人間だものヽ(´ー`)ノ

人間だものヽ(´ー`)ノ

心の病





2004/03/29
午後から出社した。無理なく出社できた。まだ着いたばかりだけど。
1ヶ月半ちかかったトンネルの出口の光が、少しだけ見えたのかも?油断禁物。でも嬉しい。
このところずっと、ハンドブレーキ引きっぱなしの車みたいに、重い状態で走ろうとしていたから。今日はブレーキがかかっていないみたい。でも、油断すると暴走するので、その点だけは注意したい。



2004/03/25
シャッキリしたい気持ちとは裏腹に体はダルダルで、会社へ行く準備をしたのに1時間以上グダグダして、今日もお休みさせてもらうことにしてしまった。勝手に。
自分がイヤだ。ナニもかもイヤだ。



2004/03/18
抑うつ状態になったとき、精神科に通ったり、カウンセリングを受けたりしますが、場合にとってはそれ自体が苦痛で、疲れるものだったりします。

内科や外科の疾患であれば、具体的な身体症状も出ますし、触診や科学的検査によって、ある種科学的・客観的な診療をしてもらえます。

しかし、精神科へ受診する場合、身体的な疾患と異なり、症状を自分の口で説明しなければなりません。

しかも語られる症状は、
「億劫で何もやる気がしない」
「ベッドから起き上がることが出来ない」
「消えてしまいたい」
「だるい」
「人と接するのがイヤだ」
「何をやっても失敗するのではないか」
「何かわからないけれども不安だ」
など、一般的には怠けている、逃げていると思われるような言葉を発して説明しなければなりません。

また、そういう漠然とした症状を話しているうちに、ただの怠け者なのではないかと自分に嫌気がさしてくることもあります。

ずっと通いつづけて、薬も飲みつづけているのに、あまり良くなる兆しが無い、それを報告するのに嫌気がさすこともあります。永遠に薬を飲まねばならないのか、というような将来の不安もかき立てられます。
正直、私は毎回、改善されない症状を医師に話すのが好きではありません。というかむしろ嫌です。
状態のいいときはいいのですが、良くならないときは、薬だけもらって帰ってくることもあります。

最近では、心の病がメディア等にも取り上げられ、精神科への偏見といったものは和らいできているとは思いますが、やはり自分は精神科に通っている、自分は頭がおかしいのだろうか、異常なのだろうか、といったような考えが、ふと浮かぶこともあります。

また、カウンセリングにおいても、いかに専門家が相手とはいえ、自尊心を捨てて、自らの心の内をすべて吐露するというのは、なかなか難しいものです。過去の出来事や、考えていること、それらを打ち明けるというのは、まるで丸裸にされて観察されているような気分にさえなります。心を開いて心底打ち明けられるような関係を築き上げられればこの上ないことでしょうけれども、私はそれが出来ませんでした。

なんだか、やっぱり結構辛いシチュエーションだな、と思います。



2004/03/03
鬱は言葉にするの難しいな。
言葉に出来るときは鬱じゃないからよくわからない。
鬱な時は思考が回らないからよくわからない。
鬱な時に医者に会いたいと思うけど、医者に行けるときは鬱でも軽いとき。そんなときは鬱な状態のことはよくわからない。




2004/03/02
ヘルプメールが来た。
そういうときは、目を閉じ、耳をふさいで、凌いでくれたら、と思う。変な考えだけは絶対にして欲しくない。
じっとしていることは、それはそれでしんどいけれど、地震が着たらテーブルの下でじっとしていなさい、と僕は教わってきたから、そうすることしかできない。



お酒を飲んでいる。
逃げている?
疲れている?
よくわからない。よくわからないです。
僕の感情は、言葉に出来ません。言葉など、なくなってしまえばいいのに。でも僕はその言葉を利用して、自分を慰めている。なんだろうこのジレンマ。言葉は怖いものなんだよ。言霊は怖いものなんだよ。使い方次第で。

