獲や音波による追い払い実験などを決めていた。 えりも町で開かれた説明会では、環境省の担当者が「絶滅危惧種として保護してきたものを減らすには慎重を期す必要があり、捕獲の効果を明らかにしなければならない」と説明。漁師らからは「我々の事は誰が考えてくれるのか」と憤りの声が上がった。また石原環境大臣は「絶滅危惧種を保護するのは環境大臣としての責務である」とコメントしている。 種の保存か、漁業者の保護か、難しい議論ですが、この海域がゼニガタアザラシの南限の生息地であるということから、世界中がこの判断に注目していることは間違いありません。
2013年06月12日
一般的に「北海道には梅雨が無い」と言われています。実際この時期は日本海側の積丹沖辺りに高気圧が停滞することが多いため、梅雨前線が津軽海峡を越えられないため梅雨の影響はうけにくくなるのです。しかし津軽海峡に近い道南の函館などは「エゾ梅雨」と言って梅雨によく似た天気が続きます。ところがここ数年はこの高気圧がオホーツク海側まで押し出されるようになって、道南のみならず札幌を含めた道央も梅雨の影響の様な天気がしばしばみられます。以前の札幌の6、7月の平均降雨量は70mm程度しか有りませんでしたが、ここ最近は多少多くなっている様です。これも地球温暖化の影響なのでしょうか? 新冠町の観光名所は町のHPでご確認ください。市街地に入ると右手に道の駅「レ・コード館」が有ります。ここで一息入れて再びえりも方面に進み市街地が切れてすぐ左手に新冠温泉レ・コードの湯 の看板が見えてきます。左折して丘を登ると広々とした駐車場とログハウス風の建物が有ります。この温泉の露天風呂から望む太平洋が絶景で、夕日が大きなスクリーンに映し出されたような大迫力です!!日本中探しても太平洋に沈む夕日を眺められる温泉は、西伊豆辺りとこの日高辺りしかないでしょう!貴重な体験が出来る希少なスポットです。ホテルの食事も地の食材をふんだんに使って、十分満足できる内容でした。支配人は札幌の老舗ホテルのご出身だそうなので、きっと腕の良い料理人を連れて来たのでしょうか? 新冠町を過ぎるとすぐ隣が旧静内町(三石町と合併し、現新ひだか町) です。静内の入口にあたる東静内海岸は日高沿岸では数少ない海水浴場です。日高海岸は大部分が砂浜ですが、波が荒く遠浅が少ないため海水浴には向いていません。静内には二十間道路と呼ばれる桜の名所が有名です。美しい桜が直線で7kmにもわたって咲き誇る一本道、二十間道路。そのスケールは、日本屈指で、左右の並木の幅がちょうど二十間(約36m)あることから、二十間道路と呼ばれるこの通りは、日本を代表する桜の名所として「日本の道百選」、「桜の名所百選」などにも選ばれています。そもそもは、かつてこの地にあった宮内省の御料牧場を視察する皇族の行啓道路として造成されたのがはじまり。1916(大正5)年から3年をかけて近隣の山々の桜が移植されました。5月にはこの美しい桜をひとめ見ようと、全国各地から毎年20万人もの花見客が詰めかけます。また静内町は新冠と並んでサラブレットの生産牧場が多く馬主やジョッキー達がたくさん訪れるため、人口に対する飲み屋の数が日本一多いため、昼間はのどかな街も夜ともなると賑やかな街に変貌します。 静内にはアイヌと和人との悲しい戦いの歴史も存在します。静内町真歌のシャクシャイン記念館ではその悲しい歴史に触れることができます。 ★シャクシャインの戦い★全道のアイヌを率い、和人と戦ったアイヌ民族の英雄シャクシャイン。銅像の建つ真歌公園は、そのシャクシャインが1669(寛文9)年、「寛文九年蝦夷の戦い」で最後の砦とした場所です。蝦夷の戦いとは、交易時の不平等に怒りを募らせたアイヌの長シャクシャインが、全道のアイヌに呼びかけ一斉に蜂起した争い。一時は道南地方(現・長万部町国縫)まで攻め寄ったものの、松前藩の鉄砲隊に徐々に後退。最期は和議の申し出という口実のもとに謀殺され、砦も焼き払われたと伝えられています。 静内市街を過ぎて三石町に入る手前の春立海岸は砂浜の多い日高沿岸では珍しい干潟になっており、潮干狩りが盛んな海岸です。 三石町は日高昆布(三石昆布)のお膝元と言っても良いでしょう。 三石町の次の浦河町は日高管内(日高振興局)の行政の中心地です。中心部はしっかりとした都市計画によって生まれ変わった新しい綺麗な街並みが続きます。またこの先のえりも岬から広尾町に通じる海岸線(通称:黄金道路)は海岸線ぎりぎりを切り開いて造った道路のため、嵐で海がしけると波しぶきをもろにかぶり危険なため、しばしば通行止めになってしまいます。そのため物流トラックなどはえりも岬を避けて、浦河から山越えで広尾町に抜ける天馬海道(国道236号線)を通行します。 浦河町の次は様似町です。様似町には「北海道の背骨」と呼ばれる日高山脈の東端の名峰アポイ岳(811m)が観光名所です。「アポイ岳高山植物群落」として国の特別天然記念物に指定され、1981年には日高山脈襟裳国定公園の特別保護区となりました。標高が低いわりに、特殊な岩体のため森林が発達せず、「蛇紋岩植物」が生育する高山植物の宝庫として有名で、花の百名山に数えられる名峰です。 様似町を過ぎるといよいよえりも町です。 ♪北の街ではもう 悲しみを暖炉で燃やしはじめてるらしい理由のわからないことで 悩んでいるうち老いぼれてしまうから黙りとおした歳月をひろい集めて 暖めあおう襟裳の春は 何もない春です♪(襟裳岬:吉田卓郎作詞・作曲、歌:森進一) もの悲しい歌詞に裏打ちされるかのように、えりも町の市街地はあっけなく通り過ぎてしまいます。国道は大きく左に旋回してゆきますが、岬へは直進です。岬に近づくにつれて背の高い樹木が少なくなっているのに気がつくはずです。この辺りは一年中強風が吹き付けるため樹木が大きく育たないのだそうです。えりも岬はゼニガタアザラシの南限の生息地で、岬の先の岩礁でほぼ一年中観察することができます。
2013年06月11日
