けん家持さん
お返事嬉しく思います。
> で、「私」とは何かと言えば、この肉体を備え、知覚器官と外的刺激・情報を蓄積し整理統合する脳を有し、その生涯をかけての様々な経験・経験知の総体である。
、「私」も亦、この世に存在するあらゆる想念、価値観、歴史観、世界観、死生観のうち、これと思うものにのみ反応するようになっている。
▶僕もそうですし 反論有りません。
貴兄と小生とで、反応する想念、ものの見方が異なるのもこれと同じことで、赤い花が正しい、青い花の方が正しいと論じても始まらぬことであります。
>
「私」というのは、この世にある限りに許された一つの肉体と感覚器官、思考装置という物質を備えた存在が、その物質を媒介として、外界との触れ合いの中で形成された反射・反応の総体であり、
それは脳を中心とした肉体という物質に支えられている。「私」の「想念」は、「私」の周囲の人や「私」と価値観を共有する人たちの間にも一部共有される部分があるとしても、その総体が「私」なのであるから、他者に共有されたその一部は当然に「私」とは言えない。
> 死によって、これら物質がバラバラに解体消滅すれば、当然にその総体としてのまとまりも消滅し、
▶▶それはそうでありますが!
「私」はもはや存在しなくなる。
▶▶というように、肉体の消滅から、私が、存在しなくなると 決めつけられる部分が、貴方の確信であれば、こう言えるのではないでしょうか↓
私と言うのは、【肉体に存在する】と、
言って差し支えないように受け止められますね・・・
(問題は、▶僕の疑問)
肉体を離れては、自分は存在できない?
端的にいえば、死亡で 終わってしまう《終焉。
ところが、どうでしょう・・・?
◎そうではなくて、自分の死体又は、瀕死の自分▶死線を彷徨っている状態;生命の残滓?でさえ 客観的に天井の上から 自分を眺めている自分は、一体何者か?
そう云う例が、あまりにも多い事実(例挙に暇がない程 存在します)
例えば、
●女医が緊急手術を受ける状態になって、他の医者からオペを受けている、で、それを観察している女医 そして その別の医者が間違って《動脈》を切ろうとしているのを 観察し、!
そこはダメだ!と叫ぶのです▶声は相手に届かない▶切ってしまった▶血飛沫が吹き出す・・・・
生還後 そのことを調べる と、結果的に出血が多かった と、カルテに記されていて、
更に追求した結果 手術ミスを認めた!
◎この事実
自分が被験体なのに 自分で 傍観している その自分とは?一体何でしょう??
このような臨死体験▶蘇生したのであるから、死んだとはいえないのかもしれませんが、
別例▶概略です、(不正確かもしれませんが、)この欄の動画です。
高校生だった両親は産み育てる状況では無いから出産後アドバイスに従って養子に出します。
養父母に育てられ、長じて脳外科医に成長します。
で、
緊急手術を受ける事態に陥って、手術を受けます。
死線をさまよう状況
その時に、見知らぬ女性に会います。
彼女は言う、まだこの世界に来てはならない、▶で引き返す《蘇生します。
だが、あの時に遭った美しい女性は誰だろうと?気になっていた。
後日
生みの母に会うことが出来た、《それ以前もあって話を聞きたいと思っていたが、実母は拒否した、
それから▶その後の事▶郵便が届く▶実母からだった、
一枚の写真。
彼が生れた後に生れた実の妹だったと実母は明かす。そのショックが大きかったので 言えなかったと実母は告白します。
◎ その寫眞は!まさしく オペ中に 出逢った女性《実の妹》だった! !
その時点では知り得ない 知り得ない 女性に》 会えて
その女性に「貴方は多くの人に愛されている、やるべき仕事もあるから 戻りなさい 」と、・・・
そういう実例が 貼り付けた 動画の重要なポイントです。
《自己の肉体から》離れた自分は一体誰でしょう?
◎疑問に思いませんか ?
僕も疑問であり不思議です。
で、
日本の権威があり実績も多数の専門医にその辺を質問します。▶見解が述べられています。
ですから、
お暇ができたら、このページに貼り付けた動画
https://youtu.be/1llcFT0oNMs ▶見てください、
そして 考えてくだされば僕の目的は 達成されたも同然です。
見ない自由も有りますけど・・・・!
実は、僕だって信じていても、確証を得ては居ません。
100のうち90%そうだろうと思う(信じている
が、
10%は実のところ解らない このような例が多数あっても❢ 自己体験ではない!
「私」はもう「ものを思わない」のであり、「我思はず。ゆゑに我なし。」なのである。
▶死後も感覚器官は残るだけではなく より鮮明に、
思うし、先祖などと、言葉によらない 会話さえで可能、だという・・・・
「私」の死後ものを思うのは他者であり、「私」ではない。
▶何故ですか?
貴方の先ほどの明快な論理では
それを説明する根拠 に乏しいと思います▶結論へジャンプ・ショートパスではないでしょうか?
或は、
神があるなら神であり、
▶
それも納得できることです。
日本では軍神或いは神になった人が多いですね!
宇宙の意思があるならその意思と言うべきか。
> 死後。「私」の霊魂が存続するなどとは考えないのであります。
ただ、「私」を知る人たちの記憶の中に記憶として残る「私」の一部は、その多者の記憶という形でなお暫くは生き続けることになるのでしょうが、それは主体としての「私」ではなく客体としての「私」(それもその一部)に過ぎません。
主体としての「私」は土に帰るのであります。
▶
主体は肉体であるとお考えのようですね・・・
虫や獣やこの地上のあらゆる生き物と同様に。
> 貴兄が「霊魂」と呼ばれる死後の何かがあるとしても、
それはもう「私」ではないのですから、
▶ 貴方にはそのようですね
「私」の知ったことではないのです。
▶随分冷たいですね・・・
まあ この問題は お互い持ち越しましょう▶お互いが死ぬまで、
死後のことは神がまにまになのであります。
まあ地球体験は後 多くても30年は超えない・・・
これだって神さまの意思のまにまに・・ ・
過去の貼り付け参考までに
臨死体験の科学研究者と、実例の紹介動画。 (2)以上です。
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