この世界に生を受けたことに、感謝しているつもりだったけれど、生きていることはとても辛いことです。でもね、たぶん、これは必要なことなのだと思う。僕が存在して、辛いと感じること、それが必要なのだと思う。



2004/02/28
体が軽いせいもあるのか、少し躁だ。ほんの少し。
・やたらと人恋しい
・活動が多少活発
こんな兆候は自分の場合は要注意。



2004/02/05
僕が突然日記を辞めた理由。
それには、いろいろあるけれど、一番ショックだったのはカウンセラに非難された(ようにそのときは感じた)こと。

カウンセラには、この日記を読んでもらって、何か、それは多分僕の抱えている根本的な問題、を見つけてもらうことを期待していたんだと思います。この感情がどうだとか、分析してくれることを願っていたように思います。そのためにがんばって書いていたつもりでした。

ところが、日記を読んだカウンセラから出た言葉は「この場でも日記に書いてあるようなことを言って欲しいんです。本当の気持ちをこの場で話して欲しいんです」というようなことでした。

今思えば、僕はカウンセラに多くを期待していたのかもしれない。けれど、やっぱり今思っても、話をうまく引き出したり誘導するのもカウンセラのスキルじゃないかと思うのです。

最初から僕はカウンセラに不信感を抱いていて、その感情がずっとぬぐえないままに続けてしまったのが悪かったのかもしれません。

第一印象は、若くてただ話を聞くだけのパッとしない女性でした。
心理テストをしてもらって、もしかしたら何かを導き出してくれるかもしれないと期待し、でもやっぱりピンとこないまま、いつか大きなヒントを導き出してくれることを望んで継続していました。
10月の後半になって、僕の躁転が終わり、鬱の波が到来した際に、「こうなるだろうと思っていました」といわれました。

僕は、カウンセリングの場では、その時々精一杯思っていることを話したつもりだったし、操転しているような気配があったならば、ある程度そのときに抑えるように仕向けてくれればよかったのに、という思いに打ちのめされました。ちょうどそれが鬱の波に襲われていたときだったから、それらの言葉は僕に重くのしかかり、それからカウンセリングに行かなくなりました。

そのときのカウンセリングは、まるで死刑宣告を受けているような思いでした。それから3ヶ月、会社へ行くことも出来ず、ただただ時を過ごしていました。

なんとなく、気持ちの整理をつけるために書いてみました。
そして、再開してみようかなと、少し思っています。



2003/10/20
私用がほぼ終わったので会社へ行かなくちゃ。
ちょびっと吐き気するなあ。
うーんと、お腹がすいているのかなあ。
あまり空腹感は感じなくて、感じなくはないが、食欲がないけど食べなくちゃ。


調子を確かめるために、少し歩いてきた。
膝かっくんが多いので、調子は良くないみたいだ。
とりあえず、会社へ行こう。
何も出来なくても。ただ居るだけの置物でも。
とても辛いけれども、生きるために。




2003/10/16
行きの電車。同じ駅が2回連続で来たような気がして、ああ、なんかやっぱりずれてるわ、と思う。

コーヒー飲んで一息ついたら、動きがすごく遅くなった。
はぁ、出社でエネルギー切れか。
まあ出社したからいいや。今日は早めに帰ろう。
吐き気と下痢、歩行速度遅い。


屋上へいったけれど、回復せず。太陽を直視できず。まあいい。気にするな気にするな。大丈夫大丈夫。
呼吸が定まらないんだけど、なにこれ。歩いてると、膝かっくんされた感じでがくっと来たりするんだけど何これ。
もう勘弁してちょ。マイボディ。



2003/10/15
自分が何をやっているのかよくわからないなあ。
でも会話してると少し元気になるなあ。
雑誌を読もうとしたけど、今日は読めないっぽいなあ。

今日はカウンセリングなので、提出してなかった分も含めて日記と読書リストを印刷。会社でこういうことやってると、自分は何してるんだろう、、って思ってしまうけど、気づかない振りをする。