今年のよさこいソーランまつりの大賞は「粋IKI北海学園大学」チームが獲得しました!おめでとうございます!!ほとばしる若いエネルギーが輝いていた素晴らしい演舞を披露してくれました。17回目の出場で初の栄冠に輝いたわけですが、今日からは君たちを目指して全てのチームが来年に向けて練習を開始します。ぜひ連覇に向けて頑張ってください!改めて喝采を送りたいと思います!!私の地元の平岸天神は残念ながら連覇を逃しましたが美事に準大賞に輝きました。北海学園も豊平区なので地元と言ってもいいでしょう!何より北海学園経済学部の山田教授は同い年で飲み仲間、朝まで飲み明かす気が合うすすきのフレンズなので我が事のように嬉しいです!また自慢話を肴にすすきので朝を迎えるのかと思うといささか憂鬱にもなりますが、まずはおめでとうございます!!★ エピソード ★さて本題に入ります。タクシー観光時代に唯一新婚旅行で案内したご夫婦のエピソードを紹介します。ご主人は茨城県のお煎餅屋さんのご子息で、奥さんは看護師さんでした。競馬好きのご主人は北海道で馬を観るのが夢で新婚旅行を北海道に決めたそうです。出発前にご主人がどうしても寄りたい所が何ヶ所かあると言うので行程の再確認と打ち合わせをしました。最初にテンポイントの墓参りをしたいと言うので、通り道なので早来町の吉田牧場に寄ることにしました。テンポイントの葬儀には私も参列したので場所はわかります。しかも千歳市内で花まで買ってお参りしました。次に新冠町でオグリキャップの顔を見たい!これは旅行会社の行程表に記載してあったので必然です。私はオグリキャップの姿は始めて見ましたが、ユニークな顔をした芦毛の愛くるしい馬で人気が出るのも納得しました。さらにハイセーコー、シンザン、ナリタブライアン・・・。何処も殆ど接近した直線状の場所なのでコースアウトも全く問題ありませんでした。それにしても奥さんが可哀そうだなと思いましたが、覚悟して来たらしく特に文句は言ってませんでした。しかも初日の宿泊先は静内町(現新日高町)なので初日は観光らしい観光は殆ど無しでホテルに入りました。2日目の目的地はトマムです。直行したら2時間程度で着くので午前中で終わってしまうので、大サービスでえりも岬を廻って遠回りすることにしました。ご主人は「早く着いたらゴルフをするから予定通りで良いですよ」とは言われましたが、あまり早く仕事が終わると私が困るのでえりも経由に決定しました。えりも岬を見た後、ハートの形をした豊似湖を新婚カップルに是非見せたかったからです。この時は普通のタクシーでの観光だったのでこの先LPガススタンドが無いので補給しての出発です。ジャンボタクシーは経由なのでスタンドは何処にでもありますが、普通のタクシーで観光する際には何時もLPガススタンドが心配になります。特に冬は寒冷地のLPガススタンドではメタンとブタンの配合が違うためエンジンの調子が悪くなり苦労します。「あの夫婦うまくいってるのかな?」と時々思い出しますが、その後夫婦でスキー旅行に再度北海道を訪れたこともありました。今でも年に一度はお煎餅を送ってもらって味わっています。お子さんはすでに成人したとのことで、一組の夫婦の歴史を見守ってきたような気がします。
2013年06月10日
初夏の陽気に包まれて、気が付けばいつの間にか「よさこいソーランまつり」が始まっていました。しかも今日がファイナルステージ!昨年は私の地元「平岸天神チーム」がグランプリを獲得しましたが、今年の調子はどうなのでしょうか?平岸天神はファイナリスト常連の伝統と実力あるチームです。数年前に東京に行った時にお台場のあるイベントに平岸天神がゲストとして舞っていました。終了後チームスタッフに「札幌から来たの?」と聞いたところ、「私たちは東京支部のメンバーです」と言っていました。やはり常連チームともなるとすそ野が広いんだなと感心しました。さて今年は打倒平岸天神を目指していったいどのチームがグランプリを獲得するのでしょうか?すっかり国際的なイベントになったよさこいソーランまつりを地元の誇りとしてこれからも応援していきたいです。 門別の町名の門別の由来は、アイヌ語の「モペツ」(静かな川の意)によります。道内には紋別市などほかにも同じ地名があり、紛らわしいのでそれぞれ北見紋別、日高門別、伊達紋別と使い分けられています。 また同じように標津・士別があります。アイヌ語の「シペッ」(大きな川)が由来ですが、それぞれ根室標津、サムライ士別と使い分けられています。 他にも同様に同じ発音をする地名がありますが、思い出した時にまた紹介します。 北海道のブランド昆布のひとつ、日高昆布の礎となったのがこの門別です。★日高昆布★(学名:三石昆布)北海道には利尻昆布、羅臼昆布、真昆布、長昆布、細目昆布、ガゴメ昆布など多数のブランド昆布があります。それぞれ産地や使用用途によって使い分けられていますが、日高昆布は「出汁によし、食べてよし。」おまけに価格もお手頃ときています。昆布の種類は、いろいろありますが一般家庭で食べていただくには最適です!!海産物加工業を営んでいる知人が「昆布巻き」に最適なのが日高昆布だ!と言っていました。また、佃煮など出汁を取った後の再加工にも良いそうです。日高昆布の特徴は、生産されるほぼ全てが「天日乾燥」していることでしょうか?昆布漁がはじまる6月上旬から日高の浜辺は、昆布一色となります。しかし、最大の特徴は昆布を育てる取り組みを行っていることです。150年余り前、文久3年(1863)から6年をかけ、日高国沙流場所請負人であった山田文右衛門が、日高国沙流地方(日高町門別)で自然石を海中に投入(投石)したのが本格的なはじまりとされています。長さ1尺5寸から2尺、厚さ1尺から1尺5寸というから250キロ前後はあろうかという大きさの石を、初年度に27,000個、2年目から4年目には各50,000個、5年目、6年目には各々70,000個もの量を投入しました。これによって、50石(7.5トン)程度であった昆布の水揚げは、投石量に比例し飛躍的に増加し、6年後の明治元年には700石(105トン)まで増加しました。この投石が本格的とされるのは、その規模もさることながら、初年度、試験区域を設け深浅を測り投石し、半年後、1年後という期間を区切って、昆布の着生や生育状況を潜水調査を行い、石材を集中的にピラミッド状にすることによってより効果があることを見いだすなど、現在、行われている増殖事業に礎を築いていることにある。150年余り前に投石事業を始められとされる門別の海とそれを見下ろすように建つ門別稲荷神社に功績を称え山田文右衛門の記念碑が建てられています。門別市街を通り過ぎて太平洋を望む小高い丘の上に町営温泉「とねっこの湯」があります。温泉好きの私はもちろん行ったことがあります。 この先は右手に太平洋・左手にはサラブレット牧場といった北海道らしい景色が続きます。しかし、海から強風が吹き付けて冬期間は路面がアイスバーンになるので、冬道のドライブはスリップ事故に要注意です!!海岸線に沿って細長い日高町門別ですが、最後の集落厚賀を過ぎると正面にこんもりとした森「判官館森林公園」が見えてきます。ここが新冠町の入口です。音楽とサラブレットのまち新冠町は牧場や中央競馬で活躍した馬そのものが観光資源になっています。判官館森林公園を右手に見て、左手にバーベキューハウスと新冠泥火山過ぎて左折すると多くの有名馬を輩出した生産牧場に繋がる「サラブレットロード」が有ります。左折してすぐ右手が「オグリキャップ」が種牡馬として第二の人生?を過ごした優駿スタリオンステーションです。その他サラブレットロードの沿線にはハイセーコーの墓や「ナリタブライアン記念館」など、競馬をやらない私でも名前だけは知っている有名馬のモニュメントが数多くあって、競馬ファンとっては涙が出るような憧れの通りです。 創業130年 伝統の味【ごはんのお友】【ごはんのおとも】【具材】【ふりかけ】「からし昆布 50g」【佃煮】【ごはんのお供】【つくだに つくだ煮】【父の日】【ギフト】【お中元】【しぐれ煮】【RCP】10P02jun13
