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先日・・・8月26日はマザーテレサの生誕100周年だったそうですね。
インドのカルカッタに行ったとき、たった2・3日でしたが孤児院と老人の家でボランティアをしたことがありました。
そのときはすでにマザーはいらっしゃいませんでしたが・・・。
マザーハウスの礼拝をする部屋?の真ん中に、棺のような箱が置いてあり、その上にマザーの写真とお花が添えられていました。
その棺のような箱の前に立っていたらなぜか涙が出てきたのを昨日のことのように思い出します・・・。
私が購読している中井俊已さんのメルマガに素敵なお話が載っていましたので転載させていただきます。
・・・・・・・・・以下中井さんのメルマガより転載・・・・・・・・
誰でも何か美しいものを持っている
「どんな人であっても、何か美しいものを持っているものです」
そうマザー・テレサは言いました。
マザー・テレサは、人間の中に神の偉大さを見ることができる人でした。
神は自分に似せて人間を創ったと彼女は信じていました。
神は自分の偉大さや美しさや愛を、
私たちの中に注ぎこんでくださったのです。
人間は神に似せて造られた一人ひとりユニークな存在です。
すべての人が、何かその人だけにしかない美しいものを持っているのです。
その一例として、マザー・テレサが日本で話したことを紹介しましょう。
マザー・テレサがベネズエラに行ったときのことです。
ベネズエラでは、シスターたちがいろいろ奉仕の活動を続けていました。
ある家族が子どもたちのための家をつくるようにと土地を寄付してくれたので、彼女はその家族のところにお礼を言いに行きました。
すると、その家にとても重い障害を持った坊やがいたのです。
けれども、その坊やはとても美しい目をしていました。
瞳はいつもキラキラと輝いていて、口元にはほほえみをたたえていました。
マザー・テレサは、その子のお母さんに、
「この坊やの名前は?」と聞きました。
すると、お母さんは言いました。
「この子の名前は、愛の博士です。愛の博士と私たちは呼んでいるのですよ。
この子は私たちにどうやって生きていったらいいのか、どうやって愛したらいいのか、どうやって幸せに暮らしていったらいいのかということを、このほほえみで教えてくれるんです」
その小さな子どもは、他の人の目からすれば何ももっていないように見えるかもしれません。
でも、どんなに体が不自由でも、この子は目にたたえた喜びで、親や兄弟、そして他の人にどのように愛するかを教えてくれていたのです。
マザー・テレサは、この世に不必要な人は一人もいないと信じていました。
だれもが神さまに愛されて生まれてきた存在なのだと疑いませんでした。
たとえ、どんな障害をもっている人でも、ともすれば何もできないように見える人でも、何か美しいもの、その人らしい素晴らしいものをもっていると思っていました。
マザー・テレサは、貧しい人、苦しんでいる人、病気の人、障害をもった人、孤独な人をただあわれんでいたわけではありません。
美しく素晴らしい存在だと思っていました。
愛の博士のお母さんが、障害をもった息子から愛することを学んだように、マザー・テレサも、彼らから多くのことの素晴らしいことを学んでいたのです。
メルマガ『心の糧・きっとよくなる!いい言葉』より
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転載ここまで・・・
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