だって人は、存在することに価値があるのであって、成し遂げたことに価値があるわけじゃない。存在していること、それが価値だから。

やべー、波が来るとポエマー度アップ気味。っていうか本当は毎日こういうこと考えていたいんだけど、ここ数日嵐のようだったからなあ。

会社に来て、いろんな人と話すたびに、少しずつ、ありがたみを感じて、元気をもらえる。本当にありがたい。



2003/10/14
部屋から出たくない。
セミナーに行ける気がしない。ごめんなさい。
夕方からでも会社へ行こうと思ったけれど、今日は何もしたくない。お休みさせてもらいたい。

自販機まではいけた、部屋をでれないわけではない、でも、何もしたくない。

上司にメール、勇気を出して会社に電話、でも上司不在。飯時だからな。

とにかく今日は、何もしたくない。
疲れている。肉体的にも、精神的にも。

急激に、自己嫌悪が増加。できればそんなの無視したい。
自分はまだ、欠けている。欠けていることは悪い事じゃないけど、欠けていることに対する認識が、揺らぐのだろう。
今日は揺らぎを感じる。だから、何もしたくない。

自分と闘う時間を僕にください。
自分と闘う力を僕にください。

ベッドに横たわって、たまに動いたりしてはいるけど、何をするのも、動作が遅くて、自分でも明らかに動作が遅いのがわかる。
歩くのもナマケモノみたいに遅く、タバコを吸って周りを見ていても、首を動かす速度が遅く、今キーボードを打っている速度も遅く、時間だけはあっという間に過ぎている気がして。

思考が心を置いていって、心が悲鳴を上げて、思考が停止して、心が追いつくのを待っていて。

やっぱり、いろんな意見を正面から受け止めたのは失敗だったと思う。自分で選択したことだから、後悔はしないけど、反省はする。
まだ、他人の意見に耳を傾けることは、心にとっては重荷なのだろう。
だけど、僕は性善説を信じていて、他の人のどんな意見も悪気があって書いている訳ではないから、対応したいと思って、それを選択した。自分の意志で。だけど心はついていけないみたいだ。

だから今日は、自閉モードで、耳をふさいで、口をつぐんで、過ごすことが必要なのだと思う。

そういえば、そろそろ貯金が尽きてきて、この間、残高不足になっていた。それも自分にとってショックだったのかも。
まあ、定期代と宴会代を立て替えて、それが振り込まれたので、さっきネットで残高を見たら多少は増えたけど。
ボーナスまで、辛抱すれば何とか…、と思っていたけど、残高不足でおろせないと言うようなことが起こると、やはり不安になったのだろう。
振替とか、滞るのはいやだから、親と共有している口座からボーナスまでの間、少し借りようと思う。
残業バリバリ出来れば、なんとかなるんだけど、今は基本給だけで生きていて、なんとか節約していかなければ。
そう思って、放っておいたキッチン周りを少し整理しようと思う。
幸いパスタの備蓄があるし、米は実家から送ってもらおう。

すごく動きは遅いけど、1歩歩くのに1秒って感じだけど、少しずつ、少しずつ。



はぁ。。。だいぶ楽になったけど、昼間は7月頃にロールバックした気分。だいぶ回復していただけに、凹むなぁ。
不安とかに負けないようになってきたのに。。。
でも凹んだのは自分に内緒にしておく。たいしたこたーないさ。



2003/10/10
ベッドに横たわって、たまに動いたりしてはいるけど、何をするのも、動作が遅くて、自分でも明らかに動作が遅いのがわかる。
歩くのもナマケモノみたいに遅く、タバコを吸って周りを見ていても、首を動かす速度が遅く、今キーボードを打っている速度も遅く、時間だけはあっという間に過ぎている気がして。

思考が心を置いていって、心が悲鳴を上げて、思考が停止して、心が追いつくのを待っていて。

やっぱり、いろんな意見を正面から受け止めたのは失敗だったと思う。自分で選択したことだから、後悔はしないけど、反省はする。
まだ、他人の意見に耳を傾けることは、心にとっては重荷なのだろう。
だけど、僕は性善説を信じていて、他の人のどんな意見も悪気があって書いている訳ではないから、対応したいと思って、それを選択した。自分の意志で。だけど心はついていけないみたいだ。