2013年06月09日
ここのところ好天続きでしらかば花粉が飛び交っているせいでくしゃみが止まらなく毎日辛いです。私は「はくしょん」とくしゃみをした後に「バカヤロー」とか「コノヤロー」と叫ぶ癖があります。ある先輩がこう叫んでいたので「なぜバカヤローなんですか?」と聞くと「誰かが俺の噂をしてるからくしゃが出るんだ!だからそいつに対して怒っているんだ!!」と言ってました。私にも先輩の癖が移ってしまったようで、お陰で家族からうるさがられています。花粉の時期は世の中バカヤローだらけになってしまいますね。 むかわ町には四季の風のほか、旧穂別町にも温泉があります。旧穂別町は鵡川から20kmほど内陸に入った山間にあります。 樹海ロード(国道274号線)沿いに樹海温泉白亜(じゅかいおんせんはくあ)です。ここは冷泉ですが国道沿いの好立地のため、ドライブ途中に立ち寄る客が大勢います。私も十勝方面から札幌に帰る時には必ずここに立ち寄ります。日章峠を越えて日高町を過ぎて、そろそろ休憩したくなる辺りがここです。ここまで来たら札幌まではあと1時間ちょっとなので安心して休憩することができます。旧穂別町には地球誕生などをテーマにした展示施設「地球体験館」があります。 もうそろそろむかわ町を出発してえりも岬方面に向かいましょうか。海岸沿いの国道235号に戻りえりもを目指すとほどなくして旧門別町(現日高町)です。平成の大 合併で門別町だった地域が、2006年3月に日高町と合併して「日高町」となった のですが、飛び地合併であり従来の日高町はここから60kmほど離れたかなり山間部にあります。平成の大合併により217あった北海道の市町村は179まで減少してしまい、このような飛び地合併もいくつか生じてしまいました。 門別町(現日高町門別)に入ると左手の海を見下ろす小高い丘に門別競馬場が見えてきます。1997年に完成した日本で最も新しい競馬場で1600mのコースを持つ国内最大規模の地方競馬場です。競馬場を過ぎで軽い下り坂を下がりきると門別町富川市街に入ります。ここから沙流川のてまえを左折すると60km程で日高町です。このルートは次のコースでご案内します。まずはえりも岬に向かってR235を直進します。
2013年06月07日
6月3日、札幌は晴れ、予想最高気温は17度です。知床横断道路(国道334号知床横断道路は、例年11月上旬から4月下旬まで冬期全面通行止めとなっております。この冬も昨年11月7日に羅臼町湯ノ沢から斜里町字岩尾別道道交差点まで(23.8km)の区間が通行止めとなっていましたが、6月1日AM9:00に開通し長い冬眠から目覚めました。しかしまだ、夜間は路面凍結の心配があるため当分は9:00~16:30の昼間のみ通行可能で夜間は閉鎖されるそうなので付近には迂回路は無いので、ご通行にはご注意ください。 しばらく更新していませんでしたが、ブログネタを収拾するため、今後も基本的に土日は休ませてもらいます。きまぐれに若干の日記は書くかもしれませんが、休ませて下さい。早速休んで得た収穫を報告します!! ◎おススメ情報◎6月1日土曜日に家族で映画を観てきました。帰りに食事をすることになり札幌駅界隈の安そうな居酒屋を探して札幌駅ガード下にある店を見つけて飛び込みました。 北海道食市場 丸海屋 パセオ店(グルナビ参照) 店に入るなり「本日ファイターズ勝利のため、サービスデー!最初のワンドリンク何でも88円!!」と書いてありました。やった!ラッキー!!と思い席に着き早速私も妻も娘も生ビールを頼みました。こんな嬉しいサービスをしてくれるとはなんと粋な店なのでしょうか?!食べ物も先日紹介した旬な食材がたくさんあったので、生うに、イカ刺し、ホタテ刺し、ぼたんえび刺し、グリーンアスパラのバター炒め、鵡川産本シシャモ、などなどついついおだって(調子に乗って)お腹が敗れるくらいたくさん食べて飲んでしまいました。お陰で会計は諭吉さんが1人消えてしまいましたが、大満足でした。家で一人留守番の愛犬アーバンには具の入ってないおにぎりをおみやげに帰宅しました。今はまだ調子が悪い日本ハムですが、どんどん勝を重ねてこの店に来る機会を増やしてほしいです。店員はファイターズ選手のレプリカユニフォームを着ていたので店を挙げての日本ハムファンなんだと思います。日ハム勝利の日には是非行ってみてください!!
2013年06月03日
早いもので今日から6月です。ちなみに昨日5月31日は札幌藻岩山の日だったそうです。標高531mにちなんで5月31日なんだそうです。藻岩山はアイヌ語で「インカルシペ」(いつも上って見張りをするところ)と呼ばれていました。アイヌにとっての聖地であり札幌市民のシンボルです。冬は市民スキー場として、夏は登山や夜景スポットとして市民や観光客が訪れます。北東斜面には広葉樹が生い茂る藻岩原始林があり、1921年(大正10年)3月3日に北海道で最初の天然記念物に指定されました。6月は色々なイベントが目白押しです。さっぽろライラックまつり2013年6月1日(土)・2日(日) (白石区川下公園会場)平岡公園 梅まつり2013年4月27日(土)~6月2日(日)YOSAKOIソーラン祭り大通公園ほか、市内各所2013年6月5日(水)~9日(日)北海道神宮例祭(札幌まつり)6月14日(金)~16日(日)花フェスタ2013札幌 大通公園西4丁目~7丁目6月22日(土)~6月30日(日)サッポロ・シティ・ジャズ大通公園、札幌市役所、札幌芸術 6月29日(土)~8月28日(水)いしかり浜サンドパーク(石狩市)石狩浜海水浴場6月下旬予定 まだまだ大小有りますが詳しくはこちらを参考に!6月のイベント一覧さらに6月はウニ漁、エビ漁、チップ漁(ヒメマス)等が解禁になる時期です。早咲きのラベンダーが花開き、礼文島では天然記念物の固有種の高山植物「礼文あつもり草」が密かにこんもりと咲く季節です。花も食も楽しみが満開の世界の憧れ北海道が輝きを放つ一番良い季節がやってきました!!
2013年06月01日
◆シシャモ伝説◆天の上に住むカンナカムイ(雷神)の妹は、ひまをもてあまし、沙流川と鵡川の水源地、シシリムカ カムイヌプリにおりたちました。ところが、川下のどのコタン(集落)の家々からも、煙が立ちのぼる様子はありません。不思議に思ったカンナカムイの妹は、人々の話に耳をかたむけました。「飢饉で食べるものがない。どうしよう。」途方に暮れている人々を救おうと、雷神の妹は、天に向かって大声で助けを求めました。天上のススランペッの畔にある、神の集落ではおおいに驚き、フクロウの女神が柳の枝を杖にして、魂を背負い地上に舞い降りました。魂を入れた柳の葉を、鵡川に流したところ、みるみるススハム(柳の葉の魚)になり、人々は飢えをしのいだのでした。浦河ウエリントンホテル
2013年05月31日
すっかり足止めしてしまいましたが、苫小牧の夜を堪能しましたか?「メモリーグラス」のヒット曲で知られるシンガーソングライターの堀江淳が苫小牧の出身です。活動休止後、故郷に帰ってスナックのママをやっているという噂が流れましたが、オネエ系のシンガーだったのでママというのも納得できますが、「水割りを下さい・・・」と歌っていた人が今は水割りを作っているんでしょうか?事実関係を確認していないので、あくまで噂ということに留めておきましょう。やっと苫小牧を出発できますね!その前に道東観光では苫小牧の東側の一部しか通らないので、市の西側にある見所をひとつ紹介しておきます。=樽前ガロー= 苫小牧市の東端、白老町との境界線に近くで樽前山の南側山麓に位置した場所で、河川が渓岸の凝灰岩を浸食し、ほぼ垂直に近い切り立った斜面には、コケが一面に張りついており、緑のカーテンを拡げているような奇観を呈している。コケの種類はエビゴケ、オオホウキゴケなど60種類以上に上る。ガローとは切り立った崖という意味で樽前山の反対側の支笏湖に有るコケの洞門に類似した景観です。その景色は高千穂峡や耶馬渓を彷彿させるような渓谷美です。北海道に来て九州も観光できた得をした気分になれます。苫小牧を出発して、えりも岬を目指して日高の海岸線を進んで行きます。今日は何とか50kmぐらい先の日高町門別までは辿り着きたいと思います。★ 苫東工業団地 ★苫小牧東部地域(略称:苫東地域)の開発は、昭和46年北海道開発庁(現国土交通省北海道局)が、「苫小牧東部大規模工業基地開発基本計画」を策定し、重厚長大型の工業基地を目指した国家的プロジェクトとして開発がスタートしました。苫東地域は、苫小牧市中心部から東へ約12km、札幌市から南へ約60km、新千歳空港から約10kmの道央地域南部に位置し、苫小牧市、安平町、厚真町の1市2町にまたがる総面積10,700haに及ぶ広大な開発面積を有しております。 東西9km、南北12kmの苫東地域は、良好な自然が残された樹林地、湖沼群等を有しており、平成19年6月には工業地域として初めての全国植樹祭が開催されました。このことは、苫東地域が正に自然と共生した自然豊かな開発エリアであることの証といえるでしょう。 新千歳空港に近接し、地域内を高規格道路が横断し、また、国際拠点港湾である苫小牧港東港区を擁し、国際港湾物流の要となっております。しかし、この様な良い環境・条件にもかかわらず、企業召致が思うように進んでいません。その理由の一つに人材の現地採用を条件に挙げている点と、部品等を納入する優秀な町工場不足にあると言われています。そこで平成7年には計画の見直しが行われ、「苫小牧東部開発新計画」が策定され、産業生産機能、学術研究機能、居住生活機能などを備えた「自然と共生するアメニティに満ち溢れた複合都市形成」を目指すこととなりました。 また最近では広大な敷地をメガソーラー施設として活用しようという動きもあります。いずれにせよ、国内最大規模の工業地帯を何時までも空地にしておくのは勿体ないことです。この工業地帯の東端に位置する辺りには苫東厚真発電所 (火力発電所: 総出力 1,650,000kW)が豊かで安定した電力を供給しております。工業地帯の中でも一際高い煙突なのでよく目立ちます。火力発電所なのでエネルギー源はもちろん石炭ですが、苫小牧では天然ガスが噴出している地域があるため、輸送コストの抑制と環境問題に配慮してガス発電への取り組みが研究されています。苫東工業地帯を通り過ぎると国道は海岸線に近づき、むかわ町に入ります。かつては鵡川町(むかわちょう)でしたが、2006年、穂別町と合併しむかわ町が誕生しました。日高管内の鵡川町と胆振管内の穂別町の合併はいわゆる越境合併で、県を超えた町どうしの合併の様なものですが、同じ北海道内なのでさほど困難なく成立しました。八雲町と熊石町の合併も同じケースでした。かつての鵡川町は「ししゃもとタンポポの町」として知られていました。◆柳葉魚(ししゃも)シシャモは北海道の太平洋沿岸の水深120mより浅いところにしか分布していない日本固有の魚です。10月中旬~11月下旬になると特定の河川に群れを成して遡上し、河口から1~10km上流の砂れきの川底で産卵します。遡上する河川は胆振地方の鵡川、日高の沙流川、十勝川、釧路地方の茶路川、阿寒川、新釧路川、別寒辺牛川、尾幌分水川など、産卵行動は雄雌1尾ずつで行われ、雌は複数の雄とペアを組み数回に分けて産卵します。孵化後1年半を経過した2年魚の多くが産卵のために河川に遡上します。調理法は干したシシャモを焼いて食べるのが一般的ですが、鵡川産は身が大きく厚みもあるので刺身や寿司で味わうことができます。なお、市場に大量に出回っているのは「カラフトシシャモ(カペリン)」と呼ばれる代用品で、全く別物と考えてよいでしょう。どうぞ本物のシシャモをぜひ味わって下さい。町の中心部を流れる鵡川の河畔の「たんぽぽ公園」は川岸に広がるたんぽぽの黄色いじゅうたんは絶景で、ちょうど今が見頃です。2010年ノーベル化学賞を受賞した鈴木章北海道 大学名誉教授は鵡川町の出身です。もう少し進みたいのですが、そろそろ疲れたので今日はこの辺で終わりにしましょう。皆さんはむかわ温泉四季の風でゆっくり休んでください。
2013年05月30日
北海道の地名はアイヌ語に漢字をあてた地名が多いため読み難い地名がたくさんあります。昨日、石狩市濃昼でハイキング中に沢に滑落して怪我をしたお年寄りが無事に助けられたというニュースをやっていました。この地名はゴキビルと読みますが、道内の人でもほとんど読める人はいません。そこで北海道で読み難い地名のベストスリーを私の独断でランキングしました。 第1位 濃 昼 (ゴキビル:石狩市)第2位 安足間 (アンタロマ:上川郡愛別町)第3位 稀 府 (マレップ:伊達市) この3カ所が読み難い地名のベストスリーです。他にもたくさんありますが、例えば空知管内の秩父別町(チップベツ)などは関東の方はだいたいチチブベツと読みます。また、こういう場合もあります。北大前通りは札幌の人は(ホクダイマエドオリ)と読みますが、釧路の方は(キタオオマエドオリ)と読みます。これはどちらも正解です。札幌にはホクダイドオリという通りがあり、釧路にはオオマエドオリがあるのでどちらも正解ということになるのです。ということで今後読み難い地名には振り仮名を付けるように気をつけます。グランドホテルニュー王子北海道美食生活