だから今日は、自閉モードで、耳をふさいで、口をつぐんで、過ごすことが必要なのだと思う。

そういえば、そろそろ貯金が尽きてきて、この間、残高不足になっていた。それも自分にとってショックだったのかも。
まあ、定期代と宴会代を立て替えて、それが振り込まれたので、さっきネットで残高を見たら多少は増えたけど。
ボーナスまで、辛抱すれば何とか…、と思っていたけど、残高不足でおろせないと言うようなことが起こると、やはり不安になったのだろう。
振替とか、滞るのはいやだから、親と共有している口座からボーナスまでの間、少し借りようと思う。
残業バリバリ出来れば、なんとかなるんだけど、今は基本給だけで生きていて、なんとか節約していかなければ。
そう思って、放っておいたキッチン周りを少し整理しようと思う。
幸いパスタの備蓄があるし、米は実家から送ってもらおう。

すごく動きは遅いけど、1歩歩くのに1秒って感じだけど、少しずつ、少しずつ。

32条、申請してみようかな。明日医師に相談してみようかな。



2003/10/10
今日は、いろんな事がありすぎて、もう記憶がない、気がする。
何がなんだか、自分では整理できない。
だけど、僕はその一瞬一瞬を本気で発言して、本気で考えて、本気で行動している。だから、結果はどうあっても、もういいよ。

酔っぱらうと、それぞれの感情の発露がすごい。

誰に言っているのかわからないけど、許してください、殺してください、助けてください、救ってください、声をかけてください、寂しいから一人にしないでください、そういう気持ちがある。
けど、やっぱ誰に対して言ってるのかわかんない。
神様かもしんないし、意識を超越したところかもしれないし、特定の人に聞いて欲しいのかもしれないし、世界中の人に聞いて欲しいのかもしれない。だけど、具体的にはわかんないんだよ。それでいいんだよ。

そして攻撃的な自分は、うぜーんだよてめー、みたいに自分のこと思ってるけどね。お前こそ黙れ、って今の自分の中心部分が言う。

支離滅裂だけど。

僕の攻撃性は結構強烈で、まあカウンセラにも指摘されるのも納得だけど。酔うとこんな感じ。
特定の対象は居ない。ただ、こういう気持ちが頭を渦巻いて、やがて収まる。
--
ほんとうっぜーーーー。うるせーんだよ。
いちいちうるせーよ。うぜーよ。うるせーうるせーうるせーうるせーうるせー
はぁ?だから何だよ。なんなんだよ。何なんだよ一体?
うぜーうぜーうぜー!うぜーんだよ。
死ね死ね死ね死ね。
自分も死ね死ね死ね死ね。
……………ドカッ(電柱とかコンクリートパンチ)
--

僕は、こういう汚い面ももった人間だから。
汚い自分と闘っている人間だから。

だけど、こういう感情は、最近は自分のポジティブな気分で上書きされて、最終的な気分はポジティブなものが残る事が多い。



2003/10/09
ちくしょうちくしょう。。。。。。。
今日の保険のおばちゃんも、抑うつなのに家族の理解がなくて苦しんでた。そりゃ見た目は普通だよ。普通だけど辛いんだよ。ちくしょう。俺らだって甘えたくて「鬱だ、鬱だ」って言ってるわけじゃねーんだよ。ちくしょうちくしょう。。。。。くそったれ。何なんだよこの世界はよ。いい加減にしろよ。ほんと。

おでこに「鬱」マークが出ればいいのに。

僕だって生きようとしてるよ。
うつ病だって内臓の病気とかと一緒だよ。
でもね、見た目は普通の人だから、人生サボってる人みたいに見られるんだよ!
君は何の仕事してるの?みたいな目で見られるんだよ。
君はいつも遊んでいるね、みたいな目で見られるんだよ。
それでも生きてるんだ。

僕だって僕の命があって、それは僕の物であって、僕だって生きてその命を大事にしたいです。

でも、抑うつ状態ではそんなこと、考えられないんですもんTT 本当に。消えてしまいたいんですよ。でも家族や友人の事が頭に浮かんで、消えたいけど消えることは出来ないんです。そんな葛藤を抱えて、そればっかりを考えて、1分1秒を過ごさなければいけないんです。ものすごく辛いんです。だから生き地獄だって僕は思っています。

だったら考えなければいい、と思うかもしれないけれど、勝手に考えてしまうんです。止められないんです。そんなの、僕だって、うつ病になるまでは信じられなかった。

僕は僕の命を僕のために生きるし、それは他人のために生きるのが目的じゃなくて。
生きたくても生きられない人がいるから、僕が生きるんじゃなくて。
僕のために生きることが他人のためになれば、それはそれでいい。
僕は生きるのに必死で、他人が僕の生をどう評価するなんて考えていられないんです。
僕は僕のために精一杯、必死で泣きながら生きているんです。

僕はちっぽけな人間かもしれません。
生きることが精一杯なのです。
理解してくれとは言いません。
ただ、聞く耳を持ってください。
頭ごなしに、否定することは止めてください。
お願いします。

ちくしょ、ぶち切れたら止められね。。。

悔しいよ。おれだって一生懸命、自分を元気にしてるんだよ。自分に言い聞かせてるんだよ。悔しいよ。悔しいよ。。。ちくしょう。。。
無視してもイイよ。だけど非難しないで。批判しないで。
無視してよ。無視していいから。。。無視してよ。。頼むよ。くそぅ。。。くそぅ。。。

でも、心を落ち着かせて。大丈夫。大丈夫。
こんなこと書くと、気をひきたがっている、とか、被害妄想、って言われたりする。でも、平気。
世の中いろんな人がいて、いろんな視点があって、いろんな思考があって、でも僕は僕に誠実に生きれば、それだけでいい。

この日記は、自分への暗示でもあるのだから。大丈夫だよ。大丈夫。安心しろ。オレはオレの意志で生きていける。がんばれ。無理するな。がんばれ。



2003/10/08
想像してください。
下りのエスカレータがあります。
今日の僕は下りのエスカレータに乗っていて、上ろうとしても全然進んでいません。
進んでいないけど、とりあえず、今のままのペースで歩こう、と思いました。
そうしてずっとペースを保っていたら、夕方おしゃべりしてる間にいつの間にか、どんどん上へ上っていけました。気づいたら、下っていたエスカレータが止まっていたのです。

鬱ってそういうもの。あなたの思考が、下りのエスカレータ。悪い方へ悪い方へ、自動的に思考が下っていきます。だから、一生懸命上ろうとしても、なかなか上れないんです。

でもね、一度思考を止めてごらんなさい。

気づいたら上っているようになる。
それはとても、嬉しいことです。

そして、思考を上りの方向にしてごらんなさい。
思っていたよりも、もっと上に行くことが出来る。

それが鬱です。
止まることも大事。止まるだけでも意義がある。止まってみたら、上がっている事に気づく。だから、まずは止まってごらんなさい。



2003/09/27
今日の東京は、雲ひとつない晴れで、
建物の間から見える空が、表現できないほど美しくて、
その色は青でもなく、水色でもなく、
灰色にも見えて、
でもそれは間違いなく空色で。

思わず涙があふれそうになり、それをこらえながら歩いた。
そして、この世に生まれたことに幸福を感じ、感謝し、空をずっと見ながら歩いた。
自分の中の何かが、あそこに繋がっている。
運命の人と、あそこで繋がっている。
世界中の人々と、あそこで繋がっている。
空を間にはさんで、宇宙と繋がっている。
こんなことで感動するなんて、少し感傷的になっているのかもしれない。


やっぱり朝の感動が忘れられなくて、屋上へ出た。
目を閉じて太陽の光を浴びると、真っ赤な世界が広がり、やがて薄い黄色になり、そして目をあけると、そこには鮮明な空の色があった。
太陽と空と、それによって生み出されたものすべて、愛している、僕はそう思った。