2013年05月29日
昨日は北海道全域が良い天候に恵まれて道東の十勝地方のほかオホーツク内陸方面でも今年最高気温を記録し、津別町では33度になりこの日全国の最高気温となりました。村田英夫の歌にもありますが「冬は必ず春となる」まさにその通りです。つい三か月ほど前の3月4日に猛吹雪でホワイトアウト(当日の車載カメラの映像:Uチューブ)状態に襲われた湧別町も昨日は初夏の陽気となったようです。命掛けで娘を守った父親につたない一首を贈りたいと思います。この話はいずれドラマ化または映画化されることでしょう。 命掛け 守り抜いたる 君が苗 幸の花咲け 実を結べ いよいよ今日道東観光に出発します。 新千歳空港を擁する千歳市の概要は次の通りです。【人口】 94,844人(平成25年3月1日現在)【面積】 594.95km2(東京23区とほぼ同じ)【平均年齢】 41.3歳(平成22年国勢調査、全道一若い街*自衛隊基地と駐屯地が3ヶ所あるため)【平均気温】 7.1度(平成24年、長野県軽井沢とほぼ同じ)【年間降水量】 971.0mm(平成24年1月~12月)【最深積雪量】 75cm(平成24年1月~12月、石狩管内で最も積雪が少ない*札幌市の約半分) 新千歳空港を出発してR36を苫小牧方面に向かうと、すぐに北海道らしいテーマパーク「ノーザンホースパーク」があります。夏季は乗馬や引馬体験ができ、新千歳空港から10分程度の至近な場所でいきなり北海道を満喫・体験できるため大人気の施設です。 ★ エピソード ★母娘とおばあちゃんの家族旅行の最終日、予定より早く空港に着いたため、時間調整のためノーザンホースパークに寄りました。小学校2年生の女の子は引き馬体験をしたギャロップ君(たぶん雄だと思います)がすっかり気に入って、「ギャロップと別れたくないので帰らない」と言ってだはんこいて(だだをこねる)いました。お母さんもおばあちゃんも困り果てていたので私が「お母さんにまた連れてきてもらいなさい、大きくなったらギャロップに会いにおいで」と言うと、小さくうなずいて泣きやんで帰って行きました。その娘が北海道にまた来たかどうかはわかりませんが、きっとリピーターになってくれたと思います。このノーザンホースパークは空港から至近のため、観光バスも旅の始めや最後に時間調整のため良く利用されます。 ノーザンホースパークにほど近い旧早来町(現安平町)に全国的に有名なサラブレット生産牧場の吉田牧場があります。ここには名馬「テンポイント」の墓があり、今でも命日の3月5日には多くの競馬ファンが全国から墓参りに訪れます。テンポイントは競馬ファンのみならず知名度抜群の人気馬で、中央競馬で11勝した実力の名馬中の名馬です。1978年の日本経済新聞新春杯のレース中に骨折してしまいました。当時一般紙やテレビで大々的に報じられ、再起不能と判断した獣医師は安楽死を進めたのですが、全国の競馬ファンたちから「安楽死反対!」の嘆願が寄せられたため馬主は治療することを決断し、大獣医師団が結成され治療が行われましたが2ヶ月後、懸命の治療のかいも無く病死しました。 ★ エピソード ★競馬をやらない私にとってテンポイントの死に対して特別な感情は有りませんでしたが、当時私はNスポーツ新聞社の広告部門に勤務していました。ある日出勤すると上司から「会社を代表して君に葬儀に参列してもらいたい。」と言われて10万円も入った香典袋と「混雑して入場制限されているとこれを見せて強引に入って行け」と言われてN刊スポーツ新聞社の名前入りの報道腕章を渡されました。何も分からないままメモに記された住所の場所に行き、早速錦の御旗の様に腕章をかざして入場しました。そこで初めてテンポイントの葬式だと気が付きました。それからというもの、超満員の巨人戦などに錦の御旗の報道腕章を便利に使わせてもらいました。 苫小牧方面に進みほどなくして、R36沿線にウトナイ湖が見えてきます。が現れます。周囲わずか10km程の小さな湖ですが、1981年、日本野鳥の会によって日本初のバードサンクチュアリに指定され、翌年には国指定ウトナイ湖鳥獣保護区(集団渡来地)に指定されたました。また、1991年には日本で4番目のラムサール条約登録湿地に指定され野鳥、渡り鳥の保護区域として知られています。湖畔にはオオ白鳥やコブ白鳥、カモなど居ついている鳥もいるので、触れ合うこともできますが、鳥インフルエンザなどの感染症にはご注意を!! ▲苫小牧市▲名前の由来は、アイヌ語のトマコマナイ「沼の奥にある川」の意味です。人口173,998人(2012年12月31日現在)で北海道内では、札幌市、旭川市、函館市、釧路市に続く5番目の人口の都市。王子製紙や日経金など工場がある工業都市で、製造品出荷額では札幌を凌いでいるほどです。一帯の海岸線は砂浜で港が無いため、国内で初めて内陸を掘り込んで港を造り、更なる工業の発展に結びついた。同時に国内最多のフェリー航路と便数を誇り海上輸送・陸上輸送の拠点として主要な役割を果たしているため、マイカーで北海道を訪れるほとんどの方はここを利用します。寛政11年(1799年)に蝦夷地が外国(ロシア)からの脅威にされされたため、寛政12年(1800)に武州八王子から蝦夷地の防衛と開拓のために、組頭原半左衛門を隊長に弟新介を副士として同心子弟100人を伴って蝦夷地に入りました。半左衛門は50人を引き連れて白糠へ、新介は勇武津に入り、警備、開墾などに従事しました。さらに千人同心の河西祐助は原隊とは別に幕吏の見習いとして妻子を連れて勇武津に入りました。 このことが本市開拓の第一歩となりましたが、移住した同心たちは、苛酷な自然環境などで不毛の原野の開拓は思うようにまかせず、2年目にして死亡する者16名、病にかかり帰郷する者多数出し、入植4年目に開墾地を離れました。 先人たちのこのような筆舌に尽くし難い苦労が、200年を経た今日の苫小牧の礎となっています。 •◎ 裏話 ◎苫小牧の牧の字は何かおかしいと思いませんか?かつては苫細でしたが、改名の申請をした際には苫小枚だったのですが、受理した国の役人が枚を間違えて牧としてしまったのが100年以上経った今でも使われているそうです。 ※途中ですが、長くなってしまったため一息入れて明日あらためて出発しましょう。今日は苫小牧で一泊しましょう!!支笏湖第一寶亭留 翠山亭天然温泉 樽前の湯 ドーミーイン苫小牧
2013年05月28日
今日の札幌は快晴で最高気温は26度の予報です。今朝近所の札幌市豊平区にある月寒公園を愛犬アーバンと散歩に行きました。 芝桜と、しだれ桜が満開で、たんぽぽはすでに綿毛状態になっていてすっかり初夏の様相でした。道東、十勝地方の帯広市・新得町・足寄町などは30度以上の真夏日になる予報です。桜前線もいよいよ最北の町稚内市まで到達し、最後に残った最東の根室市でも今日にも開花宣言が出されそうな模様です。この陽気に誘われて今日は家の周りの清掃をしようと思います。これで長かった冬とは完全におさらばです。したがって今日は軽い日記のみ記して、道東観光は明日以降に出発することにします。乞うご期待!!