2003/09/27
うつ状態に陥ると、完璧主義が顔を出す。それだけじゃないけど。
自分はダメだ、完全でなければ無駄だ、そう思ってしまいがち。
でも全人格的な人間なんていないから、認識を変えて欲しい。
たとえば仮に3つの要素(○、△、□)があるとして、
Aさんは○80、△20、□0とする。
Bさんは○33、△33、□33とする。
BさんはAさんを○の部分を見て、特定の能力に優れた人だと思い、自分はダメだと思ってしまう。
AさんはBさんを見て、バランスのとれたなんでもできる人で、自分は一つのことしか出来ないと嘆く。

結局人間の要素の総数は、みんなほとんど同じなのだ。ただ、環境や社会によって、目立つ要素と目立たない要素があるだけだ。

うつの人は感受性が強くて、真面目で責任感がある人が多い。
でも労働環境や、地域によっては、実は図太さ、鈍感さなどが必要な場合がある。繊細な人がそういう環境に置かれると、不適応になってしまうのだ。

だから、うつ状態になったからと言って、自分の価値が他人より低いなんて思う必要はない。あなたにはあなたの良さがある。
自分の良さを他人に認めてもらう前に、自分で自分の良さを認めてあげようよ。


得体の知れないものへの不安
不安を感じるのはどういうときだろう?
どうなるかわからない状況、何なのかよくわからないモノ。
たとえばうつ病は、なんだかわからないけど不安、過ぎた事への後悔、感情の劣化、何でだろう何でだろう、と思う。

でも調べてみれば、単純に自律神経がまいって、ノルアドレナリンやセロトニンの濃度が低くなっているだけ。薬で濃度を濃くして、徐々に自律神経のバランスを取り戻せばいいだけ。完全には戻らなくても薬飲めばいいだけ。
それが人生のすべてを左右するのか?
完璧主義、一般化のしすぎ、心のフィルタ、マイナス思考、結論の飛躍、拡大解釈、過小評価、決めつけ、すべき思考、レッテル貼り、個人化。
すべてあなたの脳が作り出しているものです。あなた自身が変わらなければ、あなたが見る世界は変わらない。
必要以上に過去に囚われないで、必要以上に未来を見過ぎないで。

もし、癌の宣告をされて1年の命と言われたら、その1年をどう過ごしますか。癌だから何もしない。どうせ癌だから何をしても仕方がない。1年後にどうなるのだと悩む。
僕だったら、どうせ1年、残された1年間を、精一杯好きなことをして生きて、看取ってくれるみんなに「ありがとう、楽しい1年だった」と言ってお別れしたい。




2003/09/21
DVD『八日目』を見た。
僕の友人が養護施設につとめていたが、知的障害者は純真無垢で天使のようだと言っていた。そうなのかもしれない。
地上に降りた天使、でもその純粋さ故にうまくやっていけない。
僕の病気も、授かりモノなのかもしれない。ありがとう。




2003/09/19
ふと、思った。掲示板にたくさんの人が書き込んでくれる。
みんな励ましてくれる。みんなの元気を分けてくれている。
僕は屋上に上がって、「おらに元気を分けてくれ!」って心で思います。んで元気玉つくるんだ。
元気をくれてありがとう。
僕はみんなのおかげで、生きています。
「「人」という字わぁ」という金八先生(欽八?)も、その通りだわな。



2003/09/15

凶気の桜の言葉
「うまいもんは、うまい」

「子供じゃねーんだから好きとか嫌いとか言ってらんねえし」
「逆だよ。大人ってのは好きとか嫌いとかはっきりするってことだろ」



2003/09/13

レンタルビデオ屋の帰りに急に恐怖と狂気。
先日のカウンセリングで、攻撃性も高いことが判明。
言われてみればそんな気がする攻撃性。
でも「自分は攻撃的だ」などと思いこむと、役割を演じてしまうので、認識するだけにしておく。
役割演技については「監獄の実験」で検索すれば出てくると思う。