2013年05月27日
いよいよ北海道観光の目玉と言っても良い道東観光を始めたいと思います。しかし道東は広く、観光地も分散しているためいくつかのコースに分けて、且つ漏れが無いように進んで行きたいと思います。しかも途中でエピソードやアイヌ民話等を挟んでゆっくり進めてまいりますので、のんびりとご覧ください。道東観光の出発点はいずれも新千歳空港、終着点は札幌とします。コースはえりも岬を経由して帯広に至るルート。日章峠・狩勝峠から十勝に至るルート。帯広から釧路・根室・知床に至るルート。帯広を通らずに足寄町・阿寒湖・摩周湖・斜里町から知床に至るルート。知床から網走市・大空町・北見市・石北峠から旭川市に向かうルート。知床から網走市・サロマ湖・紋別市・滝の上町から旭川市に向かうルート。旭川市からR12又はR275経由で札幌に向かうルート。旭川市から美瑛町・富良野市・芦別市・滝川市から札幌に向かうルート旭川市から美瑛町・富良野市・三笠市から札幌に向かうルートこれだけ振り分けると殆どの道東観光地を網羅することが出来ます。
2013年05月26日
昨日6週間おきの定期検診で内科に行って来ました。とにかく病院はいつも混んでいるので、ほぼ1日かかってしまいますね。なぜ内科なのかと言うと、2006年11月3日脳梗塞で入院しました。前日就寝前に胸が苦しかったのですが、朝、目が覚めた時に足がもつれて転びそうになり、しかも舌ももつれて、ちゃんと言葉が出てきません。何時もとは違うので明らかな脳の異変を確信し祝日だったので脳外科の当番病院を確認して受診に行きました。検査の結果あっけなく脳梗塞ですと告げられ、即刻強制入院となりました。私は1996年にタクシー会社を退職して事業を始めて以来、病院はおろか健康診断すら受けていませんでした。元来メタボ体型だった私は高血圧症や糖尿病の心配がいつも頭の隅に有りました。しかし多忙を理由に受診を棚上げして先延ばしにしていました。そしてさほど自覚症状も無いままその日を迎えてしまいました。当時は別な事業を始めていて、東京と仙台に支店を出していたため、一ケ月のうちそれぞれの地に10日間行ったり来たりの出張で、殆ど外食の生活でした。おまけに酒びたりの毎日でメチャメチャな生活習慣だったのです。忙しい毎日を皮肉って「病院のベッドの上でゆっくり休みたい」などと冗談を言っていました。まさかそれが実現してしまうとは・・・。入院当初は血圧が200を越えていて、血糖値は空腹時でも300近く、ヘモグロビンa1cは11%もあって、「数値だけ見たら危篤状態ですよ!なぜこんなになるまで放っておいたのですか?」と、先生に怒られました。この時から脳外科の治療と内科の治療が同時に始まったのです。その後自宅に近い総合病院に転院して、約一ケ月半で退院しました。早期治療で一命は取り留めたものの、左手足が不自由な障害者となってしまいました。このプログは、未だリハビリ中の私の機能回復と生きてきた足跡を残すために始めました。今は薬でコントロールされているせいもあって殆どの数値が標準の範囲内に収まって安定しています。食生活も厳しく管理されています。これからも元気に書き続けたいと思います!!
2013年05月25日
三浦雄一郎(登山家・冒険家)が80歳の最高齢でエベレスト登頂に成功したニュースが駆け巡りました。道民にとって三浦雄一郎は登山家と言うよりも日本人初のプロスキーヤーとして馴染みがあります。彼は北海道出身ではありませんが、札幌を拠点としてスキー教室を開くなど後進の育成に力を注いできました。1964年、スキーのスピードを競う「キロメーターランセ」で時速172.084キロの世界新記録(当時)を樹立した。1970年、エベレスト・サウスコル(世界最高地点)からスキー滑降に成功し世界初の快挙を成し遂げ、三浦雄一郎の名を世界に轟かせた。プロスキーヤーとしての輝かしい実績は私の幼少期のヒーローでした。彼が登山家に転身するきっかけとなったのは、札幌の小学生やお年寄りが手軽に登る藻岩山(531m)を登れずに途中で断念してしまったことがきっかけで、身体を鍛え直しエベレストを目指すようになったらしいです。彼にとっては記録への挑戦というより自分への挑戦だったのでしょうね。彼の存在もやはり北海道民としての誇りです。
2013年05月24日
いまや北海道を語るうえで日本ハムの存在は欠かせません。北海道に移転して今年が節目の10年目になり、すっかり道民の心をつかみ地元球団として定着した感が有ります。プロ野球もセ・パ交流戦が始まり本格的な野球シーズンとなりました。これまでなかなか本調子とは言えなかった日本ハムですが、5月19日20日と札幌ドームに巨人を迎えて対戦しました。結果は日本ハムか巨人の内海・杉内の日本を代表する両左腕を打ち崩して連勝しました。地元マスコミは昨年の日本シリーズの敵を討ったと異様な盛り上がりですが、私の心境は正直言って複雑でした。私は典型的な巨人・大鵬・玉子焼きの世代で、子供の頃は亡き祖父より巨人の選手か大鵬の様な強い相撲取りになりなさい。そしたらいっぱいお金を稼げるぞ!とよく言われていました。北海道では野球放送は巨人戦が中心だったので、必然的に巨人を応援するようになりました。それは私のみならず多くの道民がそうでした。つまり北海道は巨人ファンが当たり前で中でも私は巨人命を自負するくらい熱狂的な巨人ファンでした。だから日本ハムが北海道に移転したからと言ってすぐに日本ハムを応援できるかと言うとそうではありませんでした。オープン戦や交流戦などで日本ハムと巨人が対戦する試合を札幌ドームに観戦しに行っても、気がつけば巨人の帽子をかぶりオレンジ色のメガホンとタオルを振り回して巨人一色で日本ハムファンで埋まった三塁側席で応援していました。もちろん周りの日本ハムファンから氷の様な冷たい視線を浴びましたが、「お前たち!ついこの間まで巨人ファンだったくせに!手のひらを返したように日本ハムファンになり下がりやがって!!」と、強気の視線でにらみ返してやりました。今でも私のDNAには巨人がいるので、日本ハムが連勝したからと言っても心の底からは喜べません。しかし、日本ハムの存在は道民の心を一つに結束しているのは事実なので今では誇りに思っています。これからは日ハムおやじとして生きるのもいいかなって思っています。日本ハム万歳!巨人ざまぁみろ!!これで昨年の日本シリーズの借りを返したぞ!今年もまた日本シリーズで戦おうな!!
2013年05月21日
今日の札幌は雨模様で曇り空なので実際の気温より体感温度は寒く感じます。昨日映画を見るためにバスで札幌駅に向かう途中、中島公園の桜が満開でした。桜の木の下ではブルーシートを敷いた若者達や家族連れがジンギスカンを囲んで花見を楽しんでいました。札幌市の条例では公園や緑地帯での火器使用は厳禁なのですが、この時期だけは期間限定で特別に許可されています。ジンギスカンは道民の文化と言っても過言ではありません。花見はもちろん、海水浴や東北の芋煮会に当たる秋の行楽シーズンや普段の生活にも欠かせません。今は規制されていますが、昔は運動会でもジンギスカンを食べていました。私も長期出張で一週間以上北海道を離れると無性にジンギスカンが食べたくなったものです。お陰で渋谷と神田でジンギスカン屋をみつけ足しげく通ったものです。さて花の話題ですが、満開の桜に負けじと白い可憐な花がいたるところに咲き誇っていました。バスの窓から遠目にしか見えませんでしたがハナミズキの様な白い花でした。時期的にもきっと間違いないと思います。普段は控えめな花ですが、しっかりと存在感が有って自己主張していました。映画は前作ですっかり虜になってしまった「探偵はBARにいる2ススキノ大交差点」を鑑賞してきました。内容については語りませんが、感動した場面は大泉洋のパートナー役の松田龍平の北海道弁がなじんでいてなまら良かったです。そして依頼人役の女優、尾野真千子が関西弁で放送禁止用語の「ち○ぽ・・・」と叫ぶ場面には驚きました。ストーリーもしっかりしていて、笑いはもちろん涙ぐむような場面も有って、前作を凌ぐ内容で大満足でした。ただ一点だけ気になったことは、けしてススキノは映画のようにヤクザがのさばっていたり、暴力や殺人事件が頻繁に起こっているわけではありません。誤解の無いように言っておきますが、ススキノはいたって治安は良く安全な街です。多少の客引きやぼったくりの店は存在しますが、何処の繁華街に行っても同じことです。ススキノは怖い街だという誤解と先入観だけは持って欲しくないのであえて強調しておきます。私は仕事でほぼ日本全国の歓楽街で飲み歩きましたが、ススキノが最も安心で、しかも料金も安いです!!しかしこの映画は大変良い出来で自信を持ってお進めします。ぜひ映画館の大迫力でご覧ください。私は映画の関係者では有りませんがとても面白かったです!!
2013年05月20日
日本一の温泉天国、北海道には温泉宿がたくさんある一方、気軽に温泉を楽しめる日帰り温泉も豊富にあります。札幌にも駅前や中心部、すすきのにも数件の温泉施設が有り、仕事帰りに気軽に立ち寄ることが可能です。私も月に2~3度札幌市内や近郊の温泉に立ち寄り身も心もリフレッシュしています。昨日はこちら札幌市清田区にある里塚温泉に温泉仲間の友人と行ってきました。入館料500円ですが、食事と入館セットで1200円がたいへんお得です。食事は2階のレストランで金額に制限はなく最高額1500円の「にぎりずし」や「ゆとり御膳」を食べてもOKでとてもお得なセットプランなので私はいつもこのセットにしています。里塚霊園に隣接しているため景観はけして良くはありませんが、無料送迎バスもあり私の自宅から車で20分ほどの至便な距離にあり、朝から夕方までのんびりできるため私は友人と月に一度は必ず訪れます。
2013年05月19日
札幌にもとうとう桜前線がやってきました。昨日気象台から開花宣言が発表されました!!そういえば所々で桜の花が開いてきましたが、まだまだ4~5分咲きといったところでしょうか?昨年は開花宣言=満開状態でしたので、すぐに終わってしまった感じでしたが今年は長く楽しめそうです。道内には桜の名所がたくさんありますが、個々にはこちらを参考にしてください。北海道の桜の名所見所はたくさんありますが、私個人的に好きなのは石狩市厚田区にある「戸田記念墓地公園」の桜が一番華やかだと思います。約8000本が咲き乱れ花のトンネルを形成しています。ここには私の墓が有るので、没後もゆっくり桜を堪能できそうです。入場無料なのでぜひ一度足を運んでみてください。<戸田記念墓地公園>所 在 石狩市厚田区望来327 開園時間 午前9時から午後5時まで(入園は同4時30分まで) 休 園 日 毎週火曜日 電 話 「桜案内ダイヤル」0133-77-2200※天候により開花の状況が変わることがあるので『桜案内ダイヤル』のご利用をおすすめします。北海道は桜とほぼ同時期に梅が咲くので華やかです。桜が終わるとすぐにライラックが咲き、街中が甘い香りに包まれます。北海道の春は花の季節で一気に様々な花が咲き乱れます。そういえば札幌市豊平区の豊平公園ではカタクリの花が見頃を迎えているそうです。実はこの地は私の生まれ故郷なのです!ここにはかつて農林水産省北海道林業試験場が有り、祖父がここで仕事をしていたため、敷地内の官舎に住んでいたのです。これからはつつじ、すずらん、はまなす、ラベンダーと怒涛の勢いで花の季節を迎える北海道、一年中で最もおすすめの季節になります。北海道に来るなら いまでしょう!!
2013年05月14日
今日の札幌は曇り空で気温もさほど高くなく、むしろ風は冷たいです。今週は花見を計画していますが・・・。先日直線道路について紹介しましたが、今日は直線道路に関するエピソードを紹介します。その時の旅は自動車会社のN産自動車の永年勤続者のご褒美旅行で、五組のご夫婦の旅でした。ただし、N社製の車が指定でした。私が勤務していた会社はジャンボタクシーと黒塗りの中型車がN社製の車だったのでご指名されたのだと思います。そこでご夫婦だということなので、N産Sリック5台を連ねたいつもとは勝手が違う旅でした。行程は帯広空港でピックアップして道東+札幌・小樽の3泊4日の行程でした。帯広空港で出迎えてそれぞれ出発しましたが同じ行程なので5台連なって走りました。他の4人は皆先輩でかつ私のお客さんが最も年長者だったので、私は最後尾を追走していました。帯広から然別湖を観光し、足寄町からオンネトーを経て阿寒湖温泉に向かう行程でした。通常なら然別湖から幌鹿峠、糠平湖、上士幌町から足寄町へ向かうのですが、お客さんが持参した旅行会社の行程表にはスーパー直線道路を通ることになっていたので、然別湖から帯広方面に一度戻って鹿追町瓜幕から左折してスーパー直線道路を士幌町に向かうことにしました。そこで最後尾の私の車がスーパー直線道路に入った瞬間、ご夫婦そろって「ワー!すごい!一直線だ!!」と歓声を上げて感激していました。この道は起伏が有るのですが、入口付近は比較的平坦で遠くまで見渡せるため直線道路を実感することが出来ます。ところがここで大変なことが起きたのです。直線道路に感激して興奮したご主人が「運転手さん!お願いだからこの直線道路をほんの少しでいいから運転させてください!」と言ってきました。私も奥さんも驚いて「えっ!」と、聞き返したのですが、興奮したご主人の勢いは激しく「100mだけでもいいからお願いします。」北海道の方言で「だはんこく(だだをこねる)」状態で、今にも泣きだしそうだったのでとりあえず車をゆっくり先行車に気づかれないように路肩に止めました。この時点でもう私の覚悟は決まっていましたが、ご主人は確認してくれと言わんばかりに免許証を差し出してきました。が、明らかに一種免許でした。当然タクシーを運転するには二種免許が必要なのです。その事を話し、もし見つかったら私はクビになるし、会社は営業停止、そして○○さんは無免許運転になることを説明した上で条件を付けました。対向車又は後続に車が見えた際には速やかに中止して交代すること。そして最高速度は80km/hに抑えて安全運転すること。この条件でハンドルを譲りました。運転を交代して間もなく、キタキツネが道路を横切って行きました。これにはご主人も奥さんも大興奮で大騒ぎでした。何事も無くしばらく走りました。「車が全然来ませんね!」と、すいすい運転を楽しむご主人。ビクビク不安と心配な奥さんと私。ご主人が言うように本当に前からも後ろからも車が全然来ません。15kmくらい走って満足したのか、ご主人は自ら車を止めて交代しました。「運転手さん!疲れたらいつでも交代してあげるよ!」と、上機嫌でした。私も沖縄や九州、伊豆など旅行に行った時にタクシー観光をしたことはありますが、自分で運転したいなどと思ったことなど有りませんでした。しかし、大の大人が理性を失ってしまうほど北海道の直線道路には魅力が有るのですね。もう時効なのでこっそり打ち明けますが、くれぐれもここだけの話に留めておいて下さい。★ もっと収入がほしい方! ★
2013年05月13日
札幌は昨日に続き今日も最高気温18度を超えてとても温かでした。桜の蕾もかなりほころんできました。しかし、3日前には8年振りの積雪が有った帯広が今日は何と20度を超えて桜の花が一気に開花したそうです。すっかり先を越されてしまいました。北海道の世界一を色々ご紹介してきましたが、今日は日本一をいくつかご紹介します。まずは日本一長いものを3件紹介します。≪鉄道直線線路日本一≫JR北海道・室蘭本線の白老駅東から沼ノ端まで、28.736km。この手前、虎杖浜-白老も約18kmの直線で、間の白老駅付近が緩いカーブだが、乗客には50km近い直線に感じられるはずです。▼室蘭本線の白老付近▼≪直線道路日本一,≫国道12号線の美唄市光珠内から滝川市新町までの29.2kmが日本一長い直線道路です。 この道路は樺戸集治監の囚徒によって開削工事が行われたいわゆる「囚人道路」です。このような囚人道路は道内いたるところに存在します。距離は間違いなく長いのですが、美唄市・奈井江町・砂川市などの市街地を通るため、残念ながら直線感を実感することはありません。スーパー直線道路観光客が観光バス等で最も通る機会が多いのが、このスーパー直線道路と呼ばれる道路です。旅行会社が観光客を誘致するために勝手につけた名前だと思います。道東十勝地方の鹿追町瓜幕から士幌町までの約20kmです。正確な数値はわかりませんが車のメーターで私が測った距離です。確かに長い直線道路ですが、起伏が有るため見 た目での直線感はあまり感じません。▼見た目が断然長い直線道路▼ (写真家奥山明成さん撮影)オホーツク海を走る国道334号と斜網広域農道です。斜里と網走を結ぶ道路で、小清水原生花園を過ぎた小清水町倉栄地区から、知床連山を目指してまっすぐの道路が27.5km続き、ご覧の通りの直線です。国道334号は斜里町市街地を過ぎると知床に向かって左折しますが、まるで坂道を上るかのように山の中腹まで道路が続くので見事な直線道路に見えます。逆に日本一短い国道は神戸にある国道174号線、187.1mしかないそうです。走ったらほんの何秒かで通り過ぎてしまいそうですね。≪日本一長大な砂嘴(さし)≫野付半島は、全長28kmの日本一長大な砂嘴(さし)です。細いところでは幅は数十メートルしかありません。半島中央部から先に人家はありません。あるのは鮭の定置網の番屋だけです。北方領土のひとつ、国後島に最も近いのもこの野付半島です。根室海峡に突き出した長大な砂嘴は、知床半島の土砂が海流に削られ堆積したもの。根室海峡は羅臼沖では2000mもの深さがありますが、標津沖では数百メートルしかありません。野付半島にはトドワラ・ナラワラといった厳しい風雪にも負けないで生きている樹木の林を見ることができるほか、うたせ船という帆掛船による北海シマエビ漁が六月になると始まります。★ もっと収入がほしい! ★
2013年05月10日
とても寒かったGWが終わって北海道にもやっと春が来たようです。昨日の函館は最高気温18度を記録し、桜も開花しました。札幌も今日の最高気温は18度になる予報です。しかし寒波の爪痕はまだ残っており、道東の糠平から然別湖畔に抜ける道道鹿追糠平線(道道85号)の幌鹿峠は積雪のため通行止めが続いておりましたが本日解除になったようです。しかし、羅臼町と斜里郡斜里町とを結ぶ国道334号( 通称「知床横断道路」の知床峠)は冬季通行止めが続いております。道東方面はまだまだ油断が出来ない状態が続いています。ところが例年この時期はフェーン現象が起こることがあり、オホーツクや十勝地方では突如として30度以上の真夏日になることがしばしばあります。いずれにしても桜前線は北海道に上陸したので、今週中には桜の便りがあちこちから聞かれることでしょう。さて、道南観光は函館で完結しましたが、今日は道南観光の想い出に残るエピソードを紹介します。道南は函館や江差等道内の観光地の中で最も歴史が有るため歴史背景など覚えることもたくさんあります。東京都内の某公立高校の修学旅行の下見に訪れた先生方を案内して函館に向かい森町鷲の木(榎本武揚らが上陸した場所)に差し掛かったころ函館戦争や榎本武揚について説明していた時に歴史の先生がいきなり質問してきました。「運転手さんは榎本武揚についてどう思いますか?」私はとっさに「榎本武揚は北海道を独立に導いた英雄です。」と答えました。すると先生は「榎本は敗軍の将ですが、新政府軍の軍門に下った裏切り者ですよ。それでも英雄ですか?」私は言葉に詰まっていると先生の講義が始まりました。「榎本は明治政府の初代伊藤博文内閣に召し抱えられて大臣を務めた。二代目の黒田清隆内閣でも外務大臣を務めている。」他の先生たちはとうとう始まったかというあきれ顔で聞いていましたが、歴史の先生の講義は続きます。「私が知る限り日本の歴史上の人物で、軍門に下った後に敵側の首脳に上り詰めた人物は榎本をおいて他にはいない!!榎本の類い稀なリーダーシップと先見性、広い視野を私は尊敬している。だからここに来るのが楽しみでした!」と、先生の熱弁が終わりました。私は「大変勉強になりました。歴史認識が変わりましたありがとうございます。」と感謝を述べました。しかし、色々なお客さんがいるのでけして付け焼刃の勉強では通用しない。改めて心して向かわなければいけないと襟を正す瞬間でした。翌年この先生は定時制の生徒を引率して再会しました。★ もっとゆとりの生活がしたい! ★
2013年05月09日
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