2003/09/07
心の病にはグループセラピーはとても効果的。しかもネットみたいに、緩くてあまり責任のない繋がりはもってこいだ。

インターネットの普及で、心の病みたいに周りに経験者が少なく、理解されにくい病気の人々への貢献は大きい。
ウルティマオンラインというネットゲームがあるが、あれは聴覚障害者にとって格好のコミュニティになったらしい。
というのも、ウルティマオンラインの中では、耳が聞こえなくてもそれほどハンデにならない。
文字を通しての会話なので、健常者とも隔たり無くコミュニケーションがとれるし、また、障害者同士でも楽しくコミュニケーションがとれる。

インターネットの良い面だ。物事には良い面も悪い面もあるけれど、インターネット犯罪などの悪い面だけを大げさに取り扱ってはいけない。
そういう意味では、日本のマスメディアは間違っているところがあると思う。



2003/08/24
Amazonから本が届いた。『いま、会いにゆきます』
「今日は泣きなさい」と命令が来る。
一気に読んで、読みながら泣いて、途中で洗顔して、大量の涙と鼻水を出した。
不具合を抱えた主人公に自分が入り込んでしまった。
特に、主人公が彼女を静かに自分から遠ざけようとするところに、共感した。

冷房を消して、送風にして、換気扇を回して、汗をたくさんかいて、
涙と鼻水と汗で1週間の僕の歪みを洗い流していく。

こうしてなすがままに、でもそれすら必死で、生きていかなければならない。
いつまででも、付き合ってやるよ。と自分に言い聞かせながら。

最近思うのは、僕はもう、成果主義の社会ではやっていかれないということ。
社会奉仕的、公共的なサービス業で、やりがいを感じながら働きたい。




2003/08/21

電車でDr.キリコの本を読んでて、世の中にはもっと辛い人がいるのだと思った。
そして、全般的に共感できる自分が居る。
そういえばそろそろキチガイ歴2ヶ月だ。
最短でも3カ年計画かなあ。
まあ僕は一生これでもいいや。夢見ながら生きていけばいいさ。
青酸カリのお守り、不思議だろうな。



2003/08/18
カウンセリング
今日はいつになくテンションが低いな、と自分で感じた。
支援センターに入る前から疲労感あり。

状況報告をし、テスト結果の説明を受け、日記を提出した。
カウンセラにいろいろ話せるようになってきた。
コラム法を行った方が良いかどうか聞いた。とりあえず、やってみることにする。

テスト結果は、安心したような感じもするし、ショックだったような感じ。
アダルトチルドレンかな?
でも内容はなんか納得できる気がしたけど、もう忘れ気味なので詳細のコピーが欲しいかも。
・欲求不満。
・認知が歪んでいる状態。
・自己評価が低い。
・他人への依存度高い。
・抑うつ度要チェック。
・自殺傾向ぎりぎりセーフ。
と言った感じだろうか。もう忘れているとはね。。。。

成城で恐怖感発生。下北沢で吐き気。
自分が思う以上にショックだったのかも。



2003/08/09
悪夢を見た気がする、おぼえていない。
そのあと実家の犬の夢を見た。

シャワーを浴びて、病院にお薬だけもらいに行った。
帰りに交わした自分との会話。
「僕はバカだ。僕はバカだ。僕はバカだ。僕はバカだ。…」
「そう、君はバカだ。」
「なぜ?」
「そんなことも解らない。。だからバカなんだ。」
「そうだ。僕は自分がバカなことも解らないバカなんだ。」
「そう、世界中の誰よりもバカなんだよ」
その繰り返し。なんなんだろう。

神様はなぜ僕をこの世界におつかわしになったのだろう。



2003/08/01

眠いわけではないのに数分おきに欠伸がでる。
欠伸と同時に吐き気がする。
吐き気のあとで手が震える。
この症状なのか副作用なのか解らない現象には慣れた。
数分おきに欠伸をしたら吐き気がして手が震える。
そういうものなのだ。
それ以上でもそれ以下でもなく、原因もなく結論も出ない。
だから理由など考えない。


© Rakuten Group, Inc.
X

Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: